大人になった今考えれば、それは父親の単なる八つ当たりであったと理解できるのです。
おそらく父自身も小さい頃、親からいわれなき批判を受けて鬱屈した気持ちを持ったまま大人になったのでしょう。
そして目の前にいる子供に、当然のようにそんな思いをぶつけたのかもしれません。
このような理不尽な目に子供のとき合った私は、良いことをしていても酷い目にあうのだと、それを一般化してしまったように思います。
世の中には確かにそんな理不尽なことをする人間もいるでしょうが、それは明らかに変な人なのです。
与えられた「批判」のエネルギーに気がつかないと、それは自分を批判し人を批判するよう働くようです。
父はただ自分の持っていた負のエネルギーをこちらに送ったのだとわかったとき、私がそれを受け取る必要はないのだと思いました。
すると自分への批判も人への批判も消えていき、自分も人もあるがままで良いのだと思えてくるのです。
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