少し前に、『おじゃる丸のまったり語録ーしあわせの哲学』
なる本が出ていました。
月光町、平安町のひとたちは誰もがわけ隔てなく受け入れて
いるのです。
妖精のおじゃるであれ、小鬼トリオであれ、吸血鬼の館長であれ、
ツッキー(月夜が池に棲む恐竜(笑))であれ、怖い漫画を描く(笑)
幸代であれ、です。
自分とは違う世界の人種でも。
たぶん、自分が高次であれば、低次を内包しているから、
摩擦することや衝突するなんてことは起きないのですよ。
だから、いつもにこにこ笑っている。おだやかなんです。
ここで波紋を起こすのは大抵、おじゃる丸です。
これは、なにかにつまづいて、ハマっている人の精神状態
に似ています。
自分が問題を起こしているのに、そのことに気がつかず、
誰かのせいにする。
また、何も起きてはいないのに、どうしょうとあれこれ考えて、
それを埋め合わせるために、よからぬことを考え、言い訳に
終始する。
これでは、あいちゃんのつくってくれたプリンに癒されたいのも
うなづけるかも。(笑)
ゆるせるのではなく、ゆるしたら、気にならなくなるものです。
気が抜けるほど、ざっくりした感覚ですが、真理なんて、
そんなものです。
または、好きだから、丸ごと好き。大好き。なにかあっても
気にならない。
結果の感覚です。けんかしても、すぐに仲直りできます。
相手を尊重しあえる。その究極が、無条件で愛する
ということ。
神の無条件の愛とは、このようなものなのです。
そして、
赦しが自分の課題であれば、その課題を解いてしまえば、
よいのです。何も問題はありません。
あなたはゆったりと自分で在り続けられる道を歩いていく
ただ、それだけのことなのです。
読んでいただきありがとうございました。
ニコニコして「はいはい、そうだね」って言えます。
この感覚をみんなに向けちゃえば良いんでしょうね^^
なんだか、微笑ましい。
かわいらしい息子さんとロボットさんのやりとりが浮かびます。
そうなのですよ、誰にでも。
ほんとうは、同じ自分を相手も宿しているのですものね。
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