カケラノコトバ

たかあきによる創作文置き場です

刃物と、鈍器と、

2013-09-17 22:59:11 | 即興小説トレーニング
 友人との会話って言うのはね、相手に自分の意思を伝えるためだけのものではなく、相手と自分が楽しむためのものでもあるんです。だから、友人と話す際は基本的に楽しくなければならない。むしろ、楽しく会話できない相手を本当に友人と呼んで良いのか疑問ですよ。

 もちろん会話を楽しむには沢山の要素をクリアしなければならないんです。例えば、以前話したことのある内容を相手がどれだけ覚えているか、そして、覚えていることをどれだけ素直にさり気なくアピールできるか…… つまり、それが出来るか否かはどれだけ相手の話や相手そのものに興味を持っているかの証明、若しくは判断基準になるわけですね。

 当然自分のことだけ話すのはいけません。むしろ話したいことは少し抑えて相手の話を聞くのがベターですね。相手に興味があるのなら話す内容からどんなことに興味を持っているのか、そんなものが好きで、どんなものが嫌いなのかをきちんと把握するべきです。特に、嫌いなものについては結構話してくれない人が多いので、話題に出たら留意が必要です。でもまあ、必要以上に気を張ることはありません。これらの情報収集は、あくまで会話そのものを楽しみながら行うべきものですから。

 マイナスな内容の話題は出来るだけ避けたほうが賢明ですよ。相手に対して真剣な忠告を矢継ぎ早に行ったところで、受け止めて貰えるのはせいぜい一つか二つです。人間関係において『絶対的な正しさ』を追究し過ぎた場合、相手から返ってくるのは大概、深刻な不審と反発だけですから。例え言われた相手が貴方の意図、つまり相手のことを真剣に考えていると理解していても、それは避けられませんね。

 自分では忘れていたとしても、相手は貴方の言ったことを良く覚えています。つまりそれは、貴方が後に前言を翻したり、かつて自分が話した内容を忘れたような態度を取れば不審を抱かざるを得ないと言うことです。これは相手が貴方を信じられなくなったと言うよりは、貴方が相手に対して信じさせてくれなくなったと言うべきかもしれません。

 まあ、渦中にいると判らないものなんですよね。自分がどれだけ歪んだ人間関係の只中に存在するのかなんて。そして、気が付いたときにはもう遅い…… 良くあることです。こうなるともう、運かタイミングのどちらか、或いは両方が悪かったとしか言いようがない。いや本当に。

 よく、ほんの些細な動機で近しい相手を殺してしまう事件がありますよね。でも、あれは本当に最後の一押しで、殺人を犯してしまったほうはずっと昔から近しい相手に心を殺され続けていたのだと、ある心理学者が言っているのを本で読んだことがあります。酷い話ですよ全く。

 私を怨んでも構いません。でも、私はもう、貴方を死人にする以外に生きていく方法が存在しなかったのです。
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冬が来る前に

2013-09-16 23:28:03 | 即興小説トレーニング
 まだまだ日中は暑いとは言え、朝夕はさすがに肌寒く感じるようになった今日この頃。
 我が家の大型モップ犬、本名もっぷと、その飼い主兼世話役の僕は試練の時を迎えることになる。
 早い話が、換毛期だ。

 もっぷの名前の由来になった奴の体毛は常識外れに長く、普段からブラッシングには結構気を使うのだが、この季節はそれがごっそり抜け替わるのだ。当然ながら放っておくと抜け落ちた毛が絡まって出来たケサランパサラン擬きの毛玉が周辺を飛び交い、何も知らないご近所を『よもや謎生物が発生したのか?』などと無意味な困惑に陥れることになる。

 なら夏の間だけでもサマーカットにすれば良かろうと言われそうだが、普段は大人しくて聞き分けの良いもっぷが殆ど唯一、そして強硬に抵抗するのが体毛に鋏を入れられることなのだ。何故かは知らないが、どうやらもっぷはモップのような外見のままでいたいらしいと判断した僕は地道にブラッシングを欠かさなくなった訳だが、この時期はブラッシングの度に、纏めたらもっぷ一匹分にはなりそうな量の抜け毛を櫛から外しながら、思わず虚空に視線を向けて草競馬など口ずさんでしまうのだった。

 そんなある日、いつものように僕がブラッシングした抜け毛を櫛から外していると、何故か母さんがバケツを持ってやって来た。
「コレからもっぷの抜けた毛は全部取っておいてね」
「…… まとめて燃えるゴミの日に出すのかな?」
「違うわよ、最近知ったんだけど、犬の毛ってその気になれば毛糸を紡げるらしいじゃない。もっぷなの抜け毛ならワンシーズン分でマフラーくらい余裕で編めるわよ、きっと」
「衛生面に問題はないの、それ」
「ちゃんと煮沸消毒して天日干しするに決まってるじゃない。もちろん天然毛だから防虫剤と一緒に保存するし」
 はあ左様でございますかと、僕は言われたとおりにもっぷの抜け毛をバケツに放り込んだ。うちの母さんは、たまにこういうドコからか聞いてきた判らない妙なことを唐突に始める人なので、まあ好きにしてくれと思う。
「ところで、もっぷの毛糸で編んだマフラーは母さんがするのかな?」
 ハンドクラフトが好きな人にはありがちな、『作ったら後はどうでも良い』という気質そのままの母さんだ。きっと誰かに押しつけ…… もとい、プレゼントするつもりなのだろう。
「アンタがしたくないとしても安心しなさい、もっぷのファンは結構多いのよ。欲しがる人には事欠かないわ」
「そうなの?」
「アンタが何も知らないだけよ、飼い主の癖に」

 微妙に痛い一言を残してその場を去っていく母さんの背中を無言で見送った僕は、気を取り直すと再びもっぷの毛に櫛を入れ、抜けた毛をバケツに放り込む作業に戻った。やがて顔の前に垂れている毛を持ち上げるようにして、普段は隠れている円らな黒い目を見据えながら思わず呟いてしまう。

「お前、まだ何か僕に隠していることがあるだろう」
『ひゃん』
「あるんだな」
『ひゃん』
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贈りものを彼女に

2013-09-15 22:51:37 | 即興小説トレーニング
 いつだって真っ直ぐな言葉を掛けることが、出来なかった。
 だから、愛していると口に出したことはない。

 今時珍しい親同士が決めた結婚相手で、最初から恋愛感情の伴う高揚感とは無縁の関係だった。むしろお互い義務と責任を果たすためだけに一緒になり、一緒に暮らした。とはいうものの口答えの一つもしない彼女に対して、私は随分と横柄な態度を取り続けてきたと思う。

 子どもは二人、上は姉で下が弟。
 勝ち気な姉は独立心が強く、家にいると息が詰まると言って高校卒業と共に家を出て一人暮らしを始めたまま、滅多に家に戻らなくなった。結婚してもそれは同じで、さすがに初孫の顔は見せに来たが、それも数年に一度のことで、やがて疎遠になった。
 大人しい弟は黙々と勉学に励み、やがてやりたいことがあるからと家を出て行った。それ以来ろくに連絡も寄越さなくなり、やはり疎遠になった。

 二人が家から完全に姿を消した後、私は命に関わる病を得た。そして、病院での治療が無駄だと判断したときに医者の許可を得て家に戻って最期の時までの時間を過ごすことになった。妻は我が侭な病人である私に、やはり口答え一つしないで世話をしてくれたが、ある日、私の枕元に正座したまま言った。

「貴方の言いたいことは、いつも判っていました。
 私の味付けが濃いめだから、自分だけでなく私の健康も心配して料理に文句を付けたことも。
 身なりをあまり構わない私が周囲の人間に侮られないようにと、衣服に細かく注文を付けてきたことも。
 うっかり者の私が取り返しの付かない失敗をしないように、そして、取り返しの付かない失敗を軽く考えないようにと、何か失敗したときは厳しく叱責してきたことも。何もかも、全部」

 そう言って俯いた妻を、私は始めて本気で抱きしめてやりたくなった。素直でないが故にどうしても口に出来なかった私の言葉を、彼女は全て正しい方向で受け止めていてくれていたのだ。 
 だが、震える手を力なく妻に向かって伸ばした私の姿に、彼女はただ冷ややかな目を向けるばかりで決してその手を取ろうとしないまま、言葉を続けた。

「でも貴方の『正しい』言葉に私は傷付き続けて、それは私が至らないためだと努力を重ねてきました。それでも貴方は更に『正しさ』を私に突きつけ続けてきて…… もう、無理です」

 貴方を愛しています、だから、私が貴方を憎み始める前に死んでください。

 妻のそんな言葉を奇妙なほど冷静に聞きながら、私は己の死が彼女にとって最後の、そして最良の贈り物となるであろう事を今更ながらに気付かされた。 

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ネタバレ注意の思い出交換

2013-09-14 22:19:12 | 即興小説トレーニング
 スポーツに興味はないけれど、映画『フィールド・オブ・ドリームズ』は好きだな、と彼は言った。

 もう随分昔の作品だけど、啓示を受けた主人公の男が自分の所有していたトウモロコシ畑を潰して野球場を造り、家族を除く周囲から変人扱いされるけれど、その野球場に一人、また一人と歴代大リーガーの選手(その時点で全員故人)が現れて野球練習を始めるんだ。
 で、結局彼らの野球を見るために大勢の人がその野球場を目指す車のライトが連なっているシーンがクライマックスかな。ラストシーンはその野球場に現れた主人公の父親(もと野球選手、もちろん故人)と主人公が無言のままキャッチボールをするんだけど、何か胸にこみ上げてくる物があったね。

 君の方はどうなんだい?と聞かれた私はドン引きされるのを覚悟で答える。

 子どもの頃に読んだ漫画『アストロ球団』かしら。
 第二次世界大戦で戦死した沢村栄治投手が、戦地で仲良くなった地元民の男の子に死地に向かう前日、自分は死んでも九人の野球戦士として必ず生まれ変わる。だから君はその九人を見付けて野球チームを作って欲しいと遺言を残して、後に実業家として成功したかつての男の子は資産を活用して一人、また一人と野球選手を見付けていき、アストロ球団を設立したの。
 でも話のキモは、元ネタになった八犬伝と同じく野球選手が九人集まるまでの戦いだったから、プロ野球球団なのにメンバーが揃わないまま超絶打法と殺人投法で試合を無理矢理進めていって、最後には危険だという理由でプロ野球界から永久追放されるの。それでも野球戦士は揃ったから新天地を目指そう、先ずはアフリカへ。みたいな終わり方で何だか感動すればいいのか良く判らなかった気がするわね。

 とりあえず、今度会える休日は彼の家で『フィールド・オブ・ドリームズ』を一緒に見ることになった。ついでに彼は『アストロ球団』の文庫本をネット通販購入を目論んでいるらしい。

 そんな事を何となく共通の友人に話すと、『あんたらって本当にお似合いのカップルだわ』と空の果てでも視ているかのような遠い目をされた。
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夏の絵日記

2013-09-13 23:48:36 | 即興小説トレーニング
 夏休みの数日間と言う約束でうちに始めて遊びに来た小学一年生の甥っ子は、庭で寝そべっていたうちの大型モップ犬、本名もっぷを初めは犬どころか動物とは思わなかったらしい。おかげで昼寝から覚めたもっぷが立ち上がって伸びをすると、お化けが出たと言って大泣きされた。

 僕が必死にもっぷが動物で、しかも大人しい犬だから怖くないと宥めると、ようやく泣きやんだ甥っ子は恐る恐るもっぷの毛並みに手を伸ばし、触っても安全だと判ると途端にわしゃわしゃと毛並みを掻き混ぜ始める。別に珍しいことではないので目を離さないまま好きにさせていると、今度はもっぷの背中にまたがろうとしたので、それはさすがに止めた。

 河原で投げたフリスビーを見事にキャッチしてみせるもっぷの姿を披露すると、はしゃいだ甥っ子は自分もやると大暴投して川に落としてしまった。流れていくフリスビーを泣きそうな顔で見詰めている甥っ子の脇を、僕が止める間もなく稲妻のようにすり抜けて川に飛び込んたもっぷは、たちまちのうちに追いついたフリスビーを咥えて戻ってきた。喜ぶ甥っ子の姿に一安心しながら、それこそ水を浸した本物のモップのような情けない外観に成り果てたもっぷを完全に乾かし、元の姿に戻してやるまでに、どれだけの手間が掛かるかを考え始めていた。

 夏休みの宿題と言うかドリルや絵日記の日課をこなすのは、うちに遊びに来るときの約束になっていたので、甥っ子は渋々ながらも漢字の書き取りや算数の計算を行い、絵日記にはもっぷと遊んだことを実に楽しそうに書き殴っていた。もっぷと思しき物体がどう見ても茶色いタワシにしか見えないのは、まあ、ご愛敬だろう。

 やがて自分が宿題に追われている中で呑気に昼寝をしているもっぷの姿に何か感じる物があったのか、もっぷは勉強しなくていいから良いよなどと絡みはじめた。
 もっぷは見かけより頭が良いぞと僕が答えると、それでも計算は出来ないだろ?などと生意気な口答えをしてきたので、僕はもっぷを見据えて言ってやった。
「もっぷ、三足す二は?」
『ひゃんひゃんひゃんひゃんひゃん』
 いつものように、きちんと五回吠えたもっぷの頭を撫でてやった僕のドヤ顔に、甥っ子はむくれて食い下がる。
「そんなの、お兄ちゃん(僕はまだ大学生なので、こう呼んで貰っている)が教えたんだろ?」
 それじゃお前が聞いてみろと促すと、甥っ子は少しだけ考えてから言った。
「もっぷ、じゅうろく、たす、はちは?」
 小学一年生の甥っ子にとっては精一杯の難問を出したつもりだったのだろうが、もっぷはさほど時間を置かずに吠えてみせた。
『ひゃんひゃん、ひゃんひゃんひゃんひゃん』
「違うだろ!にじゅうよんだよ!」
 やっぱり犬だよねと笑う甥っ子に、僕はその辺の紙に2、そしてすぐ隣に4を書いて示す。
「もっぷは最初は二回吠えて、次に四回吠えた。正解だ」
 するとてっきり悔しがるとばかり思っていた甥っ子は目を輝かせ、すごい!さんすういぬだ!などと訳の判らないことを言い出した。別にうちのもっぷが出来るのは計算だけではないのだが、これ以上事態がややこしくなるのは避けたかったので曖昧に頷く。

 そんなわけで甥っ子はうちにいる間、もっぷと一緒に、本来は苦手だったらしい算数を、とても楽しそうに勉強して帰っていった。代わりに絵日記の内容がファンタジーすれすれの謎日記と成り果てたが、コレは別に僕のせいでも、ついでにもっぷのせいでも無いと思う。 
 
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おかえりなさい

2013-09-12 22:53:58 | 即興小説トレーニング
 その子が、いつからうちの庭にある大きな樹の下にいたのかは知らないし、どこから来たのかも興味はなかった。
 ただ、気が付いたときには既にその子はそこにいて、いつだって遊ぼうと微笑んできた。

 落ち葉や木の実を拾ってままごと遊びをしたり、鬼ごっこと称して樹の回りを何度もぐるぐる回ったりと、今から考えると実に他愛ない遊びだったが、二人きりで遊ぶのは楽しかったと思う。何しろ、その子の存在は大人や他の子ども達には決して知られてはいけない二人だけの秘密だと、その子と一緒に誓ったのだから。

 けれど良くある話だが、よその友達と外で遊ぼうとしないのを心配した母親が注意深く観察を続けた結果、とうとうあの子の姿を見たらしく、血相を変えて問い詰めてきた。そのまま誤魔化しきれずに知っているだけのことを全て話すと、いきなり納屋から鉈を持ち出してきて、狂ったように叫びながら樹の幹に打ちつけ始めた。樹は頑丈で大した傷は付かなかったが、騒ぎを聞きつけて現れた祖父と父は激昂した母を宥めるより先に握りしめていた鉈をもぎ取り、そのまま手加減無しで母を殴り飛ばして何やら罵倒を始める。

 普段は優しい大人たちが繰り広げる想像を絶する修羅場に動けないでいると、母は私の手を無理矢理にとって自分の部屋に行き、箪笥やら棚やらを引っかき回して手荷物を纏めると、そのまま家を出て二度と戻らなかった。

 母の死後、ようやく居場所を探し当てたと現れた父に連れられて家に戻った時も、その子は昔と変わらぬままの姿で大きな樹の下にいた。

 おかえり、おおきくなったんだ。

 そう言えば確かに昔、二人で誓い合ったのだ。ずっといつまでも一緒に遊ぼうと。だから、その子と同じ年になったらこっちにおいでと。そうしたら、その子のようにずっと子どものまま、一緒に遊んでいられるのだと。子どもの頃はろくに意味も判らず、ただ仲良しのその子といつまでも一緒にいられるというのが嬉しくて、確かに誓った。間違いない、けれど、それは、つまり。

 でももう、そんなにおおきくなったのなら、もういっしょにあそべないね。

 寂しげなその子の様子に、思わず胸が締め付けられる。理由や状況がどうあれ、その子との誓いを反古にしたのは間違いないのだ。しかし、次の瞬間その子は再び微笑みながら言葉を続けた。

 それなら、こんどいっしょにあそぶのは、おまえのこどもでいいや。

 邪気の欠片もない、それ故に底知れぬほどおぞましい微笑みに思わず後じさった私の肩を、大きく骨張った手が掴んだ。それが父の物であることは振り向かずとも見当が付く。

 恐らく家は代々そうやって栄えてきたのだと、涙で輪郭が歪み始めたあの子の姿から、それでも目を離すことが出来ぬままに悟った。
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怯える妻

2013-09-01 23:23:13 | 即興小説トレーニング
 荒れ果てた室内に転がるのは無数の瓶。
 ビール、ワイン、日本酒、焼酎、ウイスキーなどなど、ただアルコール飲料であるという以外に共通点はなく、飲み手にとってアルコールであるなら何でも良いと言わんばかりの『汚い飲み方』を如実に現していた。
「…… 成美」
 転がる瓶の只中で躰を丸め、鼾を掻いて寝ている妻は、たった一週間前、出張に出た僕を笑顔で送り出してくれた彼女と同一人物とは思えなかった。


 ことの始まりは多分、出張初日の真夜中にビジネスホテルで休んでいた僕の携帯に掛かってきた電話だったと思う。電話の主は妻の成美で、ベランダに見知らぬ女が佇んでいると怯えた声で伝えてきた。ちなみにうちは十階団地の八階にある。
 心配ではあったが明日も仕事がある身の僕が電車で数時間かかる自宅に戻れるはずもなく、とにかく警察に電話して何とかして貰ってくれと伝えて電話を切った。
 次の日も、そしてまた次の日も、仕事を終えて休んでいる僕に成美は電話を掛けてきた。警察を呼んだら姿が消えたとか、そちらのお義母さんや私の両親も信じてくれないとか、日に日にヒステリックになっていく妻の言葉を、僕は『仕事が終わったらすぐ戻るから』と宥め続けた。

 だが、言葉通りに仕事を終えてから戻った僕が見たのは、夜な夜な現れる女の姿に怯え、その恐怖から逃れるため闇雲に、本来なら碌に飲めない酒を飲み続けたらしい妻の姿だった。暫くの間呆然と立ち尽くしていた僕は、何故か部屋でベランダに面したカーテンが開け放しになっているのに気付く。
 夜ごとベランダに現れる女の姿を見たくなかったのなら、一体何故カーテンが開いているのだろうと視線を移した僕の視界に現れる、俯いた女の姿。ようやく成美の言葉が紛れもない真実だったのだと悟った僕の眼前で、女はゆっくりと顔を上げる。
 女は、成美と同じ顔をしていた。
 
 オマエダオマエトオマエニオマエガ

 明らかに正気を失った瞳を僕に向けながら、成美と同じ顔をした女は一跳びでベランダの柵に飛び乗り、そのまま柵の外側に身を躍らせた。
「!」
 僕は慌ててベランダに飛び出し、柵から身を乗り出して下を確認する。
 そこにあったのは奇妙な角度に拗くれた躰を晒しながら、ゆるゆると赤黒い染みを広げていく女の姿。だが、訳が判らないままに硬直した僕の眼下で女の姿は徐々に薄れていき、やがて完全にその姿を消した。
「…… なんだって言うんだ、一体」
 とにかく成美をベッドに寝かせようと、僕がその躰を抱きかかえた直後。
 先程の女と同じようにその姿を薄れさせ、やがて僕の腕から完全に消える成美の姿。
 そして、直後に響き渡る『人が落ちたぞ!』という叫び声と、それに重なる悲鳴。

 一体何が起こったのか、そもそも何がいけなかったのか。
 何一つ判らぬまま、僕はそれから長い間、一人で部屋の中に立ち尽くしていた。
 
 

 
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死が二人を分かつまで

2013-08-31 09:01:15 | 即興小説トレーニング
 僕は、普通の子どもだったと思う。
 貧しいながら父さんと母さんに愛されて育ち、近所の友達と遊びながら大きくなった。
 九つの時に二人が病気で死んでしまって独りぼっちになっても、近所の大人の紹介でお館の下働きとして拾われ、何とか暮らして来ることが出来た。
 ただ、二人が死んでしまった時に泣いて、泣いて、埋葬が終わる頃には全く声が出せなくなってしまったので、喋ることが出来なくなった。

 お館の仕事はきり無くあったが、まだ小さくてろくに力仕事が出来なかった僕は、良く森に入って色々なものを取ってくるように言われた。森は暗く深く、大人でも奥深くに分け入るのを躊躇うような場所だったが、今よりもっと小さい頃から父さんたちに連れられて森のあちこちを歩いて回っていた僕には、踏み込んではいけない場所さえ避ければ、それほど怖い場所ではなかったのだ。

 そして、あの日も茸を採りに森を歩いていた僕は、彼と出会った。
 酷い怪我をして酷く弱っていた彼に慌てて近付き、手を伸ばした直後、彼は鋭い口調で『触るな!』と制してきた。僕は驚いて手を止め、でも彼が、やっぱりとても弱っているように見えたので、お弁当にと持たされたパンを半分千切って彼の側に置いた。
 彼は少しだけ驚いたようだが何も言わず、僕も仕事に戻ろうと彼から離れた。
 パンはあまり大きくなかったので、茸を採ってから空きっ腹を抱えてお館に戻る途中の僕は、彼にパンを全部上げなかったことを後悔した。

 数日後、再び茸を採りに森に入った僕は、再び彼と出会った。
 始めて会った時より元気そうに見えた彼は、僕の姿を見付けると何故か厳しい表情で周囲を見回し、そのあと少し戸惑ったように再び僕に視線を戻してから、『先日は世話になった』と呟いた。
 僕が微笑むと彼は更に戸惑い、それでも嬉しそうに見えた。

 以来、僕が森に入る度に彼は姿を現し、茸や木の実、それに洞穴の奥で見付けたという綺麗な石をくれた。僕が喋れないせいか、元々はあまり口数が多いように見えない彼は何とか話題を見付けて喋ろうとしてくれた。
 そして僕は、彼が信じられないほど長い時間を只一人、その姿のままで旅してきたのだと聞かされた。
『信じられないかも知れないが』と表情を曇らせる彼に、僕は思いきり首を横に振ってみせる。彼は森に関してだけではなく色々なことを知っていたし、何より今まで見たこともないほどに整った奇麗な顔だちをしていたので、むしろ普通の人間だと思う方が難しかったのだ。けれど、そう話してくれた彼がとても寂しそうな表情をしていたので、僕は彼がこのままどこかに行ってしまうのかと不安になった。

 予感は、最悪な形で現実となった。僕が森から持ち帰るものに不審を抱いたお館の領主様が、大人たちに僕の後を尾けさせて彼を見付けたのだ。彼は捕らえられ、僕もお館の地下に幽閉された。
 その後に起こったことは、正確には判らない。僕は何度か幽閉場所を移され、最後に何処かに連れて行かれそうになった際、剣を携えて現れた男たちの一人に斬り殺された。その筈だった。

 何故か再び目覚めた僕は、彼が僕の手を取って泣いているのに気付いた。どうして自分が生きているのか、どうして彼が泣いているのかも判らぬまま、僕はただ彼にしがみつき、かつて教えて貰っていた彼の名を叫んでいた。

 彼は僕を生き返らせる為に、彼の父親から譲り受けた『呪いの結晶』を僕の躰に埋め込んだと告白してきた。だからもう、僕は人間ではないし、彼と同じように何時までも歳を取らないままに世界を彷徨わなければならないのだと。
 でも、僕はそれでも良かった。彼とずっと一緒にいられるのなら、彼が決して僕を置いて死んでしまわないのなら、それでも良いと本気で思った。

 かつて死んでしまった筈の彼と、死んでしまったはずの僕とを、今はどんな形で訪れるのか予想も出来ない、真実の意味での『死』が分かつその日まで、ずっと。

 

 


 
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夢見る泥人形

2013-08-30 23:16:16 | 即興小説トレーニング
 あの子が、死んでしまった。
 それも、私が殺したようなものだ。

 随分と長い間、只の一人で世界を彷徨い続けてきた。
 周囲からは気味悪がられ、ごく稀に優しくしてくれた人たちも結局は私を残して死んでいった。
 見目良い少年の姿は侮りを呼び、侮りは卑劣な拘束や監禁を呼び、己の身を護るために持って生まれた力を振るえば、その力がまた次の欲望を呼び寄せた。
 最後の安らぎであるはずの『死』にさえ生み出されたその直後から見放された身で、自分以外のモノと命を壊しながらただ生きるだけの、人生と呼ぶにはあまりにおぞましい命の道筋。

 そんな瓦礫と血にまみれた道を進んできた私の手を、あの子は恐れることもなく握りしめてくれた。
 言葉を操ることが出来ない身で、それ故に偽りのない指で、瞳で、そして笑顔で私の生を祝福してくれた。そんなあの子に向かって私が戸惑いながらも微笑むと、あの子はとても嬉しそうに微笑みかえしてくれた。

 ささやかな幸せが砕け散ったのは、幼くして両親を亡くしたあの子が奉公していた館の主人が私の存在に気付き、あの子を盾に私を己の意に従わせようとした為だった。あの子の身を護るためにと館の主人に従うことにした私は、その結果、私を利用しようとする者たちにとってあの子が切り札であると、愚かにも明かしてしまったのも同然だった。

 あの子は様々な勢力に狙われ、奪い取られ、しまいには他者に奪われるよりはと血迷った馬鹿者に殺された。だから私はあの子を狙った者、奪い取ろうとした者、そして殺した者たち全てを周囲の存在諸共に全て壊した。壊すことしか考えられなかった。静かに生きることしか望んだことのない私が、出来る限りの時間を共に暮らしたいと願ったあの子を奪ったものなど存在を許すわけにはいかなかった。

 幼い息子を病で失った男が息子の死を認めることが出来ず、膨大な時間と資金と技術、それに息子と同じ年頃の子ども達を使って練り上げた、永遠に歳を取らず病に冒されることもなく、常人には持ち得ない強大な力を備えた絡繰り仕掛けの息子。哀れな男の狂った夢から生み出された呪いの結晶を埋め込まれた、神の御許から遠く離れた朽ちることのない泥人形。

 そんな自分が、まさか父と同じ懊悩に灼かれる日が来ることになるとは思いもしなかった。生きていて欲しいと願うこと自体が呪いそのものであると充分に承知しながら、それでも生きていて欲しいと願う存在を甦らせる手段が存在するなら、ひとは悪魔に魂を売らずにいられるのだろうか。私がこの手で殺した父が、それでも最期に私に託してきた呪いの結晶を、私は使わずに済ませられるのだろうか。

 答えは既に決まっている。
 あの子を一人で天国に送るくらいなら、二人で地獄を彷徨うことを選ぼう。
 結局、私は己の願いを叶えるために息子を地獄に突き落としたあの男の息子でしかないのだ。
 例え、あの子が二度と私に笑いかけてくれることが無くなっても。

 呪いの結晶を埋め込んだあの子の躰から、瞬く間にあの子の命を奪った傷が消え失せていく。
 私は無言のまま、あの子の目が開くのを待った。
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後輩の陰謀と彼女の策略

2013-08-29 23:03:57 | 即興小説トレーニング
 可愛らしい容姿と甘えた口調で幸せなカップルの間に割り込み、無数の破局を産みだしてきた小悪魔系の後輩が、とうとう僕と彼女に眼を付けたらしい。
 せんぱぁーい、と駆け寄ってくる後輩を、彼女は物凄く判りやすい程にあからさまな態度で排除しようとしたが、それに怯むような後輩ではなかった。
「だってお二人はアタシのあこがれなんですぅ、いつも仲良しでステキだなって昔から思っていましたぁ」
 先輩なら判ってくれますよね?と一見無邪気な風を装って腕を絡めてきた後輩に、彼女は満面の笑顔で答えた。
「そう思うなら邪魔しないで貰いたいわね、知ってる?邪魔って言葉の意味」
 すると後輩はいかにも傷付いたと言わんばかりの表情となって口元を歪めながら、しかし瞳に涙など一滴も浮かべぬまま途切れ途切れに呟き始める。
「そう…… ですよね、邪魔ですよねアタシ、でも…… それでもアタシ、やっぱり、お二人のことが好きなんです…… 」
イヤなところがあったらなるべく直しますから…… 、そう言いながら僕の顔をちらちら見てくる後輩。さすがに辟易して多少きつかろうと拒絶の言葉を並べようとした直後。
「今年に入って三組目だね、同じ言葉を言ったの」
 やはり満面の笑顔のまま、しかし明らかにそれと判る修羅の形相で僕の言葉を遮り、彼女は言った。
「憧れの先輩カップルが沢山いるのは構わないけど、どうして貴方の憧れたカップルは必ず別れることになるのかしらね?」
 ええー偶然ですぅーなどと小首を傾げて可愛らしく答える後輩に、彼女は無言のまま自分のポケットの中に手を突っ込んだ。その直後。
『ええー、お二人が別れたのはお二人の勝手じゃないですかぁー、アタシは関係ないですぅー』
 音割れ寸前の音量で、彼女の甘ったれた口調が再生される。途端に後輩は彼女に飛び掛かりかけたが、僕が後輩の腕を引いた隙に身を引いて逃れる彼女。
『第一、アタシはお二人が好きとは言いましたけど、アナタが好きだなんて一度も言ってないですぅー』
 更に流れる音声に、後輩の顔色は始めにどす黒く、次に血の気を失った白に変わっていった。
「…… 貴方が前回別れさせた二人には本気で忠告したのよ、貴方に気をつけろって。でも、破局が訪れるまで信じては貰えなかった」
 そして破局が訪れてからようやく信じてくれた彼が、それでも半信半疑で録音に協力してくれた末に得たのがこれだった。
「とにかく、これから貴方について友人に相談を受けたら、コレを聞かせて当人の判断を仰ぐことにするから…… !」
 直後に女の子とは思えない力で僕の手を振り切った後輩は、獣のような叫び声を上げながら彼女のポケットの中に入っていた録音装置を奪い取り、地面に叩き付けた。
「コレでアンタの言うことなんか誰も信じないわよ!」
 勝ち誇ったような後輩に、彼女は心底哀れむような視線を向けながら言って聞かせた。
「そんなもの、コピーに決まっているじゃないの」

 後輩が退学処分となり、一連の騒動に決着がついた日。
 お祝いに行こうと居酒屋に僕を誘った彼女は、グラスを片手に呟いた。
「本当は、あそこまでやるつもりはなかったのだけどね」
 彼女が許せなかったのは自分の友人が後輩の被害にあったこと、そして、今度は彼女と僕をそのターゲットに選んだことだったと言う。
「多分、彼女は他人のものを欲しがる悪癖を抑えられない人だったのよね。だからわざわざカップルを狙って仲を掻き回して別れさせて、自分に意識を向けた相手はもう要らないと」
 可愛い子に言い寄られていい気になった彼氏を擁護する気はないけどね。彼女はそう締めくくった。
 その日以来、僕は彼女に惚れ直すと共に、お互いのためにも不誠実な真似だけはするまいと心に誓った。
 何しろ、明日は我が身かもしれないのだから。 
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