孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

バングラデシュのグラミン銀行、アメリカに進出

2008-02-23 14:31:53 | 世相
バングラデシュの貧しい女性を主に対象としたマイクロクレジット“グラミン銀行”については、これまでも紹介してきました。
(昨年6月5日「グラミン銀行 貧困脱出と女性の地位向上」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20070605

グラミン銀行は2006年にノーベル平和賞を受賞したユヌス氏が進めてきた事業です。
牛を飼うとか、雑貨販売や手仕事の元手にするとか、貸し電話用の携帯電話を購入するとか・・・小額の事業資金を女性達に貸し出すことで、その自助努力をサポートして経済的地位の向上をはかる事業です。

667万人の借り手の97%が貧困女性であること、無担保貸付にもかかわらず貸付金の返済率が98%にもなるという際立った特長があります。
そして、女性達の貧困からの脱出の契機となるだけでなく、経済的自立は社会的あるいは家庭内での地位の向上につながり、融資を通じたサポート活動で生活意識の改善にも貢献しているといった成果を着実にあげつつあります。

その“グラミン銀行”が、世界金融の中心アメリカに進出するとのことです。

****グラミン銀行がアメリカ進出*****
貧困救済に努め、ノーベル平和賞を受賞したバングラデシュのグラミン銀行がサブプライム住宅ローン問題に揺れる米国に進出、移民らを対象としたマイクロクレジット(無担保小口融資)に乗り出した。同行が先進国で事業を展開するのは初めて。16日の英紙フィナンシャル・タイムズ(アジア版)が報じた。
 同紙によると、米国では約2800万人の移民らが銀行口座を持てず、口座があっても信用が不十分で融資を受けにくい層は約4500万人に上る。サブプライム問題の影響で貸し渋りが目立つ中、同行は米国でも貧困層支援が必要と判断。第一歩としてニューヨークの移民女性グループに5万ドル(約540万円)を貸し付けた。
 同行創設者の経済学者ムハマド・ユヌス氏は「米金融システムが万全でないことが明白になった今が進出の好機だ」としており、今後5年間に融資規模を約1億8000万ドルに増やし、全米各地に事業を広げる。
 ユヌス氏は農村女性の自立促進に向け、農機具などを買う資金を無担保融資する事業を1976年に始めた。(共同) 【2月16日 スポーツ報知】
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サブプライムローン問題の影響があるにせよ、世界最強・最富裕国の国民を、世界最貧国の貧困者救済専門銀行が助けるという構図は、驚きと言うか、面白いと言うか、笑えると言うか・・・。
もっとも、記事で紹介されているような“移民女性グループに5万ドル”という金額はバングラデシュ国内の事業とは全く桁違いの金額であり、提供サービスは“アメリカ仕様”になっているようです。
(バングラデシュ国内のグラミン銀行の標準的融資の場合、大体が初回融資額は1万円未満です。返済状況などを見ながらその後の追加融資はありますが。)

また、近年グラミン銀行の融資制度が変更され、ややハイリスクな比較的多額(それでも3万円程度ですが)の融資が増加していること、貯蓄受け入れが増加し利払いのための手当てが必要になっていることなど、アメリカ進出にはグラミン銀行側の財務的理由もあるのではないかと推察されます。

グラミン銀行の理念みたいものを紹介した言葉として次のようなものがあります。
「通常の銀行では、“クレジット(信用、信頼)”という言葉を使いながらも、実際には人を信用しないことを前提に制度を作ってきた。しかしグラミンでは、クレジットという意味をその名のとおり“信頼”を意味する。グラミンは法的な契約で借り手を縛るのではなく、人間的なつながりによって資金を回収する。グラミンでは担保も貸付契約書も取らない(連帯責任的な相互監視システムはあるが)。
 貸し出しにおいて法的な契約は存在せず、握手を交わしてお金を貸すだけである。そもそも小口の融資の取立てに弁護士費用をかけたら完全にペイしないからだ。それでもグラミンの回収率は99%を超えるという。契約の代わりに、お金を返済することはとても大切なことであるということを事前に伝えるのである。」
(Business Media 誠 山口揚平 性善説は貧困を救えるのか 
http://bizmakoto.jp/makoto/articles/0707/10/news031.html

“連帯責任的な相互監視システムはあるが”ということを若干捕捉します。
なお、グラミン銀行については「グラミン銀行に見る借り手の持続的発展の可能性」(慶應義塾大学 経済学部 高梨和紘研究会 第25期 http://image02.wiki.livedoor.jp/t/5/takanashi25/77fa6198a2b9e4b1.pdf)に詳しく紹介されています。
以下の紹介も上記レポートに基づいています。

「グラミン銀行の融資では借り手5人を一つのチームとして組織し、各人のローンは5人の連帯責任で返済する形式を取っている」といわれてきました。(私も昨年6月5日のブログでそのような説明をしています。)
この相互監視・連帯責任制によってチーム内の規律が緩まないので返済率が高いとも言われてきました。
しかし、グラミン銀行のユヌス総裁自らが「連帯責任制など一度も採用してこなかった」と否定しています。

従来(2002年以前)の融資制度については、微妙なところがあります。
なにぶん契約書などは存在しない世界ですので、明確な連帯責任制というものは事前に明示されていなかったのかもしれません。
ただ、実際の運用にあたっては、毎週のミーティングで延滞者を含むチームメンバーに解決を促す過程で、結果的・実質的に連帯責任に近い内容が行われたのではないでしょうか。

グラミン銀行の融資制度は2002年に抜本的に変更・整理されました。
新制度において、従来の融資制度を引き継ぐメインとなるローンがBasic Loanと呼ばれる制度です。
このBasic Loanにおいては、従来同様借り手は5人のチームを形成しますが、返済義務はあくまで個人にあって、返済不能に陥ったメンバーの借金の肩代わりをする必要はないことが明示されています。
メンバーの役割は、返済不能となった問題を解決するために協力することにあるとされています。

もちろん、チームメンバーにはそのような情報提供・助け合いの側面はあるのですが、新制度においてもやはり“チームの集団責任”的な側面もあります。
例えば、個人としては返済・貯蓄(一定の貯蓄が義務付けられています)状況も完璧であるが、チームの他メンバーの返済または貯蓄が十分でない、あるいはミーティングへの出席率が悪いといった場合、その程度に応じ、チームメンバー全員の融資限度額引き上げが小幅になる、あるいは引下げられるということがあります。

従って、返済義務はあくまでも個人にあるとは言いつつも、チームの他のメンバーが返済を滞った場合、自分の融資条件を守るために肩代わりして支払う(後に延滞メンバーから返してもらうという前提で)こともあるでしょう。
また、このようなメンバー相互関係が存在するので、村の知人同士でチームを最初に作る際にはお金にだらしない人間、将来問題を起こしそうな人間は自然にチームから排除される・・・その結果、不良債務者が自然に排除されてグラミン銀行にとっては貸し倒れリスクが低下するという面があります。

“信頼・信用・人間的つながりによる貸し借り”と同時に、もうひとつグラミン銀行、と言うか創始者ユヌス氏の理念・信念をあらわす考え方が、「チャリティ(慈善)で貧困をなくすことはできない。貧困を克服するのは、一過性のチャリティではなく循環的なシステムである。返済を伴わない援助は貧困に対して無力である、慈善は貧困を救えない。」というものです。

昨年12月1日のブログ(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20071201)でも紹介したように、サイクロン“Sidr”で被害を受けたグラミン銀行債務者に関してユヌス氏は、「いま債務を取り消せば、人々は何かが起こるたび、たとえば家が火事になったなどの場合にも、債務取り消しを求めるようになってしまう」と語り、債務取り消しを行いませんでした。
そのかわり、「債務者には、返済できるときに返済すれば構わないと言っている。必要なだけ期限は延期する」と、返済について極力弾力化する考えを明らかにしています。

いささか厳しいと言えば厳しいのですが、貧困から抜け出す自助努力を引き出すためには必要なのかもしれません。
2002年の融資制度変更では、自然災害・世帯主の死亡その他の理由で返済が困難になった場合の返済条件を見直し返済可能なプランに変更し、必要に応じ新たな融資も行うという“Flexible Loan”制度が設けられらました。
Basic Loanの返済が困難になった場合は、Flexible Loanに移行し、後日可能な段階でBasic Loanに復帰するという仕組みです。

長くなったので今日は一旦ここで締めます。
グラミン銀行のマイクロクレジットは個人的には興味が尽きないところがあって、あれもこれも紹介もしたいのですが、特に「物乞い自立支援プログラムStruggling (Beggar) Members Programme」だけでも明日紹介したいと思っています。

コメント
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