(バーレーン 12年3月24日 F1開催抗議行動で、催涙ガスを撃つ装甲車に投石する男性 “flickr”より By MiddleEastVoices.com http://www.flickr.com/photos/74017247@N03/6915040296/ )
【クウェート:一族独裁による事実上の絶対君主制】
「アラブの春」という言葉があるように、チュニジア、エジプト、リビア、イエメン、シリアなどアラブ各国で民主化運動を含む政治運動が起きていますが、当然ながら、そのあり様は各国独自の事情により様々です。
共通しているのは、既存の政治システムへの異議申し立てということでしょう。また、結果として、イスラム宗教色が強まるという側面もあります。
****クウェート首長、議会の一時閉会を命令 対立が先鋭化****
首長家主導の政府と民選議会の対立が続くペルシャ湾岸クウェートで、サバハ首長は18日、国民議会に1カ月間の閉会を命じた。AFP通信などが報じた。
クウェートでも「アラブの春」に呼応した民主化運動が強まる中、今年2月の議会選では、イスラム主義者主導の野党連合が多数を獲得。議会と政府との対立が一段と先鋭化し、汚職や不正などの疑惑で5月に財務相、今月も社会労働相が辞任に追い込まれ、内相も野党の追及にさらされていた。(カイロ) 【6月19日 朝日】
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クウェートと言えば、石油収入のおかげで世界有数の富裕国で、国民は税金もなく優雅な生活を享受している・・・というイメージです。
“およそ8世帯に1世帯が100万ドル以上の金融資産を保有しているとされる”【ウィキペディア】とのことですから、羨ましくもあります。
クウェートの政治システムの概略は下記のとおりです。
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憲法によって立憲君主制を取っているが、首相以下、内閣の要職はサバーハ家によって占められており、実態は一族独裁による事実上の絶対君主制である。
憲法に基づき首長(立憲君主制)、国民議会、内閣の三者を中心とした統治形態が取られているが、首長が議会を解散できる・首相を任免できるなど権限が強化されているため、これも建国当初から有名無実化している。
言論・表現の自由も存在しない。(中略)
議会制度の歴史は他の湾岸諸国よりも古く、1920年代の諮問議会まで遡るとされる。しかし、2009年現在も政党の結成が認められていない。女性参政権は、バーレーンやカタール、オマーンなど他の湾岸諸国が先に確立した。だが、クウェートでも、2005年5月、女性に参政権が認められ、同年6月初の女性閣僚が生まれた。2009年5月16日の国民議会選挙では、初の女性議員が4人選出された。【ウィキペディア】
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“政党の結成が認められていない”クウェートですが、「中東・イスラーム諸国の民主化」(http://www.l.u-tokyo.ac.jp/~dbmedm06/me_d13n/database/kuwait/political_party.html)によれば、実質的に政党と似た役割を果たす政治組織・社会組織が存在しており、議会選挙に公認の立候補者を擁立して選挙キャンペーンを行うなど組織的な選挙活動を展開しているとのことです。
政党と“政治組織・社会組織”がどう違うのかはよくわかりませんが、“政治組織・社会組織”には、イスラム系(エジプトのムスリム同胞団の流れをくむ勢力、復古的なサラフィー主義勢力、シーア派勢力など)、部族系(諸部族を代表する議員)、リベラル系(アラブ民族主義・社会主義の流れを汲む勢力と、左翼的な傾向のない勢力)のグループが存在しているそうです。
【「『体制変革』を望んだわけではない」】
冒頭【朝日】記事にもあるように、今年2月の総選挙ではイスラム系野党勢力が躍進しました。
国民議会ではこれまで与野党の勢力がほぼ伯仲していましたが、ナセル前首相の汚職疑惑を受けて腐敗根絶が争点となり、野党が過半数を制する形となっています。
*****イスラム系野党連合が躍進 クウェート議会****
首長家主導の政府と民選議会との対立が続くペルシャ湾岸クウェートで議会選挙(定数50)が2日に実施された。AFP通信などによると、イスラム主義者主導の野党連合は20議席から34議席に躍進し、多数派を占めた。首長家が指名する内閣との対立がさらに強まることが予想される。
同通信によると、野党連合のうち、穏健派のムスリム同胞団、厳格派のサラフィ主義者らイスラム主義者が選挙前の9議席から23議席に躍進した。「アラブの春」で民主化要求が地域全体に広がるなか、イスラム主義勢力の躍進は、チュニジア、エジプトなどに続く動き。その大半はスンニ派で、人口の約3割を占める少数派シーア派との宗派対立が深まる懸念もある。
昨年、与党系候補が政府側から多額のわいろを受け取っていた疑惑が浮上。ナセル前首相の辞任や汚職追及を求めるデモが活発化した。野党系議員らが議会に乱入するなど、混乱が続き、昨年12月にサバハ首長が議会を解散した。同国は1963年に湾岸諸国で最初に民選議会制度を導入した。同国の女性参政権は2005年に認められたが、女性候補は前職4人を含む全員が落選した。【2月4日 朝日】
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なお、女性議員落選については、“2009年の前回選挙では初めて女性候補4人が当選し話題となったが、今回は閣僚経験者を含む23人全員が落選した。地元紙は、選挙を前に女性有権者の買収が横行し、女性候補には投票しないよう促されていたと報じている”【2月3日 読売】とのことです。
2月議会選挙でのイスラム系勢力の躍進については、「政治家の汚職に怒った有権者が腐敗撲滅に熱心なイスラム系に投票しただけ。『体制変革』を望んだわけではない」との指摘もあります。
****クウェート:潤沢オイルマネーで不満抑圧****
中東情勢を激変させた昨年来の「アラブの春」が、ペルシャ湾岸の産油国クウェートでは影を潜めている。国民が潤沢な「オイルマネー」でなだめられているためだ。
63年に湾岸初の民選議員による国民議会を開催するなど、早くから「民主化」を進めてきたことも背景にあるが、社会は過度に石油に依存しており、流動化の恐れをはらんでいる。
昼時、クウェート大学のキャンパスは学生の笑い声であふれていた。女子学生の多くはヘジャブ(スカーフ)で頭を覆うなどしているが、洋服姿も見かける。雑談中の男子学生たちにアラブの春について聞いた。「クウェートは自由だよ。チュニジアやエジプトとは違う」。情報科学を専攻するジャディさん(22)が力説した。
クウェートでは2月2日の国民議会(定数50)選挙で、イスラム系中心の野党勢力が34議席を獲得して圧勝した。政権寄りのリベラル派は惨敗し、改選前に4人いた女性議員もゼロになった。
独裁崩壊後のチュニジアやエジプトの選挙でもイスラム系が台頭したことから、クウェートの結果をアラブの春と連動させる見方もあるが、地元紙クウェート・タイムズのアラヤン編集局長は「政治家の汚職に怒った有権者が腐敗撲滅に熱心なイスラム系に投票しただけ。『体制変革』を望んだわけではない」と言い切った。
クウェートは世襲制の首長国家。首長は首相の任免権も持つ。新内閣は15閣僚のうち4人が首長家出身で、副首相3ポストを独占。首相も首長家だ。
アラブの春に触発されて一時デモも起きたが、政府が労働者の賃上げなどに応じると多くが沈静化した。現地の外交筋は「不満を『札束』で抑えた」と解説してみせた。
元来クウェートは保守的なイスラム教国だが、女性も自由に車を運転し、服装の強制はない。05年には女性参政権が認められ、女性閣僚も誕生済み。首長家出身者が議会の追及に遭うのも珍しくなく、言論の自由を含め、他のアラブ独裁国家に比べて抑圧感は薄い。
ただ、クウェート経済は石油が輸出収入の95%を占めるモノカルチャーだ。国民の約90%は公務員の職にありつき、税金はほとんどなく、公共料金も極めて安い。食料の配給もある。億万長者から低所得者まで一様に「オイルマネー」の恩恵に浸っている。
将来の安定には、産業の多元化に加え、原油相場に左右されない財政の確保のため徴税制導入も必要になる。クウェート大学のシャイジ政治学部長は「政府はいわば国民の『ベビーシッター』だ。『親離れ』しなければならない」と述べ、抜本的な社会・経済改革の必要性を指摘した。【2月27日 毎日】
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“税金はほとんどなく、公共料金も極めて安い。食料の配給もある。億万長者から低所得者まで一様に「オイルマネー」の恩恵に浸っている”状態では、「体制変革」の動きも起こりようもないのでしょう。
【バーレーン:「いま声を上げて自由を勝ち取らなければ、いずれ殺される」】
同じように石油収入の恩恵にあずかる湾岸諸国でも、“1970年ごろから石油が枯渇し始め、このままいくと、あと20年余りで完全に枯渇するという問題に直面している”【ウィキペディア】、そして、多数派のシーア派住民を少数派のスンニ派王制が支配するという政治構造のバーレーンでは、問題はより深刻です。
バーレーンでは、「アラブの春」に呼応して激しい民主化運動が起きましたが、シーア派勢力の拡大を恐れるサウジアラビアなどアラブ周辺国の軍事介入で、その動きは封じ込められました。
(11年4月16日ブログ「バーレーン 周辺国を巻き込む宗派対立 強硬姿勢の政府側、最大野党解党へ」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20110416)
しかし、今年2月に抗議行動が再燃したように、シーア派住民には強い不満が内在しています。
そのバーレーンで4月、自動車レース・F1グランプリが開催されましたが、このときも抗議デモが再燃しています。
****バーレーン、深まる亀裂 デモと治安部隊、衝突繰り返す****
民主化を求めるデモで多数の死傷者が出たペルシャ湾の島国バーレーン。2年ぶりのF1グランプリ開催で、政府側は「安定」をアピールしようとしたが、デモ隊と治安部隊は衝突を繰り返し、安定にはほど遠いことがかえって印象づけられた。
一方、民主化デモ自体も「宗派対立」の側面が色濃く、社会の亀裂が際立ってきた。
■「F1より自由を」
首都マナマ郊外シャコーラ。イスラム教シーア派が多く住むこの村のあらゆる壁は、「ハマドを倒せ」といったハマド国王に対する批判などの落書きで埋め尽くされている。黒ペンキで上塗りして落書きを消している壁もある。
この村の若手リーダーだった野菜農家サラ・アッバスさん(36)が遺体で見つかったのは、F1開幕翌日の4月21日朝のことだった。腹部には散弾銃によるものとみられる多数の弾痕、頭部には刺し傷、胸にはやけどの痕もあった。
アッバスさんは20日夜から、村人約65人を率いて「F1はいらない」などと訴える抗議活動をしていたという。アッバスさんのいとこの調教師アリ・エサさん(29)は「治安部隊がいきなり催涙弾と散弾銃を水平に撃ってきた。逃げる間に彼を見失った」と悔やむ。「我々は家畜じゃない。自由が欲しいだけだ」
昨年、中東各国に広がった「アラブの春」の影響を受けた民主化デモによって、F1開催は中止を余儀なくされた。政府は今年こそ成功させて国際社会に安定を印象づけようと、装甲車や治安部隊を配置して厳戒態勢を敷いた。逆に反政府側はF1を世界の関心を引く好機とみて、デモを連日実施。20日夕の行進は数万人規模に達した。
高校1年のアリ・ラシッドさん(15)は治安部隊から逃げる際に催涙弾が後頭部を直撃し、大けがをした。「僕らが流した血の上で開催するF1なんか許せない」と話す。ラシッドさんの母も以前、治安部隊に捕らえられ5日間拘束された。
最大野党会派・イスラム国民統合協会(ウィファーク)によると、昨年2月以降の死者は約80人に上る。それでも会社員の女性クルード・ムハンマドさん(28)は「いま声を上げて自由を勝ち取らなければ、いずれ殺される」と話す。
■宗派対立、市民にも拡大
この国では、バーレーン人約60万人のうち約3割のスンニ派が主導する政府が、約7割を占めるシーア派を支配する構図が続いてきた。「アラブの春」は、富の分配の不公平感や就職差別など、長年のシーア派の不満に火をつけた。
獄中のシーア派活動家が始めたハンガーストライキは80日を超え、釈放を求めるデモはいまも続く。地元記者は「シーア派の不満は極限に達している。何が起こるか分からない」と語る。実際、内務省によると4月24日夜にシーア派地区で大規模な爆発が起き、治安部隊4人が重軽傷を負った。野党幹部は「暴力は絶対反対だ。だが抗議活動をすべて制御できるわけではない」と漏らす。
反政府側は、民主的な首相選出や選挙に基づく下院の大幅な権限強化を求めている。王室・政府が漸進的な改革を進めつつ、デモ弾圧を続けるのは、シーア派が実権を握ることへの危機感からだ。
市民の間でも反目が広がっている。スンニ派市民は2月、政府にシーア派との対話を拒むよう求める2万人規模の集会を開いた。スンニ派の会社員アブドラ・アフマドさん(52)は「(シーア派の)デモ隊は経済を破壊するテロリストだ」と不快感を隠さない。
体制転覆など12の罪に問われ、懲役3年の判決を受けた元教員ジャリラ・サルマンさん(45)は「スンニ派地域の学校からシーア派教員を追い出し、国籍を取得した外国人を補充する動きが進んでいる」と語る。地元紙によると、シーア派経営のスーパーなどへの襲撃も相次いでいる。
処方箋(しょほうせん)はないわけではない。王室の指示で外国人専門家が昨年11月にまとめた報告書だ。だが、内務省への監視強化などの提言は進まず、手詰まり状態が続く。
■欧米冷ややか 隣国は飛び火懸念
「アラブの春」で民衆を支持した欧米諸国も、今回は反政府側に冷ややかだ。
同じスンニ派王室が統治するサウジアラビアなど湾岸諸国はバーレーン王室を支持し、昨年3月にはサウジ軍を中心とした約1500人を進駐させた。バーレーンでシーア派が伸長すれば、自国のシーア派や民主化を求める勢力を刺激しかねないためだ。
また、米第5艦隊司令部がある戦略拠点バーレーンの政治的混乱を避けたい点で欧米諸国と湾岸諸国の利害は一致する。
孤立感を深める反政府側は「二重基準」として不満の矛先を米国にも向け始めている。
ただ、米国は最近、治安部隊の強行策に繰り返し懸念を表明しており、王室は米国への不満を強めているという。【5月2日 朝日】
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バーレーンの場合、スンニ派とシーア派(シリアの場合はアラウィ派)の構成比はシリアの逆になりますが、少数派による多数派支配の構図は同じです。
この構図は、“民主化を認めれば少数派支配が崩壊する。そのため民主化要求は封じ込めざるを得ない”という意味で、民主化とは基本的に相いれないものです。
現在の政治システムを前提にする限り、解決は難しいと思われます。