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(スー・チーさんのタイ訪問を歓迎する、タイに暮らすミャンマーからの出稼ぎ労働者 スー・チーさんの写真と並んで掲げられているのは、父親の故アウン・サン将軍です。 “flickr”より By ecosophie http://www.flickr.com/photos/49758643@N04/7302213976/ )
【「若者の仕事をつくることと、職業訓練を進める必要がある」】
ミャンマーの民主化指導者アウン・サン・スー・チーさんの初めての外遊として、先月末からタイを訪問しています。
タイでは、首都バンコクで開かれる世界経済フォーラム東アジア会議(5月30日〜6月1日)に出席し、6月1日には「東アジア経済発展における女性の地位向上の重要性」をテーマにした公開討論に参加しました。
世界各国から政財界の要人を集め、各地で世界経済や国際情勢について議論する「ダボス会議」の東アジア版という会議です。
****「女性の政治参加進まず」=スー・チー氏がパネル参加****
ミャンマー最大野党・国民民主連盟(NLD)のアウン・サン・スー・チー氏は1日、バンコクで開かれた世界経済フォーラム(WEF)東アジア会議で女性の社会進出に関するセッションにパネリストの一人として参加し、ミャンマーで女性の政治参加が進んでいない現状などを紹介した。
スー・チー氏は冒頭、ミャンマーの女性は法律上の差別は受けず、経済分野で活躍しているが、政治の世界では役割が制限されていると指摘。「600人以上の国会議員のうち、女性は4月の補欠選で13人増えたが、それまでは15人しかいなかった」と訴えた。【6月1日 時事】
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また、会議では「若者のための仕事を増やすために投資をしてほしい」旨を訴える講演も行っています。
****「就職機会つくる投資を」=スー・チー氏が経済会議で演説****
ミャンマー最大野党・国民民主連盟(NLD)のアウン・サン・スー・チー氏は1日、タイの首都バンコクで開かれた世界経済フォーラム(WEF)東アジア会議で講演し、参加した世界各国の財界人らに対し、「若者のための仕事を増やすために投資をしてほしい」と訴えた。
スー・チー氏はミャンマーで高等教育を受けていない若者の失業が深刻な問題になっており、同国の将来にとって「時限爆弾になる」と指摘。「若者の仕事をつくることと、職業訓練を進める必要がある」と訴えた。【6月1日 時事】
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【「さらなる不平等や汚職に道を開くものであってはならない」】
海外から投資促進については、民主化指導者らしく、汚職や貧富の格差の拡大を招かないよう最大限の配慮を求めてもいます。
*****スーチー氏:投資企業に汚職根絶訴え 初の国際会議で演説****
タイを訪問中のミャンマー最大野党「国民民主連盟(NLD)」の党首アウンサンスーチー氏は1日、バンコクで開催中の世界経済フォーラム東アジア会議で演説した。ミャンマーの改革開放の動きに伴い、外国投資が急増しつつある中、「一般国民の生活向上につながるよう留意してほしい」と述べ、汚職や貧富の格差の拡大を招かないよう最大限の配慮を求めた。
軍政下で15年に及ぶ自宅軟禁下にあったスーチー氏が国際会議に出席するのは初めて。スーチー氏は、ミャンマーの国家再建に向けて「改革は後戻りできない」と述べ、改革を下支えするためにも「雇用創出」と「職業訓練」の重要さを指摘し、外国企業の積極的な投資を歓迎する意向を表明した。
だが、その前提として「特定グループだけの利益になってはならない。さらなる不平等や汚職に道を開くものであってはならない」と強調した。
ミャンマーでは、昨年3月の民政移管に伴い発足したテインセイン政権が改革を急速に進めている。軍政下ではびこった「あしき遺産」として「汚職」を挙げ、腐敗根絶を掲げている。
この国は世界の最貧国(国連指定)に位置づけられる。スーチー氏は「(改革を進めればいずれ)近隣諸国に経済面で追いつけるだろうが、それは唯一、汚職への取り組みを最優先すればということだ」と語った。
世界経済フォーラムのシュワブ会長との対談で、「外国への一歩」を刻んだ印象を尋ねられたスーチー氏は「(搭乗機の)機長に招かれコックピットから見たバンコクの夜景に魅了された」と答えた。
ミャンマーでは、相次ぐ停電に、全国規模で国民が一斉にロウソクをともす抗議行動が続いていると紹介。「30年前、バンコクとラングーン(現ヤンゴン)の夜景に違いはなかったが、今や(ミャンマーには)エネルギー政策が必要だ」と続けた。
スーチー氏は演説後の会見でも投資を巡り「(それぞれの案件が)どのような過程で誰が決定し、誰の利益になるか、透明性を重視してほしい」とも述べ、富の偏在が国家の新たな不安定要因にならないよう、改めて慎重さを求めた。【6月1日 毎日】
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“民主化”を政治的理念だけでなく、海外投資による「雇用創出」や「職業訓練」といった、国民生活の向上という現実面につなげていく姿勢をスー・チーさんが見せてくれたことには安心しました。
5年前、古都マンダレーを観光した際は、“停電”というよりは、電気を使えない時間帯の方が使える時間帯より長いといった状況でした。
「今や(ミャンマーには)エネルギー政策が必要だ」という認識は、ミャンマー国民の皆が切実に感じている問題です。
“民主化”を国民的に定着させていく上でも、“国民生活の向上”という目に見える成果が必要でしょう。
もちろん、汚職・腐敗の根絶への取り組みはぜひとも必要なことですが。
【“国父である故アウン・サン将軍の娘”としての少数民族問題への取り組み】
今回、スー・チーさんは、タイで働くミャンマーからの出稼ぎ労働者らへも、「国の発展のためにともに協力しましょう。私たちは皆さんを見捨てません。皆さんが帰国できるよう、力を尽くします」と語りかけています。
*****スーチー氏:経済発展と貧困解消へ決意 タイで演説*****
24年ぶりにミャンマーを出国し、タイを訪れているミャンマー最大野党「国民民主連盟(NLD)」の党首、アウンサンスーチー氏は30日、ミャンマーからの出稼ぎ労働者が暮らすバンコク南郊のサムットサコン県を訪問し、初外遊先での活動を本格的に開始した。
スーチー氏は「(出稼ぎ労働者が)母国に戻れるよう、できる限りのことをしたい」と演説し、東南アジア諸国連合(ASEAN)加盟国の中で最貧国であるミャンマーの経済発展と貧困解消に取り組む決意を表明した。
サムットサコン県は政治・経済的な理由からミャンマーを離れた20万人以上のミャンマー人が生活し、「リトル・ヤンゴン」と呼ばれる。スーチー氏は県内の水産物市場を視察した後、1000人を超えるミャンマー人労働者が路上を埋める中、雑居ビル3階のバルコニーからビルマ語で「あなたたちのことを忘れたことはない」と語りかけた。
タイで働くミャンマー人労働者の多くは低賃金で雇用され、労働環境は劣悪だ。
しかし、ミャンマーの国内総生産(GDP)はタイの9分の1に過ぎず、労働者たちは「帰りたくても仕事がない」と口をそろえる。5年前にタイに移住し、宝石加工場で働くモーミンさん(30)はスーチー氏の演説を聞き、「感動した。私たちが早く帰れる日がくると約束してくれた」と興奮した様子で語った。
ミャンマーが隣国に労働力流出を許した背景には、少数民族との対立による政情不安もある。演説に先立ち、水産物市場でスーチー氏を出迎えた少数民族カレン族のセイヨーさん(32)は「故郷では(政府軍と武装勢力の)紛争が続き、仕事もなかった。スーチー氏が大統領になり、国を良くしてほしい」と話した。(後略)【5月30日 毎日】
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少数民族問題は、上記にあるように人々の国外流失の原因のひとつですが、経済発展と貧困解消に取り組むうえで、避けてとおれない重要課題でもあります。
ミャンマー南部の地方都市ダウェイ周辺をアジアの一大物流拠点にしようという大型開発計画でも、地元少数民族との衝突が問題となっています。
今後のスー・チーさんの具体的な活動としては、こうした開発計画における、政府側と少数民族側の利害調整も強く期待されるところです。
イギリスの植民地支配からの独立運動を指導した故アウン・サン将軍と少数民族代表が1947年に交わした「パンロン合意」では、連邦国家の枠内で少数民族の自治を保障することになっています。
今後、少数民族側との対話においては、この「パンロン合意」を交わした故アウン・サン将軍の娘という立場も、意味を持つことになるかと思います。
スー・チーさんは、自宅軟禁を解除された後、「第2回パンロン会議」の開催を提案しています。
【国防相:「時期が来れば軍推薦枠が減らされることもあり得る」】
ついでに言えば、スー・チーさんは日本では“民主化運動指導者”というイメージですが、ミャンマー国内では、同時に“国父である故アウン・サン将軍の娘”という立場も重視されているようです。
民主化運動に対する抵抗勢力とみなされている軍人の間でも、“国父である故アウン・サン将軍の娘”ということで、スー・チーさんに好意を示す向きも多いとも聞きます。
その軍部の動きとして、国防相が、国会議員の4分の1を軍推薦枠に割り当てる現憲法の改正の可能性について言及したことが注目されています。
****ミャンマー:軍推薦国会議員削減も 憲法改正の可能性****
ミャンマーのフラミン国防相(ミャンマー軍中将)は2日、シンガポールのアジア安全保障会議に出席し、国会議員の4分の1を軍推薦枠に割り当てる現憲法について「時期が来れば軍推薦枠が減らされることもあり得る」と述べ、将来的に軍推薦議員数を減らす方向で憲法が改正される可能性があると述べた。軍幹部が改正に言及するのは異例。
現憲法は旧軍事政権が08年に制定した。ミャンマー最大野党「国民民主連盟(NLD)」党首のアウンサンスーチー氏らは現憲法を「軍優位」だとして改正を求め、4月に国会議員当選後には「憲法を順守する」とする就任宣誓を拒否して初登院を遅らすなど、憲法改正問題は民主改革の焦点となっている。
国防相はこの日、会議出席者の質問に答え、軍推薦枠を定めた憲法は「(決して変更が許されない)教義ではない」と話した。
憲法改正を巡り、テインセイン大統領は4月下旬に来日した際、「国民の利益、国家の発展のためなら改正できる」と発言した。軍内部には、テインセイン政権が進める民主化改革に対し、保守派勢力による根強い抵抗があるともされる。
しかし、国防相は「軍が民主化改革になれるには時間がかかるが、軍は常に政府に従い、(民主化改革を進める)大統領を全面的に支援している」と強調した。【6月2日 毎日】
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一気に解消することは困難であり、無用の摩擦を生むことにもなりますので、軍人枠漸減の方向で改正が進むことを期待します。
【テイン・セイン大統領のタイ訪問取りやめ】
スー・チーさんの外遊実現など、一連の急速な民主化は、テイン・セイン大統領の指導のもとで実現しました。
上記記事のフラミン国防相も、「国軍は大統領を100%支持している」と述べ、軍が改革に消極的だとの見方を否定しています。
そのテイン・セイン大統領は、スー・チーさんと共にタイを訪問する予定でしたが、訪問日が延期愛され、結局訪問自体がキャンセルされました。
“大統領は東アジア会議への出席を、直前になって取りやめた。スー・チー氏に「花を持たせた」のか、あるいは自身が「日陰の存在」になることを嫌ったのか、真相はやぶの中だ。”【6月2日 産経】、
“訪問キャンセルの理由は不明だが、タイ当局者は「スーチー氏が国際社会の注目を集めたからだろう」と述べ、彼女が脚光を浴びたことによる「嫉妬」だと推測した。だが「大統領はそんなに狭量ではなく、スーチー氏が一人で自分(大統領)の役割も担ってくれたと思ったのでは」(ミャンマー人記者)との見方もある。”【6月1日 毎日】
いろいろに憶測はされていますが、これまでの大統領の言動から“「日陰の存在」になることを嫌った”とか“嫉妬”ではないように思えます。
5月18日ブログで取り上げたように、大統領には健康問題がありますので、主にはその関係ではないでしょうか。
また、民主化に関しては大統領の今の立場として軽々に発言できない問題も多々ありますので、敢えて混乱のもとになるような事態は避け、欧米に受けの良いスー・チーさんにこの場は任せた・・・といったところではないでしょうか。