忘れ人の独り言

明治生まれの両親がさりげなく生きていた姿が今,私に語りかけてくる。

公園のブランコがいつの間になくなっていた。

2018-04-26 | 日々の業

5日前に自治会の会合で、一人の方が公園のブランコが撤去されるということだが、危険だと言うのであればかかっているブランコの数を減らしてでも残して欲しいと訴えられた。私は初めて聞く話しで、びっくりした。

今日 買い物の途中公園を見るとブランコが跡形もなく無くなっていて驚いた。もう一つある公園も遠回りして見に行くと、こちらも無くなり鉄棒があるだけになっていた。

えっ! 滑り台もいつの間にか無くなり、砂場だけが残っている・・・。

以前はどこの公園にも大概、ブランコや滑り台、シーソー、ジャングルジム、、登り棒、などが揃っていたが、いつの間にか一つ減り二つ減りと姿が消えていったようだ。

孫達を連れてシーソーのある公園を探し回ったのはもう8年も前だった。

大人になってもブランコに腰掛てゆらゆら(本当は大人はいけないのだろうが)ゆらしていると何ともいえない気持ちよさと昔乗ったブランコの記憶が蘇ってくる。

風をきって大空に向かって高く、こいだ時の高揚感とスリル、、二人乗りしてこいだときのこと、・・・

立ちこぎのコツを覚えるのも少し時間がかかった。

子供の頃 隣の家と裏が通じていて、その間のところに縄をかけてもらい隣の博子さんと二人でブランコをして遊んだことは忘れられない思い出だ。

 

行政は古くなってきた遊具を取り替える費用のことや遊具による怪我などを理由にしているらしいが、いくら少子化とは言え、遊具をなくし高齢者のグランドゴルフ場にしてしまうのかと一瞬思ってしまった。

子供たちが外遊びをしなくなって久しいが、そんな時だからこそもっともっと工夫して公園で遊ぶ楽しさを感じさせられたらどんなにかいいだろう。

孫達が遊んだブランコ。もう撤去されていた。 ↑

10年ほど前に行った長等公園の遊具も撤去されているかな?

こちらは  大阪の街中にある公園 ブランコも円形滑り台もあった!2018年春

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