
(1946年 ソ連の支援でクルド人国家が立ち上げられたイラン・クルディスタン州の村 クルド人国家は、イランとソ連の関係改善に伴いソ連の後ろ盾も失い、短期間でイランによって制圧されています。写真は【TRIP CLIP http://trip-clip.blogspot.jp/2014/02/palangan-village.html】)
【中東地域の新たな混乱の「火種」】
クルド人がトルコ、シリア、イラク、イランにまたがる地域に暮らす「独自の国家を持たない世界最大の民族集団」であること、対IS作戦においてアメリカが軍事的に信頼できる数少ないパートナーとして、その存在感がシリアでもイラクでも強まっていること、そうした存在感の高まりに対し、国内にクルド系反政府武装組織を抱えるトルコが神経を尖らせていることなどは、これまでもたびたび取り上げてきたところです。
対IS作戦においてはクルド人勢力はアメリカにとって切り札ともなっていますが、上記のようにクルド人が中東各国に存在しているだけに、将来的にはシリア・イラク・トルコ政府との関係を含め、この地域の国境線変更などドラスティックな変化・混乱を誘発しかねない「火種」であるとも認識されています。
****IS後に表面化するシリアの火種****
米国のヴォーテル中央軍司令官のイラク、シリアなどの訪問に同行した米ワシントン・ポスト紙コラムニストのイグネイシャスが、5月22日付の同紙で、ISを打ち破るにはシリアのクルド軍(YPG民兵)とスンニ派の族長などとの連合に頼るほかない、と述べています。論説の要旨は、以下の通りです。
勇猛果敢なクルド人戦闘員
シリアで一番勇敢なのはクルド(YPG)の戦闘員である。米国はスンニ派、キリスト教徒などからなる「シリア民主軍」とYPGの新しい連合をつくっている。政治的には理想的でないが、軍事的には有益である。
ヴォーテル司令官は、現実を踏まえて戦わなければならないと述べた。
米国は当初、5億ドルを投じ、新しいスンニ派中心の軍を作るべく「訓練・装備」計画を実施したが、失敗した。そこで米司令官たちは、トルコの強い反対にもかかわらず、戦闘経験豊かなYPGに頼ることとし、昨年10月スンニ派、キリスト教徒の軍との連合をつくった。
シリアのクルド人は、男女を問わず猛烈な戦闘員である。女性の戦闘員は男性に劣らず勇猛果敢である。
ヴォーテルは、シリアでの当初の失敗の経験から、完全な兵力を作るのではなく、現存の勢力で戦うことを学んだ。
日和見的なスンニ派の族長達は、YPGと組むことがISと戦う最善の策だと、いやいや認めるようになった。ある有力な族長は、YPGが我々を解放してくれる唯一の軍であることが分かった、と言った。
YPG重視は現実政治そのもので、時には矛盾もある。クルドの女性の民兵の司令官は、いつかクルドの自治区をつくるために戦っていると言い、「シリア民主軍」のアラブの司令官は、シリアという国のために戦っていると言う。
この戦略の暗黙の主題は、今はISを打ち破り、シリアの将来については後で心配する、ということである。
出 典:David Ignatius ‘The new coalition to destroy the Islamic State’(Washington Post, May 22, 2016)
* * *
政治的考慮は後回し
米国は、シリアでのISとの戦いでYPGに頼っていますが、おそらく、それ以外に現実的選択肢はないのでしょう。
イグネイシャスは、YPGを重視するのは、現実政治そのものであると言っていますが、これは軍事作戦であり、シリアの将来をどうするかという政治的考慮は後回しであると言います。
シリアの将来については、米国とロシアが国際会議を招集していますが、シリアの将来に関する見通しは全く立っていません。
米国とロシアの思惑が異なっているうえに、対IS軍事作戦がYPG主導で進められる場合の政治的影響がどうなるのかという問題もあります。
米ロの他に、YPGに反対するトルコ、スンニ派部族を支援するサウジ、シリア政府を支援するイランの政治的意図は異なっていて、シリアの将来についての青写真は描けていない状況です。
しかし、当面の最優先課題は、ISを打ち負かすという軍事目標であり、米国のシリア戦略が、当面、政治よりは軍事を優先させるというのは現実的選択といえるでしょう。【6月28日 WEDGE】
*******************
上記記事は主にシリアについてのものですが、イラクにおけるクルド自治政府とイラク中央政府の関係、トルコ国境付近のクルド人勢力とこれを敵視するトルコの関係など、将来的火種はいくつも存在します。
【イランでも革命防衛隊とクルド人勢力が衝突】
ここまでの話のなかで、あまり出てきていないのがイラン。
イランにも480万~660万人【ウィキペディア】が暮らしています。
****東クルディスタン(イラン領)****
人口約570万人。第2次世界大戦後のソ連軍の進駐の中で、1946年1月にクルディスタン人民共和国(通称、マハバド共和国)が設立されたことがありますが、同年12月にイラン軍の占領により崩壊しました。
パーレビ王朝の下で弾圧されたクルド人たちは、1979年のイラン革命で大きな役割を果たしましたが、その後のホメイニ政権もクルド人の自治運動を弾圧しています。
現在、IKDP(イラン・クルディタン民主党)やKOMALA(イラン共産党クルディスタン支部)などの組織があり、イランのイスラム政府打倒と自治権要求を掲げています。【「クルド問題サイト クルド人&クルディスタンとは」http://www.geocities.jp/kuludojp/nyuumon/nyuumon.html】
*******************
最近、このイラン国内のクルド人勢力とイランとの衝突がイラクのクルド自治政府も巻き込む形で表面化しています。
****<イラン>イラクのクルド人自治区に越境攻撃か****
イラクのクルド自治政府系メディア「ルダウ」は26日、イランが自国の少数民族クルド人武装勢力「イラン・クルド民主党(KDPI)」の掃討作戦の一環として、イラクのクルド人自治区領内に越境砲撃したと報じた。子供3人を含む5人が負傷したという。
自治政府とイランは、イラクでの過激派組織「イスラム国」(IS)の掃討作戦で協力関係にあるが、KDPIへの対応を巡って関係が悪化する可能性もある。
ルダウによると、クルド人自治区のアルビル県東部チョマン付近でイラン側から数発の砲撃があり、住民らが負傷した。国境付近では、イランのヘリコプターが上空からKDPIの行動を監視している模様だという。
KDPIは1979年のイラン・イスラム革命後に自治を要求して武力弾圧されて以降、反政府運動を続けてきた。2000年代に武力闘争を中断したが、今年5月に闘争再開を宣言して国境付近に戦闘員を展開、イラン政府側の部隊と衝突していた。イラクのクルド人自治区では、KDPIの幹部らが亡命生活を送っている。
クルド人は「独自の国家を持たない最大の民族」と言われる。ISの台頭などで居住国の情勢が不安定化する中、クルド人はトルコ、シリア、イラク、イランの4カ国でそれぞれ独自に武力行動を起こしており、クルド人の間では独立や自治拡大への期待が高まっている。【6月27日 毎日】
*******************
イランのクルド人勢力が“今年5月に闘争再開を宣言”(別情報では3月20日ともされていますが)した背景については、あまり報じられていません。
このクルド人勢力への対応の不手際で、イラン軍参謀長が更迭されたとの報道もありますが、更迭の背景には前参謀長がロウハニ大統領及びラフサンジャーニ公益分別会議議長に近いことを嫌ったハメネイ最高指導者の意向があるとも。このあたりの真相はわかりません。
イラン革命防衛隊と「イラン・クルド民主党(KDPI)」の緊張はいまだ続いているようです。
****イラン・クルド問題****
先日ハメネイ最高指導者が、イランの反政府クルド勢力の取り扱いを巡り、イラン軍参謀長を更迭し、クルド問題に精通した革命防衛隊出身者を後任に据えたとのニュースをご紹介しましたが、アラビア語メディアはイランのクルド勢力問題を巡り、イランとクルド自治区の国境地帯は戦場の様な雰囲気に包まれていると報じています。
それによると、その後もイラン・クルド民主党と革命防衛隊の衝突で双方に死者が出ており(クルド側に5名。、革命防衛隊に6名か?)、イランはクルド勢力がイラン国境内でテロ活動を行っていると非難して、国境方面に革命防衛隊を増派し、連日のようにクルド自治区に対して砲撃を行っている由。
その砲撃のため、農民が負傷したㇼ、農作物に被害が出たりしているので、クルド自治政府は、イラン政府を非難しているが、イラン側は逆にクルド自治政府が、イランクルド勢力の活動を抑えるとの約束を実行していないと非難している由。
イランに居る特派員によると、イラン政府は最近のクルド勢力の活動の活発化に危機感を感じており、革命防衛隊は必要があれば、いつでもクルド地域のどこでも攻撃する用意があると警告している由。
現在までのところイラク中央政府は沈黙を守っている模様。(中略)
これまでもトルコ政府は、PKKのテロ活動に対して、度々、空陸から北部イラク山岳地帯に攻撃をして、イラク政府も主家の侵害であるとして抗議をしてきました。
今回のイランとの緊張では、これまでのところイラン側は空軍機お出動させず、また越境攻撃もしていないので、イラク政府として抗議まではしていないということかと思いますが、もう一つイランとイラク政府は非常に親密であることもあるかと思います。
元の記事も書いている通り、かなり長いこと静かであったイラン・クルド自治区国境地帯が、ここにきて緊張してきた背景は不明です。
最近のシリアにおけるYPGの活躍でイランおクルドも刺激を受けたのでしょうか?
今後、この問題がどの程度深刻になるか不明ですが、取りあえず。【7月3日 野口雅昭氏 「中東の窓」】
****************
これでクルド人関係の「火種」が出そろった感があります。
それで今後、特に「IS後」にどうなるのか?“中東大乱”に発展するのか? わかりません。
わかりませんが、各国クルド人勢力も分離独立といった国際社会を刺激するような行動は避け、自治権拡大による実質的統治を目指すのではないでしょうか。
なお、各国クルド人勢力の関係は“一枚岩”ではありません。このことが話を更に複雑にします。
“「国境線で分断されたクルド人が団結して、独立国・クルディスタンを築こう」という理想は唱えられても、現実には独立を目指すクルド人の組織は分裂が続いている。そしてクルド人が住む各国の政府は、自国のクルド人勢力を弾圧しながら隣国のクルド人勢力を支援しているため、クルド人同士の対立を促すことになっているようだ。 ”
【「消滅した国々 クルディスタン人民共和国(マハバド共和国)」http://www.geocities.co.jp/SilkRoad-Lake/2917/syometsu/kurd.html】