(12月11日 Newsweek)
【中東和平政策頓挫か、“新たな中東の姿”か】
10日あまりのカンボジア旅行から帰国し、今日自宅に戻りました。
旅行中の世界の動きは十分にフォローできていませんが、もっとも露出が多かった話題は、トランプ大統領によるエルサレムの首都認定でしょう。
エルサレムについては、“イスラエルは1967年の第3次中東戦争で、イスラム、ユダヤ両宗教の聖地がある東エルサレムを占領し、西エルサレムと合わせて「不可分の永遠の首都」としているが、国際的には承認されていない。一方、自治政府も、東エルサレムを「将来の独立国家の首都」としている。計約530万人に上るパレスチナ難民の帰還問題なども未解決となっている。”【12月6日 産経】という、パレスチナ問題の重要課題であり、きわめて微妙な問題でした。
当然ながら、今回のトランプ大統領の決定は中東世界・イスラム社会に大きな衝撃を与え、これまでの歴代アメリカ政権のとってきた中東政策の持続を困難にするものです。
もっとも、トランプ大統領としては、“これまでの歴代の中東政策が結果を出せずにきたのだから、枠組みを変えないと進展はない”という立場ですから、従来政策が頓挫するのは全く問題のないことにもなります。
****米のエルサレム首都認定、中東和平政策頓挫の恐れも 専門家****
米国のドナルド・トランプ大統領が、これまで長きにわたり実施が延期されてきた米国政府によるエルサレムの首都認定および大使館移転を正式に表明したことで、米国の中東和平政策が頓挫する恐れが出てきた。
トランプ氏の娘婿であるジャレッド・クシュナー上級顧問が、イスラエルとパレスチナの間の和平合意を目指してこの難しい問題に取り組んできたが、今後状況はさらに複雑化する見通しとなった。専門家らが現状を分析した。
トランプ氏は6日、米首都ワシントンのホワイトハウスでの演説で、「和平交渉を進めるための、長年後回しにされてきた一歩だ」として、エルサレムをイスラエルの首都に認定する方針を表明した。中東諸国からの警告や欧州の同盟国からの訴えを押し切る形での発表となった。
しかし中東のアナリストらは、この米国動きが「和平」というトランプ氏の言葉とは真逆に作用する恐れがあると指摘する。
米首都ワシントンにあるシンクタンク「新米国安全保障センター(CNAS)」の中東安全保障プログラム責任者のイーラン・ゴールデンバーグ上級研究員は、今後の流れについて「最良のシナリオは、単にトランプ氏の和平努力が頓挫するだけ。最悪のシナリオは、広範囲な抗議行動や大規模な暴動まで発生すること」だと語る。
ゴールデンバーグ氏は、米政府の発表によって、東エルサレムを最終的なパレスチナ国家の首都とすることを理念に掲げるパレスチナ解放機構(PLO)のマハムード・アッバス議長や、その他のアラブ諸国の指導者たちが困難な立場に置かれることになると話す。
その理由は「アッバス議長やアラブ諸国の指導者の中の誰かが、この件に政治的に関与できるとは思えない」からだという。
トランプ氏の発表から間もなく、アッバス議長はテレビ演説で「嘆かわしく、容認できない」とのコメントを発表。米国はもはや和平交渉の仲介役としての役割を果たすことができないと非難した。
■「新たな中東の姿」
クシュナー氏はここ数か月、イスラエル・パレスチナ間の和平交渉をめぐり水面下で作業を進めてきた。しかしある外交筋は、和平計画の公表は今後しばらく行われないだろうと話す。最短でも2018年前半以降になるとの見方だ。
米シンクタンク「アトランティック・カウンシル」のバーバラ・スレイビン氏は、「クシュナー氏の和平努力は、対イラン政策においてイスラエルとの協力関係を正当化するためにサウジに与えたイチジクの葉(不都合なものを覆い隠すためのもの)のようなもの」と語る。
トランプ氏とクシュナー氏は、政権発足直後から、共通の敵イランに対する同盟国として、サウジアラビア──とりわけムハンマド・ビン・サルマン皇太子──との親密な関係を築いてきたのだ。
一方で、エルサレムへの首都移転が大きな政情不安をもたらすとは思わないとする意見もある。
匿名を条件に取材に応じた中東情勢に詳しいある外交官は、「この地域では、政治的な地殻変動がいくつも起きている」としながら、「これが新たな中東の姿だ」と語る。
3日にめずらしく公共の場に姿を見せたクシュナー氏も、シーア派イランに対して地域のイスラム教スンニ派アラブ諸国がイスラエルと協調するのであれば、和平のための一つの機会になるとの考えから、この流れに困惑している様子はみられなかった。
クシュナー氏は「彼らはこの地域の脅威に目を向けている。彼らはこれまでイスラエルを敵視してきたが、20年前に比べれば、イスラエルとの同盟関係ははるかに自然なことだと考えていると思う」と語っている。【12月7日 AFP】
***************
確かにサウジアラビアは“対イラン包囲網”としてイスラエルと接近しており、今回のトランプ大統領の発表に対しても控えめな反応に抑制してはいますが、パレスチナ問題という(いささか古ぼけた看板とはなってはいるものの)“アラブの大義”に反する形でイスラエルとの新たな関係を進めるのは困難でしょう。
アメリカの安全保障にも重大な影響を持つ今回発表においても、トランプ大統領の意向が突出し、政権が組織として機能していないように見えることも懸念される点です。
パレスチナを切り捨てる形ではなく、パレスチナの新しい展開についてどういう具体案が考えられた(今となっては水泡に帰しましたが)かについては下記のようにも。
****エルサレム首都認定は米政権も説明できないトランプ究極の利己的パフォーマンス****
<首都認定がどうアメリカの安全保障に役立つのか、記者たちへの背景説明もできないホワイトハウス。そんな決定のために、中東に住むアメリカ人とその家族も含めて多くの人が不幸になりかねない>
ドナルド・トランプ米大統領は12月6日、エルサレムをイスラエルの首都と認定すると発表した。この発表には、トランプ政権の政策決定における2つの最悪な傾向が現れている。
一つは、トランプが支持率のみを気にして、まったく利己的な理由から重大な決定をしてしまうこと。
もう一つは、政権の無能さが事態をさらに悪化させてしまうことだ。
エルサレムの首都認定は、トランプの支持基盤をつなぎ止めるためのパフォーマンスにすぎない。現時点でこの決定を下す戦略的根拠などまったくない。だからこそ政権スタッフは、この決断がどうアメリカの安全保障に資するのか、記者たちに説明がつかず頭を抱えたのだ。
しかもこれは支持基盤にとってさえ大した問題ではない。確かに大統領選中、トランプは米大使館をエルサレムに移転すると公約していたが、それによって獲得できた票はたかが知れている。
パレスチナの首都を強奪
トランプにとっては小さなパフォーマンスでも、それが及ぼす被害は甚大だ。パレスチナ自治政府のマフムード・アッバス議長は文字通り進退窮まりかねない。アッバスはパレスチナでは貴重な親米派。中東和平でアメリカと歩調を合わせてきたことにはもともとパレスチナ人からの批判もあった。これで、アッバスの政治生命は風前の灯だ。
エルサレムの最終的な地位は、パレスチナ政治の最も繊細な問題と言ってもいい。東エルサレムを独立国家パレスチナの首都とすることは和平の譲れない条件だ。
トランプは双方にとってよい和平合意のために尽力すると言ったが、現実にはトランプはイスラエルに圧倒的な勝利を与えただけで、パレスチナからは奪っただけだ。
アメリカの最も重要なアラブの友好国は、自分たちの助言を無視したトランプの決断のおかげで尻に火が付くことになった。
とりわけアメリカの信頼できるパートナー、ヨルダンはパレスチナ難民が人口の70%を占め、抗議の高まりによる治安の悪化が懸念される。
トランプの決定は、中東に駐在するアメリカの外交官や民間人の安全も脅かしかねない。パレスチナ側は既に「怒りの日」と名付けた3日間の抗議行動を呼び掛けており、ヨルダン川西岸とガザ地区では暴力的な抗議が吹き荒れる可能性がある。
中東諸国の米大使館には安全保障上の警告が発せられ、大使館の警備チームは警戒態勢を強化している。レックス・ティラーソン米国務長官とジェームズ・マティス米国防長官も安全保障上の懸念から今回の決定にぎりぎりまで反対していた。
最後に、この決定は和平を模索してきた自らのチームを裏切るものだという点でも利己的だ。トランプの娘婿で上級顧問のジャレッド・クシュナーは何カ月も前から中東を歴訪し、関係者と協議を重ねてイスラエルとパレスチナの和平交渉再開に向けて準備を進めてきた。その努力を水の泡にする今回の決定に、クシュナーが賛同したとは思えない。(中略)
残念だが、トランプ政権は目の前にあったチャンスを逃した。一度限りの爆弾発表をして中東和平交渉の再開を不可能にするくらいなら、きちんとした手順を踏んでエルサレムをイスラエルの首都と認め、広範な和平プロセスの一環として大使館を移転することが、トランプにはできたはずだ
。和平の条件とその範囲を提示し、和平交渉再開の土台にする方法もあった。イスラエルとパレスチナの双方がそれらを受け入れるよう説得していれば、和平実現に近づく大胆で有意義な一歩だったろう。その過程で大使館移転も実現できたはずだ。
双方の首都にもできた
具体的にはこうだ。まずどんな和平合意もイスラエルの国家安全保障上の懸念に配慮し、パレスチナ難民の大量流入を招く解決策にはしないと、和平条件に明記する。
パレスチナに対しては、1967年の第3次中東戦争前にヨルダンとエジプトが支配していた領土を割譲し、その代わりにヨルダン川西岸のユダヤ人入植者が集中する土地をイスラエルに併合する「土地交換」で合意を図る。
エルサレムは、パレスチナとイスラエル双方の首都だと認める。和平に向けた外交努力の一環として、アメリカはエルサレムを双方の首都として承認すると発表することもトランプにはできた。
そうすればアメリカはエルサレムにイスラエル大使館を新設し、現在エルサレムにある米総領事館(これまではパレスチナ人向けの大使館のような役割を担ってきた)を在イスラエルの大使館に格上げできただろう。
こうした微妙なバランス感覚のあるアプローチを追求するどころか、トランプは火に油を注いでしまった。現時点で、誰も今後の見通しは分からない。
クシュナーが準備を進めていた和平交渉再開が吹き飛ぶにしても、最良のシナリオは、数日間の抗議デモが終わった後、中東諸国の怒りの嵐が収まることだ。最悪のシナリオは、中東で新たな紛争の火の手が上がることだ。 イラン・ゴールデンバーグ 【12月7日 Newsweek】
*****************
クシュナー氏の立ち位置、トランプ大統領に賛同しているのかどうかは知りません。
親イスラエルはアメリカ政治の特徴でもありますので、歴代大統領が国内的にエルサレムをイスラエルの首都と明言し、議会乗員も大使館移転に全員賛成しているのも事実ですが、その影響を考慮してこれまでは慎重・現実的に扱われてきました。(なぜそこまでユダヤ系ロビーの影響力が大きいのか、銃規制問題と並んでアメリカ政治のよくわからないところでもあります。)
****<エルサレム首都認定>米議会から称賛の声****
◇政界の親イスラエルぶり改めて浮き彫り
トランプ米大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認定したことを受け、米議会からは称賛する声が相次いでいる。支持者向けの公約実現に固執するトランプ氏の特異性が強調される今回の問題だが、米政界に根強い親イスラエルの姿勢も改めて浮き彫りにしたといえそうだ。(後略)【12月8日 毎日】
*****************
【国内疑惑から国民の目をそらす狙いも】
トランプ大統領が強引に今回発表に踏み切った背景には、ロシア疑惑が深まるなかで自身のコアな支持層へのアピールがあったと指摘されています。
“歴代大統領中最悪の支持率となったトランプ氏が、彼自身の「手法」として、ユダヤ教徒やキリスト教福音派など親イスラエル派の支持を得るための国内向けパフォーマンスに出た、と考えるほうがこれまでの行動から見ても腑に落ちる。”【12月11日 MAG2NEWS】
****窮地トランプ大統領を“応援団”は救えるのか?****
(中略)
ゲーム・チェンジャー
トランプ大統領は、上院で税制改革法案を可決させましたが、フリン氏起訴のニュースの影に隠れてしまい、満足のいくアピールができませんでした。
そこで、6カ月間先送りができたのにも関わらず、同大統領はこのタイミングで、「公式にエルサレムをイスラエルの首都に承認する」と発表したのです。
2016年米大統領選挙においてエルサレム首都移転を訴えたトランプ大統領は、ホワイトハウスでの演説の中で、「歴代の大統領は、主要な選挙公約として掲げてきたが、約束を果たすことができなかった。私は、今日約束を果たす」と強調しました。
選挙公約遂行を持ち出して、国内の親イスラエル支持者の票固めを狙ったことは間違いありません。
ホワイトハウスのホームページに掲載されたトランプ大統領のこの演説の視聴回数は、5万8000回に上りました。同大統領の思惑通り、エルサレム首都移転はロシア疑惑よりも注目を浴びたのです。
ただし、それは一時的であり、エルサレム首都移転の発表は、ロシア疑惑から国民の目を逸らし、難局を乗り切る「ゲーム・チェンジャー(不利な形勢を覆す切札)」には成り得ないでしょう。
今後フリン氏に続き、仮にクシュナー氏及びジュニア氏までが起訴されると、トランプ大統領はゲーム・チェンジャーに最も成り得る「北朝鮮のカード」を切る可能性が高くなります。
日本は、北朝鮮問題とロシア疑惑を結びつけて注視していく必要があるということです。【12月11日 WEDGE】
*******************
国内問題を対外問題でするかえる・・・・というのは、古今東西の政権の常套手段ではありますが、国際的影響力の大きいアメリカのそうした対応は世界に大きな影響を与えます。
国内的に“不正疑惑”を抱えている点では、イスラエルのネタニヤフ首相も同じです。
****老練イスラエル・ネタニヤフ首相 「エルサレム」問題で自身の不正疑惑批判そらす?****
「和平に向けた重要な一歩だ」。トランプ米大統領がエルサレムをイスラエルの首都と認定した後、イスラエルのネタニヤフ首相はこう述べて決断を称賛した。
イスラエルの捜査当局は首相をめぐる疑惑の捜査を行っている最中で、トランプ氏の発言は首相に対する“援護射撃”になったとの見方も出ている。
イスラエルのラジオは8日、パレスチナ側の大規模な抗議運動に対し、イスラエル治安当局が「いかに犠牲者が出ないように対処するかに重点を置いている」とする元警察幹部の見方を伝えた。
ネタニヤフ首相は今回訪れた欧州だけでなく、外交面で今後、強い批判を浴びる可能性がある。こうしたことも念頭に、デモによる犠牲者を最小限に食い止めたい考えとみられる。
逆に騒ぎが早期に収拾できれば、「首都認定」の既成事実化に向けた大きな一歩となる。
イスラエル有力紙ハーレツ(英語版)は7日付で、ネタニヤフ首相は今後、「私が首相でなかったら、こうした事態は起こらなかった」と強調し、トランプ氏との良好な関係をアピールするとともに、「首都認定」を自らの実績だと訴えるだろうと指摘した。自らの疑惑に対する世論の批判をそらす狙いだ。
首相には、有力紙のトップに報道姿勢を改めるよう交渉した疑惑や、不正にぜいたく品を受け取った疑惑が浮上している。首相は否定しているが、今月初めには西部の最大都市テルアビブで、約2万人が抗議デモに集結した。
2009年に首相の座に返り咲いた老練なネタニヤフ氏は、窮地に追い込まれれば総選挙を前倒しして実施するとの観測も出ている。トランプ氏の発言は、イスラエル内政にも多大な影響を与えている。【12月11日 産経】
***************
トランプ大統領やネタニヤフ首相が、今回のような重大な問題を自身の疑惑隠しに利用しているとは思いたくはないですが・・・・。
【中東諸国の怒りがどこに向かうのか?】
一番の懸念は、今回発表をきっかけとした暴力の拡大です。
“最良のシナリオは、数日間の抗議デモが終わった後、中東諸国の怒りの嵐が収まることだ。最悪のシナリオは、中東で新たな紛争の火の手が上がることだ。”【前出Newsweek】
(トランプ大統領が恐らく考えているように)直接の混乱は一定の範囲内に収まるかもしれませんが、イスラム過激派に今後の自身の行動を正当化する理由を与えることにもなります。
もちろん、暴力的手法を肯定することはできませんし、アメリカもテロリストの暴力を否定しています。
しかし、“旧市街内部で警戒に当たっていたイスラエル軍兵士の男性(20)は、「(中略)パレスチナ側には武力で立ち向かう力はもはやない。せいぜい抗議デモしかできない」と治安維持に自信をのぞかせた。”【12月8日 産経】といった考えのもとで、アメリカ・イスラエルが“力”で大国・強国の考えを押し通そうとするのであれば、暴力・テロで立ち向かうしかないではないか、国際世論がアメリカ・イスラエルを押しとどめてくれるのか?・・・という心情も理解できます。
蜂の巣をつついて災いがおきたとすれば、それは蜂のせいではなく、無分別に巣をつついた者の責任が問われるべきです。