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(2月19日 朝日より)
【“パックス・ロシアーナ”の限界 三つの対立軸が同時進行】
もとから“多すぎるほどのプレイヤー”で混戦・乱戦が続いていたシリアですが、主要なプレイヤーのひとつ「イスラム国(IS)」の存在が小さくなった現在も、各国・各勢力の混戦・乱戦は“ポストIS”を睨んで一段と激しくなっているのは周知のところです。
全体的には、対IS掃討に絞ったアメリカのシリア情勢全体への関与が低下した一方で、アサド政権を支援して軍事的優位に立ったロシアが、トルコ、イランとも関係を調整して、和平協議を主導するなど存在感を強めていますが、そのロシアのコントロールも難しい対立の軸が大きく分けて三つ。
一つ目は、北部トルコ国境沿いのクルド人勢力支配地域・アフリンへのトルコの侵攻
クルド人勢力を支援する米軍が駐留するマンビジュへの戦線拡大があるのかが今後の焦点となります。
二つ目は、クルド人勢力を支援するアメリカと、政府軍を支援するロシアの直接衝突の危険
米軍の報復空爆でロシア人傭兵に多くの死傷者がでましたが、今のところロシアは「ロシア軍」とは無関係と静観の構えです。
三つめは、イランの勢力拡大を防止するためのイスラエルの本格参加
無敵神話もあったイスラエル軍の最新の機器を搭載したF16が、シリア軍の旧式の地対空ミサイルの餌食となったことが大きな話題となりました。
****“パックス・ロシアーナ”に赤信号、複雑化するグレートゲーム****
シリアを舞台にした21世紀のグレートゲームが一段と複雑化する様相を見せてきた。
過激派組織「イスラム国」(IS)の壊滅、内戦の縮小により紛争が鎮静化すると思いきや、地域大国であるイスラエル、トルコ、イランの動きが活発化、ロシアが目論んでいた“パックス・ロシアーナ”に赤信号が灯り始めた。
影の主役が表舞台に
混迷するシリア情勢を理解するため、まずは同国をめぐる勢力図を見てみよう。最大の支配地を擁するのがロシアとイランの軍事支援を受けたアサド政権だ。一時は政権の崩壊寸前までいったが、現在は東部ユーフラテス川西岸から地中海までの、ほぼ国土の60%の支配を固めた。
次いで大きな面積を制圧しているのが米軍の支援を受けたクルド人勢力だ。クルド人の主導の「シリア民主軍」(SDF)が同川東岸から東部、北部のイラク、トルコ国境までを支配、西部の飛び地を加えると、国土の約30%を押さえているようだ。米軍は特殊部隊を中心に2000人が今後も同地域に駐留する計画だ。
残りの国土については、北西部イドリブ県、ダマスカス近郊の一部などを反体制派が辛うじて保持。同県を根城にする国際テロ組織アルカイダ系の「シャーム解放委員会」がロシア、シリア両軍の猛爆を耐え、依然2000人〜3000人の戦闘員を維持しているもよう。
組織が壊滅状態のISは東部のイラク国境沿いの小地域にまだ勢力を維持しているが、一部は米軍とクルド人の追撃から逃れ、シリア軍の前線をすり抜けて南、西部へ逃走した。その数は家族も含めて数千人といわれる。欧州からISに合流していた約1500人はトルコ経由で母国に帰還したとされる。
北大西洋条約機構(NATO)の一員であるシリア隣国のトルコは国内の反体制派クルド人組織との戦いを続けてきたが、シリアのクルド人の勢力拡大も脅威と捉え、2016年にシリア北中部に、今年1月には北西部のアフリンに侵攻。配下のシリア反体制派にクルド人と戦わせている。シリア領内の国境沿いにトルコの安全保障地帯を設置するというのが狙いだ。
こうした中で、トルコ軍の武装ヘリが2月10日、アフリン地域でクルド人の地対空ミサイルで撃墜される事件が発生。
同じ日、シリア中部から発進したイランの無人機がイスラエルの領空を侵犯して撃墜され、イスラエル軍がこの領空侵犯に対してシリア領内のシリア、イランの軍事拠点を空爆した。
しかし、事態はこれで終わらなかった。空爆に参加していたイスラエル軍機のうちF16戦闘機1機がシリア軍の地対空ミサイルにより撃墜されたからだ。
イスラエルはこれまで、シリア領内でシリア軍やイラン配下の武装組織ヒズボラなどを再三空爆してきたが、攻撃を公式に認めることは決してなかった。しかし今回は空爆を初めて認めた。シリアの紛争をめぐる影の主役が表舞台に名乗りを上げたと言えるだろう。
崩れた“無敵神話”
(中略)確かにイスラエルは今回の無人機撃墜で「レッドライン(超えてはならない一線)」(ベイルート筋)を明確に示したことになるが、事はそう簡単ではない。
イスラエル軍機が撃墜されたのは1982年のレバノン戦争以来のことで、ロシア軍がシリアに介入するまではこの地域の絶対的な制空権を握り、無敵を誇っていたからだ。
だが、最新の機器を搭載したF16がシリア軍の旧式の地対空ミサイルの餌食になってしまった。イスラエル空軍が原因調査を行っているが、シリア軍がこの成果に勇気付けられて今後、イスラエル軍機の撃墜にさらに懸命になるだろう。
シリアにはイラン革命防衛隊のエリート部隊コッズや、ヒズボラ、イラク・アフガニスタンからのシーア派民兵軍団が駐留しており、こうした武装勢力がイスラエルと直接やり合う懸念も出てきた。
2つの顔にジレンマ
米国のトランプ大統領は当初、シリアの紛争には巻き込まれず、IS壊滅に集中的に取り組む考えを表明していたが、ISが壊滅状態になったこともあり、マティス国防長官らの進言を受け入れて政策を変更。敵性国であるイランの勢力拡大阻止のために、シリア東部に米部隊を長期駐留させ、シリアをめぐる覇権争い「グレートゲーム」に関与していく方針に変わった。
グレートゲームの大きなポイントは最大の存在感を持つようになったロシアの思惑と動向だ。
ロシアは2015年秋の軍事介入によって反体制派をつぶし、アサド政権を圧倒的な優位に導いた。今や、ロシア抜きではシリア紛争の政治解決は考えられないし、プーチン大統領がロシアによる平和“パックス・ロシアーナ”を確立し、グレートゲームの勝利者になろうとしているのは間違いないだろう。
このためプーチン氏は①アサド政権の維持②ロシア海軍、空軍基地の保持③大統領選挙直前の国内世論へのアピール④中東での影響力拡大、などの軍事介入による成果を手放さないため、反体制派を除く各当事者との関係を悪化させないよう必死になっている。
今月7、8日の両日、ユーフラテス川沿いのデイルゾールで、米支援のSDFと親シリア政府民兵軍団が衝突、米軍の空爆で民兵軍団の約100人が死亡し、この中に「多くのロシア人傭兵が含まれていた」(米紙)。しかし、ロシアはそれにもかかわらず、米国を非難することは避けた。
また、トルコ軍が1月に北西部のアフリン地域に侵攻した時には、これを黙認。イスラエル軍機が2月10日、シリア、イランの軍事拠点を空爆した際も、最新鋭の防空システムを作動させず、空爆を容認した。トルコもイスラエルも軍事行動の前にはロシアから了承を得ていたということだろう。
しかし、ロシアは一方で、イランがイスラエル領空に無人機を飛ばした時にはイスラエルに通告していない。イランの行動を容認した上でのことだと見られている。トルコもイランもロシアが開催するシリア和平会議の有力メンバーだ。イスラエルのネタニヤフ首相が再三訪ロしているように、イスラエル・ロシア関係は良好だ。
だが、宿敵同士のイスラエルとイランの対立が激化した場合、ロシアが2つの顔を使い分けて両国との良好な関係を維持できるのかどうか。「いずれどちらかに付かなければならない。ジレンマだ」(ベイルート筋)という中、“パックス・ロシアーナ”の行方に赤信号が灯り始めている。【2月15日 WEDGE】
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【トルコ対クルドはトルコ対アメリカになるのか? トルコとアメリカのチキンレース】
上記の三つの対立軸について詳しく述べているときりがないのですが・・・・一つ目のクルド・アメリカ対トルコについてだけ、少し補足を。
アメリカがどこまでクルド人勢力を支援するのか個人的には疑問に思っていたのですが、クルド人勢力支援というより、イランに対抗してIS掃討で獲得した地域への影響力を確保するため、トルコの強硬な姿勢にもかかわらずマンビジュからはひかない構えのようです。
****シリア侵攻で緊張高まる米・トルコ関係****
(中略)エルドアンは、電話会談後も攻撃の手を緩めることなく、アフリンの次はシリア北部、アフリン東方のマンビジュに対する攻撃も明言した。
マンビジュは、クルド人主体のシリア民主軍と米国の軍事顧問の拠点である。これが実行されるようなことがあれば、ともにNATO加盟国である米国とトルコとの武力衝突が現実のものとなりかねない。
一方、米国は、ティラーソン国務長官が1月17日にスタンフォード大学・フーバー研究所で行った講演の中で、シリアへの軍事的、外交的プレゼンスを継続すると明言した。
その目的について、ISISの打倒をより確実にすること、国連主導でアサド後の統一シリアを実現すること、シリアにおけるイランの影響力を低下させ所謂「シーア派の回廊」を阻止すること、などを挙げている。
シリアではクルド人がISIS打倒に役立ってきた。今後のシリア政策においても、特に対イランの観点から有用と思われ、米国がシリアのクルド人を俄かに見捨てるとは考え難い。シリア民主軍がロシアへの接近を試みているとの指摘もあるが、クルド人をめぐる米国とトルコとの対立の火種は残り続けるとみられる。(後略)【2月15日 WEDGE】
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****混迷深まるシリア内戦、予期せぬ暴発に刻一刻****
錯綜する各勢力が破滅的な判断ミスを犯すリスクが高まっている
(中略)最も明白な火種は米国とトルコの関係だ。トルコの指導者たちは、米国がシリアのクルド人民兵組織「人民防衛部隊(YPG)」を後押ししていることに怒りを募らせている。
YPGは、トルコと米国がテロ組織とみなしているトルコの反政府武装組織「クルド労働者党(PKK)」に近い。PKKは1990年代以降、トルコでテロ活動を展開している(ただ米当局者はYPGとPKKを区別している)。
トルコで高まる反米感情
トルコ当局者が敵意を強めた声明で明らかにしているように、彼らは米国がYPGに資金供与や支援を行っていることにもはや我慢ならなくなってきている。
トルコの差し当たっての標的は、シリア北部マンビジュに駐留してYPGに助言している米軍部隊だ。米軍部隊は、トルコ軍や同国の代理人たるシリア人民兵からマンビジュを守っている。
米軍の高官らがマンビジュを訪れてトルコに攻撃を仕掛けないよう警告したが、これに対しトルコのレジェップ・タイイップ・エルドアン大統領は今週、議会での演説で激しく反発。マンビジュを占拠すると表明すると、「我々が攻撃すれば猛反撃すると言っている者は、オスマン帝国の平手打ちに見舞われたことがないのは明らかだ」と大声で叫んだ。
YPGと行動を共にする米軍をトルコ軍が攻撃することは、考えられないことに映るかもしれない。だが、シリア北西部アフリンでのYPGとの戦闘で命を落とす兵士が増えるなか、トルコにおける反米感情は強まっており、まともな計算がもはや重要でなくなっている可能性がある。
ワシントンにある中東研究所トルコセンターのゴナル・トル氏は、「エルドアン氏はマンビジュへの侵攻に何度も言及することで自らを窮地に追い込んでおり、後戻りは非常に難しくなっている」と指摘。その上で、「米国が彼に何かしら提供できなければ、マンビジュ侵攻はあり得る」と述べた。【2月16日 WSJ】
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当然ながら、トルコもアメリカも、このまま衝突・・・といった愚行は避けたいところで、一応の関係調整は行われています。しかし、上記記事にもあるように、状況によっては“まともな計算がもはや重要でなくる”事態もまだあり得ます。
****<米国務長官>トルコ大統領と会談 関係正常化で合意****
中東歴訪中のティラーソン米国務長官は15日、シリアのクルド人組織への対応をめぐり米国との対立を深めるトルコを訪問してエルドアン大統領と会談、16日にはチャブシオール外相とも協議した。
両外相は会談後、関係正常化での合意を発表。懸案を協議する作業部会を3月にも開催するという。ティラーソン氏は「我々は少なからぬ危機にある」と述べ、対立が残ることを明示した。
ティラーソン氏は米国とトルコの「深く重要な関係」を強調し「協力して前進する」とも発言した。マティス米国防長官もブリュッセルでトルコのジャニクリ国防相と接触しており、米側はトップ外交で中東の主要同盟国との緊張緩和に躍起だ。(中略)
ティラーソン氏は記者会見でトルコが国境を防衛する「正当な権利」に理解を示しつつアフリン攻撃で自制を求め、マンビジュをめぐる緊張緩和に「優先的」に対処すると述べた。
チャブシオール外相はマンビジュからYPGが撤退することが優先事項で、実現しなければ状況は「悪化する」と警告した。
トルコでは対米世論が硬化。直近の調査では、米国を安全保障を脅かす「敵対国」と見る割合は64%で、ロシアは「同盟国」の3位だ。
米主導の北大西洋条約機構(NATO)加盟国で米核兵器配備も受け入れ、米国の対露戦略の中東における要石トルコの親露姿勢加速は、トランプ政権も座視できない状況だ。【2月16日 毎日】
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【クルドと政府軍が共闘? ロシア・アメリカは認めるのか?】
事態をさらに複雑化させる動きが今日報じられています。トルコと戦っているクルド人勢力がアサド政権と共闘して、戦闘地域アフリンに政府軍を迎え入れる・・・とのこと。
****クルド勢力、アサド政権と共闘か トルコ軍と衝突の恐れ****
内戦が続くシリアで、少数民族クルド人の勢力は、トルコ国境に近いシリア北西部の支配地域アフリンにアサド政権軍を迎え入れることを決めたと、ロイター通信が18日、報じた。
同地域は1月20日以降、トルコ軍の侵攻を受けており、クルド人勢力は対トルコでアサド政権と共闘する狙いとみられる。
同通信の取材を受けたクルド人勢力の高官が、アサド政権軍の部隊が数日以内にアフリンに入ることを明らかにしたという。
また、シリア反体制派NGO「シリア人権監視団」も18日、クルド人勢力と政権の間で同様の合意が成立したと発表した。
アサド政権側はまだ発表していないが、トルコ軍のアフリン侵攻を「主権侵害」と繰り返し非難していた。
報道や監視団の発表が事実であれば、今後、シリア北部でトルコ軍はアサド政権軍とも衝突する恐れがあり、シリア内戦が混迷を深めるのは必至だ。
ただ、クルド人勢力とアサド政権は、石油が産出されるシリア東部ではその支配をめぐって緊張関係にある。7日には政権軍部隊と、クルド人勢力と同勢力を支援する米軍が衝突。アフリンで共闘が実現するかは不透明な部分もある。(後略)【2月19日 朝日】
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クルド人勢力としては、クルド憎しに凝り固まったトルコより、一定に取引も可能な政府軍の方がまだまし・・・ということでしょうか。アサド政権としてはクルドが支配していた地域へ影響力を回復できます。
クルド人勢力と政府軍の共闘については、上記記事にもあるように、両者がシリア東部をめぐって争っているという関係があります。
アメリカの報復空爆でロシア人傭兵に死者(犠牲者については報道によって4人、あるいは5人~100人と大きな差があり、よくわかりません。100人というは大きすぎるように思いますが・・・)が出た件も、クルド人勢力が支配するユーフラテス川東岸のデリゾール近郊にある重要なガスプラントを政府軍が制圧しようとしたことが発端でした。
更に、政府軍を支援する一方でトルコとも関係を持つロシアが、政府軍とクルドの共闘を認めるのか・・・という問題もあります。アメリカもアサド政権を認めていません。それぞれの“後ろ盾”は了承しているのでしょうか?
“シリア北部では、国内外の多くの勢力が非常に複雑な同盟関係を形作っている。ロイター通信によると、クルド人政治家は、ロシアが対トルコ外交を困難にするとの理由で、YPGとシリア政権との合意に反対する可能性があると語ったという。”【2月19日 BBC】
アメリカが支援するクルド人勢力とトルコが戦闘、また、クルド人勢力と政府軍も東部では衝突、そのなかでアフリンではクルド人勢力と政府軍が共闘・・・・というのは複雑怪奇です。ロシアはどうするのか? アサド政権を認めないアメリカは?
共闘が実現するのかはわかりませんが、混戦・乱戦のシリアを象徴するような動きです。