(カイロ市街を固める軍の装甲車 “flickr”より By IE Reda Samir http://www.flickr.com/photos/86124482@N05/9218165048/in/photolist-f3zvj9-f3CSbP-f3CSdF-f3u5Wk-f3qn2e-f3Xu6m-f3K9bE-f3Y8sJ-f3Y8nY-f39DbK-f3vYZK-f3Tgeq-f3Jc6R-f3x6en-f3x4Di-f3ZTvh-f3KJLp-f3DbM4-f39EPH-f3pcwp-f3wfPr-f3d8S8-f3qzHQ-f3zNm5-f3uVeg-f31PVc-f3eb8n-f3DpGs-f3jDCv-f3UNMo-f3DpCd-f3Jr2m-f3KChg-f3nryx-f3Jr53-f3kTiE-f3vTFu-f3Tigf-f3Y8xm-f3HTP8-f3FwE3-f3Weh3-f3ENMW-f3pnWB-f3zW73-f41ics-f3z5Jg-f3z5Va-f3z5MH-f3zu76-f3uYhc)
【称賛から非難まで多様な反応】
エジプトの軍による実質的クーデターについては、あまたの報道がなされています。
現在進行形でモルシ政権支持派の抗議行動も行われていますので、事態が収束するのかはまだ不透明です。
ただ、モルシ氏やムスリム同胞団幹部を拘束するなど、軍のムスリム同胞団追放の意思は固いようです。
もとより軍部はムスリム同胞団のようなイスラム主義とは敵対する関係にありましたが、「アラブの春」における民意の高揚によってムバラク政権を見限り、結果として選挙で選ばれたモルシ政権を許容してきました。
ただ、もともと軍とイスラム主義勢力の間には距離がありますので、再度の反モルシの民意高揚を利用し、これと連携をとりながら、筋書どおりに早々とモルシ政権・ムスリム同胞団をも見限った形に見えます。
今回の実質的クーデターの背景(モルシ政権の失政)、民主主義を覆した実質的クーデターの問題等が様々論じられていますが、今日は周辺国・関係国の反応や、パレスチナ・ハマスへの影響などについて取り上げます。
****エジプト:クーデター 中東では賛否両論****
◇湾岸諸国は理解、トルコやチュニジアは批判
エジプトの軍事クーデターについて、欧米諸国が軍の政治介入を「民主化の後退だ」と批判する一方、中東諸国では賛否両論に分かれている。湾岸諸国などは軍の判断に理解を示しているが、イスラム政党が政権を握るチュニジアやトルコは軍を猛烈に批判した。
「軍の介入は受け入れがたい。(モルシ派の)ジャーナリストや政治家が次々に逮捕される現状を懸念している」。チュニジアのマルズーキ大統領は4日、フランスのオランド大統領との共同記者会見で、エジプト軍を非難した。
チュニジアとエジプトは、2011年に民主化要求運動「アラブの春」で独裁政権を崩壊させ、その後、選挙で同胞団系のイスラム政党が勝利した点で共通する。
チュニジアの政権与党で穏健派イスラム原理主義組織ムスリム同胞団系の「アンナハダ」は世俗政党との連立政権を作るなど融和的な政権運営をしているが、今年2月にはアンナハダ批判の急先鋒(せんぽう)だった野党指導者の暗殺事件を契機に大規模な抗議デモを受け、首相の交代を強いられた。
エジプトで軍事クーデターの引き金となった反政権署名活動がチュニジアでも始まるなど、すでに影響は出ており、与党は懸念を深めている。
同様にイスラム政党が政権を握るトルコも4日、懸念を表明した。ロイター通信によると、ダウトオール外相は「民主的に選ばれた政府がクーデターで転覆されるなど受け入れられない」とエジプト軍を批判した。
一方、カタールのタミム首長は4日、サウジアラビアなど他の湾岸諸国と同様に、エジプトのマンスール暫定大統領に祝電を送った。外務省も治安を守ったとしてエジプト軍を称賛した。
カタールは同胞団など周辺国のイスラム勢力を支援してきただけに、軍事クーデターへの好意的な反応は意外だと受け止められている。6月下旬に就任したタミム首長が外交政策を軌道修正しようとしている可能性もある。
またエジプトやチュニジアと同様に「アラブの春」で独裁政権が崩壊したリビアのゼイダン首相は4日、訪問先のローマで「エジプト国民の選択を受け入れる」と述べた。【7月5日 毎日】
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それぞれの国の事情を反映した反応です。
エジプトのムスリム同胞団に近いイスラム主義組織による政権であるチュニジアやトルコがクーデターを批判するのは当然でしょう。
特に、チュニジアの場合は、足元にすでに火がついている状況です。
トルコは周知のように最近反政府・反首相抗議行動が注目されており、また世俗主義とイスラム主義の対立は以前から根深く存在しますが、モルシ政権と比べてエルドアン首相・公正発展党(AKP)の支持基盤は強く、かつてはクーデター等で政権を左右した軍部をも今は抑え込んでいますので、影響はあまりないものと思われます。
経済状況も、資金が枯渇して行き詰まっていたモルシ政権とはことなり、トルコ経済は順調です。
サウジアラビアは国内でのムスリム同胞団の活動活発化を警戒しており、今回のクーデター・ムスリム同胞団失脚を大歓迎しています。
“サウジアラビアのアブドラ国王はマンスール暫定大統領に祝福メッセージを送り、「エジプトを暗いトンネルから救った」と軍をたたえた。”【7月5日 産経】
一方、これまでモルシ政権にアメリカを上回る巨額の資金援助をおこい、「これでカタールはエジプトを併合したも同然だ」とも皮肉られていたカタールですが、今回はマンスール氏に祝意を伝達、サウジアラビアと同調しています。
TV報道では、カタールはすでに最近は、エジプト・モルシ政権やパレスチナ・ハマスなどへの資金提供を従来とは異なり減らしてきているとも報じていましたが、そのあたりの詳細はよくわかりません。
なお、アメリカは慎重な対応です。
民主的政権が軍による実質的クーデターによって崩壊したこと自体は批判すべき立場ですが、クーデターと決めつけて新体制と敵対することになっては、中東に大きな影響力を有するエジプトとの関係を失ってしまいます。
エジプト新体制も、命綱であるアメリカからの資金援助を維持するために、極力“クーデター色”を薄めたいところです。
【後ろ盾を失うハマス】
モルシ政権はこれまで、シリアの反体制派、パレスチナ・ガザ地区を実効支配するイスラム主義組織ハマスを支援してきましたので、その崩壊はシリア・パレスチナへも及びます。
****中東イスラム組織に痛手 エジプト、同胞団政権を排除****
エジプトでイスラム政治組織ムスリム同胞団が支えるムルシ政権が排除された。同胞団はシリア反体制派の中核を占めてきたほか、パレスチナ情勢に大きな影響力を持つ。エジプトの政変は、中東情勢に大きな波紋を広げそうだ。
■シリア 反体制派活動に制約
シリアのアサド大統領は4日、政府系サウラ紙のインタビューで「エジプトで起こったことは政治的イスラムの崩壊だ。宗教を政治目的に使うものは、最後は倒れる」と語った。
「政治的イスラム」とは、シリア内戦でアサド政権に敵対するシリア・ムスリム同胞団やイスラム厳格派の「サラフィ主義者」を指す。ムスリム同胞団は、シリア反体制派で中心的な役割を果たしてきた。
エジプトのムスリム同胞団が強い影響力を持つエジプト医師組合は、昨年秋からシリア反体制派が支配するシリア北部のアレッポ近郊にエジプト人医師を送って野戦病院を開設。地域住民や自由シリア軍の戦士を受け入れていた。ムルシ政権下では、カイロに同胞団系のシリア反体制組織の事務所も開設されていた。
だが、既にエジプトでは公安警察による同胞団への締め付けが始まった。シリア反体制派幹部はエジプトの政変について「何も声明はない」としているが、エジプトでのシリア反体制派の動きは今後、厳しく制約されることになりそうだ。
■パレスチナ ハマス、後ろ盾失う
一方、パレスチナ自治区ガザを実効支配するイスラム組織ハマスもムスリム同胞団系組織だ。
ムルシ氏も大統領就任直後の昨年7月、ハマス政府のハニヤ首相やメシャール政治局長と相次いで会談し、支援する姿勢を示していた。
昨年11月にイスラエルによる空爆が始まった際には、エジプトが主導してアラブ連盟外相会議を開催。エジプトのカンディール首相やアラブ諸国の外相が次々とガザに入り、イスラエルを牽制(けんせい)した。
ガザからの情報では、エジプト側が5日、「シナイ半島の治安悪化のため」として、ガザ南部とエジプトをつなぐラファ検問所の封鎖を通告してきたという。
ムルシ政権の崩壊によって、ハマスは後ろ盾を失ったことになる。対イスラエルや、ヨルダン川西岸地域を支配するアッバス議長が率いるファタハとの関係でも、立場が弱まることは避けられない。【7月6日 朝日】
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ハマスが後ろ盾を失ったことの具体的変化のひとつとして、パレスチナ・ガザ地区ではエジプト情勢の急変をうけて、密輸トンネルによるガソリン供給が途絶え、市民生活に大きな影響が出ているとのことです。
****ガザ地区:ガソリン供給途絶える エジプト情勢急変で****
エジプト情勢の急変を受けて、パレスチナ自治区ガザ地区に不安が広がっている。
イスラエルによる封鎖政策が続くガザ地区では、エジプト側からの密輸トンネルを介した物資搬入が「生命線」だが、ガソリン供給が早くも途絶え、市民生活への影響が広がり始めている。
「3週間ほど前から、エジプトのガソリンが入らなくなった。代わりにイスラエルから買っているが、値段は2倍以上で、お客はほとんど来なくなった」。エジプトでマンスール暫定大統領が就任した4日、ガザ市内のガソリンスタンドで働くユーソフ・ジョゼフさん(25)は、浮かない表情で語った。
ガザ地区では6月初旬から、ガソリンを買いだめする市民が急増した。
地元のジャーナリストによると、エジプトで同月30日、モルシ大統領が就任1年を迎えるのに合わせ大規模デモが計画されているとの情報がソーシャルメディアなどで流れ、エジプト側からのガソリン供給が途絶える可能性を懸念した市民が殺到。密輸トンネルによる供給量をはるかに上回る需要が続いたという。
さらにその後、エジプト治安当局が取り締まりを強化し、6月中旬ごろから、ガソリン供給は途絶えた。現在はイスラエルから搬入する以外に方法はないが、値段は1リットルあたり約176円で、密輸価格の2倍以上と高額だという。
ガザでは、ハマスが武力制圧した2007年以降、イスラエルが封鎖政策で人や物の出入りを規制し、物資不足のほか停電も慢性化している。
このため民家や商店のほか学校や病院など公的施設も、ガソリンを使った発電機で電気を補うのが日常で、ガソリン不足は生活に大きなダメージを与える。買いだめした物資が底を突くのは時間の問題で、小学校教諭のムスタシさん(35)は「学習環境にも影響を及ぼしそうだ」と語った。
ガザ地区を実効支配するイスラム原理主義ハマスの源流はモルシ前大統領の出身母体と同じムスリム同胞団で、大半の「密輸」は、事実上黙認されてきたともいわれる。
一方、エジプトでは1月以降、軽油の供給不足が続き、「モルシ政権がガザに無料でガソリンを譲渡している」とのうわさが一部で広まっていた。エジプト側が今後、どのような対応を取るかは不明で、ジョゼフさんは「市民はとても不安になっている」と話した。【7月5日 毎日】
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“エジプト治安当局が取り締まりを強化し、6月中旬ごろから、ガソリン供給は途絶えた”というあたりは、今回政変に向けた一連の行動だったようにも思われます。
エジプト軍部は、イスラエルとの関係を悪化させるモルシ政権のハマスとの接近や、シナイ半島におけるイスラム過激派組織の跋扈にこれまで苛立ちを募らせています。
今回の政変を受けて“シナイ半島では、イスラム過激派とみられる武装勢力が政府庁舎を襲撃し、警察官ら三人が死亡した。同半島では五日朝も武装勢力が軍検問所などを攻撃し、情勢が一段と不安定になっている。”【7月6日 東京】という情勢もあり、今後、ラファ検問所の封鎖、あるいは管理強化、密輸トンネルの摘発強化などを継続的に行うことが予想されます。
【中断が続くパレスチナ和平交渉への影響は?】
パレスチナの和平交渉は中断が続いています。
****米国務長官:中東和平交渉、再開果たせず****
ケリー米国務長官は30日、イスラエルのネタニヤフ首相やパレスチナ自治政府のアッバス議長らとの4日間にわたる会談を終えた。
約2年9カ月にわたり中断している中東和平交渉の再開を目指すケリー長官のシャトル外交はこれで5回目となったが、大きな成果は見えていない。
ケリー長官は27日夜からエルサレムやヨルダンの首都アンマンで会談を重ねた。これまでの協議で、イスラエルは前提条件なしでの交渉再開を求め、パレスチナ側はイスラエルが拘束するパレスチナ人服役囚の釈放やユダヤ人入植活動の凍結を条件に掲げている。
地元メディアによると、ケリー長官は双方の代表者やヨルダンのアブドラ国王が出席するアンマンでの「4者会談」の開催を提案した。
これに対しパレスチナ側は、条件としてイスラエルで服役中のパレスチナ人127人の釈放などを要求。
イスラエル側は交渉開始後の段階的な釈放のみ受け入れる姿勢を示し、双方の溝は埋まらなかったとみられる。【6月30日 毎日】
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パレスチナ自治政府内部も、6月6日に就任したばかりのハムダッラー首相が、アッバス議長との確執などで20日は辞表を提出、23日に受理されるというごたごたが続いています。
ハマスは従来はシリア・アサド政権の支援を受けていましたが、シリア内戦に伴って反体制派支援に転換し、アサド政権からの資金提供は途絶えました。(資金援助が期待できなくなったので、方針を転換したと言うべきでしょうか)
イランからの支援も、経済制裁によるイラン自体の苦境によって、細くなっているといわれています。
先述のように最近の新たな支援国だったカタールの方針も変化しています。
こうした資金的に苦しい状況で、更に今回のエジプト政変でモルシ政権という後ろ盾を失ったハマスが、自治政府との関係・和平交渉再開に向けてどのように対応するのか注目されます。
最後に、最近目にしたハマス関連の話題。
****イスラム過激派が戒律強制を諦めた*****
イスラム原理主義組織ハマスがパレスチナ自治区ガザを実効支配し始めてから6年。当初は人々の生活にイスラム法を押し付けようとしていたハマスだが、最近は締め付けが緩んでいる。
少し前までは結婚前の男女が街やビーチで仲良くしていると、警察に尋問された。派手なランジェリーを売る店も目を付けられたし、女性が水たばこを吸うのも10年に禁止された。
ところが、現在のガザには自由な雰囲気が漂っている。特にリベラルなガザ市では、多くの女性がスカーフをかぶらず街を歩き、Tシャツにスキニージーンズ、ウェッジサンダル姿で男性とカフェで会ったり水たばこを楽しんだりしている。
ハマスはどうやらイスラム法の無理強いを諦めたようだ。ハマスはガザ地区の政府としての役割と責任を認識し始め、寛大になったと、住民たちは言う。
「女性の服装は自由になった。イスラムの教えに反していると思う」と、ガザ市で香水を売るアブドラーモハメド(28)は言う。「でもそれは政府が介入する問題ではない。宗教心は個人の信念に基づくもので、法律で強制されるものではない」
こうした声がハマスに届いたのかもしれない。【7月9日号 Newsweek日本版】
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