孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

香港  次第に中国経済・政治体制に組み込まれていくなかで、重苦しいその未来

2017-07-16 22:20:24 | 東アジア

(映画『十年』の「焼身自殺者」より)

香港で日増しに強まる中国の影
天安門事件を象徴する存在でもあり、また、政治改革を要求する「08憲章」の中心的な起草者でもあった劉暁波氏がほとんど中国当局の拘束下に近いかたちで死を迎えたことは、改めて中国政治の抑圧体質を世界に知らしめるところとなりました。
(中国国内では厳しく情報が統制されていますし、劉暁波氏を知る者にとっても、屈折した反応があるようです。
劉暁波の苦難は自業自得? 反体制派が冷笑を浴びる国”【7月16日 Newsweek】)

香港でも、劉暁波氏を悼む、中国政府に対する静かな抗議が行われました。

****劉氏悼み無言の行進=香港民主派がデモ****
香港の民主派は15日夜、中国のノーベル平和賞受賞者で13日死去した劉暁波氏を追悼するデモを行った。参加者は劉氏の死を悼むとともに、妻の劉霞さんの自宅軟禁を解くよう中国政府に求めた。
 
香港島中心部の公園に集まった参加者は黙とうをささげた後、それぞれ手にろうそくを持ち、中国政府の出先機関である連絡弁公室まで無言のまま行進。デモを主催した民主派団体「香港市民愛国民主運動支援連合会」(支連会)幹部の何俊仁氏は「中国への強烈な無言の抗議だ」と強調した。
 
参加した弁護士の鄒幸※(※杉の木ヘンを丹に)さん(32)は、劉氏が死後3日目という中国の慣習としては早い段階で火葬、散骨されたことに「家族の願いがかなわなかった」と憤りを表明。劉霞さんが政府の強い圧力にさらされているとして、「彼女の身の上を心配している」と語った。【7月15日 時事】 
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欧米指導者からも中国批判の声は上がってはいますが、多くの国にとって中国は容易に敵対することはできないぐらいに大きな存在となっており、劉暁波氏の死が国際関係に及ぼす影響はあまり大きくないのでは・・・と思われます。

ただ、「一国二制度」の形骸化が進む香港にとっては、自分たちの未来に重なるものがあります。

中国経済に取り込まれた香港は、中国本土のマネーに翻弄される形で住宅難が深刻化しています。

****<香港>住宅難が深刻化 中国富裕層、投資目的で購入****
香港で住宅難が深刻化している。香港メディアによると、主に中国本土の富裕層が投資目的で不動産を購入し、マンション価格が高騰し続けているためだ。

普通の広さの部屋では家賃を払えず、乗用車の駐車スペース程度しかない狭い住宅に移る人が急増。こうした部屋に暮らす人は20万人以上いるという。
 
香港郊外・葵涌地区にある築40年超の15階建てマンション。最上階に上がると広さ5〜10平方メートルほどの4部屋が並び、手狭な共用スペースにはシャワー兼トイレ、台所がある。

母子家庭の李小群さん(39)は長男(5)と9平方メートルの部屋で身を寄せ合い夕食をとっていた。ベッドと小机、冷蔵庫で部屋は埋まり、足の踏み場を見つけるのがやっと。

家賃は月3000香港ドル(約4万3000円)。香港は子供を長時間預けられる施設が少なく、李さんは「働きたくても働けない」と憤る。月7000香港ドル(約10万円)の生活保護費でやり繰りする。

葵涌地区を含む新界地域の住宅販売価格は昨年までの10年で約3・5倍になり、家賃も高騰。多くの市民がこんな狭い住宅に住む。
 
7月1日に香港政府の新行政長官に就任した林鄭月娥氏は、住宅不足解消を掲げる。【7月13日 毎日】
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中国の強いバックアップで林鄭月娥氏が新行政長官に就任する政治状況にあって、いわゆる「本土派」など、中国に批判的な勢力への締め付けが強化されています。

****民主派4議員資格取り消し=親中派の力強まる―香港****
香港高等法院(高裁)は14日、立法会(議会)の急進民主派4議員の就任宣誓をめぐる司法審査で、宣誓は無効と判断し、議員資格を取り消す決定を下した。地元メディアが伝えた。香港独立を視野に入れる反中国勢力「本土派」2議員も既に宣誓無効で失職しており、議会で多数を占める親中派の力が一段と強まるとみられる。
 
4議員は劉小麗、姚松炎、羅冠聡、梁国雄の各氏。昨年10月の就任宣誓で、宣誓文を極めてゆっくり読んだり、文言を付け加えたりなどしたとして、政府が議員資格剥奪を求めて司法審査を申し立てていた。4人はいずれも上訴する方針。
 
就任宣誓に関しては、中国が昨年11月に「不誠実な宣誓をした場合は直ちに公職の資格を喪失する」と香港基本法の解釈を提示。現在の香港では、高裁は中国の法解釈に従わなければならない。【7月14日 時事】
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現実問題として、4人の資格取り消しは大きな政治的影響があります。
“民主派は昨年9月の立法会選挙で30議席を獲得。だが、うち2人が「香港は中国ではない」という横断幕を持ち込んで宣誓。中国側が2人が失職となる解釈を示し、現在、28議席となっている。さらに4議席を失う可能性が出てきたことで、重要法案を否決できる「3分の1」(24議席)維持に向け、瀬戸際に追い込まれた。”【7月14日 朝日】

返還20周年記念に合わせて香港を訪問した習近平主席は、香港独立志向に対する強い牽制を示しています。

****香港独立「決して許さず」=中国主席が警告―返還20年式典****
香港が英国から中国に返還されて20周年に当たる1日、香港島中心部の会議展覧センターで記念式典が行われた。出席した中国の習近平国家主席は「中央の権力と香港基本法の権威に対する挑戦は決して許さない」と警告し、香港でくすぶる独立の動きに強硬姿勢で応じる考えを示した。
 
習主席は香港に適用されている「一国二制度」に関し、「『一国』が根になる」として、「一国」が「二制度」に優先することを強調。また、「青少年の愛国主義教育を強化する必要がある」と述べ、香港独立を視野に入れる反中勢力「本土派」の中核となっている若年層に対する思想面の教育を重視する方針を示した。(後略)【7月1日 時事】
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また、空母「遼寧」を香港に派遣して、その軍事力を誇示すると同時に、「強大な中国」に対する愛国心を高揚させる施策も。

****中国初の空母の内部、香港市民に公開 愛国心高揚狙いか****
中国軍は8、9の両日、香港に寄港している中国初の空母「遼寧」の内部を香港市民に公開した。遼寧の一般公開は中国本土を含めて初めて。香港返還と中国軍の香港駐留20年記念行事の一環だが、海軍を象徴する空母を直接みてもらうことで、香港人の愛国心を高める狙いがある。
 
乗船したのは、香港の永住権を持つ市民ら3600人。甲板上では写真撮影も許可された。中国国営中央テレビは、遼寧の内部を参観した市民が「祖国が強大になった」と感激していると伝えた。
 
香港では、2014年のデモ「雨傘運動」後、民主化要求を退けられた若者を中心に「中国離れ」が進んでいる。中国軍と同様に、香港政府も「香港市民の国家に対する理解とアイデンティティーを大いに強めるものだ」(林鄭月娥・行政長官)として、愛国心の高揚につなげたい考えだ。【7月10日 朝日】
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【「香港の自由、人権は十分に守られず、映画の状況に現実が近づいているのです」】
日増しに強まる中国の影のもとで、香港の未来を予見する映画が昨年評判となりました。

****映画『十年』が予見する香港の暗い未来****
香港映画『十年』が日本で22日より公開される。2016年に香港で上映されるや大反響を呼び起こし、香港金像奨の最優秀作品賞など、香港の内外で多くの映画賞を獲得した話題作だ。
 
「10年後=2025年」の香港はいったい、どのような社会になっているのか。不安と恐怖のなかに、かすかな希望はあるのか。そんな香港の若者たちの絞り出すような必死の問いかけを正面からぶつけた必見の作品である。
 
中国政府を震撼させた2014年の民主化デモ「雨傘運動」の前に企画され、映画のストーリーをなぞるように雨傘運動が発生し、書店主の誘拐事件が起きるなど、中国政府の圧力で香港社会の自由は削ぎ落とされている。
 
制作費はたった750万円。最初は単館上映だったが一気に評判を呼び、最終的に1億円近い興行収入をあげた。その反響の大きさは、それだけ、香港の状況が悪い、ということにほかならない。
 
香港返還20周年を迎えた7月1日には、中国の習近平・国家主席が自ら香港に乗り込み、香港の民主化運動に今後も強硬な姿勢で応じていくことを宣言した。

「東洋の真珠」と呼ばれ、英国統治のもとで守られてきた言論の自由や司法の独立の伝統は、かつてない危機にさらされている。その危機の実像をつかみたければ、まずは本作を観ることをお勧めしたい。

香港に漂う「言葉狩り」への不安
映画『十年』はオムニバス形式の作品で、『エキストラ』『焼身自殺者』『冬の蝉』『方言』『地元産の卵』という5作からなる。それぞれ異なったストーリーなのだが、壊されていく香港の将来に対する「恐怖」が5作品全体を貫いており、次々と悪夢を見させられている気分にさせられる。
 
このなかで『地元産の卵』という作品は特に今の香港を象徴する内容となっている。原題は『本地蛋』。

「本地」という文字が、2025年の香港では禁句になっており、その禁句リストをもった少年団が巡回し、香港市民に「本地」という言葉を使わないように取り締まっている。
 
「地元産の卵」と書かれた卵を売っている雑貨店に少年団が押しかけ、香港で唯一卵を生産していた養鶏業者は当局のいやがらせで生産の中止を決定する。少年団は文化大革命の少年少女の紅衛兵をモチーフにしていることは明らかだ。
 
「本地」=地元というありきたりの言葉を使っていけないという設定は、日本人にはわかりにくいかもしれない。近年、香港で愛国教育によって「中国人」を強調する動きが強まっているなかで、香港の独自性をアピールする「本土」や「本地」などの言葉がいつか規制されて語れなくなるのではないか、という不安を伝えようとする内容なのだ。
 
実際、「香港独立」を意味する「港独」という言葉を語ろうものならば、罪に問われかねない空気が最近の香港では強まっている。

思想の自由という観点からすれば、独立を語ることには何の法的な問題もないはずだが、いまの香港にはそれを許さない重苦しい空気が漂う。そんな「言葉狩り」の状況に置かれた未来の香港を予見するように作られた映画が『十年』であり、『地元産の卵』なのである。

中国政府の圧力に「慣れてしまってはいけない」
この作品を撮った伍嘉良(ン・ガーリョン)監督に話を聞いた。伍監督はこうした状況について、「香港の中国への返還後、ゆっくりですが香港にある重要な価値のあるものが失われています。返還10年、あるいは返還20年という区切りには大きな意味はありません。継続中の危機なのです」と話す。
 
伍監督によれば、この『地元産の卵』という作品は、2012年に起きた香港への愛国教育の導入に対する反対運動をきっかけに考えついた。
 
「教育によって子供に中国をどう愛するかを教えて愛国的にしていこうという中国の方針がはっきりし、このことに恐怖感を感じました。国旗をみて感動せよとか、国歌を聞いて涙を流しなさいとか、非常に問題がある教育を香港に導入しようとしたのです。それは、我々に文化大革命を思い起こさせるものです。この恐怖感を、映画のなかに取り込んだのです。もし、香港が文革時代の中国のようになったらどうするのか、ということを観客に考えてもらおうとしました」
 
映画のなかでは、中国政府にとって思想的に好ましくない本を売っていたため、少年団に卵を投げつけられる書店が登場する。これなどは、雨傘運動のあとに起きた書店主誘拐事件を想起させずにはいられない。

映画のなかの若い書店主は、密かに多くの発禁本を部屋に隠していたのだが、書店主に向かって雑貨店の経営者が「この状況に慣れちゃいけない。ぼくらが慣れてしまったから、君たちに辛い思いをさせてしまった」と語るシーンは印象的だ。
 
今後、中国政府は、有形無形の圧力と規制のもとで香港の人々が口をつぐむことに慣れるように求めていくだろう。その事態に香港の人々が慣れてしまってはいけない、という伍監督のメッセージが込められている。
 
伍監督には本作の発表後、「大丈夫か」「仕事が今後もらえなくなるぞ」「気をつけた方がいい」という声が周囲から何度もかけられた。映画は多くの称賛を浴びたが「トロフィーを受け取る気持ちは重いものでした」という。
 
「この映画が生まれた原因は決して拍手で祝福されるものではありません。もちろん評価は嬉しいですが、香港の状況が日々悪化しているなかでは、素直に喜ぶことなどできません。将来について私は悲観的です。香港の自由、人権は十分に守られず、映画の状況に現実が近づいているのです」

映画『十年』は2017年7月22日(土)よりK's cinemaほか全国順次公開 <公式サイト>http://www.tenyears-movie.com/【7月13日 WEDGE】
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香港の場合は将来に向けた確たるシナリオが存在しており、この映画が示すところは、特段の動きがない限り“現実”となるでしょう。

中国経済に飲み込まれ、特殊性を失う香港
もともと「一国二制度」は50年の期限付きのものですし、中国という政治体制を「一国」とする以上、そこにはおのずからもろもろの制約が課されることはわかっていた話ですが、「一国二制度」の形骸化を加速させているのは、香港の経済的地位が相対的に低下している現実です。

****輝き失う香港、中国の威圧が強まる恐れ 勢いづく深センの隣で薄れる存在感****
かつて漁業が中心だった深センは、香港という「夢の都市」に脱出するためのルートだった。(中略)

だが最近では、それを試そうとする者はほぼいないだろう。香港は輝きを失いつつある。一方の深センは上昇志向の強い都市へと変貌した。ハイテク産業のハードウエアを製造する世界的中心地となり、国内外から有能な人材を引き寄せている。
 
中国南部の隣接する2都市がたどる対照的な運命が、かつて英国の植民地として栄えた香港をやや不安定な立場に追いやっている。
 
それはちょうど20年前、中国の他のどの地域も与えられなかった政治的特権とともに香港が中国に返還された際に、ベースとなった前提の一部が揺らいだことを意味する。
 
深センの隣に位置する香港の存在感が薄れ始め、その現実が香港の未来に影を落としている。中国の習近平国家主席は先週、香港返還20周年に合わせた演説で「越えてはならない一線を越える」行為について戒めた。

それは政治的な抗議活動への脅しであり、国内主要都市の中で地位が低下する香港に対し、政府が威圧的な態度を強めるサインでもある。(中略)

中国政府は次第に、珠江河口に広がるデルタ地帯をトンネル、地下鉄、高速鉄道で切れ目なく結んだ人口6000万人以上のメガシティを構成する一部分(しかも最も重要な部分ではない)として香港を見るようになっている。
 
香港政府トップの行政長官に就任した林鄭月娥(キャリー・ラム)氏は、国家安全条例の制定や「愛国教育」の導入によって中国との政治連携を進めるよう、強い圧力を受けている。だがそれを実行すれば、親中派と民主派活動家の対立がいっそう激化するだけだ。
 
香港が制御できなくなれば、中国政府は直接的な介入に乗り出す可能性もある。既に香港では中国に批判的な本を扱う書店の関係者が拉致されたとみられる事件が起きている。中国政府の内情を知りすぎた可能性がある資産家も香港のホテルから失踪し、その後、姿を見せていない。
 
今のところ、有刺鉄線が張られた境界線は(入国管理を伴うことで)依然、最も目立つ香港の政治的分離の象徴となっている。ただし、か細い線でしかない。植民地時代に「竹のカーテン」として知られた障壁は、それ以外のほぼ全ての意味において過去のものとなった。【7月5日 WSJ】
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香港市民が実感するであろ“失ったもの”の大きさ
香港返還が決まった時点で、現在の運命は不可避のものとなったとも言えますが、当時の状況については“イギリスはなぜ香港を見捨てたのか”【7月7日 Newsweek】にも。

“イギリス統治下の香港には、香港住民の意思を反映させる政治制度がなく、民主主義は存在しなかった。(最後の第28代香港総督を務めた)パッテンはそうした状況を正そうとしたが、ビジネス上の重大な関心を優先する地元の大立者や中国政府の頑なな反対にあった。民主主義を経験したことのない一般大衆も、パッテンが目指した議会の民選化に反対した。”

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劉や、人権活動家として知られる現代美術家の艾未未(アイ・ウェイウェイ)のような反体制派について中国の人々は、欧米での注目やカネを目当てに、欧米に擦り寄っていると捉えることが多い。

(中略)このような風潮は、国内の反体制運動は必ず「外国の勢力」と結び付いているという、政府の徹底したプロパガンダの成果でもある。

一方で、反体制派に対するこのような感情は、中国社会の皮肉な世界観で全てを片付けるすべでもある。社会制度に盾突く人は欧米のカネが目当てだと思っていれば、自分の日々の妥協と堕落を正当化できる。

80 年代に青年時代を過ごし、一度は理想主義を掲げた人々は、特にその傾向が強い。自分たちは妥協したのに、いつまでも頑固な奴らはどうしてできないのか。今は誰もが、少なくとも教育を受けて都会で専門職に就いている自分たちは、うまくやっているのに、というわけだ。

(中略)今は多くの中国人が、彼の運命に肩をすくめている。あんなことをすればどうなるかなんて、分かっていたじゃないか、と。【“劉暁波の苦難は自業自得? 反体制派が冷笑を浴びる国” 7月16日 Newsweek】
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自由、民主主義を日常のものとして感じたことのない本土の人々は肩をすくめることで済みますが、まがりなりにも自由、民主主義を手にしていたと思う香港市民にとっては、10年後、30年後の現実は“失ったものの大きさ”を実感する日々となりそうです。
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