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(2月18日 給油船を挟んで南シナ海をパトロールするアメリカの艦船 中国の航空母艦がこの海域に出てくると状況は大きく変わることも予想されます。 ただ、中国の南シナ海での強気の姿勢は、結果的に関係各国が安全保障面でのアメリカへの依存を強める動きともなっています。 “flickr”より By U.S. Pacific Fleet
http://www.flickr.com/photos/compacflt/5456893556/ )
【「内政不干渉」から踏み出した「歴史的」一歩】
カンボジアとタイの間で、国境に位置する山岳寺院「プレアビヒア」の領有を巡って小競り合いが続いていることは、2月8日ブログ「タイ・カンボジア 世界遺産遺跡領有問題で衝突再燃 困難な領土問題解決」(http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20110208)など、これまでも何回か取り上げたことがあります。
1962年の国際司法裁判所の判決でカンボジア領とする判断が出されていること、更に、08年にカンボジア政府による世界遺産登録申請にタイ政府が一旦は合意したことなどから、カンボジアのフン・セン首相は国際介入に積極的ですが、タイ・アピシット首相は反タクシン派「民主市民連合」(PAD、いわゆる「黄シャツ」)など国内保守派の突き上げを受ける形で譲歩が困難な政治状況で、国際介入にも消極的でした。
カンボジア側が、安保理で国連の監視団や平和維持部隊の派遣を求めたのに対し、タイ側は“2国間協議で解決する” という立場でした。
そんななかで、東南アジア諸国連合(ASEAN)は22日、インドネシアの首都ジャカルタで開かれた緊急外相会議でインドネシアを中心とする監視団を派遣することを決めました。監視団派遣はカンボジアが要請したもので、タイもこれを受け入れた形です。
****タイ・カンボジア国境 ASEAN監視団派遣へ*****
・・・インドネシアのマルティ外相は「国境の両国側に監視団を配置する。これは平和維持、平和執行ではなく、監視団は非武装だ」と説明した。
議長声明では、既存の「タイ・カンボジア合同国境委員会」を第三国で開き、2国間交渉を進めることも求めた。タイの主張に配慮したもので、インドネシアでの開催が想定されている。
ASEANが加盟国の紛争に監視団を派遣するのは初めて。ASEANは内政不干渉を基本原則としているだけに、スリン事務総長は「歴史的」としている。【2月23日 産経】
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【インドネシアの思惑も】
当事者カンボジア・タイの思惑は別にして、内政不干渉を基本原則としているASEANが監視団を紛争地域に派遣するというのはこれまでにない対応です。
その背景には、ASEANの盟主としての地位を回復したいとのインドネシアの強い意向があったと指摘されています。
****ASEAN:タイとカンボジア衝突、国境監視団を派遣へ*****
東南アジア諸国連合(ASEAN)は22日、加盟国タイとカンボジアの軍事衝突を協議する緊急外相会議をジャカルタで開き、戦闘が起きた両国国境の山岳寺院「プレアビヒア」付近へ国境監視団を派遣することを決めた。これまで内政不干渉を原則としてきたASEANが、加盟国間の紛争に直接介入し監視団を派遣するのは初めて。
監視団は議長国であるインドネシアの軍が中心となる見込み。同国のマルティ外相は会議後「派遣されるのは平和維持軍ではなく非武装の監視団だ」と述べ、国境の両側から状況を監視する考えを示した。タイ外務省によると、監視団は両国にそれぞれ15人ずつで、受け入れ期間は今後調整するという。(中略)
外相会議開催や監視団派遣などASEANのこの問題への積極対応には、持ち回りで今年、議長国を務めるインドネシアの強い意向が働いている。同国はASEAN随一の大国でありながら、タイやシンガポール、マレーシアなどと比べ政治や経済の安定が遅れ、ASEAN内部での地位が低下。だが最近になって政治、経済とも安定を取り戻し、強い指導力を発揮してASEANの盟主としての地位を回復したいとの思惑がある。
一方、ASEANは「2015年の共同体構築」との目標を掲げるが、加盟国間で衝突が続いていては達成はおぼつかない。国内に人権問題を抱えるミャンマーやベトナムなどには内政干渉への警戒感が根強いが、危機感を強めるASEAN事務局やインドネシアなどに押し切られる形で、内政不干渉原則から一歩踏み出す監視団派遣を受け入れたとみられる。
ASEANのスリン事務局長は「歴史的な日だ」と外相会議の決定を歓迎した。【2月22日 毎日】
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いずれにしても、「2015年の共同体構築」に向けた第一歩としてのASEAN監視団がどのように機能するか注目されます。
【米中「覇権争い」のなかで】
一方、ASEANが抱える対外的な最重要課題のひとつが、ASEAN諸国の多くが、南シナ海での存在感を強める中国と南沙諸島や西沙諸島で領有権を巡る対立を抱えており、経済的関係か強まる中国とどのように向き合うか・・・という問題です。
****ASEAN・中国、現状は 経済で接近、安保で距離*****
アジア・太平洋地域は、脅威を増す中国と、米国を軸とする静かな「覇権争い」のまっただ中にある。その一翼をなす東南アジア諸国連合(ASEAN)には、中国に対する安全保障上の「脅威」と、経済関係における「接近」という相反する力学が働く。現状はどうなのか-。
約960万平方キロの国土に、13億人の人口を抱える中国の国内総生産(GDP)は、およそ4兆9千億ドル。ASEAN10カ国(総人口5億8千万人)は、約1兆4千億ドル(いずれも2009年)である。1人当たりGDPでは、中国3744ドルに対し、ASEAN2557ドル。経済力の差は歴然としている。
その中国とASEANは、相互依存関係を強めている。双方の昨年の貿易額は、前年比37・5%増の2927億8千万ドル(約24兆円)と拡大した。これは昨年1月、「中国・ASEAN自由貿易協定」(CAFTA)により、中国と、インドネシア、マレーシア、シンガポールなどASEAN側6カ国との間で、一部品目を除き関税が撤廃されたことが影響している。
◆内には華人
ASEAN諸国は、内に華人という「中国」を抱える。中国系は例えば、シンガポール75%、マレーシア26%、タイ14%、インドネシア3%。華人の系譜をたどると、中国の福建、広東両省などの出身だ。
ただ、華人の人口や現地化、他の民族への同化の程度などは、多様で複雑である。タイでは、マレーシアなどに比べ、華人の現地化とタイ系(75%)への同化が進んでいるとされる。
華人の企業グループ、ネットワークは、国家経済にとり重要な存在になっている。こうした華人を中国は、自らの勢力ととらえ、ASEAN諸国を取り込もうとするのでは-。そうした潜在的な脅威認識は今も、多くの国の間にある。
しかも華人と中国との関係は、地理、歴史的に人種や言語、宗教の多様性を内包する東南アジア諸国が苦慮してきた、国民統合とアイデンティティーの問題とも密接にリンクしている。
例えば、華人が支配するシンガポールは、むしろ中国と微妙な距離を保ち、国民に「シンガポーリアン」というアイデンティティーをもたせることに、力が注がれてきた。一方、マレーシアでは、マレー系(66%)を優遇するブミプトラ政策を見直す動きが出ている。これは裏を返せば、ブミプトラ政策により、「抑圧」を強いられてきた中国系との“融和”を図ろうとするものでもある。
◆束になれど
ASEANにとっては、スプラトリー(南沙)諸島などの領有権を争う中国との軍事力を、単純に比較するだけでも脅威だ。
中国は陸上兵力220万人、艦船970隻、作戦機5750機、国防予算は689億ドル。ASEANは陸上兵力146万人、艦船800隻、作戦機約1千機、国防予算は255億ドルだ。中国には単独ではむろん、束になっても及ばない。
ASEAN諸国も、装備の近代化を進めてはいる。例えば、シンガポールでは、フランス製フォーミダブル級フリーゲート艦6隻が、マレーシアでは初の潜水艦スコルペン級が、それぞれ就役した。多くの国は国防費を伸ばしてもいる。だが、ASEAN諸国の軍事力は基本的に、シンガポール以外は、国内の治安対策に対応する程度のものだとされる。
ASEANの場合、北大西洋条約機構(NATO)のような体制の構築は難しい。ASEAN地域フォーラム(ARF)も道半ばだ。2015年の設立を目指す「ASEAN共同体」は、姿形が見えない。
「中国と経済関係ではうまく付き合いつつ、安全保障は米国のプレゼンスに頼るほかない」(ASEAN筋)という基本構図に、変化はみられない。【2月3日 産経】
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【「宣言署名からすでに9年たっており、規範づくりの作業を促す」】
1月25日に中国・昆明で開催された中国とASEANの外相会議では、中国側の強気の姿勢で形骸化が懸念されていた南シナ海行動宣言について、改めてその重要性を確認していますが、具体的な進展は何も報じられていません。
****外相会議:中国ASEAN 南シナ海行動宣言の重要性確認*****
中国と東南アジア諸国連合(ASEAN)の外相会議が25日、中国雲南省の省都昆明で開かれた。中国外務省によると、楊潔※(ようけつち)外相は「南シナ海行動宣言は双方の相互信頼を増進した」と演説し、同宣言の重要性を確認した。
中国とASEANは02年に、領有権紛争を抱える南シナ海での武力行使禁止や資源共同開発などを盛り込んだ行動宣言に署名。しかし、中国が南シナ海を台湾などと同列の「核心的利益」と位置づけたと報じられたことから、宣言の形骸化が懸念されていた。
ASEAN10カ国外相は24日、タイ北部チェンライから車でラオスを経由して陸路中国入り。陸続きのASEANと中国の友好関係を演出した。
南シナ海問題では、「航行の自由」を主張する米国と中国が対立してきたが、米中首脳が今月19日に発表した共同声明は「航行の自由」「核心的利益」にはふれず、問題を棚上げしていた。(※は竹かんむりに褫のつくり)【1月25日 毎日】
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ASEANは02年に署名された「南シナ海行動宣言」の実効性を高めるため、法的拘束力のある行動規範づくりをめざしています。しかし、昨年12月に中国・昆明で開かれたASEANと中国の事務レベル会合では、そこへ向かう第1歩となる「指針」づくりの段階で、双方の意見がかなり異なったと報じられています。
“スリン(ASEAN)事務局長は「宣言署名からすでに9年たっており、規範づくりの作業を促す」と述べ、署名から10年となる来年には何らかの結果を出したいとの強い意向を示した。”【1月16日 朝日】
南シナ海を台湾などと同列の「核心的利益」とも位置付ける中国から、南シナ海の安定と安全保障、航海の自由に関する“行動規範”を引き出すのは、かなりハードルの高い課題のようにも見えます。