迦陵頻伽──ことだまのこゑ

手猿樂師•嵐悳江が見た浮世を気ままに語る。

偲姿―おもかげ―13

2012-06-17 23:47:42 | 戯作
「おどり、と云うとダンスとか…?」

「いえ日舞…、日本舞踊、ですね…」

「ああ…」

福間美鈴さんは、スゴイ…、という目でわたしを見ました。「和モノのほうなんですね」


わたしは、女優を目指しているはずなのに、それを堂々と人前で言えない自分が、情けなくなってきました。


しかしわたしは、この日事務所を解雇されて、女優志望であることを公けに示すものは、もはや何も持ってはいないのです…。


「外で高島さんを見掛けた時に、OLって雰囲気じゃないな、とは思ったんですよ、本当に」

「まあ、社会人の経験はないですしね…」

「そうなんですか。で、失礼ですが、おいくつで…?」

「二十五です」

「やだ…」

福間美鈴さんは目を丸くして、「同い年ですよ」

「あら…」

わたしたちは、また「ははは…」と笑いました。


「それで日本舞踊は、何歳から?」

「十四歳からです。始めたのは遅い方ですね。しかも実質的なお稽古は、十八で止まったままになっていて…」

「ではその後は、それを生かしたお仕事を…?」

「まあ…」

これ以上の質問は、わたしにとっては恐怖でした。


最終的に“命取り”となった劇団ASUKAとのカラミだけは、当然口にしたくないことですし、となると東京へやって来てからのわたしのキャリアなんて、本当に皆無となるからです。


上京してからわたしは、一体なにをやって来たのだろう…。


一度は高揚した気持ちが再び沈みそうになるのを救ったのが、福間美鈴さんのこんな質問でした。

「と云うことは、着物とかも、ご自分で着ることが出来るわけですか?」

「…はい、まぁごく基本的な着付けなら」

地元の福岡で日舞を習っていた時、師匠から着付けについてもけっこう厳しく指導されたので、それに関しては自信がありました。

そのおかげで時代劇のエキストラの時は、かなり助けられたもの…。


あ…!


と閃くものを感じた時、


「でしたら、例えばですけど、このお店で着物の着付けを手伝っていただくこととか、出来ますか?」

「え?」

「いまわたしが勝手に思い付いたことなんで、もちろんオーナーである先輩と相談ではあるんですけれど…」

と前置きして、

「うちのお店も、成人式とか卒業式とか七五三の時期には、着物の着付けも承っているんですよ。けっこう予約は入るんですけど、正直な話し、ああ云った着物の着付けって、あまり得意ではなくて…。先輩もわたしも」

「ああ…」

「それで、高島さんのような、“その道”の方に手伝っていただけたらな、なんて、いまわたしが勝手に思ったわけですけどね」


女優志望を証明するものを失ったからと言って、高島陽也は、本当にあらゆるものを失ったのだろうか―?


「そちらさえよろしければ、わたしは構いませんよ」

わたしは快く返事しました。


返事をしながら、例の自主制作映画の撮影中に、ダンスが特技と云うシモキタ系タレント志望の一人が、自嘲まじりにこんなことを言っていたのを思い出しました。

『あなたには日本舞踊という“特殊技能”があるからいいですよ。俺にはそういったものは何もないですからね。…ダンスと言ってたって、今はその人口がめちゃくちゃ多いから、ほとんど特技とは見做されないんですよ』


わたしはもしかしたら、あまりにも“女優”ということにとらわれ過ぎていたかもしれない…。


「ありがとうございます」

福間美鈴さんは救われたような表情で、頭を下げました。「先輩に話しをしてみます。…でもいいですよね、“手に職がある”って」

彼女は両手で掬うようにして持ったコーヒーカップを膝の上において、それを見つめながら、ポツンと言いました。

「いや、福間さんだって…」

「わたしなんかまだ、技術と言えるものは、何も持っていません。いつまでも半人前ですよ…」

福間美鈴さんは、淋しそうにふっと笑いました。「専門学校の同期は殆どがひとり立ちして、なかにはお店を任されている人もいるっていうのに…」

「……」

まわりのステップアップしていくなか、自分だけが取り残されていくことへの焦り…。


わたしは彼女になんと答えたらよいのか、迷いました。






〈続〉
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