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(初の黒人カナダ総督ミカエル・ジャン氏(写真左の女性)とハーパー現首相(保守党、写真右) どうも首相の言いなりになるような総督には見えません “flickr”より By preciouskhyatt
http://www.flickr.com/photos/preciouskhyatt/3023030586/)
【縁遠い国 カナダ】
世界にはたくさんの国がありますので、名前も聞いたことのない国も少なくありません。
その点、カナダはG8にも入っている世界の主要国であり、世界有数の広い国土を持ち、また、美しい自然に恵まれた国ですが、個人的にはあまり北米・欧州に関心がないせいで、殆ど情報を持ち合わせていない国、縁遠い国のひとつです。
そんなカナダの政局を伝える記事がありました。
あまり関心のない国なので、普段は表題だけで内容も見ずに飛ばしてしまうのですが、たまたま目をとおすと、いろいろ面白いこともあります。
****「民主主義冒とくしている」、カナダ与党 野党連立に対抗*****
野党3党が連立することで合意したカナダで、与党・保守党は2日、総選挙無しに政権交代を狙う野党3党を「民主主義を冒とくしている」と全面的に対抗する構えを示した。
保守党関係者は、「法的な対応を含めて対抗する。これはカナダ国家だけでなく、カナダの民主主義と経済に対する冒とくだ」と非難した。
欧州を歴訪中だったミカエル・ジャン総督は、チェコでカナダ放送協会の取材に対し「今は国にいるべき時だ」と述べ、予定を早めて帰国することを明らかにした。
金融危機における政府の財政計画に反対の立場をとる最大野党・自由党とケベック連合、新民主党の3党は今週、自由党のステファン・ディオン党首率いる連立内閣を樹立することで合意し、12月8日にも不信任案採決を求める方針だ。
カナダでは、保守党が少数与党としての立場を維持した総選挙が10月に行われ、同党のスティーブン・ハーパー首相が再選を果たしたばかり。
ハーパー首相は、議会で行われたディオン党首との討論中、「首相としてのわたしの責任は、このような団体に権力を譲ることではない。カナダの民主主義の最大原則は、首相となる人物がカナダ国民の信託を受けることであって、ケベック分離主義者の信託を受けることではない」と述べた。【12月3日 AFP】
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先述のように情報を持ち合わせていないので、話がよくわからなかったのですが、“そういえば、最近カナダの総選挙のニュースでちょっと面白い記事があったような・・・”と思い出し探してみました。
****カナダ総選挙控え、野党党首が「英会話」に苦悩?*****
カナダ・野党自由党のステファン・ディオン党首は、10月14日の総選挙を前に大きな壁に打ち当たっているという。それは、カナダの公用語の1つである英語の壁だ。
もう1つの公用語であるフランス語を母国語とするディオン氏は、党首となってから過去1年半にわたり英会話の下手さを指摘されてきた。大多数の国民が英語を母国語とするカナダでは、英語でつまずくことは問題になりかねない。
カナダの日刊紙グローブ・アンド・メールのインタビューでは、この件について「わたしは聴覚の問題を抱えているから、そのせいかもしれない。同時に複数の音声を聞き取ることが難しいんだ。だから英語を聞き取るのにも苦労しているのだろう」と説明している。・・・(後略)【9月10日 AFP】
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英語がダメな私としては、いたくディオン党首に同情した次第です。
周知のように、カナダはケベック州がフランス語を公用語として、分離独立運動も盛んですが、やはり全国的には英語がメイン。
選挙戦のカギを握る党首によるTV討論会もフランス語と英語で2回行われるそうですから、“苦手”ではすまない問題があります。
“ディオン氏も決して努力を怠っているわけではない。英語を上達させようと周囲のスタッフに英語で話しかけ、英会話のコーチもついているが、それでも悪戦苦闘している”とのことです。
【総選挙で与党は勝利しましたが・・・】
世界的金融危機後、はじめての先進国における総選挙として注目された10月14日のカナダ総選挙は、当初経済対策の不備・無策から少数与党・保守党が苦戦すると見られていましたが、その後支持を挽回し、結局ハーパー首相率いる与党・保守党勝利の結果となっています。
各党の獲得議席(定数308)は、保守党143、自由党76、ケベック連合50、新民主党37、無所属2でした。
ウィキペディアによる簡単な各党の色分けは、与党・保守党が中道右派、もうひとつの二大政党の自由党が中道左派・リベラリズム、新民主党は中道左派・社会民主主義政党、ケベック連合はケベック分離主義の地域政党といったところのようです。
英語が苦手なせいかどうかはともかく、当初有利と思われた選挙で敗北したディオン自由党首(ケベック出身ですが、ケベック分離主義には反対の立場)は辞任やむなしという状況に追い詰められましたが、勝った保守党も従前同様過半数には満たない少数与党の状態。
カナダでは以前から、過半数に満たない場合でも第一党が少数与党として政権を運営してきています。
しかし今回は、政党助成金削減と公務員スト権停止という与党の政策に野党が反発し、自由・新民主・ケベック連合の野党3党による連立構想(ケベック分離で合意がなかったケベック連合は閣外協力)が具体化。辞任しかけたディオン自由党首が今度は首相に王手をかける事態となっている、それに保守党ハーパー現首相がルール違反だと激怒しているというのが、冒頭記事です。
【悪魔との取引か】
この経緯で“面白い”と感じたのが2点、ひとつは“下位連合が民主主義の冒涜かどうか?”ということ、もうひとつは“カナダ総督の立場”でした。
確かに下位連合というのは時に、特に1位にある立場からすると、釈然としないものがあります。
ただ、日本でも、自民党総裁選挙などで2位・3位連合が話題になることがありますし、実例もあります。組閣に関しても、比較第一党である自民党をはずした野党の連立政権もあります。
カナダではこれまで少数与党政権が一般的だったようで、保守党は野党連立を“民主主義の冒涜”“法的な対応を”、あるいは“自由党は(左翼と分離主義という)悪魔と取引した”と怒っているようですが、野党連立による政権が法的に違反しているということはカナダでもないのでは?
もちろん、そのような政権が安定した政治を実現できるかどうかは別問題であり、仮に野党連立が成功しても短命で破綻するのではないかという意見もあるようです。
なお、カナダの事情を詳しく報告しているブログ“日本deカナダ史”(ハーバーセンターくん )によれば、そもそもハーパー現首相自身が2004年、当時のマーチン自由党内閣を打倒し総選挙によらず野党連合政権を樹立することに了解を求める手紙を当時のクラークソン・カナダ総督に書いた事実があるそうですから、自由党などからもそのことを指摘されているそうです。
(http://blog.so-net.ne.jp/canadian_history/2008-12-02)
付け加えると、ディオン自由党首は2006年末の自由党の党首選挙ではダークホース的存在で、3位・4位連合によって上位者を破って党首になった経緯があるそうです。
政策合意がある下位連合・連立政権を否定はしませんが、早い段階で総選挙により民意を確認するのが“憲政の常道”に近いようにも思われますが・・・。
【総督の判断】
もうひとつの観点“カナダ総督の立場”
英連邦に属するカナダとイギリスは同君連合の関係で、カナダ国王をイギリス国王が兼務しており、普段はイギリスいるカナダ国王の代理として、カナダ総督がカナダ首相の指名に基づき、カナダ=イギリス国王によって任命されています。
オーストラリアなども同様だと思いますが、なかなか日本人には理解しがたいところもあります。
総督には以前はイギリス人が、その後はイギリス系とフランス系カナダ人が交互に就任していたそうですが、現在のミカエル・ジャン総督は、ハイチからの難民でケベック育ちの女性キャスターという異色の経歴で、初の黒人総督です。
当然、国王・総督の権限は形式的なものに限定されているということになっていますが、今回の野党連立について、これを承認するのか、あるいは現首相から(前回選挙からわずかの間隔しかない)議会解散の要請があったときこれを受けるか、あるいは現首相からの要請で議会を停止して解散までの“時間かせぎ”をすることを認めるのか・・・そのあたりは総督の判断にかかっているようです。
そして、ジャン総督はハーパー現首相の解散や議会停止の要請は認めないのではないかと言われているようです。
そこで、総督の首を首相の言うことを聞く人間にすげかえる・・・という話すらあるようですが、実際にはそんな無茶はできません。
こうした事情をみると、カナダ総督というのはあながち形式的な名誉職とも言い切れない、場面によっては大きな権限・選択権を持つ存在のようにも見えます。