(米ワシントンで1日、ホワイトハウス近くの教会を訪れて、聖書を手に持つトランプ米大統領【6月2日 朝日】 この撮影のために、警察がホワイトハウス近くの平和的抗議行動を催涙ガスを使って強制排除)
【「法と秩序の大統領」 軍の投入も】
前日に続き、白人警官に首を圧迫されて黒人男性が死亡した事件によって惹起されたアメリカの混乱とトランプ大統領の対応について。
トランプ大統領は「法と秩序の大統領」として、暴動・略奪などの混乱に対し軍の投入も辞さない姿勢を見せています。
「強いリーダー」をアピールしたいということもあるでしょうが、自分の意に沿わない事態を我慢できない、そういう動きは力でねじ伏せようとする「性格」的な面もあるように思われます。
****トランプ米大統領、騒乱鎮静に軍の投入も辞さないと 「法と秩序の大統領」自認****
白人警官に首を圧迫されて黒人男性が死亡した事件を受けて、アメリカ各地で抗議や騒乱が続くなか、ドナルド・トランプ米大統領は1日夜、ホワイトハウスで演説し、事態の鎮静に陸軍の投入も辞さない姿勢を示した。野党・民主党の知事などからは強い反発が出ている。
トランプ氏は1807年制定の「Insurrection Act(反乱法)」を発動し、陸軍の投入を含め、連邦政府の持つあらゆる手段を使って、暴動や略奪、攻撃や建物の打ちこわしなどを取り締まると述べた。
連邦政府と州政府の権限が分かれているアメリカでは、国内の緊急事態には各州知事の命令で州兵が配備されるのが通常。国内の治安維持に陸軍が投入されるのは、きわめて異例。
トランプ氏は「もし市や州が住民の生命と財産を守るため必要な行動を拒否するなら、私が合衆国軍を投入して、代わりに問題を速やかに解決してあげる」と主張。
「自分は法と秩序の大統領で、あらゆる平和的抗議に連帯する」と強調し、「法に従うアメリカ人の権利」を守り、「この国に広がった暴動と無法状態をただちに終わらせる」と述べた。
「こうして話している今も、重装備の兵士や軍関係者、法執行官たちを何十万人も(首都ワシントンに)投入し、暴動と略奪と破壊と暴行と無差別な財産の破壊を止めさせる」と、トランプ氏は表明した。
トランプ氏は、ジョージ・フロイドさんが白人警官に圧迫されて死亡した事件について「すべてのアメリカ人がおぞましく思っている」ものの、フロイドさんを追悼する思いが「怒る暴徒」にかき消されてはならないと強調。
「この数日、我々の国はプロの無政府主義者、暴力的な群衆、放火犯、窃盗犯、犯罪者、暴徒、アンティファその他に、がんじがらめになっている」、「しかし一部の州や地元政府は、住民を守るために必要な対応をとってこなかった」と批判した。
「反ファシズム」を掲げる左派活動家たちの連携運動、アンティファを「テロ組織」に指定する方針のトランプ氏は、演説でアンティファの行動を「テロ」と呼び、テロ主導者は厳しい刑事罰と長期刑で処罰されることになると強調した。
この演説に先立ち、トランプ氏は各州知事との電話会議で、州政府の対策が「弱腰」のため、アメリカが世界の笑い者になっていると批判。抗議者を「圧倒する」強硬な取り締まりを求めていた。これには民主党だけでなく与党・共和党の知事からも反発が出ている。【6月2日 BBC】
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抗議行動の99%は平和的に行われるものの、なかに一部暴徒化する者も出てくる事態にあって、一国のリーダーとしてまずとるべきことは、何が彼らを怒らせているかについて耳を傾け、改善をめざそうとする姿勢でしょう。
それによって、暴徒化するような1%を孤立させ、その行動を抑制することも可能になります。
しかし、トランプ大統領にはそうした「共感」の姿勢は皆無で、ただ暴徒を力で抑え込むことしか念頭にないように思われます。
各州知事との電話会議では州知事を「弱腰だ」と非難し、これは戦争のようなもので速やかに制圧する必要がある、そうでないと相手にあなどられ、つけこまれる云々といったことも主張しているようです。
“「制圧しなければ、時間を無駄にするだけだ。(暴徒らに)付け込まれ、あなた方が間抜けに見えることになる」と叱咤(しった)。「人々を逮捕し、裁判にかけ、刑務所に長期間収容しなければならない」”【6月2日 時事】
深刻な分断を和らげようとする発想はないようです。
かつて、中国・天安門事件では趙紫陽総書記は民主化を求めて広場に集まった若者たちの中に入り、涙ながらにその行動への共感をしめしました。
しかし、その姿勢は鄧小平らには入れられず趙紫陽は失脚、中国共産党が選択した方策は、抗議者を「暴徒」として戦車で踏みつぶすことでした。
その後の中国共産党のたどる道を決める分岐点でした。
今、トランプ大統領は趙紫陽ではなく、鄧小平の側にいるように思われます。
【ホワイトハウス前のデモ隊をガス弾等で強制排除し、教会に向かう姿をアピール】
そして、あろうことか、平和的な抗議行動をとっている者をガス弾や閃光弾を撃ち込んで蹴散らし、自身が教会へ向かうというデモンストレーションを行ったとのこと。
****トランプ氏の通過前に催涙ガス****
トランプ氏の演説が始まる約20分前には、ホワイトハウス前のラフィエット公園広場で警察暴力に抗議していた人たちに対し、機動隊が催涙ガスや閃光(せんこう)弾などを使い、強制退去させた。
トランプ氏は演説の最後を、「ではとても、とても特別な場所にうかがって敬意を表する」と締めくくった。この後、随員たちとラフィエット公園を徒歩で通過し、ホワイトハウス近くのセントジョン米聖公会教会へ向かった。教会前では他の政権幹部と並び、聖書を手に記念撮影した。
同教会は1816年以来、歴代の大統領が訪れる「大統領の教会」と呼ばれる。5月31日夜に火がつけられたものの、地下の火事はすぐに鎮火され、被害も少なかった。
ワシントンのミュリエル・バウザー市長は、市内の夜間外出禁止令が始まる午後7時より「25分も早い時点」で連邦警察が平和的な抗議者たちに、催涙ガスなどを使って排除したことに、強く抗議。連邦警察のそうした行動によって「DC(コロンビア特別区)警察の仕事が、いっそう難しくなった」と批判した。
米聖公会ワシントン教区のマリアン・ブッド主教は、トランプ氏が教会を「小道具」に使ったと批判している。
主教は米紙ワシントン・ポストに対して「激怒している」と述べ、「私たちの教会を小道具として使うため、(抗議集会を)催涙ガスで排除するなど、儀礼的な事前連絡さえなかった」と話した。
「しかも聖書を手にして。神とは愛だと聖書には書いてあるが、(トランプ氏の)言うことなすことすべて暴力を駆り立てるものだ」。「トランプ大統領に、聖ジョン(ヨハネ)を代弁してほしくない」と、主教は述べた。
イリノイ州のJ.B.プリツカー州知事(民主党)はCNNに対して、ホワイトハウス外の抗議者たちが強制排除されたことについて、「アメリカではこんな真似はしない。この国の警官たちは、市民を守るために街なかにいる。少なくともここシカゴでは、平和的抗議集会を摘発などしない」と述べた。
さらに、演説に先立ちトランプ氏と知事たちが電話会議をした際には、トランプ氏が「狂ったこと」を話していたとして、「国内のすべての都市の道路を支配すると言っていた」と批判。プリツカー氏はトランプ氏を、「人種差別主義者だ」と非難した。
今年秋の大統領選でトランプ氏と争う見通しのジョー・バイデン前副大統領は、「彼はアメリカの人たちに対してアメリカの軍隊を使おうとしている。平和的な抗議者に催涙ガスとゴム弾を使った。写真撮影のために」とツイートした。
民主党幹部のチャック・シューマー上院院内総務は、「この大統領はどこまで下劣になれるのか」、「その行動から本性があらわになっている」と非難した。【6月2日 BBC】
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トランプ大統領がなぜ徒歩で教会に向かうというデモンストレーションに拘ったのか、なぜそれを報道陣に見せたかったのか・・・
“CNNは、情報筋の話として、最近、大統領が地下室に避難していたとの報道が流れたため、堂々と外を歩く映像を撮らせたかったと伝えています。”【6月2日 日テレNEWS24】
****NY州クオモ知事が大統領を非難 軍の派遣警告「恥ずべきこと」****
米東部ニューヨーク州のクオモ知事は1日、白人警官による黒人男性暴行死事件を巡り、トランプ大統領がデモ隊鎮圧のため各州に軍の派遣を警告したことについて「恥ずべきことだ」とツイッターで非難した。
クオモ氏は、トランプ氏がホワイトハウス近くの教会で記念撮影をするために、催涙ガス弾でデモ隊を排除させたことにも言及。
「トランプ大統領は米市民に向けて米軍を招集している。教会前で写真撮影をするため、軍を使って平和的な抗議デモを追い払った。大統領のためのリアリティー番組のようだ」と痛烈に批判した。【6月2日 共同】
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*****トランプ氏は「米軍を米国人に向けた」、バイデン氏が非難****
米大統領選の民主党候補指名を確実にしたジョー・バイデン前副大統領は1日、黒人男性死亡事件に抗議するデモ隊の鎮圧を軍に指示すると明言したドナルド・トランプ大統領について、「米軍を米国人に向けて使った」と非難した。
バイデン氏はツイッターで、トランプ氏が暴動の被害を受けたホワイトハウス近くの教会で写真を撮るために、ホワイトハウス前のデモ隊を一掃しようと警察官や憲兵を用いるとの決定を下したとの投稿をリツイートした。
その上で、「トランプ氏は平和的な抗議デモの参加者たちに催涙ガスを浴びせ、ゴム弾を撃った」「われらが子どもたちのため、わが国の魂そのもののため、われわれはトランプ氏を打倒しなければならない」と訴えた。 【6月2日 AFP】
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****オバマ氏、政治参加による「変革」呼び掛け 黒人男性死亡の抗議デモ受け****
米ミネソタ州で黒人男性が死亡した事件への抗議デモが激化し、暴動が各地に拡大するなか、オバマ前大統領は1日、ブログサイトに論説を投稿し、市民らの政治参加による問題解決を呼び掛けた。
オバマ氏は先週、事件について「2020年の米国でこれが普通のことであってはならない」とコメントしていた。
新たな論説では「暴力を容認したり正当化したり、自ら加担したりするのはやめよう。刑事司法制度や米国の社会全体がもっと高い倫理性に基づいて動くことを望むなら、私たち自身でそれを形にしなければ」と訴えた。
トランプ大統領の名前を出してはいないが、人種問題に取り組もうとする人が大統領や連邦議会議員、司法当局者らになるよう、市民の力で戦うべきだと主張。「真の変革を起こしたいなら、抗議活動か政治かを選ぶのでなく、両方やる必要がある。結集して関心を高めたうえで、変革に取り組む候補者が選ばれるよう、まとまって票を投じなければならない」と結論付けた。(後略)【6月2日 CNN】
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トランプ大統領が使用している「法と秩序」という言葉は、やはりデモが全米に広がった1968年の大統領選で勝利したニクソン元大統領が用いたフレーズで、黒人を規制する隠語だとの指摘も。
****トランプ氏の「法と秩序」は隠語? 平和的デモへ催涙弾****
黒人男性の死亡をきっかけとした抗議デモが全米に広がるなか、トランプ大統領が鎮圧のために米軍を派遣する意向を表明した。11月の大統領選に向け、「秩序の回復者」を演じる狙いが指摘されるが、反発も起きている。
「我々は国内に広がっている暴動と無法状態を、直ちに終わらせる」
トランプ氏は1日、演説でこう述べ、警察や州兵による強硬な取り締まりを求めた。この日、州知事らとの電話会談も行い、「我々は逮捕を望んでいる。あなたたちはもっと強硬にならなければいけない」と要求。「(街頭を)制圧しなければ時間の無駄だ。人々を逮捕して長期間刑務所に入れる必要がある」と迫った。電話会談には、エスパー国防長官も参加し、州兵の活用を促した。
トランプ氏が繰り返しているのは、「法と秩序」という言葉だ。やはりデモが全米に広がった1968年の大統領選で勝利したニクソン元大統領が用いたフレーズで、米政治史に詳しいオマール・ワーソウ米プリンストン大助教授は「黒人を規制する隠語だ。トランプ氏はニクソンの成功例を当てはめようとしている」と指摘する。
しかし、米国の分断をあおるトランプ氏の作戦が成功するかは見通せない。現職大統領として、統治能力も問われる。
1日の演説直前まで、ホワイトハウス前では大勢の人々が集まり、「私を撃たないで!」など声を上げながら平和的に抗議をしていた。現場で取材していた記者は、警察が催涙弾を撃ち込み、白い煙が上がるのを見た。直後には参加者たちが現場から走って逃げた。
演説を終えたトランプ氏は側近を引き連れ、デモ隊が退散させられた現場を通り過ぎ、前夜に一部が焼けた教会に到着。そこで、聖書を片手に持つポーズを取って記念撮影に応じた。
これには、一斉に批判が出ている。事前の相談がなかった教会側の司祭は米メディアに「大統領はこの国の苦悩を理解していない」と憤った。(後略)【6月2日 朝日】
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【香港・イランと同じ鎮圧行動の「ダブルスタンダード」】
抗議行動を一部が暴徒化した側面で「暴動」と規定して、抗議行動全体を力で鎮圧する・・・というのは、これまでアメリカが批判してきた香港やイランの当局者と同じ手法です。
当然のごとく香港・イランからは、トランプ大統領を揶揄する言葉が。
****香港行政長官、米国を「ダブルスタンダード」と批判 抗議行動への対応めぐり****
香港の林鄭月娥(キャリー・ラム)行政長官は2日、暴力的な抗議行動への対応において米国が「ダブルスタンダード(二重基準)」を用いていると批判した。
林鄭氏は記者会見で、抗議活動に対する香港政府と米政府の対応を念頭に「ここ数週間でダブルスタンダードの広がりを最もはっきりと目の当たりにしている」「米国で暴動があり、地元政府がどのように対応しているか注視している。香港で同様の暴動があった時、私たちは米当局がどのような立場を取ったのか見てきている」と述べた。 【6月2日 AFP】AFPBB News
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****中国とイラン、米国の人種差別と警察の暴力をすかさず非難****
米ミネソタ州ミネアポリスで警察官が非武装の黒人男性を過剰な力の行使によって死亡させた問題をきっかけに全米で抗議活動が激化する中、これまで人権問題に関して米政府から批判を受ける側にいた国々が形勢を逆転し、喜々として米国に矛先を向けている。
米国の人種差別の事例を非難したのは中国だ。米国はこの数日前、香港への「国家安全法」を導入する方針を決定した中国に対して対抗措置を講じる構えを見せたばかりだった。イランも非難の輪に加わった。イラン当局は、昨年11月に反政府デモを鎮圧したことを理由に米国から制裁措置を受けていた。(中略)
「米国の人種的なマイノリティー(少数派)に対する人種差別は、同国の社会の慢性病だ」と、中国外務省の趙立堅報道官は主張。「現在の状況は、同国における人種差別と警察による暴力という問題の深刻さを改めて浮き彫りにしている」と北京で記者団に語った。
さらに、イランのアッバス・ムサビ外務省報道官はテヘランで、ドナルド・トランプ政権がイランの反体制派への支持を表明して繰り返し呼び掛けたメッセージをまね、英語で次のように述べた。
「米国民に告ぐ。抑圧された状況に対するあなた方の怒りの声を世界が聞いている。世界はあなた方と共にある」「米当局と警察に告ぐ。国民に対する暴力をやめ、国民が息ができるようにせよ」(中略)【6月2日 AFP】
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香港の林鄭月娥行政長官の「ダブルスタンダード(二重基準)」批判は当然でしょう。
トランプ大統領の軍を投入しての抗議行動鎮圧が正当化されのなら、香港当局の行っている鎮圧行動も是とされるべきでしょう。
先日イラン内相が225人が死亡したと発表した、燃料価格の値上げに端を発した昨年11月の抗議デモに対するイラン当局の武力鎮圧もまた正当化されるでしょう。
【銃社会アメリカで対立の行きつく先は】
アメリカは言うまでもなく銃社会です。対立が先鋭化・暴力化すれば、対立の場に銃が持ち込まれることも容易に想像できます。
****米デモ隊対応の警官が銃で撃たれる、セントルイスとラスベガス****
白人警官の暴行による黒人死亡事件に対する抗議デモが各地で激化する米国で1日夜、デモ隊に対応していた警官が銃で撃たれる事態がセントルイスとラスベガスで発生した。
セントルイスでは警官4人が撃たれた。病院に搬送されたが、命に別状はないという。
AP通信は、ラスベガス警察の話として、警官1人が撃たれ、もう1人の警官も「銃撃に巻き込まれた」と伝えた。銃撃の詳細や、警官の容体は不明。
ラスベガス警察はロイターの取材に対し、コメントを差し控えた。
ロサンゼルスではデモ隊が小規模なショッピングセンターに放火。ニューヨーク市では店舗で略奪が起きている。【6月2日 ロイター】
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アメリカは、トランプ大統領は、この分岐点で踏みとどまることができるのか?