駅前糸脈

町医者をしながら世の中最前線の動きを感知、駅前から所見を発信。

うんにまつわる話

2017年04月12日 | 診療

        

 もう四十五年も昔の話だ。医者に成り立ての私は、若い消化器の医師に付いて回って研修していた。その頃は婦長、院長、看護婦、医師、研修医という序列で、病棟での婦長の存在は絶大であった。

 どんな状況だったかはっきりは記憶しないのだが、腹痛を訴える初老の男性を先輩が看護師と二人で診察をしているのを脇で見ていた。何か気になることがあったか婦長もやって来た。次の瞬間ううと言ううなり声が上がった。あれっと看護婦が下着を下げると太いバナナが二本湯気を上げ、うっと声を上げたくなる臭気が襲ってきた。思わず身を引く先輩に、背後から「消化器の医者がこんなものに驚いてどうするの」、眉一つ動かさない婦長の静かな声が響いた。

 確かに、3Kを避ける医師はともかく、多くの医師は下々のことにも対処しなければならない。本当を言えば医者はまだよほどいい。看護師は本当に大変だ。彼女達にはこの一点でも頭が下がる。眉が一寸動く人は居るが、殆どの看護師は顔色一つ変えず、黄色い大洪水をテキパキと処置してゆく。患者にも辛いことだ。惚けるのはそうした辛さを感じなくなる効用もあるのかもしれない。

 年を取るとどうしても排泄に問題が出やすい。Mさんは87才、少し惚け始めているけれども一人で杖をついて500mの道を歩いてくる。4年前に免許を取り上げられてしまったのだ。近くの整形に毎日リハビリに通っているのだが、だんだん足が弱ってとひとしきり嘆かれる。以前から一寸小便の締まりが悪く、少し下着を汚すことがあったようだが、大の方もわからないことがあると言われる。風呂場で失敗したのは拙かったとため息が出る。婿に「出て行け」といわれと言う。えっと驚いた。なんということを、なさぬ仲はどうしようもないなと思ったが、上手く言葉が掛けられない。慰めともならない「それは大変ですねえ」という言葉を背後にMさんはとぼとぼと診察室を出て行った。 

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