新田義貞 像1333年元弘3年5月22日 鎌倉幕府滅亡 後醍醐天皇の計画から始まった鎌倉幕府倒幕の動きは、楠木正成の挙兵、足利尊氏の寝返り等が重なり、大軍を擁した幕府が上洛して鎌倉を留守、上野から挙兵した新田義貞が鎌倉に攻め込み北条高時ら一族約800人が自刃し、鎌倉幕府は滅亡しました。