(スーダンの首都ハルツームの路上 写真コメントには“..yesterday..today..tomorrow...”とあります。 “flickr”より By Vit Hassan)
国際的に強い批判が寄せられているスーダン西部ダルフール地方の紛争については、今月27日に当事者各勢力との和平協議が開催される予定になっています。(予定が変更になっていなければ・・・)
ダルフール紛争では、スーダン政府と反政府勢力の一部が04、06年に停戦合意や和平協定にこぎつけましたが、その後も紛争は続いていました。
今年7月の国連安保理決議を受けて、2万6千人規模の国連・アフリカ連合合同の平和維持部隊(UNAMID)受け入れにスーダン政府がようやく同意。
和平プロセスを再構築する方向に動き始めました。
和平会議の開催地はリビアで、“あの”カダフィ議長が国連事務総長と会談して、反政府勢力の指導者が交渉に参加するようあらゆる努力をすると表明しています。
頑張って欲しいものです。
しかし、その後伝えられる話は先行きを懸念させるものばかり。
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国連安保理決議で派遣が決まった国連・アフリカ連合(AU)合同部隊(UNAMID)の構成について、AUと国連の意見対立が表面化。スーダンのラム・アコル外相は「AUで十分対応でき、問題はない」と主張、事実上、アフリカ以外の国からの派遣を拒否する姿勢を示した。【9月22日 毎日】
スーダン西部のダルフール地方で活動するAUの平和維持部隊の基地が9月30日に襲撃された。
組織化された大規模な武装集団が、車両30台でダルフール地方南部のハスカニタ基地に侵入。
平和維持部隊の兵士10人が死亡し、40人が行方不明となっている。
行方不明者のうち、36人がAU部隊の兵士で、ほかに軍事監視要員3人、警察官1人が含まれる。
【10月2日 AFP】
国連スーダン派遣団は7日、南ダルフールの町ハスカニタが6日に襲撃され、壊滅状態にされたと発表した。
同町では前月アフリカ連合平和維持部隊の基地が武装グループに襲撃され、兵士10人が死亡する事件が起きたばかりだった。【10月8日 AFP】
スーダンからの報道によると、同国西部ダルフール地方の反政府勢力でただ一つ政府と和平合意したスーダン解放軍(SLA)主流派は9日、政府軍が同派支配下の村を襲撃し、同派兵士5人と住民少なくとも40人が死亡したと述べた。【10月9日 朝日】
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これだけでも見通しを暗くさせるのに十分すぎるぐらいなのですが、ここにきて更に別の問題も顕在化してきたようです。
スーダンでは今も続いている西部のダルフール紛争とは別に、南部を拠点とする「スーダン人民解放軍(SPLA)」と北部の中央政府の間で83年から「南北内戦」が続いていました。
05年1月、米国の仲介で石油収入の公平な分配や両軍の統合を盛り込んだ和平協定が締結され、SPLAの司令官が第1副大統領に就任、他の幹部は閣僚となり、南北統一政府が発足した経緯があります。
今月11日、SPLAの政治部門である「スーダン人民解放運動(SPLM)」が、この05年に締結したスーダン政府との和平協定に基づく統一政府からの離脱を発表しました。
この和平協定には、11年に南部の分離独立の是非を問う住民投票を実施することが盛り込まれています。
北部の中央政府はイスラム原理主義なのに対し、南部はキリスト教徒が多く、投票が実施されれば南部が独立する可能性が高いことから、バシル大統領は豊富な石油資源を持つ南部の独立を恐れ、住民投票などの合意実施を先延ばししているとも伝えられています。【10月13日 毎日】
このようなバシル大統領の合意不履行に対する南部APLM側の不満が爆発したようです。
ナットシオス米スーダン特使は「緊張が高まっていて危険だ。北部と南部の現在の政治的雰囲気は険悪である」と指摘しています。
石油が豊富に埋蔵されていることで知られているアビエ地域の帰属については依然として南北間で合意に達しておらず、また和平協定後も双方の部隊は完全には撤収していないそうです。【10月7日 時事】
最悪の場合、西部ダルフールに加えて、南北内戦の再発・・・という事態もありえるのでしょうか?
こういう状態を見聞きするにつけ、なぜこんなにも武力紛争が多発・継続するのか、素朴な疑問にかられます。
植民地時代からの経緯、恣意的な国境線、民族・部族・宗教の対立、石油などの資源の存在、武器商人・支援国の存在など・・・いろいろあるのでしょうが、“血を流さずに・・・”という発想はこの地ではないのか?このような地で暮す人々に降りかかる災いをどのように考えたらいいのか?
出口の見えない暗澹たる気分になります。
(朝のお茶の準備をするスーダンの女性 エチオピア国境も近い東部スーダンにて“flickr”より By Vit Hassan)