明治後期~大正前期の帝国劇場
1947(S22)年 荷風は悲惨な正月を迎えた
その様子を「摘録 断腸亭日乗」から要約記述する
01/01 早朝腹痛下痢 午前正岡容氏来訪 午後小西方へ
01/02 午前小川氏春街氏来話 正午凌霜子来話 午後小西方 下痢止まず
01/03 腹具合がとても悪い 午前小川丈夫氏来話 午後小西方へ
01/04 午前医師吉田を訪い投薬して貰う 午後小西方へ
夕方阿部雪子来訪 切餅を贈られる 夜 人語・ラジオ聞こえず
早く腹痛を治して小西邸内に移りたい
01/08 ・・・この日から小西邸内で暮らした模様・・・
殆どの人は既に掲載済(春街氏は不詳)だが 正岡容の文庫紹介を忘れていた
荷風のことも様々書いているので青空文庫にリンクしておく
「浅草燈籠」・・・浅草オペラがテーマ 荷風の「おもかげ」「踊子」「勲章」 言及※
※このうち青空文庫化は「勲章」のみ 一度紹介した気もするが再度リンク
「艶色落語講談鑑賞」・・・東京パレスの話あり 荷風も3日にあげず通った
「大正東京錦絵」カチューシャ前後・・・松井須磨子のオペラの話など
この本に出て来る川柳作家の阪井久良伎の本(青空文庫) 「眞間名所」
「カチューシャ可愛や」・・・歌手不詳・背景画像で選択した
さて 上述01/04の医師吉田については 市川市サイトに次の紹介がある
(適宜要約)
吉田機司(よしだ・きじ)医師・川柳作家 1902/M35ー1964/S39
本名:吉田喜司 福島県出身 1937/S12年 京成真間駅近くに病院開業
1946/S21年 徳川夢声・古川緑波・正岡容と共に「川柳祭」を創刊
1947/S22年 1月 腹痛に悩む荷風を見かねた正岡が吉田を紹介
以降荷風のかかり付け医者となる
1959/S34年 検察医として荷風の検死に立会う
1960/S35年 葛飾区に転居する
ここで 最後の1行が気になって「葛飾区 吉田機司」でネット検索
何と 葛飾区鎌倉の吉田機司クリニックが出て来た!
そのサイトの「院長ご挨拶」ページにリンク・・・現在はお孫さんが経営中
病院の外観・運営方針・院長の経歴等々 かなりユニークな病院のようだ
というところで今日は終わり
それでは明日またお会いしましょう
[Rosey]