(国民投票に並ぶ人々 “flickr”より By Mahmoud Gamal El-Din http://www.flickr.com/photos/mahmoudgamaldin/8278596920/)
【反大統領派のジレンマ “政治がうまい”ムスリム同胞団】
エジプトでは、イスラム原理主義組織ムスリム同胞団を支持基盤とするモルシ大統領が裁判所の判断を一定期間無力化する「憲法宣言」(暫定憲法)を発令し、ムスリム同胞団などイスラム主義主導でまとめられた新憲法草案の国民投票を実施することにしたため、これに反発する世俗派・リベラル派などとの間で激しい衝突が発生、政治的危機が懸念されていました。
結局、モルシ大統領側は強権的な「憲法宣言」は撤廃したものの、15日の国民投票は決行されました。
(12月10日ブログ「エジプト・モルシ大統領、強権を撤回、国民投票は決行 反大統領派の実態、新憲法草案の内容」http://blog.goo.ne.jp/azianokaze/d/20121210)
野党側は、反対票を投じる形であっても国民投票に参加すれば、モルシ政権による独断的な制憲プロセス(と彼らが考えるもの)を認めたことになってしまう、しかし国民投票をボイコットすれば圧倒的多数でその新憲法が成立してしまうというジレンマに陥り、対応に苦慮しました。
前国際原子力機関事務局長のエルバラダイ氏ら世俗、リベラルの主要勢力でつくる「救国共同戦線」は、投票阻止も辞さない構えでしたが、モルシ大統領が権力強化の宣言を撤回するなどしたため、土壇場で譲歩。投票に参加し、反対票を投じる方針に転じました。
モルシ大統領側の、反対勢力が辞任した憲法起草委員会で短期間で草案をとりまとめ、旧体制の影響が強く残る司法を強権で抑えながら、国民投票という表面的には非常に民主的な手法を掲げることで強行突破する・・・・という戦略がうまくいったように見えます。
「ムスリム同胞団は(リベラル派よりも)政治がうまい」という指摘もあります。【12月19日号 Newsweek日本版より】長年、弾圧されながらも活動を続けてきた「ムスリム同胞団」のしたたかさでしょうか。
なお、国民投票は、モルシ大統領の強権姿勢に反発する判事らの多くが投票の監視活動をボイコットしたこともあって、投票所の監視要員確保のため15、22日の2回に分けて行われる形となっています。
****エジプト:新憲法案の国民投票、兵士12万人動員****
国のあり方を巡り、与野党勢力の衝突で多数の死傷者が出るなど昨年の民衆革命以来最大の危機に直面したエジプトで、15日始まった新憲法案の是非を問う国民投票。国軍は全国各地に約12万人の兵士を動員し、厳戒態勢を敷いた。国論を二分する憲法論争の高まりを背景に、各地の投票所には朝から投票を待つ人々の長い列ができた。
「新憲法で女性や子供の権利、表現の自由が守られるか不安だから、反対票を投じました」。カイロ中心部の高級住宅街ザマレクの投票所。元銀行員で年金生活を送る女性のアブダッラーさん(68)はこう話す。
同じく高齢の大学教授、マスリさんも「モルシ大統領の治世下で大統領権限が強化され、裁判所の地位は低下した。こんな状態を放置できない」と語気を強めた。
投票所の専門学校前には午前8時の投票開始前から続々と地元住民が押し寄せた。周囲には警官や、自動小銃を抱えた国軍兵士が展開。だが、身分証明書を手に順番を待つ人々の表情は概して明るい。昨年初めの革命で崩壊した専制的なムバラク前政権時代には自らの手で国の将来を決められなかったからだ。
新憲法の是非を巡る議論は、地域差が大きい。教育レベルの高い世俗的な富裕層が中心のザマレクでは、イスラム色の濃い憲法案に概して否定的な意見が多かった。同じカイロ中心部でも低所得者が暮らすボラアイラでは、モルシ大統領主導の憲法案に賛同的な見解が多い。大統領の支持母体ムスリム同胞団による貧民層への社会福祉サービスの浸透度の高さがうかがえる。
政府機関で働くアブデルマリクさん(42)は「新憲法でも公共の自由は保障されている」と主張。スカーフ姿の主婦ソブフィさん(30)は「野党の抗議行動でどれだけの血が流れたことか」と憤りを隠さない。信仰深い人々からは「モスク(イスラム礼拝堂)で高位聖職者が賛成票を投じると聞いたので、私も賛成する」(44歳主婦)との動機も聞かれた。【12月16日 毎日】
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【ムスリム同胞団支配への懸念】
反大統領派は、組織力が強固なムスリム同胞団による支配体制が確立されることを懸念しています。
****エジプト新憲法案、15日から国民投票 議会骨抜きも争点は同胞団支配****
反政権派疑念、自由制限恐れ
エジプトで新憲法案の是非を問う国民投票が15日から始まる。モルシー大統領と、その出身母体であるイスラム原理主義組織ムスリム同胞団が制憲プロセスを主導していることに反発する世俗主義勢力中心の反モルシー派は12日、自由や権利の抑圧につながる恐れがあるとして同案の否決を目指す考えを強調。否決されればモルシー氏の求心力低下は必至だけに、政権への信任投票の意味合いも持つ。(中略)
エジプトの新憲法案の是非を問う国民投票で、世俗主義勢力を中心とする反モルシー派の根底にあるのは、モルシー大統領が新憲法を通じ、自らの母体であるムスリム同胞団による支配を確立しようとしているのではないか、との疑念だ。
新憲法案はまず、大統領が国政の重要問題に関し、いつでも国民投票を実施する権限を持ち、その結果は司法を含む「あらゆる国家機関を拘束する」としている。
民意がすべてに優先されるとの“理念”を強調したようにみえるが、反モルシー派や民主化勢力は「国民投票が乱用され、ポピュリズムに陥る危険性が高い」と批判。特に、組織力が強固な同胞団を通じてモルシー氏が大衆を動員し、司法や議会の監視機能を骨抜きにするとの懸念がある。
自由や権利が制限されかねないとの批判も根強い。新憲法案では報道の自由について、裁判所の決定があれば、出版物の発行禁止や報道機関の閉鎖も可能だと規定、必要に応じて検閲も実施することができるとしており、独立系メディアは「恣意(しい)的な運用の余地がある」と反発を強めている。
早くから関心が集まっていたイスラム法(シャリーア)の扱いについては、「シャリーアの諸原則を主要な法源とする」と、ムバラク前政権での旧憲法の表現を踏襲。国民の約9割がイスラム教徒で、同条文への表立った異論は少ないが、モルシー政権下で急速なイスラム化が進むという警戒感も指摘されている。
一方で新憲法案は、モルシー氏が自らに絶大な権限を付与した憲法宣言を発布する中、急ピッチで承認された経緯があるだけに、反モルシー派は「そもそも正当性がない」との立場だ。
国連人権高等弁務官事務所のピレー高等弁務官は、政権側の強引な手法に疑問を呈した上で、女性や宗教マイノリティーの権利擁護などが明文化されていないなど「権利規定は旧憲法より弱まっている」と批判した。【12月14日 産経】
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【安定を望む国民】
しかし、ムスリム同胞団の強固な組織力に加え、反ムバラク革命以来混乱を続けるなかで、新憲法制定による「安定」を望む一般国民が多く、国民投票は賛成派有利と見られていました。
****「声なき大衆」、安定望む=新憲法賛成派が優勢か―15日に国民投票・エジプト****
エジプト新憲法案の賛否を問う15、22両日の国民投票では、ムバラク政権崩壊後に長引く政治の混乱や治安悪化に嫌気した国民が賛成に回るとみられている。
イスラム勢力主導の憲法制定に反発するリベラル系や世俗派の抗議行動が注目を集めるが、憲法制定を通じた政治・社会の安定を望む労働者層や農業従事者ら「声なき大衆」が主役となりそうだ。
新憲法案をめぐり、エジプト政界や国民は、リベラル系や世俗派を軸とした反対派と、モルシ大統領の出身母体であるイスラム原理主義組織ムスリム同胞団を中心とした賛成派に大きく分裂した。しかし、リベラル系の影響力が強い独立系メディアの反大統領キャンペーンや首都カイロでのデモの騒がしさとは対照的に、地方部の住民には「安定のために新憲法を」という賛成派が目立っている。【12月14日 時事】
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まだ22日の結果を待つ必要がありますが、15日の投票結果で見る限りは、やはり賛成派が多いようです。
****エジプト国民投票、新憲法「賛成」がリード 反対派はデモ呼びかけ****
エジプトで15日行われた新憲法案の是非を問う国民投票で、同国メディアは16日、非公式な暫定開票結果として、賛成が約56%でリードしていると報じた。投票は22日にも実施され、その後、最終結果が発表される。
モルシー大統領が強権的な手法で新憲法案を押し通そうとしているとして反対する世俗勢力中心の反モルシー派は、18日に大規模デモを呼びかけるなど巻き返しを図っており、再び混乱が拡大する恐れもある。
新憲法案は、モルシー氏が自らに強大な権限を付与する憲法宣言を発布したのを受け、同氏の出身母体であるイスラム原理主義組織ムスリム同胞団などイスラム勢力が主導し強引に起草・承認した。
これに反発する判事らの多くが投票の監視活動をボイコット。15日の投票では監視要員不在の投票所も目立ち、地元の人権団体などによると、政権支持派が有権者を投票所から閉め出すなどの違反行為も多数報告された。【12月17日 産経】
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メディアが報じている数字は、ムスリム同胞団が機関紙を通じて「56.5%が賛成票を投じた」と発表した数字と同じです。おそらく、ムスリム同胞団調査をそのまま使っているのではないでしょうか。
ムスリム同胞団は草の根組織を持っており、ほとんど全ての投票所で出口調査をしたと言われています。このような組織力を持っているのはエジプトでは同胞団だけです。
一方、前国際原子力機関(IAEA)事務局長のエルバラダイ氏ら世俗・リベラルの主要勢力でつくる「救国共同戦線」は、独自集計で「反対票は66%超」としたと発表しています。【12月17日 朝日】
ただその根拠はどうでしょうか?
【4割超の反対票も】
個人的には、4割を超える反対票が出ていることの方が意外な感もあります。
先の大統領選挙でも、モルシ大統領が勝利したとは言え、旧政権とのつながりも指摘されていた軍将校出身のシャフィク氏がモルシ氏に迫る得票を得ていることと併せ、ムスリム同胞団・モルシ政権への批判・反発もかなり根強いことが窺えます。
いずれにしても、反大統領勢力は大規模デモなどで抵抗を続ける姿勢で、投票結果判明後も混乱が残りそうです。
****正義求め「革命続く」=国民投票後も混乱必至―エジプト****
15日行われた新憲法案の是非を問う国民投票1回目の結果で賛成票が優勢になったのに対し、イスラム勢力主導の憲法制定に反発する野党勢力は16日、正義実現へ「革命は続く」と、モルシ政権への対決姿勢を強めている。「抗議の暴力は必要悪」との声もあり、2回目の投票を22日に控え、混乱の火種が残っている。【12月17日 時事】
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ただ、更なる混乱は、安定を求める国民多数派の離反を招きそうですし、暴力沙汰が頻発すれば軍の介入も懸念されます。
民主主義のルールとしては、やはり国民投票結果は尊重されるべきでしょう。
当然ながら、政権側には4割超の反対もあったことを重視した慎重な政治が求められます。