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(映画「北京陳情村の人々」より “土地の強制収用や役人の腐敗といった地方政府への不満を中央政府に陳情するため、中国各地から北京へとやって来た多くの人々。様々な想いを胸に北京に長期滞在することになった彼らの、1996年から2008年の北京オリンピック前までの姿を捉え、中国における急激な経済発展の裏に潜む深刻な問題を浮き彫りにしたドキュメンタリー。監督は本作が長編デビューとなるチャオ・リャン。第62回カンヌ国際映画祭にて上映された”【映画.com】)
【根本的な“病巣”は野放しのまま】
周知のように、経済成長を誇る中国社会には大きな問題がいくつもあります。
格差の拡大の問題、人権侵害の問題、チベットやウイグルなどの民族問題、最近見直しが検討されいることも報じられた「一人っ子政策」によってもたらされた人口構造のゆがみから派生する問題、あるいは、新疆ウイグル自治区における未成年者誘拐グループの摘発で2274人(!)の子供たちが助け出されたといった社会にはびこる犯罪等々・・・取り上げていたらきりがなく、それらの多くは、共産党一党支配という政治システムの非民主性に根差しているように思えます。
そのなかでも社会に蔓延する腐敗・汚職には、一般国民も怒りを募らせており、特に、地方政府における腐敗が激しいと言われています。
被害者が地方政府の腐敗を中央政府に陳情しようとしても、地方政府は陳情者を違法監禁するなどして隠ぺいを図っています。
****陳情者の口ふさぐ中国の“ヤミ監獄”****
北京市朝陽区の裁判所で11月末に下された判決をきっかけに、中国の「黒監獄(ヤミ監獄)」に再びスポットライトが当てられている。1年6月~数カ月の懲役刑を言い渡されたのは、地方から上京してきた陳情者を違法に監禁していた10人の陳情阻止要員たち。
陳情阻止要員に違法拘禁罪が適用され、実刑が言い渡されたのは初めてというが、根本的な“病巣”は野放しのままだ。
■阻止要員を雇用
中国紙、北京青年報などによると、今年4月下旬、河南省長葛市から北京の中央機関に陳情に来た市民12人が男たちに連れ去られ、北京市内の集合住宅の一室に監禁された。5月、通報を受けた北京市公安局に救出された陳情者の証言によると、男たちの胸には長葛市北京事務所のバッジが付いていた。
中国で大きな社会問題となっている官僚の腐敗は、中央官庁以上に地方政府で顕在化している。各地方政府は北京での陳情活動を阻止するため、阻止要員を雇用し、陳情者らを北京の“ヤミ監獄”で監禁し、地元に送り返す違法行為が後を絶たないという。
北京紙、新京報が、昨年、“ヤミ監獄”に監禁された数人の陳情者の体験談を事細かに報じている。
江蘇省塩城市から陳情にやってきた58際の男性は陳情事務所から出てきたところ、頭をそり上げ、身体に入れ墨を彫った男達に「暴れると痛い目に遭うぞ!」と脅され、ミニバンに押し込められ、連れ去れた。
■人道を無視した扱い
河南省周口市出身の60代の男性はホテルで、地元政府職員から「滞在ホテルを変えてやる」と言われた。職員が一緒にミニバンに乗り込んだため信用したが、その職員は途中で車を降り、男性はそのまま監禁されたという。
監禁中の扱いも人道を無視している。“ヤミ監獄”に到着するや否や、持ち物を探られ、携帯電話や身分照明証などを没収された。抵抗すると殴打された。小銭だけは所持が許された。居住区内の売店で、タオルなどの日用品を市価の2倍の値段で売りつけるためだ。病人が出た際には、男たちが代わりに薬を買ってきたが、本来の価格の3倍を支払うよう要求してきた。
食事も粗末だ。ある日の昼食は小さなお椀によそった米飯に数キレのキュウリだけ。おかわりを求めようものなら、拳が飛んでくる。母親とともに監禁された2歳と3歳の女児は当然、空腹を我慢できない。子供らに先にすべてを与えた母親がおかわりを求めると、足蹴にされた。母親は半日、起き上がることもできなかった。食事中、大きな声を出すだけでも、見張りがやってきて暴力を振るったという。
男女を分けて監禁されていた部屋は約30平方メートル。監禁者が多いときは、身体を傾けて眠らなければならなかった。時計も通信設備もなく時間の概念を失ってしまうと、監禁者は述懐している。
■処罰は実行犯のみ
警察は、ある警備会社が“ヤミ監獄”を運営していたと明かしている。中国メディアの報道によれば、地方政府がその雇い主であることは明白だ。しかし、警察は雇い主の身分については口を閉ざしている。
今回の判決を「画期的」と称賛する声も上がっているが、処罰されたのは、いわゆる“実行犯”だけだ。取り締まるべきは、陳情阻止要員を使って、自らの腐敗が明るみに出ることを阻止しようとしている地方政府の幹部たちだ。幹部の腐敗に司法のメスが入らない限り、北京から“ヤミ監獄”が完全になくなることはない。
中国共産党総書記の座に就いた習近平国家副主席(59)は、腐敗撲滅を“公約”に掲げている。中国政府はことある毎に、「法治国家」を標榜している。しかし、“ヤミ監獄”が横行している現状を見ても、法が正しく運用されているとは思えない。それが中国の現実だ。【12月9日 産経】
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【「腐敗問題が深刻になれば、最終的に党や国が滅ぶ」】
「法治」が無視され、陳情も出来ないとなれば、街頭での抗議デモ・暴動のような直接行動しか方策はなくなります。
中央政府としても、こうした状況を放置すれば体制の危機につながるとの認識はありますので、習近平新指導部も腐敗追放を重視する姿勢は見せています。
****中国:腐敗追放に本腰 習体制、地方幹部12人摘発****
中国共産党の習近平(しゅうきんぺい)総書記による新体制が発足した中国で、地方主要都市の党幹部が重大な規律違反の疑いで取り調べを受けるケースが相次いでいる。習氏は就任以来、腐敗の追放に全力を挙げる考えを示しており、党指導部が毅然(きぜん)とした対応を示すことで求心力を高める狙いとみられる。
国営新華社通信などは5日、四川省党委の李春城(りしゅんじょう)副書記が党中央規律検査委員会の取り調べを受けていると報じた。李氏は四川省のナンバー3で、11月の共産党大会で中央候補委員に選出された要人。一部メディアは四川省成都市の有力企業トップとの関係を指摘している。
また、広東省規律検査委によると、元深セン市副市長の梁道行(りょうどうこう)氏も規律違反の疑いで取り調べを受けている。広東省英徳市で副市長や党政法委書記などを務めた鄭北泉(ていほくせん)氏も経済問題に関する容疑で取り調べが始まった。
鄭氏は元部下から「違法な薬物グループを守っている」とインターネット上で異例の告発を受けていた。6日には山西省公安庁副庁長兼太原市公安局長の李亜力(りありき)氏が息子の暴行事件をもみ消そうとしたことも判明、停職となり当局の調査が進んでいる。
8日付の北京紙「新京報」によると、党大会が閉幕した先月14日以降、取り調べを受けている党幹部は12人に上る。中国版ツイッター「微博」などで動かぬ証拠が暴露され、処分が不可避となる事例も相次いでいる。
習氏は同15日の総書記就任直後の同17日、党政治局の学習会の場で「腐敗問題が深刻になれば、最終的に党や国が滅ぶ」と述べ、腐敗の解決に挑む姿勢を強調。今月5日の政治局会議では、接待を減らすなど無駄を戒める方針を確認している。【12月9日 毎日】
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【反腐敗の名を借りた新たな党内の主導権争い】
一方で、こうした習近平新指導部の腐敗一掃の取り組みは、胡錦濤主席らのグループとの権力闘争の側面があるとの報道もあります。
****中国「反腐敗」で暗闘 胡錦濤派を相次ぎ摘発 主導権狙いの習近平派****
国営新華社通信などの中国メディアは今月に入ってから連日、汚職官僚摘発のニュースを大きく伝え、習近平・新指導部を「腐敗と真剣に戦っている」と持ち上げている。しかし、摘発された幹部の大半は胡錦濤国家主席が率いる共産主義青年団(共青団)派につながっている人物で、反腐敗の名を借りた新たな党内の主導権争いではないかとの見方も浮上している。
中国メディアによると、11月14日の党大会閉幕から今月8日までの3週間余りで、当局は少なくとも14人の局長級以上の高官を取り調べた。地域的に調べが集中しているのは広東省で4人の高官が対象になっている。しかし、腐敗問題に詳しい中国人記者によれば、香港に隣接する広東省は中国でも最も権力に対する世論の監督が厳しいところで、内陸部と比べて腐敗現象は少ないはずという。
◆高官14人聴取
一連の摘発の目的は同省トップの汪洋氏のイメージダウンを狙った可能性もある。汪氏は胡派の若手ホープで、来春に副首相への就任がささやかれている。
また、今回摘発された最高位の幹部は李春城・四川省党委副書記だ。李氏の元上司、劉奇葆・前四川省党委書記は胡主席の腹心として知られる。劉氏は先月に政治局員に選ばれ、党中央宣伝部長に転出したばかり。調べられている李氏の汚職事件は劉氏の四川省在任中に発生しており、直接巻き込まれなくても、監督責任が問われる恐れもある。劉氏の政治生命に一定の影響が出そうだ。このほか、山西省、安徽省、河北省でも高官が調査を受けているが、いずれも共青団派の有力政治家がトップを務めている地域だ。
さらに、米国の中国語サイト「明鏡新聞網」によれば、胡主席の側近中の側近だった令計画・党統一戦線工作部長の妻と義弟も最近、拘束され、令氏の実弟は拘束を逃れるため、出国したという。不正蓄財疑惑が持たれており、令氏本人の関与は不明だという。令氏は胡政権の官房長官にあたる中央弁公庁主任を5年間務めた実力者だが9月に更迭された。
◆5年後見据え
一連の腐敗摘発を主導しているのは、習氏と同じく太子党(高級幹部子弟)に属している王岐山・中央規律検査委員会書記だ。摘発された高官の派閥があまりにも偏っているため、「5年後の党大会で、最高指導部入りする可能性のある胡派の次世代指導者の周辺にターゲットを絞り、調査したのではないか」(共産党関係者)と指摘する声も上がっている。【12月9日 産経】
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中国共産党内部の権力闘争に関しては、先の党大会前後から溢れるほどの報道がなされていますが、一体何が本当のところなのかよくわからない話も多く、いささか食傷気味です。
上記の李春城・四川省党委副書記の事件に関しては、胡錦濤グループ(共青団)だけでなく、江沢民派閥の重鎮である周永康氏(胡錦濤主席の政敵とされていた人物で、失脚した薄煕来氏とも親密な関係にあったことが問題になりました)、更には、トウ小平氏の孫娘の夫も名前が挙がっています。
****前政治局常務委員も関与か=四川省高官の不正疑惑―中国****
香港誌・亜洲週刊の最新号は、中国共産党中央規律検査委員会が調べている李春城四川省党委副書記の不正疑惑に、前党中央政法委書記・政治局常務委員で江沢民前国家主席派の周永康氏やかつての最高実力者、トウ小平氏の孫娘の夫が関与していたと報じた。
李氏は昨年、省党委副書記に昇格するまで省都・成都市の党委書記や市長などを歴任。同誌によると、成都時代に政府系企業の経営や開発プロジェクトに絡んで不正に利益を得ていた疑いがある。【12月9日 時事】
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こうした報道・情報リーク自体が一定の政治的狙いで行われている・・・といったことも考えられます。
よくわからない権力闘争絡みの話です。
ただ、習近平総書記は“広東省の深セン視察で、かつての最高実力者、トウ小平氏に繰り返し言及し、改革・開放を推進する必要性を強調した”とのことですので、そのトウ小平氏の関係者に累が及ぶような展開はあまりないのでは・・・とも思われます。
もっとも、そうした「法治」とは別次元で物事が決まってしまうことが、中国の抱える問題の根幹でもある訳ですが。
****トウ小平氏に繰り返し言及=深セン視察で習総書記―中国****
9日付の香港各紙によると、中国共産党の習近平総書記は8日、広東省の深セン視察で、かつての最高実力者、トウ小平氏に繰り返し言及し、改革・開放を推進する必要性を強調した。
習総書記は改革初期に香港とのビジネスで成功した深セン中心部の地区を視察。住民に対し、共産党の指導下でトウ氏が示した道を進んでいくよう激励した。住民の話では、習総書記は視察中、何度もトウ氏の名を挙げた。
習総書記はその後、市内の公園にあるトウ氏の巨大な銅像に献花した際、「党中央が下した改革・開放の決定は正しい。今後も引き続き富国の道、富民の道をしっかりと歩まねばならない。さらに、新たな開拓も必要だ」と語った。
公園では住民に紛れ込んだ香港紙の女性記者が習総書記と握手。記者が「香港の同胞に一言お願いします」とコメントを求めると、習総書記は「香港は必ず繁栄するでしょう」と笑顔で答えたという。【12月9日 時事】
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