(カショギ氏殺害事件後の初外遊でUAEを訪れたムハンマド・サウジ皇太子(左)を出迎えるムハンマド・アブダビ皇太子(中央)【2019年8月11日 日経】)
【UAE 「合意はイランに対抗するものではない」 「イラン包囲網」形成を否定】
イスラエルとアラブ首長国連邦(UAE)と国交正常化の合意に関しては、山ほどの記事を連日目にしますが、合意の背景として「イラン包囲網」ということが挙げられています。
今後も、湾岸諸国のバーレーンとオマーン、さらには北アフリカのスーダンやモロッコも後に続くのでは・・・とも観測されており、地域の中心国サウジアラビアは今のところは慎重な構えとのこと。
*****イスラエル、関係改善で攻勢 首相「アラブの指導者と対話」 サウジ慎重、イランは警戒****
アラブ首長国連邦(UAE)と国交正常化の合意に至ったイスラエルが、バーレーンやオマーンといった他のアラブ諸国にも接近し、関係を一気に深めようと攻勢を強めている。
一方、敵対するイランは、「イラン包囲網」ともとれる動きに警戒感をあらわにしている。
ネタニヤフ首相は16日、米FOXニュースに「アラブの指導者たちと対話を続けてきた。オマーンには公式訪問したが、それだけではない」と語り、アラブ諸国と水面下で接触してきたことを示唆。
コーヘン諜報(ちょうほう)相は、今回の合意に続く国として「バーレーンとオマーンは、間違いなく議論に上がっている。スーダンとも和平合意の可能性があると思う」と話した。モロッコとの国交正常化の可能性を報じるメディアもある。
今回の合意に対し、UAEと同じ湾岸諸国のバーレーンは「この歴史的な一歩は、地域の安定と平和の強化に貢献するだろう」と賛意を表明。オマーンも「和平に寄与することを望む」と支持を示した。
一方、イランは合意への非難を強める。地元メディアによると、ロハニ大統領は15日、「イスラム教徒への裏切り行為だ。合意は大きな間違いだ」とUAEを非難し再考を促した。
これに対し、UAE外務・国際協力省はイラン代理大使を呼び出して抗議。ガルガーシュ外務担当国務相は17日、「合意はイランに対抗するものではない」とツイートし、イスラエルとの間で「イラン包囲網」を形成しているとの見方を否定した。
他方で、地域大国のサウジアラビアは、公式なコメントをせずに慎重な姿勢を貫いている。イランと激しく対立し、2016年には国交断絶に踏み切ったサウジだが、イスラエルとの国交回復には慎重論が根強いとみられる。
サウジ政府に近いメディアの記者は「今後、サウジが先陣を切って動くことはない」と見る。イスラム教の2大聖地を抱え、イスラム世界の盟主を自任してきたサウジには保守的な層も多く、イスラエルへの早急な傾斜は反発を招く恐れもあるからだ。(後略)【8月18日 朝日】
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【ムハンマド・ザイド皇太子 中東世界を代表する“策士”】
UAEの政策をかじ取りしているのはアブダビ首長国のムハンマド・ザイド皇太子ですが、イラン対岸に位置するUAEおよびムハンマド・ザイド皇太子(59歳)の動きに関しては、よくわからないところも。
中東における影響力の大きい人物としては、地域大国サウジアラビアのムハンマド皇太子(34歳)の名があがりますが、UAEのムハンマド・ザイド皇太子はサウジ皇太子とも親しく、伝統的な思考にとらわれない大胆な改革・行動という点で共通するサウジ皇太子への年長アドバイザーとして影響力もあるとされる人物で、“権謀術数の渦巻く”中東世界にあって、いろんな“政策”“策略”の中心人物としてこれまでも国際的に名が知れた人物です。
“トランプ大統領はアブダビ皇太子に信を置き、中東で大きな動きがあるたびに意見を求める。”【2019年8月11日 日経】と、トランプ大統領好みの人物でもあります。
そのムハンマド・ザイド皇太子の行動は、決して大国サウジやアメリカに追随するのではなく、自国利益のためにユニークです。
イエメンでは南部分離独立派を支援して、暫定政府を支援するサウジアラビアともときに対立し、UAEとしての利益を確保すると泥沼にはまったサウジアラビアを置いて撤退してしまうとか・・・。(親交のあるサウジ皇太子とは一定に話がついているのでしょうが)
リビアではハフタル司令官の「リビア国民軍」勢力を支援し、暫定政府を支援するトルコとの間で、ドローン空中戦を演じるとか・・・。
現在は「イラン包囲網」と取りざたされていますが、UAEのムハンマド・ザイド皇太子は今年5月には、逆にイランに接近する動きも見せていました。
****“敵に塩を送る”UAEの深謀遠慮、コロナ以後に向けイランに接近****
サウジアラビアと並ぶペルシャ湾の産油君主国、アラブ首長国連邦(UAE)がコロナ禍に苦しむ対岸のイランに大量の医療物資を届けている。
イランはUAEの敵性国とされており、いわば“敵に塩を送る”図式だ。背景にはコロナ危機に乗じてイランとの関係改善を図ろうというしたたかな戦略がある。その絵図を描いているのはアブダビ首長国のムハンマド・ザイド皇太子だ。
イランとの修復に戦略転換
UAEはペルシャ湾に面した7つの首長国による連邦国家。日本にとっては隣国のサウジアラビアに次ぎ、輸入石油量の約4分の1を占める重要な国だ。
UAEの大統領は最大の力を持つアブダビ首長国のハリファ首長だ。スンニ派国家とあってイランのシーア派革命輸出を恐れ、大国サウジの親米・反イランの戦略に乗ってきた。
だが、米国とイランの軍事的緊張が高まった昨年春、ペルシャ湾で石油タンカーが相次いで攻撃を受け、また9月にはサウジの石油施設がドローン攻撃で破壊され、一時サウジの原油生産がストップする事態になったころからイラン敵視政策に距離を置くようになった。
米国やサウジはタンカー攻撃がイランによるものと非難したが、UAEはこれに加わることを慎重に避けた。
特に、イランが今年1月、米国によるイラン革命防衛隊のソレイマニ司令官暗殺に対し、弾道ミサイルでイラクの軍事基地を精密に報復攻撃、米兵約100人が負傷したことに大きな衝撃を受けた。
この時、「UAEは米国の力でもイランを軍事的に封じ込めることはできないと見極めた」(ベイルート筋)という。「軍事力で打ちのめせないなら、“友人”になるしかない」(同)。UAEのイラン敵視政策の本格的な転換が始まった。
こうしたUAEにとってコロナ・パンデミックはイランへの接近の好機となった。イランは中東ではトルコと並ぶウイルス感染国。感染者は10万人に迫り、死者も約6300人に上っているが、米経済制裁による資金不足で対応が十分にできず、医療物資も欠乏状態。
UAEは3月からイラン支援を開始し、大量の医療物資を空輸した。古今東西、困っている時に手を差し伸べてくれた恩は忘れないものだ。UAEはコロナ危機に乗じてイランとの関係修復を図ったということだろう。
暗躍する皇太子
このイラン政策の転換を主導したのがアブダビ首長国のムハンマド・ザイド皇太子だ。同皇太子はサウジを牛耳るムハンマド・サルマン皇太子と近く、トランプ米大統領や米中東政策を仕切る娘婿のクシュナー上級顧問とも親交が深い。
国際的にはあまり知られてはいないが、中東では、その存在感はサウジ皇太子に勝るとも劣らない。とりわけ、水面下で密かに行動することにかけてはアブダビ皇太子の右に出る者はいないだろう。
その最たる例はイエメンとリビアに対する影の影響力だ。イエメンでは親イランの武装組織フーシ派と、サウジが軍事介入までして支援するハディ暫定政権が内戦を続けているが、南部地域の分離派「南部暫定評議会」(STC)が4月26日、同国第2の都市アデンなどを自主支配すると宣言、三つ巴の複雑な様相となり、混迷は一段と深まった。
このSTCに肩入れしているのがムハンマド・ザイド皇太子だ。メディアなどによると、皇太子はSTCの兵士に武器を供与し、月給400ドル~530ドルを支払っているという。
皇太子がSTCを支援している理由はアデンを実質的な支配下に置き、インド洋と東アフリカへの港湾基地を確保するためと指摘されている。特にペルシャ湾やホルムズ海峡で米国とイランが軍事衝突した場合に備え、アデンを石油輸出の代替ルートにしたい思惑があるという。
皇太子はまた、リビアの反政府組織「リビア国民軍」(LNA)への支援を強め、リビア内戦に介入している。LNAの司令官ハフタル将軍はSTCと同じ26日に声明を発表。国連主導で設立された「シラージュ暫定政府」を無効とし、自ら「人民の支持を得ている」としてリビアの支配を宣言した。
リビア内戦は現在、主にトルコが援助する暫定政府支配のトリポリに対し、UAEやロシア、フランスなどが支援する「リビア国民軍」が攻勢を掛けている。内戦はトルコとUAEの無人機が互いを攻撃し、「無人機戦争」とも称されている。
皇太子が介入している理由は、ハフタル将軍にリビアを支配させ、同国のエネルギー資源へ影響力を保持したい思惑があるからだという。
中東誌によると、皇太子はトルコをリビアから引き離すためための“陰謀”も画策したとされる。トルコ軍は2月、クルド人を掃討するためとしてシリアに侵攻し、翌3月にロシアのプーチン大統領の仲介で停戦がまとまった。
しかし、皇太子はシリアのアサド大統領に30億ドルの闇金を払って停戦を破るよう依頼し、停戦が発効するまでに手付金として2億5000万ドルを支払ったという。トルコのエルドアン大統領にシリアの戦闘に忙殺させるよう仕組み、暫定政府を支援しているリビアから撤収させようとしたと伝えられている。
サウジとの確執
こうした暗躍ぶりが取り沙汰される割には、皇太子は国際的にはあまり目立たない存在だ。「サウジ皇太子とは違い、あえて力を誇示するような表立った言動は控えている。それがアブダビ皇太子の賢いところ。コロナ以後を見据えた長期的な戦略に基づいて行動している」(同)という評価だ。
だが、アブダビ首長国のザイド家とサウジのサウド家は元々、ライバル関係にあり、仲は悪かった。サウジがUAEの独立をなかなか承認しなかったという不和の歴史がそれを実証している。
ここ数年、皇太子同士が親密だったのはトランプ大統領を引きずり込んで、イランと敵対させることが自分たちの身を守り、自分たちの利益に合致するとの共通認識があったからだ。
しかし、イランを武力でつぶすことは不可能なことが明確になり、UAEがイランとの修復に本格的に動き出したことで、両皇太子の間にすきま風が吹き始めている。
加えてイエメン内戦をめぐる思惑の違いも鮮明になっている上、コロナ禍による石油価格の暴落で双方とも物心の余裕がなくなっている。いつライバル同士の確執が表面化してもおかしくない状況だ。両皇太子の動向から目が離せない。【5月8日 佐々木伸氏 WEDGE Infinity】
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“敵(イラン)に塩を送り”イランに接近するUAEという見たてについては、別に佐々木氏が読み間違った云々ではなく、UAEのムハンマド・ザイド皇太子が、一筋縄ではいかないと言うか、節操がないと言うか、自国利益のためならその時々で何でもすると言うか・・・、“何でもあり”の中東世界を象徴するような人物だからでしょう。
その点で、佐々木氏の記事はムハンマド・ザイド皇太子の行動を理解するうえで参考になります。
【過去にはサウジアラビア・トランプ米政権を揺さぶるような行動も】
“策士”ムハンマド・ザイド皇太子のきれいごとや建前にとらわれない独自の行動については、2018年、トランプ大統領のイラン核合意破棄の当時、イエメン南部のソコトラ島に軍事展開したことにもよく表れています。盟友サウジアラビアのムハンマド皇太子を揺さぶり、トランプ大統領が画策するイラン包囲網に穴をあけるような行動でした。
****米国によるイラン制裁の限界と危険性―UAEの暴走が示すもの****
トランプ大統領のイラン核合意の破棄は、スンニ派諸国との協力を念頭に置いたもの
しかし、スンニ派諸国を率いるサウジアラビアのリーダーシップには限界があり、各国は個別の利益を追求する傾向を強めている。(中略)
ただし、トランプ政権が(イランへの)制裁を再開しても、イラン包囲網が成功するかは疑問です。イスラエルやサウジアラビアは米国を支持する立場ですが、核合意に署名した欧米諸国やロシアは破棄に反対しています。
のみならず、サウジが主導し、米国が協力を期待するスンニ派諸国の間にも、一致した協力より各国の利益を優先させる動きが広がっています。
とりわけ、サウジとともにスンニ派諸国の結束を主導してきたアラブ首長国連邦(UAE)が、他のスンニ派の利益を脅かしてでも自国の利益を優先させ始めたことは、この亀裂を象徴します。
スンニ派諸国に対するサウジのリーダーシップの限界は、米国によるイラン包囲網が穴だらけになる可能性を示唆します。
UAEの「暴走」
UAEは5月5日、イエメン南部のソコトラ島で部隊を展開し、この地を掌握しました。ソコトラ島は人口6万人あまりの小島で「インド洋のガラパゴス諸島」とも呼ばれる独特な生態系や、古い城壁都市シバムなどがUNESCOの世界遺産に指定されています。
UAEの行動をイエメン政府は「侵略(aggression)」と強く非難しており、サウジアラビア政府が仲介に乗り出していますが、交渉は難航しています。
UAEはしばしば「スンニ派の盟主」サウジアラビアの最も信頼できるパートナーとして振る舞ってきました。そのUAEの暴走は、スンニ派諸国の結束のもろさを浮き彫りにしたといえます。
イエメン内戦とUAE
UAEの暴走は、イエメン内戦のなかで発生しました。(中略)
イエメン内戦は「スンニ派とシーア派の宗派対立」、「サウジとイランの代理戦争」の様相を濃くしていったのです。
サウジにとって最も重要な「足場」は、ペルシャ湾岸の君主国家の集まり湾岸協力会議(GCC)加盟国(サウジ、UAE、カタール、クウェート、バーレーン、オマーン)です。
そのなかでもUAEは、サウジとともに有志連合の中核を担ってきました。さらに、イランとの関係などを理由に、2017年6月にサウジがGCC加盟国カタールと断交した際、真っ先にこれに同調した国の一つがUAEでした。
こうしてUAEは、サウジというビッグブラザーを支える忠実な弟分として、いわばスンニ派諸国の主流としての立ち位置を得たのです。また、リゾート地ドバイを抱えるUAEには、トランプ大統領の名を冠したゴルフ場もオープンしています。
サウジとUAEの不協和音
ところが、UAEとサウジの間には、徐々に不協和音が目立つようになりました。その焦点は、フーシ派と対立するハーディ大統領が、イエメンのスンニ派政党「アル・イスラーハ」と協力していることでした。
アル・イスラーハは、20世紀初頭にエジプトで生まれたイスラーム組織「ムスリム同胞団」をルーツにもちます。(中略)そのため、UAEはアル・イスラーハとつながるイエメン政府だけでなく、サウジ政府ともしばしば対立。2017年3月には「ハーディ政権を支持するなら有志連合から撤兵する」とサウジに通告しています。(中略)
南部部族連合への支援
これと並行して、UAEは徐々にイエメンの南部諸部族への支援を強化するようになりました。(中略)
ハーディ政権と距離を置く(南部アデン)周辺の諸部族への支援を強化することで、イエメン政府の頭ごしに同国南部での影響力を強めていったのです。(中略)
ソコトラ島の制圧
UAEにとってイエメン南部を切りとることは、フーシ派やアル・イスラーハを追い詰めるという戦略的な利益だけでなく、経済的な利益にも結びつきます。
今回、UAEが部隊を展開させたソコトラ島は、各国の商船を狙う海賊が頻繁に出没するソマリア沖に浮かんでいます。近年UAEはソマリアの港湾整備などを手掛けています。つまり、イエメン南部だけでなくソコトラ島を支配下に置くことで、UAEはアラビア半島とソマリアを結ぶ海上ルートを確保できるのです。(中略)
サウジの求心力の限界
ただし、ソコトラ島での軍事展開がUAEの国益を反映したものであることは確かですが、これがイエメン政府のいう「侵略」に当たるかは疑問です。(中略)
むしろ、ここで重要なことは、これまでの関係からソコトラ島に部隊を進めればイエメン政府から不満が噴出することは目に見えていたはずなのに、あえてUAEがそれを行なったことです。
そこには、トランプ政権によるイラン核合意の破棄が目前に迫るなか、スンニ派の結束を強めたいサウジアラビアが自国に譲歩するはずというUAEの目算をうかがえます。
言い換えると、UAEはイラン核合意の破棄という外の大きなショックを利用してビッグブラザーに揺さぶりをかけているといえます。
それはスンニ派諸国の間でのサウジアラビアのリーダーシップが限定的であることをも示します。サウジの限界は、スンニ派諸国との関係をテコにイラン包囲網を強化したい米国にとってもアキレス腱になるでしょう。(後略)【2018年5月9日 六辻彰二氏 Newsweek】
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こういう「アラブの大義」などにはとらわれない“したたかな” ムハンマド・ザイド皇太子と、これまた“したたかな”イスラエル・ネタニヤフ首相の結んだ合意ですから、単なる“きれいごと”の「イラン包囲網」というだけでもないように思われます。
内容についても“イスラエルのネタニヤフ首相は、(ヨルダン川西岸のユダヤ人入植地などの併合)停止は一時的なもので「(併合)計画に変更はない」と説明。これに対しUAEは「中止だと理解している」としており、解釈には隔たりもうかがえる。”【8月19日 産経】とも。
合意時期も、劣勢も伝えられるトランプ大統領再選を間近に控えたこの時期・・・合意を歓迎するトランプ大統領の“息があるうちに”実績をつくってしまおうとの思惑と思われます。
“トランプ大統領がホワイトハウスにいる間にイスラエルとの関係を強化し、バイデンが勝ったとしてもイランとの交渉を阻止できるように手を打ったものと思われる。”【8月18日 GLOBE+】
とは言え、今後のアメリカ選挙の行方、西岸地区併合をめぐるイスラエル国内の事情などで、また情勢は大きく変わるのかも。
また、サウジアラビアについては、“今回のイスラエルとUAEの国交正常化をムハンマド・ザイド皇太子がサウジ皇太子と協議せずに一方的に行ったとは考えにくい。”【同上】ということで、保守勢力の強いサウジ独自の事情で様子見していると思われます。