(パキスタン北西部スワト地区の戦略ポイントBaine Baba Ziaratを政府軍が5月に押さえました。 Baine Baba Ziaratで見張る兵士 “flickr”より By Al Jazeera English
http://www.flickr.com/photos/aljazeeraenglish/3558456117/)
これまでパキスタン政府と北西部の武装勢力は和平と戦闘を繰り返してきており、軍内部に武装勢力に近い者を抱えているとも言われる軍・政府がどれほど本気で武装勢力と対する意志があるのか、疑問も持たれていました。
ただ、このところの様相は少しこれまでとは異なるようです。
【南北ワジリスタン地区への本格攻勢へ】
パキスタン政府と北西辺境州スワート地区の武装勢力の和平協定が破棄された5月以降、パキスタン政府軍による武装勢力の掃討作戦が進められています。
今後、メスード司令官が率いる武装勢力の本拠地である南北ワジリスタン地区への本格的攻撃に取り掛かるようです。
****パキスタン軍、地上部隊で本格攻勢へ タリバーン掃討*****
パキスタン軍が、イスラム原理主義勢力タリバーンの本拠地がある北西部の部族地域に対して本格攻勢の準備を進めている。国際テロ組織アルカイダのメンバーも潜伏しているとされ、「テロの温床」と呼ばれる部族地域から武装組織の一掃に成功すれば対テロ戦が大きく前進する可能性があるが、戦闘が泥沼化する危険もはらんでいる。
軍の目標は、武装勢力との衝突が続く部族地域南北ワジリスタン地区。アフガニスタンと国境を接する両地区には、ブット元首相の暗殺などパキスタンでの多くの自爆テロへの関与が指摘されている「パキスタン・タリバーン運動」(TTP)の本拠がある。
TTPは07年12月に、同国北西部の40の武装勢力がベトゥラ・メスード司令官をトップに結成した。武装構成員は4万~5万人。アフガンの旧政権タリバーンの最高指導者オマル師に従い、アルカイダとも連携してパキスタン、アフガン両国でテロや外国軍への攻撃を繰り返してきた。
軍は約2万人の地上部隊を投入する本格攻勢の準備のため、先週から武装勢力の拠点に空爆と砲撃を加えている。
アフガンに駐留する米軍も同地区への無人機による越境攻撃を強めており、6月23日には2回のミサイル攻撃でTTPの幹部ら60人以上を殺害したとされる。これに対し、武装勢力は29日、パキスタン軍の車列を襲撃、兵士12人が死亡した。
パキスタンはこれまで、アルカイダやアフガンのタリバーンに「聖域」を与えているとの米国やアフガン政府の非難にもかかわらず、国内の反米世論や、軍事作戦による住民への被害に配慮して同地区への攻撃を控えてきた。
しかし、今年に入りTTPが北西部でイスラム法による支配を広げ、中央政府の主権を無視する姿勢をみせたことなどで風向きが変わった。TTPが首都イスラマバードの近くまで浸透し、テロによる犠牲者が増えていることも世論の変化を後押しした。
パキスタン軍は4月末以降、北西部スワート地区周辺でTTPの一部の掃討を進め、これまでに武装勢力1600人を殺害した。約250万人の国内避難民が出たが、野党も大半は軍事作戦を支持。ザルダリ政権を揺さぶっていた与野党の対立も棚上げされた格好だ。(中略)
軍事作戦が失敗すればTTPなどタリバーン系武装勢力がさらに力をつけかねない。米国主導のアフガンでの対テロ戦が泥沼化するだけでなくパキスタンの「タリバーン化」が進む危険もはらむ。【7月1日 朝日】
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【「対話再開」を求める声も】
上記記事では、“野党も大半は軍事作戦を支持。ザルダリ政権を揺さぶっていた与野党の対立も棚上げされた格好だ。”と、国内が一致結束して武装勢力掃討にあたっているとされていますが、これには異論、あるいは、裏事情があるのと報道もあります。
異論というか、掃討作戦遂行について国内で不協和音が出ていると報じているのが【6月29日 毎日】
****パキスタン:武装勢力掃討作戦、治安悪化招く結果に******
パキスタンで5月に本格化した武装勢力の掃討作戦は、国内各地で治安の悪化を招く結果となっている。これまで平穏だったパキスタン地震(05年)の被災地、北西辺境州バタグラム地区や北部カシミール地方で初の自爆テロが発生。同州南部でも、政府の「代理掃討役」として組織されたばかりの民兵組織トップが暗殺され、武装勢力の勢力拡大が止まらない。与党連合内には、武装勢力との「対話再開」を求める声が出始めた。
地元警察への取材によると、バタグラムでは22日、北部ベシャンから来た乗用車が警察の検問所で自爆。警官3人が死亡。北部カシミールのムザファラバードでは26日、軍の宿舎前で男が自爆、兵士2人が死んだ。
両地域はイスラム原理主義色が強いが、市民社会は武装勢力と一線を画してきた。しかし、同州スワート地区で軍事作戦が始まって以降、学校や病院などの再建が遅れていることを巡る政府への不満の高まりを背景に、武装勢力が逃げ込むなどしている。(中略)
さらに、政府が6月上旬に武装勢力封じ込めの「切り札」として組織した民兵組織のザヌディン・メスード司令官がデラ・イスマイルハーンの自宅で護衛に射殺され、有力メンバーが次々と離脱して組織は事実上崩壊した。同氏は、米国が賞金500万ドルを懸けた武装勢力のベイトラ・メスード司令官と同じ部族の出身。政府は武器を供与して戦わせ、内部崩壊を企てようとしたが、出はなをくじかれた。
政府が軍事的攻勢を強めれば強めるほど、武装勢力は反撃を強化し、治安は悪化する悪循環に陥っている。イスラマバードの国連機関などは、イラクやアフガニスタンと同様にコンクリート防護壁で周囲を取り囲み、自衛策を講じ始めた。
こうした中、与党連合に参加するイスラム政党は「対話を再開しなければ、パキスタンは分裂する」との危機感を訴えている。【6月29日 毎日】
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どちらが実態に近いのかはわかりませんが、武装勢力の拡大・テロ増加でこれまで以上に武装勢力に厳しい対応を求める声と、その結果としても治安悪化を懸念する声、その両方があるのは事実でしょう。
また、国民の掃討作戦への支持も一定に集まっているようです。
【「武装勢力は米国の手先」】
そのなかで、政府・軍は攻勢を強めている訳ですが、その背景について、ちょっと驚くような記事もあります。
政府の情報戦術によって、反米武装勢力に「米国の手先」とレッテル貼ることで、反米感情が強い国民の支持を取り付けているとのことです。
****パキスタン:「武装勢力は米国の手先」政府が情報戦 国民が作戦支持*****
パキスタン政府と北西辺境州スワート地区の武装勢力の和平協定が破棄された5月以降、戦闘はアフガニスタン国境全域に拡大している。ただこれまでの掃討作戦と大きく異なるのは、国民の多数が政府の軍事行動を「支持」している点だ。背景には、本来は反米武装勢力に「米国の手先」とレッテルを張ることで、国民と武装勢力を離反させる政府側の情報戦術が垣間見える。
米政府が3月、最高額500万ドルの賞金をかけたパキスタンの武装勢力を束ねるベイトラ・メスード司令官。アフガンの武装勢力タリバンと連携し、国境地域で最も米国への敵対心を見せる人物だ。
ところが今回の掃討作戦開始後、国内各地で「メスードは米国のエージェントだ」との流言が駆け巡った。さらにスワート地区の武装勢力の精神的指導者ファズルラ師らについても「米国の手先」とのうわさが広がった。
政府軍の掃討作戦が続くスワートなどから逃れてきた人々は、一様に武装勢力に同情的だ。そうした中、避難民を自宅などに受け入れているマルダン地区の地区評議会議員、ラシド・ハタク氏(45)は、「ファズルラ師らは武装解除せず勢力を拡大し、和平をつぶした。和平に反発する米国の手先だからだ」と避難民や地域住民らを前に叫んだ。
同様の発言を地域のリーダーたちが次々と行う中、政府の姿勢に多くの支持が集まっていく。ペシャワルの商店主、ファタクさん(37)は「武装勢力がいなくなれば米国はこの地域からいなくなり、国は発展する」と言った。武装勢力が武装解除に応じず、一般市民を巻き込む自爆テロが増えるにつれ、流言はより信ぴょう性を持たれるようになった。
「米の手先」情報について、元政府軍高官は「武装勢力と国民を切り離すのに最も効果的だ」と指摘。国民に根強い反米意識を逆手に取る政府の巧みな工作の可能性があるとみる。国民の支持を取り付けるという政府側の狙いは一定の効果を上げているといえそうだ。(後略)【7月2日 毎日】
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こうした反米を基調にした情報戦術で当座はしのげても、やがてアメリカが展開するアフガニスタン・パキスタンの包括的戦略とはいずれ齟齬をきたすことが出てくるのでは・・・とも思えます。
【攻勢か対話か】
いずれにしても、「武装勢力の大半は空爆が始まった直後、ひげをそり、髪を短く切り逃げた。誰が武装勢力か見分けもつかず、和平に後戻りできない状況になっている」(【7月2日 毎日】)との声もあり、北西部での戦闘が激化するほど、パキスタン全土で、テロによる治安悪化が進みそうです。
それに伴い、2番目に引用した記事のような「対話再開」を求める声も強まるでしょう。
また、民間人犠牲者や難民も更に増加します。
パキスタン政府・軍が、どこまで掃討作戦を続けられるか、どこかでまた「対話再開」となるのか・・・よくわからないところです。