孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

イラン  改革派抗議行動と連動する指導層内部の権力闘争

2009-06-18 23:17:44 | 国際情勢

(05年大統領選挙当時のラフサンジャニ師 本命と見られていたラフサンジャニ師は貧困層の支持を得たアフマディネジャドに敗北しました。
今回選挙でも、アフマディネジャド大統領はTV討論で、ムサビ元首相の背後にいるラフサンジャニ師の“金権腐敗”を激しく攻撃 両勢力の権力闘争が激しくなっています。 “flickr”より By siavush
http://www.flickr.com/photos/siavush/28862869/

【権益をめぐる権力闘争】
混乱が続くイランですが、今回の対立は、不正選挙を糾弾し政治的自由を求める改革派ムサビ元首相を支持する人々と保守強硬派のアフマディネジャド大統領率いる現体制の衝突というだけでなく、アフマディネジャド大統領によって既得権益を奪われつつある従来型の保守層とアフマディネジャド大統領を中心とする革命防衛隊グループのイラン指導部内部における権力闘争の側面もあるように見受けられます。

改革派候補ムサビ元首相、改革派の重鎮ハタミ師、保守穏健派の実力者ラフサンジャニ師等を含め、イラン指導部の多くは宗教指導者であったり、79年のホメイニ師によるイスラム革命当時からホメイニ師の周囲にいた人物であったりするのですが、アフマディネジャド大統領は「革命防衛隊」からのたたき上げという異色の存在です。

アフマディネジャド大統領は有力聖職者との縁戚関係もなく、最高指導者ハメネイ師への忠節を誓いその後ろ盾を得ることと、ポピュリズムとも“バラマキ政策”とも批判される貧困層への施策による大衆の支持を基盤に現在の地位を維持しています。
そして、自らの出身母体たる革命防衛隊関係者を重用することで、従来からの既得権益層との対立が激しくなっているようです。

****混乱続くイラン 武力弾圧か 再投票か 問われる最高指導者の威信*****
大統領選結果をめぐり深刻化するイランの政治危機では、強硬保守派のアフマディネジャド大統領を支持する最高指導者ハメネイ師を頂点とする現体制と、「革命体制の変質」を危惧(きぐ)して手を結んだ穏健保守派と改革派の対立という構図が鮮明になっている。体制側は「票の一部再集計」で時間を稼ぎ、改革派の抗議行動の勢いをそぐ狙いだが、危機がどこまで拡大するかは予断を許さない。体制側は徹底的な武力弾圧か再投票かの選択を迫られかねず、最高指導者の威信にも影響を及ぼす可能性がある。

「選挙不正」があったと主張する改革派のムサビ元首相とカルビ元国会議長、保守派のレザイ元革命防衛隊司令官は、革命体制の本流を歩んできたエリートだ。ムサビ氏は革命指導者ホメイニ師存命中の1980年代のイラン・イラク戦争下で首相を務めた経歴があり、今回の選挙では、改革派のハタミ前大統領や、穏健保守派の実力者ラフサンジャニ師が支持した。
さらに、核開発問題で米欧との交渉責任者を務めたことがある保守派のラリジャニ現国会議長は、抗議行動が本格化した15日夜、改革派支持の学生が多いテヘラン大学の寮を強硬派民兵組織バシジ(人民動員軍)が襲撃した事件について、内務省の責任を厳しく追及。今回の危機では、かつては改革派と対立してきた保守派の有力者が、アフマディネジャド政権を批判するケースが目立っている。
革命後30年の間には、保守派(右派)と改革派(左派)が革命ビジョンや利権も絡んで権力闘争を展開してきたが、アフマディネジャド氏の登場は、「2項対立」に新たな要素を持ち込んだ。

革命初期から表舞台で活躍してきたムサビ、ハタミ氏らといった世代とは異なり、大統領は指導部の親衛隊的な性格をもつ「革命防衛隊」のたたき上げであり、1期目の4年間に革命防衛隊出身者を政府や政府関連企業の要職に大量に登用。革命防衛隊は、石油輸出など経済利権と保守的なイデオロギーが結びついた体制支配の要としての影響力をさらに増した。
最高指導者を頂点としたベラヤティファギ(イスラム法学者による統治)体制下で厳格な社会規範などを重視してきた従来の保守派は、革命防衛隊がアフマディネジャド政権下で力を持ち過ぎ、体制内のバランスを狂わせ始めたことに強い危機感を抱き、改革派の立場に近づいてきた。
イスラム体制を指導する最高指導者ハメネイ師は、体制への忠誠を最も強固に誓うアフマディネジャド大統領ら強硬派に軸足を移す中で、今回の政治危機に直面した。
イスラム体制の最高権力者で団結の象徴でもあるハメネイ師が、デモの撤退鎮圧を命じ、国民に多数の犠牲者を出したり、開票終了前に大統領再選を祝福してしまった選挙の再投票を受け入れたりすれば、その威光は大きく損なわれる。【6月18日 産経】
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【ラフサンジャニ師への金権批判】
既得権益エリート層の代表人物として、アフマディネジャド大統領が攻撃の照準を合わせたのが、イスラム革命指導者の故ホメイニ師の側近で、元大統領でもある保守穏健派の実力者ラフサンジャニ師です。
両者は05年大統領選挙で決選投票を争い、本命と予想されたラフサンジャニ師をダークホース的なアフマディネジャド大統領が破り政権を獲得した経緯があります。

ラフサンジャニ師は05年大統領選挙で敗北した後、07年9月には最高指導者の任免権を持つ専門家会議議長に選出されるという形で巻き返し、その発言力を増しています。
また、改革派のハタミ前大統領らとも連携した動きを見せています。

ラフサンジャニ師はイスラム革命以来、石油を中心とした利権を握ってきたとされており、一方、アフマディネジャド大統領は出身母体の革命防衛隊の系列企業に巨額の利益誘導をしており、両者の権益をめぐる暗闘が続いていると言われています。
なお、革命防衛隊は最高指導者ハメネイ師直属の親衛隊で、総兵力13万人。
最大100万人の動員が可能とされる民兵組織バシジを傘下に置いており、この民兵組織バシジが今回の抗議行動鎮圧の前面に出ています。

アフマディネジャド大統領は選挙戦でのTV討論において、ムサビ元首相を背後で支持しているとされるラフサンジャニ師を名指しして、その「金権腐敗」を激しく非難しました。

“アフマディネジャド大統領が貧困層に支持されるのは、金持ち批判や、受け取った陳情の返書に現金を同封したり、食糧難の地区にジャガイモを配給したりという、実に即物的な大衆迎合主義にある。
大統領は選挙戦の終盤で、その最後の切り札を出した。改革派の重鎮で、最高指導者の任免権を持つ「専門家会議」の議長を務めるラフサンジャニ元大統領を「分を越えた分け前を取った者は、罰せられなければならない」と糾弾したのだ。
それは、富裕層批判にとどまらず、体制の中心にいる人物に矢を放ったことになり、大衆の拍手喝采を浴びた。「あの糾弾で得票を積み上げたのは間違いない」と地元記者は分析する。
だが、大統領の選挙戦略は一歩間違えば、自身の命取りになりかねない。貧富の格差が厳然と存在する事実を突きつけることは、30年に及ぶ革命体制が今も「社会的公正」を実現できないと告白しているにほかならない。ラフサンジャニ師糾弾と合わせ、体制批判の「レッドラインを越えた」との見方もあるからだ。
歯に衣着せぬ言動で国際的孤立を招いたアフマディネジャド大統領の2期目は、内政でも危ない綱渡りが続くことになろう。”【6月13日 読売】

【公開書簡で反撃】
これに対し、ラフサンジャニ師は投票日の3日前に、最高指導者ハメネイ師にあてて公開書簡を出しています。

****深まる亀裂:イラン大統領選余波/下 権力闘争、白日の下に****
公開書簡の末尾に、有名なペルシャ詩人サディーの詩が引用されていた。「小さな水の流れならシャベルでも止まるが、流れが大きくなると、象でも止まらなくなる」(中略)
アフマディネジャド大統領を革命混乱期の「反革命分子」に例え、手遅れにならないよう大統領の「根拠なき無責任発言」を封じてほしいと求めた。放置すれば、体制の根幹を揺るがす事態を招くとも警告していた。
(中略)
書簡公表の翌10日、政教一致体制の「奥の院」である宗教都市コムの聖職者50人が大統領批判の声明を出し、「テレビ討論での(ラフサンジャニ氏への)欠席裁判は宗教違反だ」と非難した。大統領は当選後の13日、テレビ演説で断固とした姿勢を示す。「私は不正と戦うという点で誰にも配慮はしない。革命に貢献したから何でもできると信じている強欲な人物に対してもだ」

両者の対立を改革派の弁護士ニクバクト氏はこう解説する。「ラフサンジャニ氏は最高指導者の罷免権を持つ専門家会議の議長を務め、最高指導者の決断を左右するコムの聖職者の間で人気が高い。この勝負、ラフサンジャニ氏の勝ちだ」
一方、聖職者アルジョマンド師はこう反論する。「ラフサンジャニ氏のいる所、腐敗がある。大統領による一連のラフサンジャニ批判は、体制の大掃除を目指し、大統領の後ろ盾でもある最高指導者が指示した。庶民の圧倒的支持もある大統領の勝ちだ」
テレビ討論を機に、体制の深部で進行する激烈な権力闘争が白日の下にさらされた。体制の亀裂から生じた水流は、一歩間違えば「決壊(体制崩壊)」の危険をはらみつつ、政敵のどちらかを押し流すことによってしか、決着はつかないのかもしれない。【6月17日 毎日】
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専門家会議の持つ最高指導者罷免権がイランの実際政治においてどれほど機能するものかはわかりませんが、ラフサンジャニ師に代表される指導層内部の反アフマディネジャド勢力と大統領の権力闘争が、路上を埋める改革派の抗議行動と連動して進んでいるようです。

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