(チャド 臨時の医療施設のように見えます “flickr”より By Omar Odeh )
フランスでは、移民が家族を呼び寄せる際に、その親子関係をDNA鑑定で証明させる新移民法が議論を呼んでいました。
政府側の説明では、「移民の家族が増えた結果、税金による医療・教育サービスなどの費用負担が急増し、国家の財政を圧迫している」「一部の国々、とりわけアフリカからの申請において提出される戸籍謄本の「3割から7割」には疑念の余地があるという現状を打破するための処置」との説明がなされています。
******
フランスの国民議会(下院)と上院の両院は23日、仏入国を希望する移民を対象に、既に仏国内にいる家族との親族関係を立証するためのDNA検査を希望者に認める修正法案を賛成多数でそれぞれ可決した。野党や人権団体は「遺伝子で選別するのは危険」と強く反発し、下院は282対235、上院も185対136の小差での採択となった。
同法は下院で1度採択後に上院で修正案が採択され、両院協議の上、23日に修正法案が可決された。法案は当初自己負担だった検査費が仏政府の負担となり、検査は母系関係に限定され、裁判所の決定が必要となった。
これに対し、社会党のモントブール議員は「遺伝子が管理の手段として使われるのは差別だ」と批判し、バダンテール元法相も「仏国内法は医学研究での遺伝子検査を規制しており、移民管理にのみ適用すべきではない」と主張した。【10月24日 毎日】
******
上記記事のなかの、“希望者について認める”(当初報道では“義務”だったような気がします。)“検査は母系関係に限定”“裁判所の決定が必要”ということについて、私はまだその意味が理解できていません。
そのような理解状態での感想ですが、この新移民法には2点ほど論点があるのではと思っています。
ひとつは、“家族か否か”という極めて個人的問題を国家が生物学的手法で決定することの問題・違和感です。
家族形態には多様なものがあります。
いわゆる連れ子的なもの、養子縁組、本人にも明らかにされていない出生にかかわる事情、両親すらよくわかっていない事情、更に最近では人工授精その他の医療技術による出産等々。
だからこそ、フランスの倫理諮問委員会(CCNE)は「親子関係を媒介するのは物語や言葉であって、科学ではない」と答申しています。
もちろん、政府側には“DNA鑑定で親子関係を否定しようとかするものではない”とか、このケースについては云々とかいろいろの考え・対策はあるのでしょうが、やはり個人の領域に国家が大きく踏み込んでくる感じは否めません。
フランスでは事実婚的な愛人関係とか同姓同士の生活とか、従来の規範・枠組みにおさまらない個人の関係が広く存在し、そのような多様な関係を社会的に認める雰囲気がつくられているとも聞いています。
そういう社会風潮からすれば、一部の人々にはDNAによる親子関係特定というのは馴染めないものに感じられることが想像されます。
更にこだわれば、今回は“移民”についての対応ですが、このような個人に対する国家管理は将来的に広く国民全体にいろんな形で拡大していくのでは・・・と心配するのは杞憂でしょうか。
もうひとつは、いわゆる“移民問題”への対応です。
フランスをはじめヨーロッパ各国はいろんな事情・必要性で広く移民を受入れ、その結果、国家財政の問題にとどまらず、文化的な対立とか治安の問題などの社会不安を引き起こしています。
今回の新移民法について、「結局のところ政府は移民を悪者に仕立て、経済悪化や失業問題の原因を移民のせいにしているのではないか」との批判があります。
政府は「移民の増加と犯罪の関係は立証されておらず、(今回新移民法は)治安対策ではない」と述べ、05年秋に移民系の若者による暴動が起き社会不安を呼んだ問題とは直接関係ないと弁明しています。【10月23日 毎日】
とは言うものの、やはり“なんとか移民を抑制したい”“移民のせいでフランス社会が被害を蒙っている”といった、どこか移民排斥に繋がるような心情もみえるような感じもします。
サルコジ大統領のこれまでの言動にもよるのでしょうが。
“移民排斥”といった偏狭なナショナリズムや、すべてを移民のせいにする責任転嫁には組しませんが、移民問題が社会にとって大きな問題であることは間違いありません。
移民抑制策を含めて、どういう対策をとるべきか、どのような方法で社会的緊張関係を緩和できるかは議論すべき問題です。
ところで、先述したフランスの多様な家族関係、養子縁組にも関係する問題でもありますが、アフリカのチャドで、スーダンのダルフール紛争による孤児をフランスへ連れ出そうとしたNGO関係者が逮捕されました。
*********
逮捕されたのは、フランスの援助団体「Arche de Zoe」の関連団体メンバーとジャーナリスト3人を含む9人。
103名の子どもたちを「救出」するために出国させようとした未遂事件に関与したとして25日にチャドで逮捕、拘束された。
「Arche de Zoe」は、隣国スーダンでのダルフール紛争で危機的状況にある子どもたちを「死から救う」ため連れ出そうとしたと主張しているが、チャドの首都ヌジャメナに駐在するユニセフ(UNICEF)の代表は、子どもたちの大半はチャド出身で、孤児だという証拠はないと述べた。
伝えられるところによると、子どもたちはフランスで養子縁組を行うか、里親に引き取られることになっていた。
こうした希望者たちは「Arche de Zoe」に、2800(約46万円)-6000ユーロ(約100万円)を支払っていた。【10月27日 AFP】
*********
「Arche de Zoe」の事務局長は、関連団体の行為は全くの同情心からだと述べ、養子縁組のために子どもを確保したとの疑いを一切否定しているそうです。
死から救うために「救出」した子供達について、これまでに約300家族から子どもを引き取るとの申し出があったということです。
「救出」が先にあって、養子の申し出はその後にあったということでしょうか?
「養子」を前提に「救出」したのでしょうか?
事実関係がよくわかりません。
フランス政府は「この行為を禁止・阻止するために全力を尽くした。しかし彼らは密かに、誰にも告げず、当局の許可も得ずに実行した。非合法で無責任な行為に走った」と非難しています。
チャドのイドリス・デビ大統領は、「純然たる誘拐」だとして援助団体メンバーに対する「厳しい処罰」を要求しています。
養子・里親希望者らは、パリのチャド大使館前で抗議活動を行い、「彼らは皆、許可を得ている。理解できないのは、チャド当局の心変わりだ。まったくの謎だ」と話しています。
チャドにはダルフール紛争による難民約23万6000人がいるほか、東部での軍と反政府武装勢力との戦闘で、約17万3000人が難民や避難民になったと見られています。
チャドの紛争については、偶然でしょうか、事件報道と並行して「25日、リビアのカダフィ大佐の仲介で、チャド政府と反政府勢力が停戦に合意した」【10月26日 毎日】ことが報じられています。
事実関係・背後関係がわかりません。
ただ、仮に今回の行為が「最初から養子を目的にした“人買い”行為」だったとして、それが非難されるべきものか・・・個人的には確信がありません。
たとえ飢えに苦しもうが、砲弾で傷つこうが、親子は一緒に生活すべきであり、お金で子供を買って安全で豊かな国で養子として育てるのは悪である、誘拐である・・・でしょうか?
もし、飢餓と紛争の地に子供を残したまま、お金だけ支援金として提供すれば“崇高な人道援助”であり、子供を両親の了解のもと引き取れば誘拐でしょうか?(子供本人の意思確認というのは微妙な問題がありますが。)
もっと極端なケースで、生活に困った親が娘を売春宿に売り飛ばすようなこと(貧しい国では珍しい話ではありません。)は忌むべき行為でしょうか?親子ともども路頭に迷うべきなのでしょうか?
例え娘がその環境に“適応”して、もとの暮らしにもどりたくないと考えていたとしても?
(考え方は、“性の商品化”に関する個人的拒否感・寛容さにもよるでしょうが。)
極めて単純な倫理観・モラルの問題でしょうが、“衣食住が保証された国で生活する人間のモラル・倫理をそのまま食べること・安全に暮らすことがままならない国にあてはめていいのか?”という思いもあって・・・そんな簡単なことすらよくわかりません。