(タクシン支持者 “flickr”より By mononoir http://www.flickr.com/photos/59492306@N04/5899013824/
“「私は兄のクローンよ」 選挙戦で与党から「タクシン氏の操り人形だ」と批判されると、笑いながらギクリとすることを言った。「政治や経済を兄から学んだ。決断の仕方も兄とそっくりよ」”【7月4日 産経】)
【「公的な地位に任命することは考えていない」】
タイでは、総選挙で圧勝して次期首相の座を確実にしたタクシン元首相の妹、インラック・シナワット氏(44)が、公約の最低賃金の大幅引き上げなどの取り組む姿勢を見せています。
****タイ:インラック氏、最低賃金上げ 格差縮小へ積極姿勢****
タイ総選挙で圧勝し、次期首相就任が確実になったタクシン元首相派「タイ貢献党」のインラック・シナワット氏(44)が8日、毎日新聞などのインタビューに応じた。低所得層を支持基盤とするインラック氏は、富裕層との格差縮小につながる最低賃金の大幅引き上げなどに積極的に取り組む姿勢を強調した。
インラック氏は「収入減などの経済問題に苦しみ、兄(タクシン元首相)の時代の政策の復活を求める国民の姿を見て政界入りを決めた。どんな地位でもよいと思ったが、首相になるとは予想していなかった」と話した。一方でタクシン氏の復権については「公的な地位に任命することは考えていない」と否定した。
選挙戦で打ち出した最低賃金引き上げなどの公約は、経済界などから「ばらまき政策」「企業経営に悪影響を与える」と批判を浴びる。インラック氏は賃金大幅引き上げについて「副作用があることは理解している」としながらも「企業減税とセットで実現する」と意欲を示した。
福島原発事故を受け、アピシット政権が見直しを表明した原発建設計画は「個人的には(原発を)支持しないが、具体的には後に明らかにする」と明言を避けた。【7月8日 毎日】
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焦点の兄タクシン元首相の帰国などの扱いは、今後の情勢を見極めながら・・・というところでしょうが、どういう形になるのせよ、インラック政権がタクシン氏の意向を反映した運営になるのは間違ないでしょう。
【「国民和解」は早くも頓挫?】
一方、敗れたアピシット首相は民主党党首を辞任することを明らかにしていますが、民主党は、タイ貢献党に政党法違反があったとして、選挙管理委員会に貢献党の解党を申し立てています。
****タクシン派政権阻止へ タイ 民主党が解党申し立て****
タイの下院(定数500)総選挙で敗北した民主党は9日までに、タイ貢献党政権の樹立を阻止するため、貢献党に政党法違反があったとして、選挙管理委員会に貢献党の解党を申し立てた。貢献党は強く反発しており、「国民和解」は早くも頓挫しそうだ。
申し立て内容は「5年間の政治活動禁止処分を受けた者が、貢献党の政策立案や候補者選定などに関与した」というもの。「処分を受けた者」とは、次期首相就任が確実なインラック氏の兄で、貢献党のオーナーであるタクシン元首相や、ソムチャイ前首相らを指す。
タクシン派政党は過去に2度、解党の憂き目に遭い、タクシン氏らが参政権停止処分を受けている。タクシン氏が2006年のクーデターで失脚後、同氏が率いるタイ愛国党は07年、憲法裁判所の解党命令(選挙違反)で瓦解(がかい)し、同氏ら党役員111人が5年間の参政権停止処分を受けた。
07年の選挙で第一党となり政権の座に就いたタクシン派、国民の力党も08年、解党命令により政権に終止符が打たれ、ソムチャイ前首相が参政権停止処分を受けた。このときは「司法クーデター」と呼ばれた。
今回の申し立ては、過去の処分が現在も有効であるとし、選挙管理委員会が受理すれば、憲法裁判所に告発し、審理される。これに対し、貢献党は法的な対抗措置をとる構えだ。【7月10日 産経】
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上記記事にあるように、これまでもしばしば繰り返されてきた「司法クーデター」ですが、タクシン派が対立する既得権益層のひとつでもある司法関係者はタクシン派に批判的とされるだけに、今後の展開が注目されます。
解党命令が出されても、新たな党をつくるか、あるいは別の既存党を乗っ取るかの形で、権力自体は維持可能ですが、そうは言っても与党解党、責任者の処分となると打撃は避けられません。
タイが直面する最大課題は言うまでもなく「国民和解」ですが、司法による与党解党といったクーデターまがいの手段は、タイの政治・社会に更なる混乱をもたらすだけでメリットはありません。
民主党が、インラック政権の誕生前に、その施策を確認することもなく、こういう措置に踏み切ったことが残念です。
【「(タクシンは)タイに生まれつつある新しい秩序を求める『声』を反映している」】
反タクシン陣営の動向としては、今のところ軍は静観しているようです。
激しい街頭行動でタクシン派政権を崩壊させた黄シャツ隊も選挙結果を受け入れると表明しています。
反タクシン派からすれば、タクシン元首相は金権・腐敗の政治家であり、国王の権限を奪おうともした・・・ということになるようですが、こうした批判はタクシン元首相によって利権を失った既得権益層からのものであり、「(タクシンは)タイに生まれつつある新しい秩序を求める『声』を反映している」との指摘もあります。
****タイ「美女首相」の危うい勝利 インラックヘの「警告」*****
・・・・政治学者のティティナンも、「確かにタクシンは傀儡を通じて党を動かしてきた」と語る。ただし、重要なポイントは別にあると付け加える。「(タクシンは)タイに生まれつつある新しい秩序を求める『声』を反映している。反タクシン派はそれを認めようとしない。彼らに言わせれば、タクシンは私利私欲のために人々を操り、陰謀を企てた人間、となる」
実際、タクシンは通信ビジネスで巨万の富を築いた億万長者だが、多くの国民に庶民の痛みが分かる人物と思い込ませ、自分を「人々の味方」に仕立て上げた抜け目ない政治家でもある。「(タクシン派は)有権者の望みを探り、それを見つけ出し、願いをかなえた」と、ティティナンは指摘する。
アピシットもこの手法に倣い、たびたび「貧しい人々」について語ったが、説得力に欠けていた。貧困層の多くが首相の言葉を本気にしなかったことは明らかだ。
「アピシットの場合、大衆向けの政策と呼べるのは福祉の拡大ぐらいだ」と、ティティナンは言う。
だが「人々のための政治」とは、要するに「アメ」を有権者に配ることだ。インラックも歴代の首相と同様、農家への低利融資や地方出身者の大学進学支援、貧困層向け住宅だけでは国家の統治はできないことに気付くだろう。
「タイ経済のための長期的なプランが見当たらない」と、CIMBタイ銀行の首席研究員ブンルアサック・プサルンスリは言う。「あるのは選挙で当選するための短期的な『ばらまき』だけ。その点ではどの政党も同じだ。最低賃金の引き上げを語るのは簡単だが、実際にそれをやれば製靴、繊維、衣料といった業界は立ち行かなくなる可能性がある」
タイ貢献党は経済の安定やバランスの取れた経済成長、国家の競争力強化仁ついて語るべきだと、ブンルアサックは言う。「多額の公金を短期間でばらまき型の政策につぎ込めば、景気後退になりかねない。場合によっては経済危機を引き起こすかもしれない」
インラックはこの警告を心に刻んだほうがよさそうだ。さもなければ、兄を帰国させるチャンスが来る前に政権を失うことになりかねない。【7月20日号 Newsweek日本版】
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“長期的なプランが見当たらない”のは別にタイに限った話でもありません。
政治の“メルトダウン”が指摘される日本も同様でしょう。
ばらまき型の政策によるポピュリズム、民意を無視した司法クーデーター、軍部の軍事クーデター、市民団体の街頭行動による政治マヒ・・・こうしたものを脱却して、“長期的なプラン”を確定する政治を実現する方向へ一歩でも近づいてほしいものです。