(パレスチナ人が住む東エルサレムで協力しているユダヤ人とパレスチナ人【5月31日 AERAdot.】)
【コロナで生まれたイスラエル・パレスチナ協力の新しい精神】
新型コロナの感染拡大は、各国が国境を閉ざし、人・物資の往来が途絶え、これまでのグローバリゼーションへの反省・疑問が生まれるという流れを生んでいます。
このような流れは今後も残り、ポスト・コロナの世界はこれまでとは異なる世界になるだろうとの予測もあります。
しかし、一方で、こうした容易に国境を超える脅威に対し有効に対応するためには、世界は協力・結束して対処しなければならず、一国だけでは解決できないことを教えているとも言えます。
壁に隔てられたイスラエルとパレスチナ・・・政治的には世界中でも最も対立が厳しい地域のひとつですが、その一方で経済的関係、人の往来は非常に緊密な地域でもあります。
その緊密性がゆえに、単独でのコロナ対策はありえず、両者は協力し合わねばならないということで、政治的な対立を超えて協調的なコロナ対策がとられているとの報道がありました。
****コロナ禍が生んだ、イスラエルとパレスチナのコラボ*****
感染性の病気は、自然界の鳥や昆虫と同様、国境も民族の壁も区別しません。コロナウイルスの蔓延は、まさにイスラエルとパレスチナ間においてその事例となりました。
高い壁がイスラエルとパレスチナ自治区の間を切り離しているにもかかわらず、イスラエル人とパレスチナ人のコミュニティーは隣接しています。
またイスラエルとパレスチナの経済は複雑に絡み合い、常に労働者や商人の行き来が合法・非合法でおこなわれています。
またパレスチナ自治区は港湾施設を独自に使用できないため、商品の輸出入は全てイスラエルの施設を通さなくてはなりません。多くのパレスチナの村の近くにはイスラエルの入植地があります。いくつかのパレスチナの病院はイスラエルの病院からサービスを受けています。
したがって、コロナウイルスが一方のコミュニティーだけでなく他のコミュニティーにも蔓延するという共通の恐れがあったことは、驚くことでありません。
イスラエルとパレスチナは政治と歴史に対して大きな意見の相違があり、イスラエルがパレスチナ領域の広い部分を占有しているという事実にもかかわらず、二つの民族は、政治的な論争をクールダウンさせて、コロナと戦うために一緒に働く必要があると理解しました。
あるイスラエルの解説者は次のように語っていました。「コロナ禍の長所は、それがイスラエル・パレスチナ紛争に関連がなく、政治問題を含まずに共に直面する問題と戦うことができるという事実です」
過去3カ月に幾つかの注目すべき協力がありました。それは互いの憎悪を超えるものでした。3月にイスラエルとパレスチナ相互の医療チームが、共同セミナーを行いました。そこでは感染者をどのように隔離するかや、病院で働いている医療スタッフを保護する方法などの情報交換がされました。
イスラエルとパレスチナの活動家は、ユダヤ人とアラブ人の混合都市(例えばエルサレム、ヤッファ、アッコやハイファ)で、コロナウイルスの危険性を住民に浸透させるために一緒に働きました。
パレスチナの都市でのコロナの広がりが同時にイスラエルの都市にも広がるという認識をしたイスラエル当局は、何万もの医療マスクや消毒剤、医療検査キットをパレスチナの病院に提供しました。
また通常は互いにコミュニケーションのないイスラエルとパレスチナの蔵相が、双方のコロナによる経済的影響を抑制する方法について協議するために、数回の情報交換を3月と4月に行いました。
私が住んでいるエルサレム市では、そうした協力はとても多くみられました。エルサレムはパレスチナ人側の東とユダヤ人側の西に分断されていますが、双方のNGOが協力して貧しいパレスチナ家族に食料などの救援物資を配りました。
イスラエル当局は、隔離する必要があるパレスチナ人のためにホテルでの宿泊を準備するのを手伝いました。右派でもあるエルサレムのモシェ・レオン市長は、自主的にこれらの協力作業の一部を差配しました。
一方、協力が必要なこと以上に憎しみが増すケースもありました。4月、イスラエル警察は、東エルサレムのクリニックを営業停止にし、医療品の押収を行いました。この医院がパレスチナ当局と関係があるとみたからです(東エルサレムの医療はイスラエル当局の管理下)。
5月には、コロナの広がりを抑制するためにUAEから送られた14トンの緊急医薬の援助品を、パレスチナ自治政府が、普段はないテルアビブへの直行便で送られたという理由で受け取りを拒否しました。
援助品には、パレスチナの病院で絶対に必要な10台の人工呼吸機も含まれていました。パレスチナ自治政府の懸念は、この援助品を受け入れることがイスラエルとアラブ世界の関係正常化を認めることを意味すると考えたのです。
イスラエル・パレスチナ間の協力を称賛する人々がいる一方で、反対の声もあります。パレスチナ自治政府のムハンマド・シュタイエ首相は、「イスラエルはパレスチナの都市にコロナウイルスを計画的に蔓延させ、感染した医薬品を病院に配っている」と言って非難しました。
一方、イスラエル側の反対の声は、コロナウイルスの感染を抑制する措置を十分にとっていないパレスチナ人がイスラエル側に働きに来ることを妨がないとして、パレスチナ政府を批判するものです。
今回の議論は、イスラエルとパレスチナが、コロナウイルスによって双方にある憎悪の気持ちに打ち勝ち、共に働くことができるのか?ということです。この3カ月、イスラエル人とパレスチナ人は、なんとかお互いの違いを脇に置き、双方を敵とみなすのを止めることができました。
イスラエルとパレスチナの当局者たちは、事態を収集させるために密接に一緒に働いていました。またすばらしい協力関係が医療専門家、当局関係者、NGOの間で結ばれました。
他方、政治家に関しては、誰が正しいかといった「物語の上の闘い」が、今でも幅を利かせています。
私の望みは、コロナ後もこのイスラエル・パレスチナ協力の新しい精神が続いてほしいということです。【5月31日 AERAdot.】
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【ヨルダン川西岸の一部併合への動きを強めるネタニヤフ首相 ガンツ氏は?】
コロナが蔓延するなかで、数少ない希望を感じさせる記事ではありますが、現実政治はなかなか希望を叶える方向には進まないものです。
****イスラエル首相、ヨルダン川西岸の一部併合へ決意改めて強調*****
イスラエルのネタニヤフ首相は25日、ヨルダン川西岸の一部を併合する「歴史的機会」を逃すことはしないと表明、今月発足した新連立政権の最優先課題の1つだとの見方を示した。
パレスチナ自治政府は占領地の違法な併合だとして反発しており、抗議の意を示すため、先週にイスラエルと米国との安全保障協力の停止を宣言した。
ネタニヤフ首相はヨルダン川西岸のユダヤ人入植地とヨルダン渓谷を主権下に置く方針について、7月以降に内閣で議論を進める考えを示しており、欧州連合(EU)は警戒感を強めている。
ポンペオ米国務長官はこれまで、この問題は複雑で、米国と調整する必要があるとの認識を示している。イスラエルの新政権でネタニヤフ氏の新たなパートナーとなった中道派のガンツ元軍参謀総長は態度を曖昧にしている。
ネタニヤフ氏は自身が率いる右派「リクード」の議員の会合で、ヨルダン川西岸の一部を「外交手段として賢明な形で主権下に置く歴史的機会」があると述べ、「われわれはこれを逃すことはしない」とした。
ネタニヤフ氏はこれまで、トランプ米大統領が1月に発表した中東和平案が事実上の併合に根拠を与えているとの見方を示している。
パレスチナ自治政府は平案を拒否している。和平案はヨルダン川西岸のユダヤ人入植地でのイスラエルの主権を認める内容となっている。【5月26日 ロイター】
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こうしたネタニヤフ首相の姿勢に欧州・ドイツは懸念を強めています。
“ドイツのハイコ・マースは10日、中東エルサレムを訪問し、イスラエルが占領下のパレスチナ自治区ヨルダン川西岸の一部併合を計画している問題について、深刻な懸念を表明した。”【6月11日 AFP】
イスラエル・ネタニヤフ首相としては、イスラエルに有利な和平案を掲げているトランプ大統領が退く前に、ことを進めていきたいという思惑もあるのではないでしょうか。
“イスラエルのネタニヤフ政権は、トランプ米大統領が1月下旬に発表したイスラエル寄りの中東和平案に意を強くし、7月中にも西岸の一部併合に踏み切る姿勢を示している。”【6月12日 時事】
今後、どのようにイスラエルの対パレスチナ政策が進むのかについては、ネタニヤフ首相と連立を組むことを決断したガンツ氏の対応が大きな影響を与えると思われますが、“態度を曖昧にしている”とのこと。
連立参加で「青と白」が分裂したガンツ氏にどれだけの力があるのかも疑問です。
****難航するイスラエルの連立政権****
イスラエル政治は混迷に次ぐ混迷を続け、昨年4月、9月、本年3月の総選挙を経ても、連立政権ができないという状況にあった。コロナウイルスが拡大する中、3月下旬に、野党連合「青と白」の党首ガンツ元参謀総長は結局、ネタニヤフとのいわば共同政権を樹立する決断をした。
合意によれば、ネタニヤフは今後18か月間イスラエルの首相にとどまり、その後、ガンツがイスラエル首相になることになる。
合意に対しては賛否が分かれている。今回のガンツの決断を支持する人々もいるが、ガンツの決断に強く反対している人々もいる。
例えば、同じワシントン・ポスト紙でも、4月1日付けの社説‘Netanyahu’s chief rival agrees to join him in government. It’s a patriotic move.’はガンツの決定は愛国的で現実的であると評価したのに対し、イスラエルのジャーナリストゲルショム・ゴレンバーグは‘Benny Gantz just sold out Israel’s perilously ill democracy’(ベニー・ガンツはイスラエルの危機的に悪化した民主主義を売り渡した)との論説を同紙に寄せ、ガンツの決断を強く批判している。
社説は、ガンツが新政権で外相を務めるのではないかとして、トランプとネタニヤフが発表した「出来の悪い」中東和平案が修正されることに期待を示している。
ガンツの決断で「青と白」党はほぼ真二つに分裂した。その結果、今後できる連立政権の基盤は、ネタニヤフのリクードとその友党、「青と白」党のガンツ支持派からなることになるが、ガンツ支持派は政権基盤全体の3分の1にも満たないことになる。
ガンツが18か月後の首相交代の約束をネタニヤフに守らせられるのか、あるいは、上記WP社説が言うように、ネタニヤフの西岸入植地やヨルダン渓谷併合のような2国家解決をほぼ不可能にする危険な措置を止められるのか。
ガンツがそうしようとするのは確実であるが、イスラエルの閣議決定は全会一致ではなく、多数決で行われる。政権の基盤でガンツ派は「青と白」の分裂の結果、3分の1程度にとどまるので、どこまで主張を通せるのか、疑問がある。
ガンツがアラブ共同リスト(アラブ政党の連合体)を含む支持者を自らの連立政権の基盤とすることが良かったのではないかとも思われるが、それには「青と白」党内で強い反対があり、できなかったのであろう。ラビン元首相はアラブ系議員をも連立の基盤にしたが、ガンツにはそれは無理であったということであろう。
この新政権の合意はようやくできたものであり、イスラエルの政治が正常化することが望ましいが、そうなるとの見通しを持ちがたい事情もたくさんある。
ガンツは4月11日に連立交渉の難航を理由にリブリン大統領に対し4月13日の組閣期限を延長するよう要請した。しかし要請は拒否された。リブリン大統領は、ガンツの組閣期限が切れた場合は、国会に対して3週間以内に新たな首相候補を選ぶよう求めた。今後も政権内部で揉める状況が継続するように思われる。【4月24日 WEDGE】
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【ガザ地区の必死の水際作戦 現在はその“封鎖性”により奏功 しかし、いつまで?】
話をコロナ対策に戻すと、パレスチナでも封鎖状態のガザ地区は事情が全く異なります。
「天井のない監獄」「世界最大の監獄」とも呼ばれるガザ地区は、その密集した居住環境、貧弱な医療資源から、新型コロナの爆発的感染も懸念されていますが、現在のところ、そのもともとの“封鎖状態”がゆえに強力な水際作戦が有効に機能しているようです。
****市中感染、いまもゼロ ガザ、必死の水際作戦****
イスラエルによる封鎖政策が続くパレスチナのガザ地区。新型コロナウイルスの感染拡大を、必死の水際対策で食い止めている。市中感染はいまもゼロ。だが医療態勢は貧弱で、いったん感染が広まれば「大惨事になる」とも懸念されている。
■検問所閉鎖、強制隔離3週間
ガザ地区では行動制限も緩和され、日常が戻りつつある。砂ぼこりを上げて通りを車や馬車が行き来し、市場にもにぎわいが戻ってきた。
しかし、人口密度が高く貧困層が多いうえに、医療レベルは低い。「地区内で1人でも感染者が出れば大惨事になる」と関係者が口をそろえる状況に変わりはなく、外部との人の出入りは厳戒態勢が続いている。
ガザ地区で行政を担うイスラム組織ハマスの戦略は徹底的な水際作戦に尽きる。2カ所の検問所を閉じ、入ってくる人は全員に3週間の隔離を強制。他国のように感染者を治療しながら対処するのは難しい。「感染者ゼロ」の状況を維持し続けるしかないというわけだ。(中略)
5月末時点で、隔離施設に収容されていたのは1500人近く。当初は学校で代用していた隔離先だが、いまは大規模な専用の隔離施設も建設されるなど、収容力を増やしている。
感染者を一人たりとも地区内に入れない――。それが対策の大原則だ。隔離期間は一般的な2週間より長く、3週間。検査態勢が行き届かない場合は、4週間に延ばすルールとなっている。
■人口密集地、感染爆発に懸念
ガザ保健省によると、これまでに1万件以上の検査を実施し、確認された感染者は72人(6月17日現在)。死者は1人だ。感染者は地区外から戻った人や隔離施設で働く職員たちで、地区内にウイルスが持ちこまれる前に食い止めたとされる。市中感染はゼロが続いている。
地区内の医療態勢は、感染症に対応するベッドも職員も、圧倒的に不足している。人口約200万人が密集して暮らすが、「病院は感染者200人までしか対応できない」との指摘も。感染爆発が起きれば、ひとたまりもないのが現実だ。
パレスチナ人権センターのハムディ・シャクラ氏は「ガザ地区は『世界最大の監獄』と呼ばれ、もともとロックダウン(封鎖)に近い状況にあった。出入り口は2カ所で日常的に検問も厳しい。ある意味、水際対策は容易だった」と皮肉交じりに語る。
市民の生活は通常に戻りつつあるという。「人々は地区内は安全だと考え、外出も自由にし始めているが、感染者が出れば拡大は避けられない。イスラエルからの攻撃に常にさらされ、人々が新型コロナを特別の脅威だと捉えない面もある」
世界が国境を開きつつあるなか、ガザ保健省は「封鎖を解除する予定はない」。境界を接するイスラエルとエジプトは今も感染者が出ている。特に多くの人が出入りするエジプトの状況は深刻だ。シャクラ氏は「周辺国で感染ゼロになるまで境界を封鎖し続けるしかないだろう」と話している。【6月19日 朝日】
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しかし、エジプトなど中東の感染状況は深刻で、「周辺国で感染ゼロになるまで」がいつまでになるのか・・・厳しい状況です。いったんウイルスが流入すれば、イスラエルの攻撃以上の破壊力を発揮する危険も。
【経済的に行き詰まるパレスチナ自治政府】
今のような状況を続けて、経済的にやっていけるのか?
すでにヨルダン川西岸の自治政府は経済的に行き詰まっているようです。
****パレスチナ自治政府「経済激震」の打撃を受け、パレスチナの公務員が無給に*****
新型コロナウイルス感染症の危機対策の支出は、国の財源の70%を占めている。
パレスチナ自治政府(PA)は、国の財政を襲った「経済激震」により、約15万5千人の公務員の5月分の給与の支払いを延期せざるを得なくなった。
イスラエルによる税収移譲の停止と、新型コロナウイルス感染症(COVID-19)の感染拡大による支出、さらにパレスチナの経済不況が相まって、経済的に最悪の状況を作り出している。(中略)
イスラエルは通常、イスラエルの港を経由して輸入された商品に対する税金の還付金を徴収しており、パレスチナ自治政府は、その取り分を西岸やガザ地区の従業員に対する給与の支払いの一部に使用している。その合計は、パレスチナ自治政府の総公支出の約70%を占める。
パレスチナ自治政府の内部収入と海外からの支援により残りを埋め合わせている。
パレスチナのシュクリ・ビシャラ財務大臣は、新型コロナウイルスの危機に取り組むための支出は、70%もの国の財源を占めていると述べた。(後略)【6月10日 ARAB NEWS】
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“イスラエルによる税収移譲の停止”がどういう経緯で行われているかは知りません。(これまでも緊張が高まると停止されたことはありますが)
収入が途絶えて、コロナ関連支出が増えれば、財政破綻は当然でしょう。
パレスチナ自治政府が崩壊すれば、パレスチナ情勢はさらに混迷の度を深めます。