孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

エジプト  大統領選決選投票に向けて、憲法裁判断などの不確定要素も ムバラク氏は容態悪化

2012-06-12 22:35:44 | 北アフリカ

(イスラム教徒とコプト教徒がともにムバラク前大統領の即時退陣を求めていた11年2月6日のタハリール広場 ムスリム同胞団の大統領・議会掌握でコプト教徒の立場は?女性の権利は?・・・という懸念があります。“flickr”より By BeBOprincess  http://www.flickr.com/photos/hopy2/6449462541/

終身刑判決で広がる抗議行動 「安定の回復」を求める声も
エジプトでは大統領選第1回投票でイスラム主義穏健派のムスリム同胞団が擁立したムハンマド・ムルシ氏と、ムバラク政権最後の首相だったアフマド・シャフィーク氏が16~17日に行われる決選投票に進んでいますが、6月2日に出されたムバラク前大統領への終身刑判決によって、情勢は一段と混とんとしています。

2日の判決直後には市民の間では喜びの声もありましたが、その後、死刑でなかったことへの怒りに転化したようです。
****ムバラク氏終身刑判決に歓喜の声と怒り****
ムバラク前大統領に終身刑判決が言い渡された2日、カイロの特設法廷前では、数百人の市民がラジオの生中継に耳を傾けた。
判決の直後には、「ムバラクは裁かれた」などと歓喜の声が起き、祝砲の花火も打ち上げられたが、興奮がさめると、次第に死刑判決ではなかったことへの怒りが強まった。

デモ弾圧で近親者を失い、前大統領の死刑を求めてきた人々は、判決に怒りをあらわにし、法廷の警備にあたっていた警官隊と衝突した。反政府デモの集結地点だったカイロ中心部タハリール広場や、北部アレクサンドリアなどでは判決に反発するデモが起きた。【6月2日 読売】
********************

ムバラク前大統領の終身刑判決や内務省高官らが無罪となったことへの不満に加えて、大統領選の第1回投票で旧政権とのつながりを指摘されるシャフィーク氏が決選投票に残ったことへの不満から、若者らが抗議デモやカイロ・タハリール広場での泊まり込みなどの抗議行動を起こしています。

中部ファイユームなどではシャフィーク氏の事務所への焼き打ち事件も起きていますが、ムバラク政権崩壊後の一連の混乱にいささかうんざり市民も多く、こうした旧政権批判がどのような影響をもたらすかは定かではありません。
“混乱が拡大すれば、事態は暫定統治を担う軍部とも関係が良好とされ「安定の回復」を唱えるシャフィーク氏有利に傾く可能性もある。このため同氏を後押しする旧与党・国民民主党(政変後に解散)関係者ら体制支持派が、デモ隊の挑発に走るのではないかとの観測さえ出ている。”【6月4日 産経】

選挙のやり直しなどを求める動き 14日に憲法裁判所の判断
選挙自体についても、旧政権幹部の公民権停止を求める動きや選挙のやり直しを求める動きもあって、すんなり決選投票に行くのか、不透明な部分もあるようです。

****エジプト、旧政権批判が再燃 選挙やり直し求める動きも****
エジプトで、ムバラク前大統領ら旧政権幹部に言い渡された2日の判決を「軽すぎる」と批判するデモが続いている。ムバラク氏と息子らの汚職容疑が時効とされ、デモ弾圧に関与したとされた治安機関幹部6人が無罪となったためだ。大統領選第1回投票で敗れた陣営からは、デモの勢いを利用して選挙のやり直しなどを求める動きが出ており、決選投票へ向けて波乱が続きそうだ。

判決言い渡し直後から連日、数千人規模の市民がデモを続けるカイロ・タハリール広場。4日夜、大統領選第1回投票で敗退した3人が姿を見せた。
世俗左派ハムディン・サバヒ氏(57=選挙で3位)、ムスリム同胞団を脱退して穏健イスラム主義者とリベラル派の糾合を狙ったアブドルメナム・アブルフトゥーハ氏(60=4位)、人権活動家ハリド・アリ氏(40=7位)。3人が手を取り合い「我々は革命を続ける。旧政権幹部の公民権停止を求める」「今すぐ民政移管すべきだ」と叫ぶと、歓声が上がった。

旧政権幹部の公民権停止は、ムスリム同胞団系が主導する議会が4月に法令を可決。ムバラク政権最後の首相だったアフマド・シャフィーク氏(70)らを大統領選から排除するのが狙いだった。だが、シャフィーク氏側から「憲法違反」との異議が出て、憲法裁判所で審査中だ。

この間にシャフィーク氏は大統領選に出て第1回投票で2位に。公民権停止となれば、3位のサバヒ氏が決選投票に繰り上がるか、選挙全体をやり直すことになる。サバヒ氏らの狙いは、デモを激化させ、要求を判決批判から「シャフィーク排除」「選挙やり直し」にステップアップさせることにあるとみられる。

一方、擁立したムハンマド・ムルシ氏(60)が1位で決選投票に進んだ同胞団もデモへの参加を表明。「当選すればムバラク氏を恩赦しかねない」と、シャフィーク氏への逆風を強める狙いがある。同氏の公民権停止も求めており、この点でサバヒ氏らと共闘している。

各派共同で5日夕(日本時間同日深夜)に「100万人デモ」を呼びかけている。だが、「即時の民政移管」には否定的だ。「予定通り選挙をやれば我々が勝つのに、(即時移管は)投票などの政治カレンダーを延期することになる」(幹部)からだ。

集中砲火を浴びるかたちのシャフィーク氏は「判決は尊重すべきだ。裁判を政治利用すべきでなない」とし、テレビ番組に出演しては「エジプトは世俗社会を維持すべきだ」「同胞団はキリスト教徒を排除する」と主張。決選投票に向けてアピールしている。
     ◇
ムバラク前大統領の公判では、ムバラク氏側と検察側双方が控訴する意向を見せている。ムバラク氏は2日の判決後、カイロ郊外トラ刑務所内の病室に身柄を移され、囚人番号と囚人服を与えられたという。(カイロ=貫洞欣寛)【6月6日 朝日】
*************************

選挙制度に関する「無所属候補は比例代表で立候補できない。機会の平等を奪い、違憲だ」との申し立ても憲法裁判所に行われており、憲法裁判所は14日に決定を出すことになっています。
もし違憲と判断されれば、議会は解散し、新制度を作ったうえで再選挙となる可能性があるそうです。

また、旧政権幹部の公民権を停止する法案について、シャフィーク氏側が「法の下の平等に反し違憲だ」と申し立てています。憲法裁は同じ14日判断を示す予定です。

“憲法裁の諮問機関、憲法裁理事会は6日、「議会選制度、公民権停止法案はともに違憲」とする勧告を出した。14日の決定が勧告通りなら、同胞団にとっては過半数に迫る議席を失ううえ、シャフィーク氏がそのまま決選投票に進むことになり、他の政党とともに激しく反発するのは必至だ。”【6月8日 朝日】

旧政権に近いと言われているエジプト司法ですが、さすがに先の議会選挙を違憲としてやり直しを命じる・・・というのは難しいのではないでしょうか。

【「彼ら(当局)は私を(獄中で)殺そうとしている」】
一方、“囚人番号と囚人服を与えられた”というムバラク前大統領ですが、容態の悪化が報じられています。
****ムバラク前大統領、容体悪化 2度心停止か****
市民の反政権デモ「アラブの春」で昨年2月に退陣に追い込まれ、デモ隊への発砲を命じたなどとして終身刑判決を受けたエジプトのムバラク前大統領(84)の容体が、収監先の刑務所付属病院で悪化し、重篤の模様だ。

中東の衛星ニュース局アルジャジーラなどによると11日、心臓の動きを回復させる除細動器が使われたという。
ムバラク氏は11日、心臓が2度にわたり停止したうえ、意識を失ったり、取り戻したりを繰り返し、栄養補給を拒んでいるという。

ムバラク氏は今月2日、カイロの刑事裁判所で終身刑判決を受け、身柄をカイロ郊外の軍病院から、刑務所の付属病院に移された。地元メディアの報道では、刑務所にムバラク氏を乗せたヘリが到着した際、ムバラク氏は一時、ヘリから降りることを拒否し、涙も見せた。その後、容体の急速な悪化が伝えられていた。

政府系の中東通信は「ムバラク氏の体調が悪化しているため、収賄罪などで起訴されている長男アラ氏に11日、ムバラク氏とともに過ごせるよう許可が出た」と伝えた。次男ガマル氏にもすでに許可が出ており、2人の息子が見守っている模様だ。ムバラク氏の妻も10日に見舞いに訪れた。

ムバラク氏は高齢なこともあり、これまでも何度か、容体の悪化が伝えられてきたが、除細動器の使用が伝えられるのは初めて。
ムバラク氏側は、2日の判決に対し、控訴を計画している。【6月12日 朝日】
************************

ムバラク前大統領は「彼ら(当局)は私を(獄中で)殺そうとしている」と訴えていたという報道もあります。
****獄中で殺される」と訴え=ムバラク前大統領が弁護士に―エジプト****
昨年のエジプト政変時にデモ参加者を殺害した罪で終身刑判決を受けたムバラク前大統領(84)の弁護士ファリド・ディーブ氏は11日、前大統領が「彼ら(当局)は私を(獄中で)殺そうとしている。助けてくれ。ファリド、私に解決策を見つけてくれ」と懇願したことをAFP通信に明らかにした。(後略)【6月12日 時事】
*************************

絶望した老人の被害妄想でしょうが、“容体の悪化”と関係があるのだろうか・・・なんて邪推したりも。
そんな話は別にしても、もし今の段階でムバラク前大統領に万一のことがあれば、大統領選挙にどういう影響があるのだろうか・・・というのは、考えてもいい問題です。
旧政権批判が一段落することで、シャフィーク氏に有利になるのでしょうか。

ムスリム同胞団の公約と本音
なんだかんだで混乱はしていますが、決選投票が予定どおり行われれば、最大組織ムスリム同胞団を基盤とするムルシ氏の優位は動かないのではないでしょうか。イスラム厳格派「光の党」もムルシ氏支持を明らかにしています。

第1回投票では、ムルシ氏は、選挙戦への出遅れやムスリム同胞団を脱退して出馬したアブルフトゥーハ氏の存在などで、厳しい情勢も報じられていましたが、ふたを開けてみればムスリム同胞団の圧倒的力が示されました。
ただ、ムルシ氏が大統領に当選することになれば、大統領と議会の双方をムスリム同胞団が押さえることにもなり、そのイスラム主義がどのように現実政治に反映されるのかという不安もあります。

【6月7日 朝日】によれば、ムルシ氏の主な公約は次の通りです。
・憲法に基づく民主的、近代的な国家
・副大統領は自由公正党以外で人選
・複数の議会政党による連立政府を樹立
・新憲法起草を3カ月以内に実施
・コプト教徒はイスラム教徒と同じ権利を持つ
・女性にスカーフ着用を強要しない
・7%の経済成長目標
・最低賃金、年金の引き上げ

公約を見る限りは“穏健派”のイメージではありますが、公約と実際に権力を掌握した時点での動きとは別物・・・という懸念もあります。具体的にはコプト教徒や女性の権利、外交的にはイスラエルとの関係が問題となります。

****民主的な国家目指す」エジプト大統領選 ムルシ候補*****
エジプト大統領選で穏健イスラム主義をとるムスリム同胞団のムハンマド・ムルシ候補(60)が勢いを見せている。同胞団が目指すイスラムに基づく国家や社会とはどのようなものなのか。発言から浮かびあがるのはイランやサウジアラビアとはかなり異なる姿だ。

最大の懸念材料がイスラム法をめぐる扱いだ。
「イスラム法(シャリア)の原則は、立法の主な源泉となる」(5月3日の記者会見)
ムルシ氏は会見で、ムバラク政権下の旧憲法2条の条文をそのまま引用し、「2条は維持される」と述べた。欧米などが懸念するシャリアの性急な導入を否定、あくまでも「原則」にとどめるとの意味合いだ。

旧憲法はイスラムを国教とし、シャリアの原則に照らした法体系を取る一方、宗教政党を禁じるなど世俗主義的な面も持つ。ムルシ氏は世俗国家という表現は使わないものの「民主的、近代的な立憲国家を目指す。イスラム国家とは、市民国家と同義である」として、新憲法でもほぼ同様の立場を取るとする。
シャリアに基づく統治を理由に、成文憲法も議会も持たないワッハーブ派のサウジアラビアなどとは一線を画す。

一方で、同胞団指導部と大統領の間で権力の二重構造が生じるおそれもある。最高指導者が国政全般にわたる決定権を持ち、大統領が行政権だけを握るイランのようなイメージだ。こうした懸念を払拭(ふっしょく)するため、ムルシ氏は大統領府に議会各派や革命を主導した青年グループ、コプト教徒、政策別の補佐官らを集め「大統領府を機関化、組織化する」構想を掲げる。

「(婚姻など)私法部分は、個々の宗教に応じるべきだ。それはシャリア自体がそう言及している」
「同胞団が女性にヘジャブ(スカーフ)着用を強制するなどというのはばかげた考えだ。神は人々に宗教を選ぶ権利を与えた。ヘジャブ強制は容認しない」(5月29日会見)

同胞団への権力集中が進めば、非イスラム教徒にもイスラム化への圧力が高まるとの懸念がある。同胞団の選挙集会に集まる女性の圧倒的多数はヘジャブを着用する。席も男女別になっていることが多い。サウジでは、異教徒の女性でも外出時にはアバヤと呼ばれる黒い衣装で頭から全身を包むことが求められる。

穏健主義を掲げるムルシ氏の発言とは裏腹に、議会ではイスラム系議員から、女性の結婚年齢の引き下げや女性側からの離婚を禁じる法を求める声が出ている。こうした動きに「女性が長年にわたって勝ち取ってきた権利を奪おうとしている。同胞団は女性の社会進出という観点で進歩的な考えを持っているとはいえない」(政府系団体「女性国民会議」のタラウィ代表)との批判もある。

「我々は締結した条約を尊重し、破棄することはない。一方で相手国も合意内容を尊重すべきだ」(5月29日会見)
外交政策でムルシ氏は、国家による条約や合意は政権が代わっても維持されるとの原則論に立つ。一方で、パレスチナ占領を続けるイスラエルやそれを容認する米国に対しては批判的だ。「米政府は過去にエジプト国民の意思に反することをした」(同)。

米大学院で工学博士号を取り、英語にも堪能なムルシ氏は「米国は大国であり、我々は米国民、政府を尊敬している」とも話す。同胞団は、パレスチナのガザ地区を実効支配し、イスラエルへの武力闘争を続けるイスラム勢力ハマスと近い関係にある。イランのような過激な反米主義は取らないものの、ムバラク政権時代の対米追随とは大きく異なるものになる。

同胞団が掲げる表向きの発言と「本音」に違いがあるのかないのか。16、17日の決選投票に向けて、有権者は見極めを迫られる。【6月7日 朝日】
***************************

「安定の回復」を求める声もあります。
エジプトの基幹産業でもある観光業においては、イスラム主義による観光客減少への警戒もあります。
改革を主導した若者らの間でも、旧政権復活に繋がりかねないシャフィーク氏への反感・嫌悪と同時に、改革を横取りした形のイスラム同胞団への不信感もあります。
“ムルシ氏の優位は動かない”とは言ったものの・・・どうでしょうか。


コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする