忘れ人の独り言

明治生まれの両親がさりげなく生きていた姿が今,私に語りかけてくる。

高齢者の終末・長生き論は尽きない。

2022-06-19 | 動画

明治生まれの私の母も人生で初めての入院で数日間は動揺しナースコールを押し続け、ベッドの周りはちり紙だらけにして、とうとう腕をベッドの柵に縛られてしまったことがあった。

その時母はどんな気持ちだったのだろうか?死を身近に感じたのだろうか?私は腕を縛られた母親をみて胸を締め付けられる思いだったが、病院側には何も言えなかった。

母のように寝たきりになって人生の最後を過ごすのは自分自身も、そして周りの者にも迷惑がかかると思ってしまいがちだが一概には言えない。介護の体験は必ず自分に生きてくると思っている。

友人たちと話すと必ずと言っていいほど自分の病気、家族の介護、お墓の事などが話題になる。そして最後には自分の死についてだ。「ほんまにどうかぽっくり逝けますようにと思うわ!もういつ死んでもいいのやけれどなぁ・・死ぬとき痛いのはいややしなぁ」と。

外国では安楽死が認められている国があるらしいが、日本はまだそこまで行っていない。

悪用して死にたくない人まで死なせてしまうことがないとは言えないからかもしれない。

外国に籍をおく日本のある学者が動画で高齢者は早く全員切腹したらいいなどと言っていたのを見た。自分の親は日本にいて両親は早く死にたい死にたいと言っているとも話していた

又、コロナ禍で亡くった方の多くが高齢者だと言われているなか、英国のある新聞に、高齢者の死が「高齢扶養家族を減らせる」ので、有益かもしれないと書かれていたそうだ。

昔の映画で楢山節考と言うのを見た記憶がある。田中絹代扮するお婆さんが息子に負われて山に捨てられに行く場面があった。貧しさ故のことだが、そういう時代もあったのだからなぁと、あれこれ考える

方や世界の先進国では老化を食い止める研究や若返る研究も盛んに行われている現実。

長生き論は尽きない。

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