楽器の演奏、ですか……?
今は昔、箏をかじったことはございます。
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いや、まうとっくにお返し、つまり忘れてしまひましたわ。
その時の琴爪だけは残ってゐますけれど、これだってどっちの手の、どの指に嵌めるのかさへ憶えていない有様で……。
同時にかじってゐたのが、長唄の三味線ですわ。
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ええ、唄のはうも一緒に。
唄方の芳村伊四郎さんが贔屓でしてね、父の七代目芳村伊十郎とはまた違ふ、あの聲質が好きで……。
三味線は先代の杵屋巳太郎さん、いまは杵屋浄貢さんとおっしゃるさうですが、撥を大きく振って紡ぎ出す力強い音が大好きで、木挽町の芝居小屋に立三味線で出演されてゐるときは、立方なんかそっちのけで天井桟敷から魅入っていたものですわ。
……で、その杵屋巳太郎さんの弾き方を見様見真似してゐたら、象牙の撥先を欠ひてしまふ大失態をやらかしましてね、その時の講師から、物凄~くイヤ~な顔をされたものです。
ど素人の生かじりほど、コワイものはありませんことよ。
かくして、箏と長唄と長唄三味線をかじって体得したことは、
『好きであることと、素質があることとは全くの別モノ』
といふことですわ。
ですから私、
楽器は聴く側に徹しやう──
さう決めましたの。
ですから、“口三味線”も致しませんわ。