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(2012年7月24日 タイ・バンコクで行われた仏教徒アラカン族避難民のロヒンギャに対する抗議集会 仏教僧の手には「Rohingya No」の文字が “flickr”より By AJstream http://www.flickr.com/photos/61221198@N05/7691675576/in/photolist-cHFRb9-bXbbZR-egcQLH-egixTS-egivTm-egiwnq-egiBis-egcPqc-egcMbx-egcNCx-egcJUF-egcKwn-egcKE6-egiweA-egitV9-egcQiD-egcQv6-egcKP8-cSLy3u-d2JcyY-cEMSQm-cEMTd7-cEMSGm-cEMSyd-cEMTrQ-cEMSWL-cEMSrC-cEMSiU-cEMS7L-cEMTj5-egiurh-egcPWD-egcNwc-egiv2j-egcPKg-egcRmn-egiANJ-egcQcz-cSLy6b-e6wnQ3-e689S5-cEMT5J-cEMSd9)
【「パラノイア」の主張が受け入れられる土壌】
仏教国ミャンマーにおいて、西部ラカイン州の少数民族ロヒンギャ族と仏教徒の衝突に端を発して、全国各地でイスラム教徒と仏教徒の対立・緊張が拡大していることは、これまでも何回か取り上げてきました。
そうした緊張を煽っている、イスラム排斥運動を展開している著名な仏教僧が問題となっています。
****ミヤンマー僧侶があおるムスリム排斥****
人口の9割を仏教徒が占めるミャンマー(ビルマ)で、少数派のイスラム教徒を排斥する動きが激化している。
象徴的なのが著名な僧侶ウィラツが主導する「969運動」だ。彼らは仏教徒が営む商店に対し、イスラム教徒の店と区別するための表示を掲げるよう呼び掛けるなど反イスラム感情をあおっている。
969運動が「手本」としているのはイギリスの極右団体「英防衛連盟(EDL)」。先月にロンドンでイギリス軍兵士がイスラム教徒2人に殺害された事件に抗議して、イスラム系移民排斥を訴える大規模デモを主導した組織だ。フェイスブックには「EDLを支持するミャンマー仏教徒」を名乗るページが開設され、EDLも969運動
にラブコールを送っている。
だが「暴力を使わずに国民を守るEDLのようになりたい」というウィラツの発言とは裏腹に、ムスリム迫害は過激化する一方だ。
バングラデシュ国境に近いラカイン州では昨年、イスラム教徒の少数民族ロヒンギヤ族が仏教徒に襲撃され、200人近くが殺害された。最近も各地でムスリムを狙った放火や襲撃事件が相次いでいる。【6月25日号 Newsweek日本版】
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「ビルマのビンラディン」とも呼ばれるこの高僧ウィラツ師は、旧軍政時代は「危険人物」とみなされ投獄されていましたが、テイン・セイン政権の進める民主化に伴う政治犯釈放によって出獄して、現在の活動を行っているそうです。
****ミャンマー:「イスラム嫌悪」広げる高僧 仏教徒に陰謀論****
敬虔(けいけん)な仏教国とされるミャンマーで仏教徒とイスラム教徒の宗教暴動が頻発している。
テインセイン大統領は「民主化への脅威だ」と危機感を募らせるが、国民の9割とも言われる仏教徒の「イスラム嫌悪」は強まるばかりだ。
そんな中、米欧メディアやイスラム教徒から暴動の「黒幕」「扇動者」と指弾され、「ビルマのビンラディン」と呼ばれる高僧の存在がクローズアップされている。
◇「釈迦の教えだ」
「ビンラディン(2011年、米軍により殺害)は国際テロ組織アルカイダを率いたイスラム過激派ですね。あなたも過激派ということですか?」
古都マンダレーの僧院で渦中のウィラトゥー師(45)にそう向けると「仏教は中庸の宗教で、私は釈迦(しゃか)の教えに従っているだけですよ」と笑みを返した。
師は、イスラム教徒の商店でモノを買うなといった「不買(ボイコット)」を奨励する。改宗を迫られるイスラム教徒との結婚は避けるようにとも説く。
「彼らは人口を増やして経済力をつけ、国家を乗っ取るつもりだ」とみているからだ。政府統計ではイスラム人口は4%で主にインド系。だが、専門家の間でも「統計は過少」との見方が一般的だ。
師の僧院はビルマ王朝期の創建で国内最多の約3000人の僧を擁する。古代インドで仏教を保護した大王「アショカ」の名を冠し、国民の敬意はあつい。その中で師は仏法を極めた順に上位7番目の中心的な立場にある。
師は自らの布教を、仏教の三宝(仏法僧)を意味する数字から「969運動」と呼ぶ。運動のステッカーにはアショカ王の有名な石柱をあしらった。石柱に彫られた王の紋章の車輪は「真理」を意味し、神話ではこれを回し「悪」を退治した。
師が運動を始めたのは軍政期の01年末。この年3月、アフガニスタンのバーミヤンで大仏がイスラム勢力に爆破されたのがきっかけだ。9月には米同時多発テロが起き、これら事件の背後にいたのがビンラディンだった。
師は「歴史的にイスラム教徒はジハード(聖戦)の名の下に異教徒を殺りくし、改宗を強いてはイスラム支配圏を広げてきた」と指摘する。かつてバーミヤンを含むアフガン東部からパキスタンにかけてのガンダーラでは仏教が隆盛したが、今はイスラム一色。「わが国も危ういと感じた」と振り返る。
「969」はイスラム教の聖なる数字「786」に対抗した。786は聖典コーランの冒頭にある「慈悲深き神の名において」の言葉を数字化したものだ。
ミャンマーでは元々イスラム教徒の商店で看板などによく786の数字が記されている。それが今、仏教徒の商店で969のステッカーがじわじわ増えているのだ。
◇「行動は自己防衛」
「私たちの行動は自己防衛です。仏教徒は穏やかで我慢強い。攻撃的なイスラム教徒から、せめて自らを守る必要があるのです」
師がそう語るように、説法でも「イスラム教徒を排撃せよ」とは言わない。ただ、ヘイトスピーチ(憎悪表現)のような誇張や陰謀論が頻繁に顔を出す。
「民主化」以降、最初の宗教暴動が起きたのは昨年6月。西部ラカイン州で仏教徒女性がイスラム教徒の男たちに集団でレイプされ、殺害された事件がきっかけだった。
師は言う。「問題を起こすのは大抵はイスラム教徒です。彼らはこの国のすべての町や村で仏教徒をレイプしています。障害者であろうが少女であろうが。しかも異教徒へのレイプを称賛し合うのです」
イスラム教徒の乗っ取り計画は、中東のオイルマネーが資金源なのだそうだ。計画遂行は21世紀中。イスラムの聖数786をそれぞれ足すと21になる、というのがその根拠だ。
◇英紙「パラノイア」
英紙ガーディアンは師を「パラノイア(妄想性障害)」と断じ、師の説法について、学際派で別の僧院のアリヤウオンタービウオンタ僧長(62)の反論を掲載した。「釈迦の教えとは違う」と。
当の僧長にぶつけると「そのコメントは歪曲(わいきょく)です。イスラムの脅威は歴然とした事実だ」と語り、師をビンラディンではなくインドのガンジーに重ねた。「英国の植民地支配にあらがい、英国製品の不買運動を展開し不服従を貫いた愛国者です」
実は、旧軍政は師を「危険人物」とみなし、刑務所に放り込んだ経緯がある。師が運動を始めた2年後の03年、師の出身地で軍政下では異例の宗教暴動が発生。「国家分断の阻止」を国是とする軍政は国家を不安定にした罪で禁錮25年を科す。
だがテインセイン政権は段階的に「政治囚」を釈放。昨年1月の恩赦でウィラトゥー師も出獄した。ミャンマーにとり、師は民主化が解き放った救世主なのか、疫病神なのか。【6月21日 毎日】
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偏狭な民族主義者は多分にその傾向がありますが、英紙が言うように、この「ビルマのビンラディン」ウィラツ師もイスラムの脅威に取りつかれた「パラノイア(妄想性障害)」に見えます。
問題は、そうした「パラノイア」とも思える同師の主張が広く受け入れられる土壌、イスラムに対する嫌悪感が国民の間に存在するということです。
【地方で続くイスラム排斥】
更に、そうした動きを止めようとせず、同調してイスラム排斥に動く地方の役人・軍人が存在することが、問題を深刻化させています。西部ラカイン州では軍も多数派仏教徒に加担して「民族浄化」が行われているとの指摘もあります。
宗教対立に対し、テイン・セイン大統領は「民主化への脅威だ」としていますが、その意図は末端には届いていないようです。
もっとも、12年11月にテイン・セイン大統領は国連の潘基文事務総長に書簡を送り、ミャンマー国内で「移民」として扱われ差別を受けているイスラム教徒の少数民族ロヒンギャ族に対し、市民権を付与するなど社会的地位の向上に努める考えを表明していますが、逆に言えば、それまでは中央政府もロヒンギャをミャンマー国民として認めてはいませんでした。
テイン・セイン大統領は12年6月に起きたラカイン州での衝突を受けて、7月12日、今回の宗派間対立への「唯一の解決策」はロヒンギャ族を第三国か、UNHCRが管理するキャンプに追放することだとし、「もしかれらを受け入れる第三国があれば送り出す」と、ロヒンギャの国外追放を主張しています。【12年8月2日 ヒューマン・ライツ・ウオッチより】この案は難民支援機関UNHCRで棄却されています。
その後9月には、テイン・セイン大統領のロヒンギャ国外追放案を支持する、ウィラツ師主導による仏教僧の大規模抗議行動が起きています。【12年9月5日 難民支援NGO"Dream for Children"より】
民主化運動指導者スー・チー氏もこの問題には口を閉ざしています。
そうした社会情勢にあって、中央政府がロヒンギャ容認に舵を切ったのは強い国際圧力があってごく最近のことですから、地方にその意向が届いていないのも想像に難くないところです。
****民族対立「改革路線に悪影響」=ミャンマー民主化で国際人権団体****
来日中の国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチのマティソン・ミャンマー上級調査員が14日、都内で記者会見し、同国の民主化路線推進による投資熱の高まりについて「未来は明るいように見えるが、課題山積の状態。中でも民族対立は(テイン・セイン)大統領の民主化路線を形無しにする恐れがある」と懸念を表明した。
マティソン氏は5~6月に数週間、ミャンマーを訪問。同氏は「中央政府が決断しても、(民族対立のある)地方の役人や軍人は改革に後ろ向きで、改革が進まない一因だ」と指摘した。
昨年以降、西部ラカイン州で続くイスラム少数民族ロヒンギャ族と多数派の仏教徒との衝突を挙げ、こうした不安定な状況は外国投資を阻害するだけだと述べた。
その上で、ミャンマーを批判するのでなく「関与を続けることが重要だ」と指摘。安倍晋三首相の訪問など最近日本がミャンマーを重視している事実にも触れつつ、国際社会が改革路線を後押しすべきだと訴えた。【6月14日 時事】
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【アジアの問題】
近年、世界で多発している問題の多くがイスラムにかかわるものになっています。
イラクやアフガニスタンでの戦争、イランをめぐる対立、ナイジェリア・マリ・ソマリアなどアフリカにおけるイスラム過激派の活動、9.11なそ各地でおきるイスラム過激派によるテロ・・・。
また、イスラム内部における宗派もシリアやイラクなどで紛争・治安悪化を招いています。
更に、トルコやエジプトなどにおいては、イスラム主義と世俗主義の対立が社会を不安定化させています。
「イスラム」というと中東諸国を連想しますが、約16億人とも言われているイスラム教徒の60%はトルコを含むアジアで生活しています。【選択 6月号より】
インドネシアは世界最大のイスラム国家です。
アフガニスタン、パキスタン、中央アジア諸国、バングラデシュ、マレーシアもイスラム国家、あるいはイスラムが多数を占める国家です。
中国、インドにもイスラム教徒が多数存在しています。
そうしたなかで、フィリピンのミンダナオ島やタイの「深南部」での多数派と少数派イスラム教徒の対立、中国のウイグル族の問題、インドの根深いヒンズー・イスラムの対立・・・・など、アジア各地でイスラムとの対立・緊張が存在しています。
そして、ミャンマーでも。
イスラムとどのように向き合うかは、アメリカの対テロ戦略の問題ばかりではなく、アジア自身の問題でもあります。