孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

ロシア南部・カフカス地方(チェチェン、イングーシ、ダゲスタン)で続く混乱

2009-08-26 21:05:45 | 国際情勢

(昨年10月、チェチェン共和国の首都グロズヌイを訪れたプーチン首相(中央)を迎えるカディロフ共和国大統領(左)
人を見かけで判断するのは間違いですが、いかにも“こわもて”のお二人です。
“flickr”より By itrumpet
http://www.flickr.com/photos/28309171@N07/3258798959/)

【チェチェン「対テロ作戦体制」の解除】
ロシア政府は今年4月16日、ロシア南部・カフカス地方のチェチェン共和国で第2次チェチェン紛争(99年~00年)以降に敷かれていた「対テロ作戦体制」の解除を決定しました。
これにともない、チェチェン共和国側へ治安維持などの権限の委譲、チェチェン駐留軍の中心的な役割を担う2万人のテロ対策部隊の撤収が行われています。

この措置は、チェチェン共和国における大規模テロの終息など治安改善を理由としたものですが、“治安改善”はカディロフ共和国大統領による手段を選ばない強権支配によるものとも言われ、人権団体などは、カディロフ共和国大統領が私兵組織を駆使して恐怖で住民を抑えつけていると指摘しています。
また、チェチェンで“治安回復”が進む一方で、西隣のイングーシ、東隣のダゲスタンなどの共和国ではテロや爆発が頻発し、火種は周辺に拡散しただけとの批判もあります。

そうした表向きの“治安回復”のほか、ロシアの経済危機が深刻化し、ロシア政府が治安部隊を維持することが財政的に困難になったことがあるとも「対テロ作戦体制」の解除の背景にあると言われています。
一方、チェンチェン共和国側の事情としては、「対テロ作戦体制」の解除によって経済活動の足枷を取り除き、自由な経済活動を促進したいとする狙いがあるとのことです。
自由な経済活動によって、チェチェン移民が多く住むヨルダンやトルコ、欧州などとの行き来も便利になり、若者の武装勢力への加入を防ぐための失業対策も選択の幅が拡大します。【3月29日 朝日】

【カディロフ大統領の強権支配】
カディロフ・チェチェン共和国大統領は、首都グロズヌイ中心部の大通りを「プーチン大通り」に改名したり、「プーチン氏のためなら死ぬ覚悟がある」と発言するなど、プーチン前大統領への忠誠心を強調しています。
07年のロシア下院選では、プーチン氏率いる「統一ロシア」のチェチェンでの得票率は99%以上と発表されています。【08年10月6日 朝日】

その一方で、連邦政府が吸い上げる地元油田の利権分配を主張し、共和国内部においてはロシア政府のコントロールも充分でないような絶対的な権力を行使しています。
ロイター通信は、周辺のダゲスタンやイングーシが安定化しない理由について、連邦政府がカディロフ・チェチェン共和国大統領のような強権者の出現を警戒し、両共和国の指導部に十分な権限を与えていないため、と分析しています。【6月12日 毎日】

「カディロフ氏はロシア政府へ忠誠を誓う代わりに、自由に振る舞う権限を与えられた」(英字紙モスクワ・タイムズ)とも言われるカディロフ共和国大統領は私兵組織を駆使して、武装勢力の封じ込めために、メンバーの家族・親戚にたいする拉致・“苛酷な尋問”・放火などを行っているとも言われています。【8月29日号 Newsweek日本版】

また、対立・敵対する要人の暗殺にも関与しているとも。
1月にはウィーンで、カディロフ氏による人権弾圧を告発していた元護衛の男性が殺害されています。
3月末ドバイで、チェチェンの元特殊部隊司令官のスリム・ヤマダエフ氏が自宅近くで射殺。
ヤマダエフ氏は大統領と対立した結果、08年5月に司令官を解任され、国外逃亡していました。
08年9月には、ヤマダエフ氏の実兄ルスラン・ヤマダエフ元下院議員も、モスクワの路上で射殺されています。

ロシアの人権団体「メモリアル」のチェチェン共和国支部長だったエステミロワさんは7月15日朝、首都グロズヌイの職場へ向かう路上で乗用車に連れ込まれ、同日夕、隣のイングーシ共和国の森林で頭部などに銃弾痕のある遺体で発見されました。
****ロシア人権活動家暗殺、チェチェン大統領関与か*****
ロシア南部チェチェン共和国の人権活動家ナタリヤ・エステミロワさん(50)が暗殺された事件では、独裁支配を固めたラムザン・カディロフ大統領の関与疑惑が浮上している。
共和国では、親露派政権に批判的な人物を狙った誘拐、殺人が後を絶たない。
エステミロワさんは、「テロ対策」を理由にしたカディロフ政権の人権弾圧を告発し、独裁の無法ぶりを訴えてきた。所属する人権団体「メモリアル」のオレグ・オルロフ代表は16日、記者会見で「大統領が事件にかかわったと推定する根拠がある」と明言した。
カディロフ大統領は2007年の就任後、プーチン前大統領の後押しを受け共和国の政治、経済、軍事の全権を掌握。対抗勢力への暗殺や不当逮捕、拷問を黙認してきたとされる。【7月18日 読売】
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メドベージェフ大統領は7月16日、訪問中のドイツで、エステミロワさん殺害について、人権問題の調査活動に関連した事件との見方を示し、「最も厳しい方法で徹底的に捜査する。犯人はロシアの法律によって処罰されると確信している」と述べています。
しかし、“北カフカス地方は連邦政府の権力が及ばない無法地帯と化している。”【7月20日 産経】という状況では多くは期待できません。

【「カフカスの火薬庫」】
その“無法地帯”・・・“チェチェン化”とも言われるイングーシ共和国など周辺地域では、政権要人暗殺が相次いでいます。

ダゲスタン共和国の首都マハチカラで6月5日、マゴメドタギロフ共和国内相が射殺。
メドベージェフ大統領は6月9日、内相が暗殺されたダゲスタンを急きょ訪問。北カフカス地方で今年、112人のテロリストを殺害したと指摘し、「テロせん滅に向けた活動を継続する」と訴えましたが、その直後の6月10日、イングーシ共和国の主要都市ナズランで、共和国最高裁のガスゲレエバ副長官が狙撃され死亡。
イングーシでは、6月初めにバシル・アウシェフ元副首相が銃撃され暗殺。更に、首都ナズラニ郊外で22日、エフクロフ大統領を狙った暗殺未遂事件が起き、大統領は負傷、少なくとも1人が死亡しています。

メドベージェフ大統領は6月下旬、チェチェンのカディロフ大統領に、イングーシの治安回復作戦の指揮を命じました。
しかし事態は改善せず、7月4日、イングーシの治安機関と合同で行う武装勢力の掃討作戦へ向かう途中だったチェチェン共和国の警察官を乗せた車列がイングーシで手投げ弾などによる攻撃を受け、9人が死亡、10人が負傷。
イングーシ共和国の首都マガスで8月12日、アミルハノフ共和国建設相が、執務室に押し入った2人組の男に自動小銃で襲撃され、間もなく死亡。
ダゲスタン共和国で8月13、14の両日、武装集団による警官らへの襲撃が相次ぎ、民間人を含む計13人が殺害され、チェチェン共和国でも警官13人が戦闘で死傷。
イングーシ共和国のナズラニで8月17日、警察庁舎にトラックが突っ込んで爆発、16人が死亡し、50人以上が負傷。
チェチェン共和国の首都グロズヌイで8月21日午後、大規模な爆発がほぼ同時に2カ所で発生し、警察官4人が死亡。

カディロフ・チェチェン共和国大統領は、これまで対立を続けてきた国外の独立派勢力と和解する試みに乗り出したとも報じられています。
“共和国代表団と英国に亡命中の独立派勢力幹部ザカエフ氏は先週、オスロで会談し和解策を協議した。共和国側はザカエフ氏の取り込みにより反政府勢力の切り崩しを狙っている模様だ。”【7月27日 毎日】

【ロシアにとってのアキレス腱】
北カフカスでは今年に入って民間人含め100人以上が殺害されています。
こうしたテロが頻発する背景には、経済発展が進まず、汚職がまん延する状況で、民族主義者やイスラム教過激勢力の抵抗が強いためと見られています。
7月に殺害されたエステミロワさんは、昨年12月、外国人記者団の取材に「失業率は7割に達し、将来を悲観する若者が武装勢力に加わっている」と述べています。

「ロシア政府はチェチェンに関しては『領土保全』を前面に掲げて武力行使したが、グルジアに属する南オセチア自治州とアブハジア自治共和国には独立を認めた。この二重基準が将来、北カフカス地方の住民の不満をより強める可能性がある」との指摘もあります。
また、“一般のロシア人とは異なる宗教や文化、言語を有するカフカスの人々には、「血には血をもって報復する」という気性が根強く残る。武力でねじ伏せようとする限り、この地域がロシアにとってのアキレス腱であり続けそうだ。”【08年10月30日 産経】とも。


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