ART&CRAFT forum

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「表現としてのかすり」 工藤いづみ

2017-10-01 15:01:04 | 工藤いづみ

◆「カレードスコープ vol.2 」 2007年 (部分)
90×350 cm ほぐしがすり
 絹(きびそ・生糸・練巻き) アイロンカラー染料


◆「無題」1988年
50×180cm (左右とも)たてがすり
ウール  イルガラン染料

◆「無題」2003年 (部分)
 70×180cm よこがすり(マットミー)
 木綿・擬麻木綿・紙糸 シリヤス染料

◆左「無題」2002年
70×180cm よこがすり(マットミー)木綿・麻 シリヤス染料

◆中央「無題」2004年
80×270cm よこがすり(マットミー)木綿・麻・紙糸 シリヤス染料

◆右「無題」2003年
70×180cm よこがすり(マットミー)
木綿・擬麻木綿・紙糸 シリヤス染料

◆「メコン幻想」 2006年(部分)
60×200cm よこがすり(マットミー)
絹(ラオス産) インド茜・西洋茜・ビンロウジュ

◆「翠光」 2007年 (部分)
70×200cm   たてずらしがすり・籠羅
絹(きびそ・練巻き)酸性染料

◆「カレードスコープ vol.1 」 2006年
90×270cm   ほぐしがすり
木綿・麻・紙糸・絹(生糸) 染料  アイロンカラー染料


◆ストール 2006年(部分)
23×140cm たてぼかしがすり  ウール 酸性染料


◆ストール  2007年(部分)
20×130cm たてずらしがすり
絹(半練・生糸・ループ) 酸性染料

2008年1月10日発行のART&CRAFT FORUM 47号に掲載した記事を改めて下記します。

 「表現としてのかすり」 工藤いづみ

初めてかすりを織ったのは、学生時代。
 今は手元に残っていないけれど、オレンジと紺の矢絣でした。
 
 かすりとは、デザインに合わせて部分的に糸を括ったりして染め分けて織る技法のことで、大学の課題として木綿の糸でたて糸を紺の無地に、よこ糸をナフトール染料でオレンジと紺に染め分けて、ずらしながら模様を織り出し、シンプルな平織りであっても、染め分けたよこ糸を少しずつ一段ごとに斜めに引きずらし、余分な糸を余らせて織ることで、矢羽根模様が現れてくることが面白く、夢中で織ったことを覚えています。
 
 卒業後、模様を織り出す方法としてはかすり意外にあまり知らず、糸を染めることが好きだったということもあって、学生時代のノートを頼りに自己流でこんな模様を織ってみたいとデザインを考え、かすりを織りたいという事が主ではなく、デザインやイメージが先にあり、その表現方法としてかすりの技法を選んでいました。
 
 たて糸をデザインに合わせて染め分けて機に掛けた時、考えていたとおりのかすり模様が織り出せる!とワクワクして織り始めてみると、たて糸だけが見えている状態とよこ糸を織り込んだときの模様の現れ方の差の大きさに、織物とはたて糸・よこ糸が組み合わさって初めて完成するのだと実感することになり、たて糸の密度やよこ糸の打ち込み具合によってかすり模様の現れ方が変わり、意図した模様が糸染めの段階では出来上がっているのに、織ることによってよこ糸の影響で見えにくくなります。
 
 また、織機の機能上たて糸の織れない部分が生じる事を考えずに、たて糸を染める段階で端から端まで模様を染め分けてしまい、機に掛けた時に模様を最後まで織れず悔しい思いをしたこともあり、作品を織るたびにかすり糸と格闘すると言って良いほど、四苦八苦の繰り返しです。
 
 なぜかすりの模様を思い通りに織り上げられないのか、なぜかすり模様がきちんと合わないのかが分からず、イメージを実現化するためにはかすりの技法とはどういうものかを知りたいと思い始めたときに、東京テキスタイル研究所の“かすり”クラスがあるということを知り、中山恵美子先生の元で様々な技法を学ぶことにしましたが、常に織りたい布のイメージやデザインが先行して、自分の現実の技量との差に何を表現したいのかが混乱し分からなくなってしまい、作品を織れず休みがちになった時に、中山先生から無理をせず、ゆっくりと学ぶようにアドバイスをいただき、その後何年もかけて多くの事を教えていただくことが出来ました。
 
 様々なかすり技法を学ぶうちに、デザインだけ、技術だけでは作品を織ることは出来ないという事や、糸という素材は奥が深くまた一つ一つの技法も、背伸びをせずに一歩ずつ次へのステップを確実に重ねていかなければ身に付かない事に気がつくまで、とても時間が掛かりました。
 
 
 かすりとは、たて糸を染め分けたものをたて絣、よこ糸を染め分けたものをよこ絣、たて糸・よこ糸両方を染め分けたものをたてよこ絣といい、それ以外にも解し絣・風通絣等多くの種類の絣があり、まず、糸を染め分けることから始まります。
 
 デザインやイメージに合わせて、たて糸やよこ糸を括って染め分けたり、染料を直接糸に刷り込んだりして染めます。染め分けた糸は、たて糸の場合はずれないようにし、またデザインによってはずらして機に掛けます。よこ糸の場合は模様を合わせながら、1段1段織ります。糸が染め分けられているので、難しい織り方が出来なくても平織りを織ることが出来れば模様を織り出せます。
 
 しかし、糸は全て同じに染まるわけではありません。特にかすり括りをおこなう時には、ある程度の本数の糸を束ねます。糸束を染めると、束の内側と外側の染料の浸み込みに差が出来て、どうしても同じ長さに染まりません。その為かすり模様に微妙なずれが生まれます。また、染め分けた色の際は染料の浸み込み方の差によってかすり足と呼ばれる色のにじみが生まれます。
 
 その微妙なずれやにじみは、かすりの大きな魅力なのですが、いざ織作業を始めると、模様がぴったりと合わないというジレンマを生み出します。何処まで模様を合わせ、何処までをかすり足として許容するかを自分の中で決める必要が出てきます。機に向かうと30cm程度の距離で模様を見ながら織ることになります。括りの際の染めの差やかすり足のために、模様が微妙にずれてしまい非常に気になりますが、実際には身に付けたりランナーなどの使う布を織る時は手にとって見る距離を考え、タピストリーとして展示する布を織る時は、70cmから1m程度離れて作品を見る事を考え、どこまでかすり模様を合わせるかというすり合わせをします。かすりの魅力とされる微妙なずれは、織り作業においては難しい兼ね合いを要求されるのです。
 
 また染めによるずれでは無く、糸を準備するときの糸の引き具合や糸の扱いによって模様がずれてしまうことも多くあり、無地の糸を織っている時には気が付かなかった事が出てきます。
 
 特に、綿・麻・絹・ウールなどの素材のそれぞれが持つ性質や糸の成り立ちの違いが大きく、作品を織るたびに素材への勉強不足を実感しました。木綿の手紡ぎ糸と機械紡績木綿糸を同じ条件と考え、よこ糸として織幅どおりに模様を染め分けた時に、織り始めてみると手紡ぎ木綿は伸びていてたて糸の織幅よりも余ってしまい、機械紡績木綿糸は縮んで足りなくなるといった具合に同じ作業をしていても結果は大きく違ってきます。糸を染め分けて織るということで、いかに糸は作られたときの条件で性質が異なるかという事を知ることになりました。
 
 同じデザインを絹糸で織るとき、ウールの糸で織るとき、麻の糸で織るとき、また同じ素材の糸でも機械紡績か手紡ぎか、糸の太さの違いや、撚りの掛かり具合で模様の見え方が本当に同じデザインなのかと思うほど異なります。
 
 なぜその様な事が起こるのかを考えると、かすりはそのかすり技法が織られている産地で生産される素材と深い関わりがあると気づきます。日本だけではなく、世界各地で織られているかすりは素材もさまざまで、風土や日常生活に密着した布として織られており、その地域で生産される素材や染料を使い、素材にあった染色方法、デザインが長い時間をかけて出来上がっているのです。そういった素材に合ったかすりのデザインや染め分けの技法は、素材が異なればさまざまな違いが出てくるのはあたりまえで、同じ技法であっても使用する素材に合った技法やデザインを工夫することが必要になります。素材の成り立ち、性質、そして染色に関わることを考えながら糸を染め分け織ることで、納得のいくかすりの布を織ることが出来るようになるのだと思います。
 
 このように多くのことを考えながら、かすりを織り続けることは、思ってもいなかった効果を作業を通して発見することが出来ると思います。たて絣は織り進むことによってたて糸の色が変わり、同じ色のよこ糸であってもそこに新たな色が現れてきます。経糸の密度・糸の表情が変わればさらに多くの変化が現れ、自分でも考えなかった表情が現れてきます。さらに素材の性質がプラスされ、さまざまな可能性が開けていきます。
 
 かすりを織るのは大変でしょう?と言われることがありますが、今まで一度も大変と思ったことは無く、手間が掛かると言われる括り、染め、機がけ、織りの作業は発見の繰り返しで楽しいと感じています。一つ一つの工程は一枚の布を織り上げていくための積み重ねで、白い糸がかすりの布に仕上がっていく大切な課程だからです。
 
 デザインに合わせてかすり括りをして、染め分けて織りあがった時のイメージを膨らませながら機に掛けます。織りの作業も一段一段、よこ糸を織り込むことで糸が布に変わる変化を目の当たりにできます。どんなに長い布であっても、途中で諦めることなく無心に織り続けることで確実に織り終わることが出来ます。もちろん考えたとおりに出来上がるわけではなく、多くの問題点が出てきますが、それはかえって次の作品へのステップになります。うまくいかなかった原因を探ることが素材を知ることになり、新しいかすりの表現方法を探ることにつながります。
 
 私にとってかすりを織るということは、かすりという技法が先に在るのではなく、自分が表現したいイメージが一番先に在るのです。イメージを表現するために、時には伝統的なかすりの技術を学ぶ必要も出てきますが、そこには技法を学ぶ事だけでは無く、素材やその技法の持つかすりの特徴をも探ることに他ならないからです。
 
 いままでは、一つのデザインの色や素材を変え、その変化から自分の中に内包しているイメージを表現することや、隣り合うたて糸の色の変化やかすりの中に透け感を持たせるために捩り織という織技法を組み入れてきましたが、今はステンドグラスや万華鏡のようなさまざまな光の色や色の重なりを、絹を通して表現しようとしています。
 
 刻々と移り変わっていく光のイメージを表現するために、絹の持つ光沢や染色性を、繭から糸へという基本に立ち返り、素材の原点を知ることで、タンパク質としての絹の質感・繭の個数の差による糸の太さ・糸になる工程の差による糸の表情の差、そして染色時の微妙な発色や染料のにじみ方の違いを確かめながら織っていますが。
 
 ガラスや水面などを通り抜けて変化する光のイメージを、いかにしてかすりという技法を通して絹糸に移し取れるかがこれからの目標で、イメージを表現するために常に素材と向き合い、その素材だからこそ出来るかすりの可能性とは何なのか、どのような染め分けをすることで表現したいイメージに近づくことが出来るかを、伝統的な技法にこだわることなく新しい試みにチャレンジしながら、日々たゆまぬ努力を続けていきたいと考えています。


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