孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

メキシコ  長期化する「麻薬戦争」

2009-09-10 21:44:00 | 世相

(「麻薬戦争」の犠牲者のひとり “flickr”より By Federacion de asociaciones cannabicas
http://www.flickr.com/photos/cannabicas/3384967731/)

【2年9ヶ月で死者1万3000人】
メキシコのカルデロン大統領は06年12月の就任後、麻薬組織の拠点に数万人の軍と連邦警察を派遣、「麻薬戦争」を開始しました。軍の投入は麻薬組織と関係が深い地元警察を排し、組織の重武装化に対抗するためです。
政府による取り締まり強化は対立する組織間の緊張を高め、抗争の激化につながっています。

「麻薬戦争」の死者は07年の2673人から08年の6290人に激増。今年は7月末時点で既に4001人に上っています。
「麻薬戦争」開始から1万3000人・・・イラクやアフガニスタンと比べても、“戦争”という言葉は決してオーバーではありません。死者の9割は組織関係者とされ、残りの多くは兵士や警察官です。
唯一の救いは、一般市民の犠牲者が極めて少ないことでしょうか。

****麻薬治療患者を並ばせ17人銃殺…メキシコ****
AP通信によると、メキシコ北部フアレス市で2日、武装グループが、薬物リハビリテーションセンターに押し入り、患者を一列に並ばせて銃を乱射、17人が死亡し、少なくとも5人が負傷した。
同国中西部ミチョアカン州の州都モレリアでは同日、州の治安当局の副局長が、車で移動中に武装グループに襲われて死亡した。いずれも麻薬組織による犯行とみられている。【9月3日 読売】
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この手の“血なまぐさい事件”は珍しくありません。
08年8月28日には、ユカタン州の州都メリダ市郊外で、頭部を切断された12の死体が発見されて、国民に衝撃を与えました。遺体は手錠をかけられ放置されており、検察当局によると、いずれも極限まで暴行を受けた痕跡がありました。

08年12月21日には、南部ゲレロ州の州都チルパンシンゴで、兵士8人と元警察幹部1人の遺体とみられる9個の頭部と頭部のない遺体9体が発見されました。頭部はポリ袋に詰められ、「われわれを1人殺せば、お前たちは10人死ぬことになる」とのメモとともに、市内のショッピングセンターに放置されていたそうです。

最も抗争が激しいチワワ州シウダフアレスは、麻薬の最大消費地・米国の国境に接する人口130万人の都市ですが、殺人が日常化しており、相手組織のメンバーなどを狙った「処刑」による死者は1日平均10人に上っています。【8月24日 毎日】

【軍が市庁舎や警察署に突入】
当然、麻薬組織側からのゆさぶりもあります。
例えば、昨年11月には麻薬取り締まりを担当する特別班を指揮する検察幹部が麻薬組織から巨額のわいろを受け取っていた疑いで逮捕、更に、同月にはティフアナで、500人もの警察官が組織とのつながりを疑われ配置転換されるという事件も起きています。
今年5月には、知事や警察署長が一斉検挙される事件も。

****メキシコ麻薬戦争、知事や警察署長を一斉検挙****
メキシコ軍は26日、同国中西部のミチョアカン州で、麻薬組織とのつながりが疑われる知事10人や複数の警察署長を一斉検挙した。メキシコ政府が麻薬犯罪の撲滅を目指す「麻薬戦争」で、単独では最大規模の公務員逮捕劇となった。
ミチョアカン州はカルデロン大統領の出身地。メキシコ軍兵士が市庁舎や警察署に突入し、27人の公務員を逮捕した。同州はカルデロン大統領が2006年に軍を率いての麻薬組織撲滅運動を開始した場所でもある。
逮捕者には裁判官や州知事補佐官の元警察署長らも含まれる。検察当局は、すべての容疑者が麻薬組織とのつながりが疑われていると述べた。【5月27日 ロイター】
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こうした事態に、刑務所も満員状態で、新たな犯罪の温床になっているとも言われています。

****麻薬戦争で刑務所がパンク寸前*****
麻薬取り締まりを強化しているメキシコでは、過去3年の麻薬関連逮捕者が7万人を超えた。既に満員状態だった刑務所が大混乱に陥りそうだ。
収監されている受刑者や容疑者は今や20万人以上。獄中ではギャング団の対立が起こり、新たな犯罪ネットワークがつくり出されている。しかも暴動が今年だけで、何十回も発生している。政府は犯罪組織のメンバーのみを収容する重警備刑務所を建設中だが、完成まで最低2年は待たなくてはならない。
「いつかパンクするだろう」と米テキサス州と隣接したマタモロスにある刑務所の所長は言う。

この危機的状況に対処するため、政府は特別法廷と特別刑務所を設けて、麻薬密売人と一般犯罪人を切り離そうとしている。一方で、麻薬関連の犯罪者をできるだけアメリカに引き渡している(年間約100人に上る)。
政府が対処を急ぐ間も、刑務所は新たな犯罪の温床になっていると専門家は警告する。囚人たちがネットワークをさらに広げ、刑務所外での犯罪活動をコントロールするというのだ。【9月10日 Newsweek】
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【アメリカ 「われわれにも共同責任がある」】
メキシコの麻薬問題の根っこは米国内の麻薬市場と消費者にあります。
現在、米国に流入するコカインの9割はメキシコ経由とされています。
90年代に国際問題化したコロンビアの麻薬組織が衰退するのと同時に、今度は米国の国境警備の乱れをつく形で密輸ルートを開拓したメキシコの組織が前面に出るようになりました。

こうした状況を、米司法省傘下の米麻薬情報センターは年次報告書で「米国が直面する最大の脅威のひとつ」と指摘。ブッシュ政権は総額14億ドル(約1200億円)にのぼる麻薬対策関連の資金援助の方針を打ち出すなど、カルデロン政権に対する支援強化に乗り出しました。【08年12月23日 産経より】

オバマ政権でもメキシコからの麻薬・武器流入を防ぐべく対策に尽力していく方針です。
ブッシュ政権時代には、アメリカ政府がメキシコの麻薬戦争に対するアメリカの責任を言及することはありませんでしたが、クリントン米国務長官はアメリカにもメキシコの麻薬戦争の責任があることを認めています。

****米国務長官、メキシコの「麻薬戦争」で責任を共有****
2009.3.26 17:46
クリントン米国務長官は3月25日、就任後初めて隣国メキシコを訪問し、同国で深刻化している「麻薬戦争」に対し、メキシコ政府との協力を進める考えを強調した。
長官は「われわれにも共同責任がある」と述べ、麻薬や武器の密輸への対応で米国側にも責任の一端があることを認めた。米政府は「麻薬戦争」が国境を越えて、米国内にも影響が及ぶことを強く懸念しており、国境警備の強化などを図る方針だ。
AP通信によると、クリントン長官はメキシコに向かう機内で、記者団に対し、「米国内での飽くことのない不法麻薬に対する需要が、麻薬取引を増幅させている。(米国からの)武器密輸を防げないことが、警官や市民の死亡の要因となっている」と述べた。
ブッシュ前政権時代、メキシコ側は、米政府が自らの責任を認めようとしないことに不満を示していた。長官の発言は米国内で麻薬などの需要があることが事態悪化につながっていると率直に認めることで、メキシコ側との協力を円滑に進めたいとのねらいがあるとみられる。(後略)【3月26日 産経】
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まあ、当然の認識でしょう。
80~90年代に麻薬組織が台頭した南米コロンビアの例から、麻薬戦争が泥沼化し、メキシコが「コロンビア化」するとの懸念もあります。
「コロンビアでは麻薬組織と左翼ゲリラが連携したが、メキシコは状況が違う」「メキシコの場合はより単純な組織犯罪である」という見方(治安省警察戦略情報局のロサス局次長)もありますが、メキシコの麻薬戦争を支援するアメリカ政府は「(麻薬戦争は)長期化する」とみています。

コメント
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