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(バンコクの選挙戦時の街の様子 今回選挙ではありません “flickr”より By wufgaeng )
タイ総選挙の実施を布告する国王勅令が25日発効し、12月23日投票が正式に確定しました。
昨年9月の軍事クーデターによるタクシン政権崩壊以来、初めての選挙で、軍主導の暫定体制から民生へ復帰する選挙となります。
8月19日投票されたタイの新憲法案をめぐる国民投票では、暫定政権・軍部の提起した案が賛成多数で支持されましたので、タクシン時代もこれでおしまいかな・・・と私は思いました。
(8月21日の当ブログ http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20070821 )
しかし、これは私の全くの考え違いで、賛成57.8%、反対42.2%という数字の意味は、反対が予想外に多く、4割を超えたという点にあったようです。
タクシン支持勢力はこの結果に勢いづき総選挙に向けて準備を始めました。
特に、タクシン前首相の地盤である東北部で反対が6割を超えたことに、タクシン支持勢力は自信を深めたそうです。
タクシン政権を支えたタイ愛国党は憲法裁判所から解党命令を受けており、タクシン前首相(英国に亡命中)など元タイ愛国党幹部は今後5年間新党の役員になることを禁じられています。
そこで、公民権停止を免れた愛国党議員の多くは、以前から存在していた小さな政党の“国民の力党”
(“市民の力党”とか“人民の力党”とか訳されることもあるみたいです。)に大挙移籍入党して、実質的にこの党を乗っ取るかたちをとりました。
また、中央選挙委員会は10月25日、タクシン前首相が“国民の力党”の顧問に就任することは選挙法違反とはならないと発表しました。(役員ではなく、顧問・相談役ならOKとのこと)
票集めのノウハウを熟知したタクシン氏が顧問となることで、同党が12月の選挙戦で善戦する可能性が高まってきたとも言われています。【10月25日 バンコク週報】
なお、一部旧タイ愛国党党員はこのようなタクシン支持派の動きに同調せず決別して、新党“プア・ペンディン”を結成しました。
この結果、東北部、北部を支持基盤とする“タクシン新党”とも言える“国民の力党”、首都バンコクと南部で支持が強い反タクシンを鮮明にしている旧野党の“民主党”、そして第三勢力としてキャスティングボードを狙う“プア・ペンディン”等が選挙戦を戦う構図になっています。
軍部は、もしタクシン復権にでもなれば自分たちへの報復もありえますので、反タクシンの“民主党“を中心に旧野党・新党勢力に退役軍人が入党するなど支援しているようです。
既存小政党に大量移籍入党して乗っ取ってしまうというのは、随分乱暴な方法に思えたのですが、タイの政党・選挙事情に詳しい方のブログ・記事などを拝見すると、そう驚く話ではないようです。
もともと、タイの政党間には思想的な差は殆どなく、基本的には利権集団あるいは派閥的な存在で、連立の大胆な組み換えとか議員の政党間の移籍はごく普通に見られる現象のようです。
(地方に支持者が多いタクシン支持勢力とバンコクを中心とした民主党では、格差社会の中で取り残される地方や低所得層を重視する考え方と、その金権・強権体質的な部分へ眉をひそめるような感覚といった差はあるのかも。)
移籍料については、「従来の選挙では3000万バーツ(約1億円)前後だったが、今回は4000万~5000万バーツに高騰しているといわれる。」【10月25日 毎日】といった情報もあります。
それだけ激しい選挙になっているということでしょう。
“国民の力党”が優勢とも伝えられていますが、旧タイ愛国党のような巨大政党発生を防ぐため、今回は中選挙区制にしたこともあって、単独で過半を制するのはどこも難しいのではとも見られています。
タイの選挙事情を扱った興味深い記事のひとつに“コンケン通信 11 タイの選挙 桂川裕樹”
(http://www.bekkoame.ne.jp/~hujino/no29/29katuragawa.html)があります。
10年ほど前の状況ですが、基本的には今も同じでしょう。
この記事によると、タイでは公職選挙法的な規則はあるが緩いもので、ポスターは何種類でも貼り放題、宣伝カーは出し放題、TVコマーシャルは流し放題。
また、地方の集票マシン、買票組織を取り仕切る“チャオ・ポー”と呼ばれる実力者達が大きな役割を果たすようです。
一昔前であれば、本物の実弾が飛び交い落命する候補者も少なくなかったようですが、さすがに現在は候補者本人が殺されることはないそうです。(運動員などの負傷は別です。)
ちなみに、国会議員の暗殺でも依頼料の相場は50万バーツ程度(10年前の相場です)で、議員を買収するよりはずっと安くつくそうです。
今回選挙でも、反タクシン勢力を勝たせたい政府の意向というか圧力というか・・・そういう影響もあったようで、“国民の力党”のテレビスポットの放送をテレビ各局が拒否するようなことも行われているようです。【10月16日 バンコク週報】
面白い世論調査もあります。
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アサンプション大学が21日に発表した12月実施予定の選挙に関する世論調査結果によれば、有権者の64.6%が「金銭などを提供した候補者に投票する」、82.9%が「買収行為を当局に通報しない」と回答した。
ソンティ副首相(治安担当 軍事クーデターの首謀者で軍政のトップにあった人物)が選挙違反を厳しく取り締まるとしているが、これに「賛成」が52.2%、「反対」が27.7%だった。
「投票の判断基準は政党か個人か」では、51.9%が「両方」、28%が「個人」、20.1%が「政党」と回答した。【10月22日 バンコク週報】
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金銭の提供を受けた候補者に投票するというのは、金だけ受け取って投票しないよりは“律儀”かも。