(4~5月の中国の侵入に対するインドの抗議行動 “flickr”より By Once upon a time http://www.flickr.com/photos/88925006@N00/8702202961/in/photolist-efZ4L6-9Wy1ED-ehHDKc-dkJHma-7TwZm9-ekL9Qh-9m6Cua-e8CQo7-8SZtCb-9zefyh-8qFCq2-7TwZcJ-7TwZtA-7TtHMk-7TtHHr-7TwZpE-7TtJhx-7TwZ9m-7TtHWn-935S42-8dbT4t-auAmjc-ef5FNV-9qyJfc-9zoa6J-7TwZwN-7zoWh1-eKe9qa-978zAC-83Gz1S-978E1s-asrd4p-bCxnGw-837WVN-83Dr7k-9c2B1T-94YFpT-94YF7g-dEFSaw-7yRTZq-8UMXYj-daR5jB-edT92J)
【警戒感が強まるインド、対中防衛力を強化】
インドと中国はカシミール地方の国境線をめぐって長年対立を続けており、今年4~5月にも中国側がインド側へ侵入(インド側からすれば“実効支配線を越えた侵入”、中国側すれば“自国領域内の正常なパトロール”)して兵士を野営させ、中印両軍が3週間にわたってにらみあいを続ける場面もありました。
このときは“インドが中国の要求を受け入れ、両国の実効支配線のインド側領域からインド軍拠点の一部撤去に合意”(インド有力紙タイムズ・オブ・インディア報道)と、インド側が譲歩する形で、中国も撤退しています。
その後も、中国の活発な動きが報じられています。
****中国軍、インド軍のシェルターを破壊****
インドのPTI通信は9日、印当局者の話として、カシミール地方のインドと中国の実効支配線付近で6月17日、中国人民解放軍がインド支配地域に侵入し、監視用のシェルターを破壊してカメラの線を切断したと報じた。現場は今年4~5月、中国軍がテントを設置して駐留したインド支配地域と同じ場所。【7月10日 産経】
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****中国ヘリが領空侵犯か=カシミール地方、インド軍は否定****
インドのPTI通信は14日、中国人民解放軍のヘリコプター2機が北部カシミール地方のインド領空を侵犯したと報じた。
消息筋によると、2機は11日午前8時ごろ、ジャム・カシミール州ラダック地方の領空を侵犯し、しばらく飛行した後に戻っていった。偵察活動を行ったとみられる。
一方、インド軍は領空付近を飛行しただけで、侵犯はなかったと否定した。【7月14日 時事】
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こうした一連の中国側の挑発的とも言える“活発な動き”に対しインド側も警戒を強めており、中印国境付近の軍事力を増強する計画を発表しています。中国軍によるインド側への侵略があれば、チベット自治区への報復攻撃を想定しているとも言われています。
*****インド 中印国境沿いに5万人部隊新設へ*****
インドのPTI通信によると、インド政府は17日開いた内閣安全保障委員会で、対中防衛力を強化するため、中国との国境付近を中心に約5万人の兵力からなる新たな軍部隊を創設することを決めた。
北部ジャム・カシミール州では今年、中国人民解放軍のインド支配地域への侵入が相次ぎ、インドは中国軍の挑発行為に神経をとがらせていた。
情報筋がPTIに明らかにしたところでは、創設費用は6500億ルピー(約1兆900億円)。東部の西ベンガル州パナガルに本部を置き、東部ビハール州と北東部アッサム州に師団、中国が一部地域の領有権を主張する北部ジャム・カシミール州のラダクと北東部アルナチャルプラデシュ州にも部隊を置く。
パナガルには空軍が空中注油機やC130輸送機を配備。陸軍は7年間かけて、北東部に新たな砲兵部隊と機甲師団などを配置する。ジャム・カシミール州の中印実効支配線付近で軽戦車やヘリコプターの戦力を増強し、北東部には大陸間弾道ミサイル・巡航ミサイル部隊を配備することも計画しているという。【7月18日 産経】
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4~5月の中国側の“侵入”については、“北京の威圧外交の勝利”とも評されており、インド国内には中国への警戒感が強まり、対中政策の見直しが論じられています。
今回の国境付近の軍備増強は、そうした警戒感・不満を背景にしたもです。
****中国の強制外交とインドの無気力さ 中印国境をめぐる対立****
ブラーマ・チェラニー(ニューデリーの政策研究センター教授)が5月9日付WSJに、「北京の威圧外交の勝利;インド自身の領土からの撤退と交換に、中国はニューデリーから多くの軍事的な譲歩を勝ち取る」と題する論説を寄稿し、シン政権の対中弱腰外交を厳しく批判しています。
すなわち、5月6日にインドは、中国部隊がヒマラヤの国境地帯から撤退すると発表した。インドの政治家は関係正常化を祝い、静かな外交の勝利だとした。
しかし、実際は、今回のデサン高原(チベットと新彊へのアクセス・ルートで、中国・パキスタン間のルートにあたる)での対立は、インドの戦略的立場を深刻に弱体化した。中国は何も価値ある譲歩はしていない。
この紛争は、中国の強制外交とインドの無気力さの、よい研究材料となる。中国は4月中旬、ヒマラヤの事実上の境界を20km越えた。奇襲や軍事的エスカレーションのリスク無視など、中国の瀬戸際政策の特徴がみられる。何よりも、タイミングが良く選ばれている。インド政府は国内的にかつてないほど弱く、危機への対応はふらついていた。
50人の小隊の配備で、北京は交渉ではとても得られない軍事譲歩を得た。撤退の見返りに、インドは前進監視所を廃止し、塹壕やその他の防衛要塞を破壊した。他方、中国は国境での攻撃力を引き続き強化し、警告なしに攻撃し得るようになった。
過去10年間、自己主張する中国は「核心的利益」の名のもとに、インドのヒマラヤ領土を着実に侵犯してきた。この戦術は日本、ベトナム、フィリピンとの領土・海洋紛争にも適用されている。インドのしっかりしない対応は、これらの国にとって、中国にはどういう対応をすべきではないかの教訓となるべきである。
インドの失策は、3年前に国境警備を軍から国境警察に移したことに始まった。最近の侵犯について、政府は1週間沈黙し、その後、愚劣な措置とともに、それを明らかにした。
シン首相は「局地的な問題」と呼び、フルシド外相は中印関係という美しい顔にでてきたニキビの様なもので、軟膏をつければよい、「事件はおこるものだ」と述べた。
北京が対決を続けたら、中国の李克強首相の5月20日の訪印はキャンセルになっただろう。中国に外交上のコストを支払わせることがインドの利益になる。しかるに腐敗にまみれたインド政府は、強硬に出ることや降伏が敵を増長させることを考える余裕がない。
その結果、中国が挑発について国際的逆風の中に置かれそうになりつつある時に、インドが弱い対応をしてしまった。兵力を増強し、中国に考えさせるのではなく、侵略者に報償を与えている。多分、李の訪問準備として、フルシド外相が訪中するために、決着を急いだのではないか。
皮肉なことに、最近の中国の指導者のすべての訪印の前には、中国の新しい攻撃的な動きがある。胡錦涛の2006年訪印の前には、オーストリアの大きさのアルナチャール・プラデッシュへの領土要求が出されたし、温家宝の2010年の訪問の前には、カシミールへのインド主権が新しい査証政策で挑戦された。そして今回の侵犯である。
これで2005年の中印国境合意(実際の支配線である事実上の国境を尊重し守るという合意)が害された。中国は公然とこの合意を破り、インドが統治する地域にテントを張り、ここは中国領と書いた旗を立てた。インドの臆病さはそれを現実にしかねない。(後略)【6月13日 WEDGE】
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【多くの国が関与する南シナ・東シナ海での領有権問題の先行きに影響】
一方、カシミール地方同様に中国が強行に領有権を主張し、実際に拡張的な行動に出ている南シナ海の問題では、中国に反発するフィリピンが提訴した仲裁裁判所での審理が始まっています。
****南シナ海領有権:中・比の仲裁審理開始 判決まで数年か****
南シナ海のスカボロー礁(中国名・黄岩島)を巡る中国との領有権争いに絡み、国連海洋法条約に基づく仲裁を求めているフィリピンは16日、オランダ・ハーグの仲裁裁判所で審理が始まったと発表した。
フィリピンは南シナ海のほぼ全域に領有権があるとする中国の主張は同条約違反だとして無効判定を求めている。中国の領有権主張の法的論拠が国際的な司法の場で判断されることから、多くの国が関与する南シナ・東シナ海での領有権問題の先行きに、影響を与えそうだ。
フィリピン政府によると、11日に第1回の審理が開かれた。審理の進め方などが承認され、フィリピンと中国に8月5日までに具体的な意見を提出するよう求めている。審理には数年かかると見られる。
仲裁の判決に法的拘束力はあるが、執行機関はなく、判決の反映は困難だ。中国は06年、国連海洋法条約の規定に基づき、国連事務総長あてに「強制的仲裁の制約を受けない」との声明を提出。「仲裁裁判所が示した判断に拘束されない法的権利がある」との立場で、2国間対話での問題解決を求めている。
中国外務省の華春瑩(か・しゅんえい)副報道局長は16日付声明で「中国側の合法的な権利と正当な関心を顧みず、独断専行で国際的な仲裁を求めることには一貫して反対する」と反発した。
フィリピン外務省のヘルナンデス報道官は15日、「過去の協議での中国の主張は『南シナ海は中国の領海だということをまず認めなければならない』だった」と指摘し、今後は2国間協議を行わないと表明。デルロサリオ外相も「あらゆる政治的手段と外交手段を尽くした。国際仲裁裁判に解決を求めるしかない」と述べた。
中国は92年制定の領海法で沖縄県・尖閣諸島や南シナ海の領有権を明記。09年に国連に提出した口上書には、南シナ海のほぼ全域を領有していることを示す線を設定した地図を添付した。
今月17日には、南沙、西沙など3諸島を管轄する海南省三沙市が漁民や軍人家族ら計10人に市常駐を認める身分証を発行。ベトナム、フィリピンの漁民を拿捕(だほ)し、艦船が対峙(たいじ)するなど周辺国との緊張が高まっている。
9月には北京で、中国と東南アジア諸国連合(ASEAN)が、法的拘束力を持つ「南シナ海行動規範」の策定に向けた初の公式協議を開催する。
【ことば】中比領有権紛争の仲裁
国連海洋法条約は紛争解決の手段として(1)国際海洋法裁判所(2)国際司法裁判所(3)仲裁裁判所(4)特別仲裁裁判所−−のいずれかへの訴えを選択できると規定。
仲裁裁判所は相手国の同意がなくとも一方の書面通告で訴えが可能で、フィリピンは1月に申し立てた。仲裁人(判事)5人のうち、当事国が1人ずつ選任するが、中国側は拒否。国際海洋法裁判所が仲裁人を任命し、手続きが進んでいた。【7月18日 毎日】
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「強制的仲裁の制約を受けない」とは言っても、何らかの中国側に不利な仲裁が出されれば、中国の立場には著しく不利益になります。
中国の強硬な領有権主張と行動は、結局のところ周辺国の警戒心・敵意を高めることになり、短期的には“北京の威圧外交の勝利”といったものをもたらし、民族主義的な高揚感を得ることができても、長期的には自国の活動範囲を狭め、安全保障上の脅威ももたらす愚策でしかないように思えます。
自国の発展と安全は、周辺国との信頼関係によってしか確実なものにできません。
中国が自明の理とも言えるそうした事実から目をそらし、いつまで愚策に固執するのか、不思議なところでもあります。