本日の題名は「自己の修養としてのヨーガ」でありあす。
まずはヨガスートラというヨガの経典についての講義でした.ちなみにスートラとは文献の種類であり,糸とか簡潔なという意味,インドではテキストを丸暗記してから授業に望むので,短い文章が好まれたらしい.
聖者パタンジャリによってまとめたもので,心のケアのための内容,ちなみに身体のケアのためにアーユルベーダもこの方が書いた.さらに言葉のケアのために文法の経典も書いている.言葉のケアとはすなわち知識を守ることらしい.
ヨガスートラの中でも大切なのが2章サーダナ・パーダデ言われるアシュタンガヨーガ(八支則)であり,体と心の健やかさ,自己の成長のために有効であるとされている.
第一章サマーディ・パーダ(三昧の章),この章ではヨガの定義
1-1 これから伝統に基づいたヨガの教えをといていく(パタンジャリが考えたわけではなく,これまでの伝統を伝えると)
1-2 ヨガとは心の働きを定めることである(前もって心が乱れないようにすること)
1-3 ヨーガが達成されたとき「考え」や「考えの対象物」を知るものの本質である「自己」にとどまる.(本当の自分と考えている自分は違うものだ,考えの中に巻き込まれず,本当の自分「自己」にとどまるということ)
1-12 心の動きを定める修養とは繰り返しの練習(アッビャーサ)と好き嫌いから起こる執着から離れること(ヴァイラーギャ),自分で向うゴールのために,好きか嫌いかではなく,必要か必要でないかで決める,ヨーガをやっていくと自然と見極める力が付いてきて,不要なものは自然と離れていく.小学生がおもちゃから離れてゲームに移るように.
1-23 心を定める修練はまた,イーシュラワに瞑想することでも達成される(イーシュラワ??,いまいち分からないが世界とかのこと?,世界は私が悩もうが関係ない)
1-24 「イーシュラワ」とは「クレーシャ(苦悩)」などから自由な「プルシャ(自己の本質)」である.(苦悩があろうがなかろうが,それが大きかろうと小さかろうと,私は私)
こうして復習してみると「イーシュラワ」の意味がいまいち,イーシュラワに瞑想するといわれても,イーシュラワが分からんと出来んな.
第二章サーダナ・パーダ(練習の章) 心の方向性を定めるための練習方法
パタンジャリはこの章でヨーガのゴールを達成するのに障害となる「クレーシャ(苦悩)」の本質について述べている.そして苦悩から自由になるために「身体,心,感覚器官」を修めていく瞑想のプログラムであるアシュタンガヨガの最初の5つのステップとなるヤマ・ニヤマ・アーサナ・プラーナーヤーマ・プラッテャーハーラについて紹介している.
2-1 タパス(規律),スワーデャーヤ(聖典の勉強),イーシュラワプラニダーナ(イーシュラワへの敬愛,理解)(世界を認めて感謝すること)を合わせてクリヤーヨーガ(カルマヨーガ:生き方)という
ここで言われる規律は縛りつけるものではなくスペースをくれるもの,選択肢が多い現代は一見自由にも見えるが,実は現代人は一日で70回も選択をさせられている,選択のために考えなければいけないので,かえって不自由である.規律があって選択肢が少ないほうが実は自由な時間が取れる.ステーブジョブスは毎日,ジーンズにクロのハイネックしか着なかった,それは毎日重大な選択をしなければいけない立場で,服を選ぶのに考えをめぐらすのはもったいないと判断したから.
2-2 このクリヤーヨーガを実践することで「クレーシャ(苦悩)」の影響を最小限にし,知識を得るために落ち着いた心を養う
2-3 アヴィッデャー(自分の本質についての無知),アスミター(自我),ラーガ(好き),ドヴェーシャ(嫌い),アビニヴェーシャ(死への恐れ)が私たちにとってのクレーシャ(苦悩)である.
2-4 アヴィッデャーが他の4つの原因であり,その苦悩の度合いにはそれぞれ4つのレベルがある.
2-5 ヤマ,ニヤマ,アーサナ,プラーマーヤーマ,プラッテャーハーラ,ダーラナー,デャーナ,サマーディを「アシュタンガヨーガ」という・
ヤマ,ニヤマを毎日実践しよう
・毎朝「今日は○○を実践します」という誓いを立てる.
・実際に行なってみて自分の行動がどのように周囲の人や環境に影響をあたえるかを確認する.
・他に選択肢があるかどうかを確認する.
・ベターチョイスを行なっていく.
2-30 ヤマについて:すべきではないこと,自分が気が付かずにやってしまっていることに気が付いてやらない選択をする.
・アヒムサー(非暴力):調和の生きかた,他者の痛みに気がつくための自分のための練習である.人・生き物・環境を傷つけない.身体,心,言葉,愚痴,文句,恨み
・サッティヤン(正直):嘘や誠実でない言葉を話さない
・アステーヤ(不盗):時間,やる気,能力,成長のチャンス
・ブラフマチャリア(禁欲):欲に流されない,インドでは学生のことをさす,男女平等
・アパッリグラハ(不貪):必要以上のものを持たない,人は不安があるから溜め込む,持たなくても大丈夫であることを知る,自分の強さになっていく,定期的に断食をしていれば震災で食糧難になってもすぐにはあわてることは無い.
2-32 ニヤマについて:すべきこと
・シャウチャン(清潔):内側も外側も,清潔であること,毎日服を着替える,おしゃれである必要は無い
・サントーシャ(知足):今の状況に満足すること,どんな小さなことでも満足すること,比較するから足りないと想ってしまう,人と比較しない
・タパス(規律):規律ある生活をする事,変化が起こるとき,熱という意味もある,何かを成し遂げようとするときの変化のエネルギーが生まれる.
・スワーデャーヤ(読誦):聖典の勉強をすること
・イーシュワラプラニダーナ(神への帰依):大きな力を理解し受け入れること,シャバーサナなどはヨガの後のありのままの自分を全て受け入れる
2-33 もし感情に流されてヤマ,ニヤマを守れ無そうなときは,ふさわしい理由付けに基づいてよく考え正しい答えを出しなさい
これはいまいち理解不能だが,感情の癖を乗り越えるために,反対の行動をとりなさいということ,例えば嫌いな人がいていつも避けているなら,好きな人にしている態度をとりなさい,毎日毎日,嫌いでも自分から挨拶をしていく,あえて避けている行動をとりなさい,感情の癖が直っていく,本当の自分は自分で好き嫌いは無い,嫌いだと想っているのは自分の感情
2-46 アーサナ(ポーズ)は快適で安定したものをとる,,,瞑想中に体が痛くないようにするものである.
2-49 プラーナーヤーマ(調気法)について:アーサナが整ったた,呼吸の流れを整えていく
2-54 プラッティヤーハーラ(制感)について:外の対象物に向いている感覚器官を引き戻し,心に注意を向ける.
ここまでの5つは外側のヨーガ,この先の第三章からの3つが内側のヨーガとなる.
第三章 ビブーティ・パーダ
3-1 ダーラナ(集中)について:心を乱している不要な思考をひとつの対象に集中させていくこと
3-2 デャーナ(瞑想)について:思考が瞑想の対象から外れたら戻し,ひとつの対象に保つこと
3-3 サマーディー(三昧)について:思考が対象物にとどまる瞑想状態をいう,それはまるで心が「変わりゆくもの」という本質を失ったかのようでもある.本当の自分と繋がる.モークシャ(ゴール)ではない,モークシャに繋がるステップ
哲学3の講義はここまででしたが,ヨガスートラの概要とエッセンスについてでして,なかなかです.
とにかくアシュタンガヨーガで最も大切なのは,ヤマ・ニヤマとのことでした,ポーズや瞑想は訓練すれば出来るけど,現代人にはヤマ,ニヤマの習慣が薄れているので最も難しいのである.
まずはヨガスートラというヨガの経典についての講義でした.ちなみにスートラとは文献の種類であり,糸とか簡潔なという意味,インドではテキストを丸暗記してから授業に望むので,短い文章が好まれたらしい.
聖者パタンジャリによってまとめたもので,心のケアのための内容,ちなみに身体のケアのためにアーユルベーダもこの方が書いた.さらに言葉のケアのために文法の経典も書いている.言葉のケアとはすなわち知識を守ることらしい.
ヨガスートラの中でも大切なのが2章サーダナ・パーダデ言われるアシュタンガヨーガ(八支則)であり,体と心の健やかさ,自己の成長のために有効であるとされている.
第一章サマーディ・パーダ(三昧の章),この章ではヨガの定義
1-1 これから伝統に基づいたヨガの教えをといていく(パタンジャリが考えたわけではなく,これまでの伝統を伝えると)
1-2 ヨガとは心の働きを定めることである(前もって心が乱れないようにすること)
1-3 ヨーガが達成されたとき「考え」や「考えの対象物」を知るものの本質である「自己」にとどまる.(本当の自分と考えている自分は違うものだ,考えの中に巻き込まれず,本当の自分「自己」にとどまるということ)
1-12 心の動きを定める修養とは繰り返しの練習(アッビャーサ)と好き嫌いから起こる執着から離れること(ヴァイラーギャ),自分で向うゴールのために,好きか嫌いかではなく,必要か必要でないかで決める,ヨーガをやっていくと自然と見極める力が付いてきて,不要なものは自然と離れていく.小学生がおもちゃから離れてゲームに移るように.
1-23 心を定める修練はまた,イーシュラワに瞑想することでも達成される(イーシュラワ??,いまいち分からないが世界とかのこと?,世界は私が悩もうが関係ない)
1-24 「イーシュラワ」とは「クレーシャ(苦悩)」などから自由な「プルシャ(自己の本質)」である.(苦悩があろうがなかろうが,それが大きかろうと小さかろうと,私は私)
こうして復習してみると「イーシュラワ」の意味がいまいち,イーシュラワに瞑想するといわれても,イーシュラワが分からんと出来んな.
第二章サーダナ・パーダ(練習の章) 心の方向性を定めるための練習方法
パタンジャリはこの章でヨーガのゴールを達成するのに障害となる「クレーシャ(苦悩)」の本質について述べている.そして苦悩から自由になるために「身体,心,感覚器官」を修めていく瞑想のプログラムであるアシュタンガヨガの最初の5つのステップとなるヤマ・ニヤマ・アーサナ・プラーナーヤーマ・プラッテャーハーラについて紹介している.
2-1 タパス(規律),スワーデャーヤ(聖典の勉強),イーシュラワプラニダーナ(イーシュラワへの敬愛,理解)(世界を認めて感謝すること)を合わせてクリヤーヨーガ(カルマヨーガ:生き方)という
ここで言われる規律は縛りつけるものではなくスペースをくれるもの,選択肢が多い現代は一見自由にも見えるが,実は現代人は一日で70回も選択をさせられている,選択のために考えなければいけないので,かえって不自由である.規律があって選択肢が少ないほうが実は自由な時間が取れる.ステーブジョブスは毎日,ジーンズにクロのハイネックしか着なかった,それは毎日重大な選択をしなければいけない立場で,服を選ぶのに考えをめぐらすのはもったいないと判断したから.
2-2 このクリヤーヨーガを実践することで「クレーシャ(苦悩)」の影響を最小限にし,知識を得るために落ち着いた心を養う
2-3 アヴィッデャー(自分の本質についての無知),アスミター(自我),ラーガ(好き),ドヴェーシャ(嫌い),アビニヴェーシャ(死への恐れ)が私たちにとってのクレーシャ(苦悩)である.
2-4 アヴィッデャーが他の4つの原因であり,その苦悩の度合いにはそれぞれ4つのレベルがある.
2-5 ヤマ,ニヤマ,アーサナ,プラーマーヤーマ,プラッテャーハーラ,ダーラナー,デャーナ,サマーディを「アシュタンガヨーガ」という・
ヤマ,ニヤマを毎日実践しよう
・毎朝「今日は○○を実践します」という誓いを立てる.
・実際に行なってみて自分の行動がどのように周囲の人や環境に影響をあたえるかを確認する.
・他に選択肢があるかどうかを確認する.
・ベターチョイスを行なっていく.
2-30 ヤマについて:すべきではないこと,自分が気が付かずにやってしまっていることに気が付いてやらない選択をする.
・アヒムサー(非暴力):調和の生きかた,他者の痛みに気がつくための自分のための練習である.人・生き物・環境を傷つけない.身体,心,言葉,愚痴,文句,恨み
・サッティヤン(正直):嘘や誠実でない言葉を話さない
・アステーヤ(不盗):時間,やる気,能力,成長のチャンス
・ブラフマチャリア(禁欲):欲に流されない,インドでは学生のことをさす,男女平等
・アパッリグラハ(不貪):必要以上のものを持たない,人は不安があるから溜め込む,持たなくても大丈夫であることを知る,自分の強さになっていく,定期的に断食をしていれば震災で食糧難になってもすぐにはあわてることは無い.
2-32 ニヤマについて:すべきこと
・シャウチャン(清潔):内側も外側も,清潔であること,毎日服を着替える,おしゃれである必要は無い
・サントーシャ(知足):今の状況に満足すること,どんな小さなことでも満足すること,比較するから足りないと想ってしまう,人と比較しない
・タパス(規律):規律ある生活をする事,変化が起こるとき,熱という意味もある,何かを成し遂げようとするときの変化のエネルギーが生まれる.
・スワーデャーヤ(読誦):聖典の勉強をすること
・イーシュワラプラニダーナ(神への帰依):大きな力を理解し受け入れること,シャバーサナなどはヨガの後のありのままの自分を全て受け入れる
2-33 もし感情に流されてヤマ,ニヤマを守れ無そうなときは,ふさわしい理由付けに基づいてよく考え正しい答えを出しなさい
これはいまいち理解不能だが,感情の癖を乗り越えるために,反対の行動をとりなさいということ,例えば嫌いな人がいていつも避けているなら,好きな人にしている態度をとりなさい,毎日毎日,嫌いでも自分から挨拶をしていく,あえて避けている行動をとりなさい,感情の癖が直っていく,本当の自分は自分で好き嫌いは無い,嫌いだと想っているのは自分の感情
2-46 アーサナ(ポーズ)は快適で安定したものをとる,,,瞑想中に体が痛くないようにするものである.
2-49 プラーナーヤーマ(調気法)について:アーサナが整ったた,呼吸の流れを整えていく
2-54 プラッティヤーハーラ(制感)について:外の対象物に向いている感覚器官を引き戻し,心に注意を向ける.
ここまでの5つは外側のヨーガ,この先の第三章からの3つが内側のヨーガとなる.
第三章 ビブーティ・パーダ
3-1 ダーラナ(集中)について:心を乱している不要な思考をひとつの対象に集中させていくこと
3-2 デャーナ(瞑想)について:思考が瞑想の対象から外れたら戻し,ひとつの対象に保つこと
3-3 サマーディー(三昧)について:思考が対象物にとどまる瞑想状態をいう,それはまるで心が「変わりゆくもの」という本質を失ったかのようでもある.本当の自分と繋がる.モークシャ(ゴール)ではない,モークシャに繋がるステップ
哲学3の講義はここまででしたが,ヨガスートラの概要とエッセンスについてでして,なかなかです.
とにかくアシュタンガヨーガで最も大切なのは,ヤマ・ニヤマとのことでした,ポーズや瞑想は訓練すれば出来るけど,現代人にはヤマ,ニヤマの習慣が薄れているので最も難しいのである.
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