ウォール・ストリート・ジャーナル紙中東担当コラムニストのトロフィモフが、レバノンにおけるヒズボラの政治的影響力は対IS勝利で益々強まるだろうが、ヒズボラは力を間接的に行使する今のやり方を続けるだろう、とする解説記事を8月31日付けで書いています。要旨は次の通りです。

(iStock.com/Andrzej Windak/Dmitriy Tereschenko/Daisha/alphaspirit)

 レバノンのヒズボラは、ISを同国山岳地帯カラウマンの主要拠点から駆逐した。レバノンと地域にとっての問題は、ヒズボラがこの勝利を継続的な政治的得点に転換できるかどうかである。

 イランの支援を受けるヒズボラは、2011年に勃発したシリア革命でアサド体制についた後、中東地域での影響力を大きく失った。しかし、シリア内戦の激化により、レバノンに難民、スンニ派の過激派が殺到するにつれ、ヒズボラは自らを地域の少数派、とりわけキリスト教徒の守護者と位置付けることに成功した。それは、ヒズボラの国内での支持拡大をもたらした。

 このような国内で広範な合意を形成できる能力は、ヒズボラに比類のない政治的影響力を与えている。2016年10月のレバノンの大統領選挙では、ヒズボラが支持するキリスト教勢力のミシェル・アウン元将軍が選出された。

 カラマウンでのヒズボラの勝利は、軍事力のみならず政治的影響力の拡大とみなされ、勝利はヒズボラのシーア派内での影響力を高めることに加えキリスト教勢力との連携強化にもつながる、との見方がある。レバノンにおいては、ヒズボラの戦略的選択に誰も対抗し得ないように見える。今や、ヒズボラの立場は、カラマウンの軍事作戦の結果により強化されている。今後、レバノンでヒズボラの政治的意思に反対するのははるかに難しくなる。

 さらに事態を複雑化させているのが、レバノンの対米関係である。トランプ大統領は、7月のハリリ首相との会談でヒズボラを「レバノン国家、レバノン国民、そしてこの地域全体にとって脅威」と描写している。米当局者は、地域におけるイランの影響力を押し戻す広範な作戦の一環として、ヒズボラを罰する方策を追求しているが、同時に、レバノン国家を崩壊させ同国経済を破壊することのないよう注意深く行動することに留意している。

 そういうわけで、ヒズボラがISに対する勝利から政治的な利益を引き出すに際し慎重になると思われる。ヒズボラは国家機構に対し圧倒的な非公式の支配を及ぼしているにもかかわらずハリリ現政権では、ヒズボラは非主要官庁しか掌握していない。

 今後ともヒズボラは、権威を間接的に行使しレバノン社会の他の勢力から協力を追求するという、現在の戦略を踏襲するだろうと、ヒズボラに通じた人々は予測する。

 ヒズボラ問題の専門家は、「レバノンでは、どれだけ強力かは重要ではなく、コンセンサスによって統治しなければならない」、「そうしなければ、最終的には自身が望まない立場に追い込まれるだろう。我々は既に内戦中にそれを試した」と言っている。

 

 

 解説記事は、ヒズボラが、レバノンでのIS駆逐で、政治的影響力を一層増したにもかかわらず、レバノンの政治で直接支配力を行使することはしないだろう、と分析しています。その通りでしょう。

 ヒズボラは、レバノン内戦へのイスラエル軍の侵攻を受けて1982年に結成されましたが、当初から単なる武装組織ではなく、政治組織でもありました。社会開発計画を策定、実施し、自らのラジオ・テレビ局を持ち、選挙に参加してレバノン議会に議席を持っています。2008年の挙国一致内閣に参加し、今でも閣僚がいます。いわば、レバノン社会のエスタブリッシュメントの一部なのです。

 その政治力は大きく、これまでも実際に政策を決めているのはヒズボラであると言われているほどです。それが今回のIS駆逐で政治力が一層高まり、レバノンの政治を直接支配してもおかしくないのですが、それはしないでしょう。解説記事の言う通り、レバノンの政治ではコンセンサスが重要だからです。特に、ヒズボラは当初からレバノンのキリスト教運動と協力関係にあり、この協力関係を維持する必要があります。

 米国との関係にとっても、いわば低姿勢をとることが必要となるでしょう。トランプはヒズボラを厳しく批判しています。ヒズボラがイスラエル抹殺を宣言しており、イスラエルが厳しく批判していることもあり、このトランプの姿勢は変わらないでしょう。ヒズボラとしても、そのトランプを刺激することは避けたいところではないかと考えられます。

 ヒズボラの低姿勢は、ヒズボラの軍事的・財政的支援者であるイランにとっても好都合でしょう。ヒズボラはイランが産み、育てたものです。ヒズボラの指導部はホメイニの薫陶を受け、その部隊はイランの革命防衛隊が訓練、組織しました。ヒズボラ、そしてヒズボラが実質上支配するレバノンは、イランの中東政策の要の一つである「シーア派の三日月地帯」の重要拠点です。そのレバノンが政治的に不安定になることはイランとして望まないでしょう。

 ヒズボラは、イランの指導の下、シリア内戦にも介入し、アサド政権を支えてきました。他方、イスラエルはヒズボラを脅威と見なし、いざとなれば軍事行使も取りかねません。今後の中東情勢の中で、ヒズボラから目が離すことはできません。

 

 

出典:Yaroslav Trofimov,‘With Win Over Islamic State, Hezbollah Gains New Sway in Lebanon’(Wall Street Journal, August 31, 2017)
https://www.wsj.com/articles/with-win-over-islamic-state-hezbollah-gains-new-sway-in-lebanon-1504171801