朝焼けを見るために

神様からの贈り物。一瞬の時。

流水子   第5話

2005-03-03 17:05:36 | 流水子
『それで、ここの写真のレイアウトはこれでOKですね。』
『OK、それでいきましょう。』
『でも、ここの見出しの文字の大きさ、小さくないですか?なんとなく気になるんですが。』
『嫌、このままいきましょう。これ以上強調しすぎないほうが、ここはいいような気がする。』
『じゃあ、このまま印刷にかけます。』
『お願いします。今度の広報紙のコンクール、楽しみですね。』
『そうですね。いい結果がでれば、この一年の苦労もむくわれるってところですけど。』
『・・・。』
『・・・。』
『これが終わると、・・・。』
『うん?なんですか?』
『いや、やっと肩の荷も降りるかなと。』
『そうですね。一年大変でしたものね。お疲れ様でした。』
『いや、貴方こそ。ん?まだ、早いですね。まだまだ、残っている仕事がありますよ。』
『そうですね。頑張りましょう。』
『引き続きが終わるまでは。』
『・・・。後、少し。』
『えっ、何か?』
『いいえ。印刷に出してきます。』
『お願いします。あっ。』
『ん?何か?』
『いや、なんでもない。』
『・・・。』
『後で・・・。』
『・・・。待ってます。』



似ている。何が?なんとなく。容姿ではない。じゃあ、何?声、話し方、雰囲気。ただ、なんとなく。
でも、似ている。そう感じた。あの男性に。
好きだった、好きな、今でもずっと心の引き出しに住みついている男性。
打ち合わせの最中、電話連絡、メールでの資料のやり取り。ふと、錯覚を覚える。しかし、そこにいるのはあの男性ではない。別の男性。いるはずのない男性は、いるはずはなく、そこにはなぜだか何かが似ている男性。
それだけのことだったはず。なのに何故か妙に気になり、意識する。まるで、あの頃に戻り、あの男性を好きになった時のように。ただ、今はあの頃より大人。そしてあの男性とは違う男性。
邪(よこしま)な思いにかられる。あの頃の男性とその男性をだぶらせたことが。自分の後にあるものとその男性が背負っているもの。そして・・・。
連絡メールの最後に追加される、数行の文字。目から入り、心で言葉となりその男性の声となる。
『明日、2時。あの店で。』
待っていたメール。打ち合わせ、お茶を飲むだけ、それだけのこと。理由にならない言い訳を自分自身につく。
『自信がない。』
ふと無意識につぶやいていた。



気が付くと、資料添付の連絡メールの後に、私的なものを付随していた。いい歳をしてなにをしている、そう思わないわけではない。
なんとなく気になりだしたのは、あのうちあ打ち上げの後だろう。
『似ているのよ。』
アルコールに負かせた言葉だった。この女性がそこまでこだわり続けている奴は、どんな奴なのだろう。興味がわいた。まして、似ているらしい、俺に。俺に似ている奴。つまらない干渉。
投げ込まれた石なのか、察するには短い時間。
お互い役務上、自然と会話や時間の共有部分は、他の人よりも多い。仕事だけではなく、私的会話も増える。プライベートにな部分に入りこむような趣味はない。だが。だが、である。
どこの家庭にでもある、夫婦の倦怠期。もちろん我が家にも。十数年生活するうちに、馴れ合いや我儘が遠慮することなく、表面化する。それを無難に捌くすべを、否応なりとも身につけていく。どこの夫婦でもだ。多少の違いはあれ大差はないはず。それに気付き隙間をうめるもの。他人は何を見つけるのだろうか。俺の見付けたものは。

『義理チョコではないわよ。』
渡されたチョコレートを、そのまま受け取った。



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