孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

ボツワナ  進展するエイズ対策

2007-10-22 17:46:35 | 世相

(劇によるエイズ治療に関する啓蒙活動 ボツワナ “flickr”より By natavillage )

南アフリカのボツワナは、人口に占めるHIV陽性者の割合が最も多い国の一つです。(2000年の調査で成人の38.8%、世界第1位 03年37.3%、スワジランドに次いで世界第2位)
エイズ問題は放置すれば、患者にとって“死刑宣告”になるだけでなく、ミクロ・マクロの経済崩壊、社会の荒廃など、国家・社会そのものの崩壊を招く大問題です。
このボツワナでエイズ対策が急速に進展しているという珍しく“希望が持てる”ニュースがありました。



*****もはや死刑宣告ではない、ボツワナのエイズ対策******
【10月21日 AFP】 国家エイズ調整局(NACA)によれば、同国はHIV感染者に対し、アフリカ大陸において過去最大規模の抗レトロウイルス薬支給を実施し、過去5年間で感染者の死亡率を8.5%にまで減少させることに成功したという。
国連合同エイズ計画(UNAIDS)によれば、ボツワナ国民約200万人のうち約27万人がHIVに感染しており、早急に治療の必要な患者のうち85%が政府から無料で薬剤の支給を受けているという。モハエ大統領は2001年、死者数が驚くほどに増加する中で、「われわれは滅亡の危機にさらされている」と警告していた。
最終目標としては、独立50周年を記念する2016年までに新感染者をゼロにすることを掲げている。
* *****************

非常に“希望が持てる”ニュースですが、各国がエイズ対策、特に高価なエイズ治療薬の経済的負担で苦しむなか、どうやって“無料の薬剤支給”が可能になったのでしょうか?
ボツワナの成功の基礎には、この国がアフリカ諸国のなかでは、これまた珍しく政情が安定し、経済的にも順調に(ただし、鉱物資源に頼ったかたちではありますが)発展しているということがあります。
経済を支えるのは鉱物資源で、銅やニッケルもありますが、なんと言ってもダイヤモンド。
ダイヤモンドだけで、GDPの3分の1を超え、輸出総額の75%から90%、国の歳入の約半分を占めるそうです。【ウィキペディア】
政情・社会の安定が総合的なエイズ対策を可能にしており、財政的にもそれが可能な状況にあるのでしょう。

途上国におけるエイズ対策には様々のハードルがあります。
国家、患者の財政負担の問題
(もともと所得水準が低いうえに、本人あるいは介護の家族が働けなくこともあります。また、一般的にエイズ治療薬は所得水準に比べると相当に高価なものなります。)
病院・医療施設が住民の身近な場所にないため、検査も治療もできない
(病院への交通手段も制約されています。)
患者のコンプライアンスの問題
(エイズ治療薬は決められたとおり服用を続けないと薬剤耐性ができて、その薬剤は使用できなくなり他の薬剤に切り替える必要が出てきます。このため、このことを患者が理解し“きちんと服用する”ことを遵守することが大切です。
そのためには十分な説明、普段からのカウンセリング、薬剤耐性有無についての検査体制などが必要であり、これはなかなか大変なことです。)
抵抗力を維持するに十分な栄養状態を保つこと。
(一部途上国では至難のことです。)
感染予防のためのコンドーム使用の徹底
(下記のレポートに、南アフリカでは“黒人の人口を抑えるための政治的策略”と受け止められたことなどが報告されています。アパルトヘイト政策の負の遺産はこういう面にも現れます。)
などなど。

以下のアドレスに、ボツワナのエイズ対策を詳しく、特に、同じように高率のHIV感染率に悩む南アフリカとの比較で論じた牧野久美子氏のレポート「ボツワナ・南アフリカ エイズ治療規模拡大への課題」があります。
http://www.ide.go.jp/Japanese/Publish/Topics/pdf/52_04.pdf
このレポートで目にとまった点をピックアップします。

・ ボツワナではエイズ対策について保健政策の一部として扱うのではなく、早い段階からマルチ・セクターで取り組むべき国家的政策と位置づけられた。各セクターの代表からなる国家エイズ評議会(NAC)が設置されトータルな対策を調整。

・ 2000年には、モハエ大統領は非常事態を宣言し、自らNAC議長について陣頭指揮にあたった。

・ 2002年から、治療を必要とする者には公的セクターにおいて無料で治療薬を提供する「マサ・プログラム」を開始(“マサ”は現地語で“夜明け”)
  
・ 民間企業の協力体制:国の基幹産業であるダイヤモンド鉱山において、政府に先立って2001年から従業員・配偶者に治療薬を提供開始

・ 国際的な協力体制:製薬メーカーのメルク社と“ビル・アンド・メリンダ・ゲイツ財団”が各5000万ドルを拠出して人材育成・薬剤提供・患者情報管理システムなどで協力

・ 2004年からは他の疾患等で病院来院時に、本人希望によらず、医師の判断でHIV検査を行えるようにした。(本人に知らせるときショックを与えることもあって批判もある。)

詳述は避けますが、南アフリカでは上記ボツワナとは逆で、マルチ・セクター的取り組みが遅れ、指導者の理解が不足しており、製薬会社との協調ではなく対立が表面化する・・・といったことで、本来有していた医療に関する比較的恵まれたインフラにもかかわらず、金持ちは私費で治療を受けられるが、一般の人々は“死刑宣告”として受け止めるしかない状況が長く続いたようです。

南アフリカにとって不幸だったのは、エイズが問題になった時期が丁度アパルトヘイト体制からの移行期で、社会的にエイズ対策に取り組む余力がなかったということもあります。
また、長いアパルトヘイト政策の影響で、コンドームやエイズ治療薬について、黒人の人口を抑制するための政治的策略ではないかという不信感が社会に存在したということもあるようです。

ボツワナの紹介で興味深いのは、“メルク社(製薬メーカー)との協調”の点です。
エイズ治療薬は途上国の所得水準からすると高価なため、途上国の場合、国家にも患者にも大きな負担となります。
もっと露骨に、あるいは悪意を持って言えば、“薬は存在するが経済的に使えないため、多くの貧しい患者が死んでいく”、“製薬会社の儲けを守るために患者が死んでいく”という現実があります。
そこで、安価なコピー薬(医薬品は成分が明らかにされているので、まったく同じ薬をつくること自体は難しくありません。)を利用したいという動きが出てきます。
しかし、製薬会社は特許権で守られていますので、勝手なコピー薬は違法になります。
場合によっては、途上国側がWTOに定める例外措置である強制特許実施権を発動して強引にコピー薬使用に乗り出し、製薬メーカーと紛糾する場面が少なからずあります。

“患者の命か製薬会社の利益か”と問えば結論は明らかですが、ことはそれほど簡単ではありません。
製薬会社の特許権・利益が守らなければ、製薬会社は新薬の研究開発ができなくなります。
したがって、“現在の命を守るために、将来の本来なら救われたであろう多くの命を犠牲にするか”という問題にもなります。

メルク社自身が、タイやブラジルでトラブルになっており、タイは2006年11月に、ブラジルは今年5月にメルク社との価格交渉が決裂し“強制特許実施権”発動でコピー薬の輸入・使用を宣言しています。
どうして、ボツワナでは協調体制がとれたのでしょうか?
(財政的に恵まれたボツワナでは、メルク社が満足する価格の支払いを政府が可能である・・・というだけのことでしょうか。)

ちなみに、メルク社は従来と全く異なるタイプのエイズ治療薬を開発し、この薬剤がアメリカで認可されたというニュースが先日ありました。【10月13日 読売】
薬剤提供のギブ・アンド・テイクで、新薬の治験に協力する・・・なんてこともあるのでしょうか?
誤解がないように言えば、治験への協力は正規のプロトコルに従って行われるのであれば、なんら問題のない医療の進歩のために必要なことです。

話がそれてしまいましたが、いずれにせよボツワナで順調にエイズ対策が進展しているというのは実に喜ばしいことです。
アフリカに関する話題というと、内紛とか災害、難民、貧困・・・といった暗いものばかりになり勝ちですから。

先日、DNAの二重らせん構造を発見して1962年にノーベル医学生理学賞を受けた米国の分子生物学者ジェームズ・ワトソン博士(79)が英紙とのインタビューで、黒人が人種的に劣っているという趣旨の差別発言をし、話題になりました。
******
博士は14日付のサンデー・タイムズ紙で「アフリカの将来を悲観している」とし、「社会政策はすべて、彼ら(=黒人)の知性が我々の知性と同じだという前提を基本にしているが、すべての研究でそうなっているわけではない」と語った。さらに「黒人労働者と交渉しなければならない雇用主なら、そうでないことを分かっている」と続けた。 【10月20日 朝日】
* *****

ワトソン博士は謝罪して、アメリカに帰国したそうです。
“黒人が人種的に劣っている”とは絶対に考えませんが、アフリカの惨状を見ると“どうして・・・”という気持ちになってしまいがちなのも事実です。
実際、身の回りにもワトソン博士と同様の発言をしてはばからない者もいます。

ボツワナはダイヤモンドによって財政的に潤っているという特殊な事情はありますが、逆に言えば、条件さえ整えば着実に成果を上げられるという証拠とも思えます。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする