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(「オリーブの枝作戦」に参加するトルコ軍戦車【2月1日 TRT】)
【ロシア主導の和平協議も限界】
シリアではアメリカの存在感が薄れ、その空白を埋めるように、アサド政権を支援するロシアを軸とした展開となっていますが、ロシア主導の和平協議は反体制派やクルド人勢力の参加を欠き、その限界も示しています。
****ロ主導のシリア和平協議、改憲委設置で合意も「限界露呈」 専門家****
ロシアのソチで行われた同国主導のシリア和平協議「シリア国民対話会議」は30日、シリアの憲法改正に向けた委員会を設置することで合意した。
専門家らは、シリア反体制派と少数民族クルド人の勢力が出席を拒否した同会議は成果に乏しく、7年に及ぶシリア内戦の解決を目指すロシアの取り組みの限界を露呈したと指摘している。
ロシア政府は、会議にはシリア社会の代表がすべて出そろうと主張していたが、出席した代表団1400人のほぼ全員が親政権派だった。
モスクワの「文明間対話研究所」のアレクセイ・マラシェンコ氏は、「これは(バッシャール・)アサド(シリア大統領)を(政権に)とどめるための道具づくりを狙ったロシアの計画であり、失敗だった」と述べた。
さらにマラシェンコ氏は、「新憲法をめぐる協議はすべて、アサド政権の維持、およびシリアにおけるロシアのプレゼンスの維持を目的にしている」と指摘した。
同氏はまた、今回の会議は「準備がまずかった」としたほか、「最も重要な点は、誰が参加しなかったかだ」と述べた。
会議の前夜には、反体制派の主要集団であるシリア交渉委員会(SNC)と少数民族クルド人の勢力が会議のボイコットを表明していた。
ジュネーブにある「アラブ世界研究センター」のハスニ・アビディ所長は、ソチでの会議は「ロシア外交の限界」を露呈するとともに、ジュネーブにおける国連主導の協議が中心的役割を担うことを示したと述べた。
一方、シリアのアサド政権与党バース党の機関紙アルバースは31日、ソチでの会議は「ロシア主導の政治プロセスが(シリアでの)流血を終わらせる最善の方法であることを確認した」と主張。シリア国民は「国連主導(の協議)に対する信頼を失った」と述べた。
シリア反体制派は、ソチの会議は「現政権を回復させるというロシアの意図を明らかにした」とした上で、「憲法の問題は重要な点の一つだが、選挙プロセスや政治移行などもあり、それをロシアは傲慢にも無視している」と主張した。【2月1日 AFP】
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軍事的には追い詰められている反体制派は、ロシア主導でアサド政権存続の舞台づくりにもなる会議をボイコットしていますが、シリア領土の約3分の1を支配し、今後のシリア統治において主要なプレイヤーともなるクルド人勢力については、当初は参加するとの話がありましたが、“(トルコは)同勢力をテロ組織として警戒している。ロシアはトルコに配慮し、招待しなかったとみられる。”【1月30日 朝日】とのこと。
反体制派やクルド人勢力が参加しなければ、“和平協議”にはなりません。
【圧倒的軍事力で進むトルコの「オリーブの枝作戦」】
そのクルド人勢力に対しては、トルコ国内のクルド人反政府武装組織PKKと一体とみなすトルコが、「飛び地」アフリンを対象とした軍事作戦「オリーブの枝作戦」を開始したことは、1月15日ブログ“シリア 反体制派残存拠点への政府軍・ロシアの攻撃 トルコは対クルド軍事作戦開始へ アメリカは?”でも取り上げました。
地上部隊も投入した軍事作戦は現在も続行しています。
トルコのエルドアン大統領は1月26日、「(国境地帯から)テロリストが完全にいなくなるまで戦い続ける」と宣言。アフリン東方約100キロの要衝マンビジュに対しても作戦を継続する意向を示しています。
マンビジュにはクルド人勢力と協力してきた米軍がいますので、トルコがマンビジュに侵攻するためにはアメリカとの調整が必要になります。
****トルコ、米軍のマンビジ撤退を要求 米はクルド人部隊への武器供与停止を表明****
隣国シリアで軍事作戦を実施しているトルコは27日、クルド人が支配するシリア北部マンビジに展開している米軍部隊の撤退を強く求めた。
作戦が2週目に入り、空爆や砲撃が新たに行われる中、トルコのメブリュト・チャブシオール外相は「(米軍は)マンビジからの即時撤退が必要だ」と強調した。
トルコ軍は今月20日、テロ集団と見なしているシリアのクルド人組織「民主統一党(PYD)」傘下の民兵部隊「クルド人民防衛部隊(YPG)」をシリア北西部アフリン(Afrin)から排除する「オリーブの枝」作戦を開始。シリア反体制派武装組織を支援する形で地上部隊を投入し、空爆を行っている。
トルコのトルコのレジェプ・タイップ・エルドアン大統領はYPGに対する攻撃を、アフリン東方のマンビジに拡大する可能性を警告している。
マンビジ自体は2016年、イスラム過激派組織「イスラム国(IS)」が首都と位置付けていたシリア北部ラッカの奪還作戦の一環で米国が支援するクルド人主導部隊「シリア民主軍」がISから奪い返していた。
トルコ大統領府は、米国のH・R・マクマスター大統領補佐官(国家安全保障問題担当)が26日遅くトルコのイブラヒム・カルン大統領報道官に電話で、米政府は今後YPGへの「武器供与」を停止すると語ったとしている。(後略)【1月28日 AFP】
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これまでIS掃討の主力として“活用”してきたクルド人勢力を“見捨てて”撤退するのは、アメリカとしても難しいところです。さりとて、NATO加盟国でもある地域大国トルコと事を構えるのは・・・。
エルドアン大統領を怒らせ、今回侵攻の引き金になったのは、“アメリカがSDF(シリア防衛軍=アメリカの傘下でありYPG(クルド人勢力PYDの民兵組織)の関係組織)の戦闘員を訓練して、シリアとトルコの国境に、配備する計画を立て、既にSDF戦闘員の訓練に入っている。”【1月15日 佐々木 良昭氏 中東TODAY】というアメリカのクルド軍事支援ですが、アメリカは今後もこうしたクルド人勢力との協力を継続するのか・・・・難しいところです。
もっとも、クルド人勢力との協力関係はやがてトルコとの関係で抜き差しならないものになるという話は、昔から皆が指摘するところでしたので、アメリカも今になって慌てる話でもないでしょう。方針は早くから決まっているのでしょう。アフリンはトルコにくれてやるが、マンビジュを含むその他地域への侵攻は許さない・・・とか。
もし、トルコに譲歩する形でクルド人勢力との関係を断つ・・・ということになれば、シリア・中東におけるアメリカの影響力はいよいよ限られたものにもなります。
トルコ側の発表では、アフリン地区の制圧は“順調に”進んでいるとのこと。
****トルコのafrin 侵攻****
・・・・アラビア語メディア及びhurryiet netから取りまとめたところ次の通りです。
・トルコ軍と自由シリア軍は、これまで複数の戦略的に重要な産地の占領に成功し、afrin 市の周辺(特に北西部)の丘陵地帯の攻撃にとりかかっている模様。
エルドアン大統領は、3日与党との会合で、作戦は順調に進んでいて(afrin市まで)あと残りわずかであると語った由。
・エルドアンはまたこれまでにYPG兵員約900名を殺害したと語った由なるも、トルコ国防省によれば、これまで899名のYPGを中立化(殺害、負傷、捕虜)にした由。897名という数字もある(後略)【2月4日 「中東の窓」】
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クルド人勢力側の反撃については、以下のようにも。
****シリアでトルコ兵7人死亡、作戦開始以来1日当たりで最多****
トルコ軍によると、隣国シリアで展開しているクルド人勢力に対する軍事作戦で3日、同軍の戦車1台に対する攻撃で犠牲になった5人を含め、兵士7人が死亡した。1日における死者数としては、作戦開始以来最多。この作戦で死亡したトルコ兵は、これで14人となった。(後略)【2月4日 AFP】
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トルコ側が“899名のYPGを中立化(殺害、負傷、捕虜)”としているのに対し、7人死亡がこれまでの最高で、作戦開始以来でも14名の兵士死亡というトルコ側死者が非常に少ないのが第一印象です。
トルコ軍の空爆・戦車という圧倒的軍事力の成果でしょうが、同じように圧倒的軍事力でパレスチナ・ガザ地区を蹂躙するイスラエル軍をも想起させる戦いです。
5人の兵士が死亡したことに対し、トルコ側は報復として“トルコのユルドゥルム首相は「彼らはこの2倍の犠牲を払うことになるだろう」と宣言。YPGの攻撃拠点となった地域でトルコ軍戦闘機が激しい空爆を実施した。”【2月4日 時事】とのこと。
1月26日のトルコ軍による空爆で、アフリンの文化財保護当局者によると、アラム人によって約3千年前に建造されたアインダラ神殿の4~5割が破壊されたとのことです。
そうした文化財破壊もさることながら、民間人を含む人的被害の拡大が懸念されます。1週間前の報道【1月27日 時事】では、在英のシリア人権監視団によると市民約40人が死亡とのことでしたが、今はさらに大きな数字になっていると思われます。
また、クルド人側の怒りを掻き立てるような蛮行も。
****半裸女性遺体踏みつけ映像流出「道徳的に退廃」 シリア****
シリア北西部で、反体制派戦闘員とみられる人物らが、敵対するクルド人戦闘員の女性の半裸状態の遺体を踏みつける映像がソーシャルメディア上に流出した。クルド人勢力側は行為を非難する声明を出し、反体制派側も調査に乗り出す事態になっている。
流出した映像には、半裸状態の女性の遺体の周囲を反体制派の戦闘員とみられる人物らが取り囲み、踏みつける様子が記録されている。遺体は激しく損傷している。
クルド人勢力が3日に出した声明によると、女性はクルド人部隊に所属し、北西部アフリン地域での戦闘で死亡した。
この地域には、シリアのクルド人勢力を敵視するトルコが1月20日に「テロリストを掃討する」として軍事侵攻した。この作戦には、トルコが支援するシリア反体制派の武装組織も参加している。
クルド人勢力は「トルコ軍とその連携勢力が道徳的に退廃していることを示している」と声明で非難した。一方、反体制派側も調査委員会を立ち上げるとし、「関与した者にはすみやかに責任を取らせる」との声明を出した。【2月4日 朝日】
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女性が表に出ないイスラム社会にあって、クルド人は女性も男性同様に戦闘部隊に参加しているのが特徴です。
“トルコはアフリンを占領するつもりはないとし、同地域を「本当の」持ち主たちに返すつもりだ”(トルコ外相)【1月27日 AFP】とのことですが、トルコが“本当の持ち主”としているのが、トルコの傀儡でもある上記反体制派です。
【トルコ:国境でシリア難民に発砲して追い返す】
このトルコ対クルド人勢力の戦闘以外にも、シリアでは各地で懸念される事態が進行しています。
反体制派の拠点イドリブへは政府軍・ロシアが激しい攻撃を行っていますが、そこからの難民をトルコが国境で発砲して追い返していると報じられています。
****トルコ、シリア難民に武器使用か 国際人権団体が停止呼び掛け****
国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウオッチは3日、内戦などの戦闘から逃れるためにトルコに避難しようとしているシリア人に対する武器の使用をやめるようトルコ政府に呼び掛けるとともに、シリア難民たちに国境を開放するよう強く求めた。
国連によると、シリア北西部イドリブでの政府軍による大規模な攻撃により、昨年12月中旬以降、27万人以上が避難を余儀なくされている。HRWは、難民の多くがトルコへ避難しようとしているものの、トルコの国境警備隊が「無差別に発砲し、シリア難民たちを即座に追い返している」と指摘した。
トルコは推計350万人のシリア難民を受け入れているが、2015年8月から南の国境を越えて入国しようとするシリア人を押し返そうとしている。シリア人の中には密入国仲介業者に頼る人々もおり、昨年5〜12月に越境した十数人が自身の経験をHRWに明らかにした。
難民たちは他にも、拘束されたり暴行を受けたり、治療を受けられなかったりした経験を語るとともに、トルコの国境警備隊による発砲で子どもを含む少なくとも10人が死亡したと述べた。【2月4日 AFP】
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日本も“朝鮮有事”の際の大量難民にどう対処するのかで、麻生発言などが話題になったことがありますが、麻生副総理も“難民全体に無差別発砲”とは言っていません。トルコとしては、もうこれ以上は・・・というところでしょうか。
【シリアの泥沼:空軍機を撃墜されたロシア 政府軍の化学兵器使用をけん制するアメリカ】
そのイドリブではロシア空軍機がアルカイダ系の武装組織に撃墜されています。
****ロシア空軍機が撃墜、パイロットは戦闘で死亡 シリア****
ロシア国防省は3日、シリア北西部イドリブ県上空を飛行していたロシア空軍の攻撃機Su25が地上からの高射砲で撃墜されたことを明らかにした。ロシア通信などが伝えた。パイロットは機外に脱出したが、地上で戦闘になり、死亡したという。(後略)【2月4日 朝日】
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アルカイダ系旧ヌスラ戦線は、携帯型地対空ミサイルを使ったと発表しています。
ロシアは昨年12月11日に、プーチン大統領がシリア西部のロシア空軍基地を訪問してIS掃討作戦の勝利を宣言し、派遣部隊の撤退開始を命じていますが、泥沼から抜け出るのは容易ではなさそうです。
一方、政府軍が反体制派を包囲しているダマスカス郊外の東グータ地区では、化学兵器が使用されたとも。この件で、アメリカが再度の軍事攻撃を実施する可能性もあります。
****アサド政権が新型化学兵器開発か 米政権が再攻撃を検討とロイター****
ロイター通信は1日、シリアのアサド政権が「新型の化学兵器」の開発を続けており、今後の使用を抑止するために、トランプ米大統領が昨年4月に続いてアサド政権軍に対する再度の軍事攻撃を準備していると報じた。米政府高官の話としている。
アサド政権は2014年、申告した化学物質を国外搬出したが、シリア内戦ではその後も化学兵器を使ったとみられる攻撃が続いている。政権側は使用を否定するが、トランプ氏は昨年4月、アサド政権軍が化学兵器による空爆を実施したとして、巡航ミサイルによる攻撃に踏み切った。
これに関連し、米国務省のナウアート報道官は1日の記者会見で、アサド政権が首都ダマスカス近郊の東グータ地区で過去1カ月間で3回にわたって自国民に対して化学兵器を使った疑いがあるとして、「極めて強い懸念」を表明した。最新の化学兵器攻撃には塩素ガスが使われたという。【2月2日 産経】
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【エジプトと協力するイスラエル、レバノンにあるイランの拠点攻撃をロシアに通告】
シリア周辺の中東地域での動きとしては、イスラエルとエジプトの協力関係が改めて明らかになっています。
****エジプト東部に100回以上空爆=イスラエル、対ISで―米紙****
米紙ニューヨーク・タイムズ(電子版)は3日、米英当局者らの話として、イスラエルが過去2年以上にわたり隣国エジプト東部のシナイ半島で、過激派組織「イスラム国」(IS)対策で100回以上の空爆を実施したと報じた。同紙は両国が「共通の敵との戦いで秘密の同盟関係にある」と指摘している。
シナイ半島ではIS傘下の「ISシナイ州」によるテロが頻発。エジプトのみならず、国境地帯の治安を安定させたいイスラエルにとっても脅威となっている。
空爆はエジプトのシシ大統領の了承を得て行われた。ただ、パレスチナ問題を抱えるイスラエルとの協力はエジプト世論の反発を招きかねず、大統領は軍と情報当局の一部にしか空爆について明らかにしていないという。【2月4日 時事】
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こうしたエジプトやサウジアラビアとイスラエルの協力関係が、トランプ大統領がイスラエル重視のエルサレム首都発言を行った背景にあります。
そのイスラエルが狙うのはイランの勢力拡大阻止です。
****ロシアの使節団のイスラエル訪問****
報道では気が付きませんでしたが、イスラエルのネタニアフ首相は先週初モスクワを訪問し、プーチンと会談した模様です。
これを報じるy net news は、この会談で提起されたダマス郊外と南部レバノンのイランの兵器工場問題(ネタニアフはイランが撤収しなければイスラエルは、これらを攻撃するとプーチンに伝えた由)に関連し、今週ロシアのミッションがイスラエルを訪問し、イスラエルの懸念の真意を聴取し、攻撃阻止のための方策につき協議していると報じています。
記事はさらに、ロシアは既にイスラエルの懸念をイランに伝達し、イラン人専門家等場の退去を求めたが、イランはこれを拒否しているとしているが、イスラエルはこれまでにもダマス近郊の施設を空爆しており、ロシアとしてもイスラエルの懸念を深刻に受け取っているものと思われます。
記事は更に、ネタニアフはプーチンに対して、アサド政権がイスラエルがシリアに対する攻撃を繰り返せば、ベングリオン空港を攻撃すると脅迫していることと、イスラエルとしてはすべての脅威に対して、それぞれに見合った方法で対処すると伝えたとしています。
どうも中東情勢は方々で火種が飛び交っていますが、どうやら昔の米国だけが圧倒的な影響力を有していた時代は去り、イスラエルもトルコもむしろロシアとの調整を重要視しているように見ます。【2月4日 「中東の窓」】
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まさに“方々で火種が飛び交っている”シリア・中東情勢です。