(インドネシア北部アチェ州東アチェ県イディで、不倫の罪でむち打ち100回の刑を受ける女性(2022年1月13日撮影) 男女とも既婚者ですが、不倫を否定した相手男性の刑は15回にとどまったそうです。)
【イスラム的価値観重視で強まる「不寛容」】
インドネシアは人口の9割近くをイスラム教徒が占める、世界でも最もイスラム教徒が多い国ですが、宗教・民族の多様性を認める「寛容」の精神で国家の統一を守ることを国家の基本原則としてきました。
その精神は“パンチャシラ”と呼ばれ、憲法前文に「建国の5原則」として明記されています。
その5原則は、“唯一神への信仰”“公正で文化的な人道主義”“インドネシアの統一””合議制と代議制における英知に導かれた民主主義”“全インドネシア国民に対する社会的公正”です。
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インドネシアは世界第4位の約2億7000万人の人口のうち約88%をイスラム教徒が占めるという、世界最多のイスラム人口を擁する国。
ただしイスラム教を国教とする「イスラム国家」ではなく、キリスト教や仏教、ヒンズー教、儒教も認める国家として建国された。
それゆえに「多様性の中の統一」「寛容」が“国是”であり、異教徒間の融和が政治経済社会文化の各分野で常に求められている。【4月27日 大塚 智彦氏 JBpress】
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しかし、憲法前文にも明記される建国の精神が次第に空洞化するというのはインドネシアに限った話でもないでしょうが、インドネシアにおては近年多数派のイスラム的価値観が重視される傾向が強まり、“パンチャシラ”と呼ばれる「多様性の中の統一」「寛容」が形骸化しつつあることは、これまでも何度か取り上げてきました。
そうした中で、台頭するイスラム急進派を穏健派が牽制して多様性を重視する方向に流れが変わったのでは・・・という時期もありました。
しかし、異端者・少数派を断罪する際に「国民の多数のイスラム教徒の考え方と異なる」、国是であるパンチャシラに反すると多数派の価値観を強制するという形で、結果的に「不寛容」の方向に流れる傾向が明らかにもなっています。
一言で言えば、多数派のイスラム的価値観を強要する「不寛容」が強まる流れは続いています。
そうしたイスラム的価値観を象徴するものとしていつもニュースになるのが、北部アチェ州の“公開むち打ち刑”。
アチェ州はインドネシアの中にあってもイスラム主義が強く、これまでの経緯からシャリア(イスラム法)による統治が認められている唯一の地域です。
****「接近」の男女に公開むち打ち刑 インドネシア・アチェ州****
インドネシア・アチェ州バンダアチェで9日、シャリア(イスラム法)に反し人目に付く場所で「接近」していたとされる男女2人に、公開むち打ち刑が執行された。 【11月9日 AFP】
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【イスラム保守派の反対で米LGBTQ特使の訪問をキャンセル】
イスラム的価値観重視はアチェ州に限らず、インドネシア全土において強まっています。
“価値観”ということでいろんな国で問題になるのが性的マイノリティ・同性愛に対する「寛容」「不寛容」の問題ですが、インドネシアでも。
****「同性愛では繁殖せず人類は滅亡する」 イスラム保守派の反対で米LGBTQ特使の訪問キャンセルに****
<世界最多のイスラム教徒を擁する国は、LGBTQの権利問題を協議する特使を門前払い>
在インドネシアの米大使館は12月2日、性的マイノリティであるLGBTQの権利などについて協議する米国の特使ジェシカ・スターンさんのジャカルタ訪問日程がキャンセルされたことを明らかにした。
スターン特使は11月28日にフィリピンを訪問し政府関係者や民間の人権団体などとLGBTQの人々に関する権利擁護などについて意見を交換。その後ベトナムを訪問し12月7日にインドネシアを訪れて関係者と同様の協議を行う予定だった。
ところが12月1日にインドネシアで最も権威があるとされる「インドネシア・ウラマ(イスラム教指導者)協会(MUI)」がスターン特使のインドネシア訪問に反対を表明。これを受けて事態が急転、このままでは特使の訪問中に不測の事態発生もありうるとの判断から米側が訪問キャンセルを判断したものとみられている。
同性愛は繁殖せず人類は滅亡する
MUIはスターン特使のインドネシア訪問に関して「私たちの国の文化的及び宗教的価値観を損なうことを計画している」と批判。断固受け入れられないとの立場を表明した。
MUIは複数あるインドネシアのイスラム教団体で最も権威のある組織とされ、現職のマアルフ・アミン副大統領はMUI議長経験者でもあり、誰も異論を唱えることが難しいという状況がある。
MUIのアンワル・アッバス副議長はメディアに対して「同性愛行為は危険である」としたうえで「この行動が容認されれば男性と男性、女性と女性との結婚となり、それは繁殖することがない。ひいては人類の滅亡に繋がる可能性がある」とまで述べて同性愛、LGBTQに反対の立場を強調した。
日本でも自民党議員の女性政務官が「LGBTは生産性がない」と発言し、謝罪と発言撤回に追い込まれているが、インドネシアではそうした批判は全く起きていないのが現状だ。
非イスラム教国だがイスラム強国
インドネシアは世界第4位の人口約2億6000万人のうち約88%がイスラム教徒である。世界最多のイスラム教徒人口を擁する国だが、イスラム教を国教とするいわゆるイスラム教国とは一線を画し、イスラム教以外にキリスト教、ヒンズー教、仏教、儒教の信仰も憲法で保障されている「多様性国家」である。
しかし実際には圧倒的多数を占めるイスラム教の教義、規範、習慣などが政治、経済、社会、文化のあらゆる側面で優先され、それへの異論や反論そして議論すら、ときには暴力を以って封じ込められるのが実態である。
スマトラ島最北部のアチェ州だけは例外的にイスラム法の適用が容認され、同性愛者は公開でむち打ち刑に処される。また外国人を含め女性は頭部を覆うヒジャブの着用が求められる特別な地域である。
その他の州でもLGBTQに関してはイスラム教が同性愛を禁じていることもあり、同性愛者の集会、パーティー、討論会などにはイスラム強硬派と称する集団が押し掛けて妨害するほか、警察も取り締りの対象として介入するのが常である。
警察の言い分は「麻薬を使用しているとの情報があったための手入れである」というのが常套句となっている。
女装した男性に消防の放水ホースで水を浴びせたり、男らしい大きな声での返事を強要したりして、従わない場合には暴力に訴えることもしばしばニュースになるのがインドネシアである。
建前と本音使い分けるイスラム教徒
ジョコ・ウィドド大統領は宗教関係、それもイスラム教が関連した事案が大きく報道されるたびに国是である「多様性の中の統一」「寛容性」を強調して国民に自制と和解を訴えるのが「恒例」となっている。
しかし今年5月には首都ジャカルタ中心部にある英国大使館がLGBTQの権利擁護と支持を象徴する「レインボーフラッグ」を掲揚したところ、イスラム教徒らが猛烈な抗議活動を展開し、外務省も英大使館幹部を呼びだして遺憾の意を伝える事態も起きている。
このほか地元メディアの報道などによると同性愛を禁じている国軍内で不適切行為に及んだ同性愛者の兵士2人が摘発され、7カ月の懲役刑に処せられると同時に軍から追放する事件があったという。
インドネシア外務省はスターン特使の訪問に関しては「日程の詳細を把握していない」とし同性愛に関してはコメントを拒否しているという。
このように政府機関や治安組織に関してもジョコ・ウィドド大統領が力説する「多様性や寛容」が浸透していないのが実状だ。
一部にはLGBTQの権利擁護には理解を示す職員も存在するものの、多数を占めるイスラム教徒の脅威に直面して「沈黙や黙認、知らんぷりするしかない」と心情を吐露する人々も少数ながら確実に存在している。
「同性愛は危険」「人類を滅亡に導く」などの妄言を堂々と披歴するイスラム教徒にこそスターン特使との協議が必要なのではないだろうか。【12月3日 大塚智彦氏 Newsweek】
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「同性愛では繁殖せず人類は滅亡する」というのは日本でもよく聞かれる主張ですが、“マイノリティ”の生きる権利を擁護することを、同性愛や同性婚を“推奨”している、あるいは、そういう者が社会の主流になって社会の流れを変えてしまうような形に論理の飛躍、あるいは論理のすり替えがあるように思います。
敢えて言えば、女性の同性婚であればAIDによる妊娠も可能でしょうし、男性の場合は養子を育てる形で社会全体の子育て環境がうまく回るようにするうえでの一定の役割も担えるでしょう。
更に言えば、同性婚を認めない場合でも、同性愛者が結婚しない、あるいは出産に積極的にならないということもあるのかも。
何より、日本より同性愛や同性婚が広く認められている国で、それが原因で少子化が進んだという話も聞きませんので、同性愛・同性婚の問題は少子化の問題とは別物でしょう。少なくとも、少子化を持ち出して基本的人権を制約するような問題ではないでしょう。
同性愛・同性婚の問題は少子化の問題とは別物と言いましたが、逆に、マイノリティを容認しないような伝統的価値観に社会を封じ込めようとする硬直性・不寛容が、多様な生き方を否定し、結果的に少子化を加速させている側面があるとも考えています。
【婚外同居を禁じる刑法改正案可決 宗教勢力の支持を当てにする政治家という背景も】
話をインドネシアに戻すと、ジョコ政権におけるこうしたイスラム的価値観容認の動きは、上記記事にもあるようにイスラム教穏健派重鎮を副大統領に起用して、その支持によって大統領選挙に勝利したジョコ大統領としては、そうした勢力からのイスラム重視の要求を拒否できないという政治的要因も絡んでいるように見えます。
話は更に進んで、法律婚をしていないカップルの同居も刑事罰の対象となる刑法改正が話題になっています。
****インドネシア議会、婚外同居を禁じる刑法改正案可決 外国人も対象****
インドネシア議会は6日、法律婚をしていないカップルの同居を禁じる刑法改正案を可決した。外国人も対象で、識者からは自由の制限や、摘発を防ぐための賄賂の横行を懸念する声が上がっている。
地元メディアによると、違反した場合、最長6カ月投獄される。ただし、通報できるのは両親や子、配偶者に限られ、適用頻度は限定的になるとみられる。
今回の刑法改正ではまた、婚外の性行為に対する刑罰を最長9カ月の投獄から同12カ月の投獄に厳格化したほか、大統領への侮辱罪も新設され、全会一致で可決された。大統領の署名後、3年程度で施行される。
インドネシアは国民の大多数がイスラム教徒で、刑法改正はイスラム教の教えを厳格に解釈する保守層の声が反映された。
2019年にも成立が見込まれたが、抗議デモが広がり、採決が見送られていた。ヒアリエジ副法相は成立前、ロイター通信の取材に「インドネシアの価値に沿った刑法の成立を誇りに思う」と語った。
国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチのインドネシアの調査員、アンドレアス・ハルソノ氏は毎日新聞の取材に「インドネシアでは、婚姻が認められていない性的少数者(LGBTQなど)を含め、法律婚をしていないカップルも多い。摘発を防ぐために警察に賄賂を渡す不正を生み出す危険性もある」と指摘。「私たちの国は、イスラム教以外の宗教にも寛容であることを誇りとしてきた。この法改正が自由の制限や、異なる文化に対する差別につながることを懸念する」と話した。【12月6日 毎日】
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インドネシア・特にバリ島は日本でも人気の観光地ですが、バリ島への婚前旅行はどうなるのでしょうか?
もっとも、上記記事によれば婚外の性行為は今までも禁止されてはいたようですが・・・。
こうした流れの背景には、先述のジョコ大統領の政治事情と同様に、宗教勢力の支持を当てにする政治という事情があります。
宗教や民族間の対立が国家体制を揺るがすことを警戒し、過激な活動や組織を押さえつけていたスハルト体制が1998年に崩壊して民主化が進んだことで、政治、経済、社会規範にイスラム的価値観を反映させるべきだというイスラム系保守派の主張も広く支持されるようになりました。
そうなると、イスラム系政党に限らず世俗主義政党も含め、各政党や候補者は、有権者の支持を広げるために有力なイスラム組織の協力を得たり、イスラム的な規範を公約に掲げたりするようになったという政治事情です。
宗教勢力の支持を得るというのが、カネをかけずに票を得るもっとも手っ取り早い方法というのは日本もアメリカもインドネシアも同じです。
“民主化とともに宗教対立も顕在化している。国際人権団体ヒューマン・ライツ・ウォッチ(HRW)によると、マルク諸島でのイスラム教徒とキリスト教徒の争いで99年以降、少なくとも3千人が死亡した。
SNSを通じて他の宗教を攻撃したり、LGBTなど性的少数者を差別したりする言説も広がっている。様々な宗教、民族を包摂するインドネシアが守ってきた「寛容さ」は危機を迎えている。”【日系メディア】
“今回の刑法改正はオランダの植民地時代に制定された旧法を現代の社会状況に適合させる必要性が求められ、1946年頃から議論が始まり、2019年から国会で本格的に審議されてきたが反対派や国民の間で人権侵害を助長するとして見送られてきた経緯がある。”【12月6日 大塚智彦氏 Newsweek】
【曖昧な大統領への侮辱禁止規定】
今回の刑法改正には、上記の他、他人を不幸に陥れ、極端な場合は死を望む「黒魔術」の禁止(インドネシア社会では「魔術」が生活に密着しています)、大統領や副大統領の尊厳を損なったり、州政府などを侮辱することの禁止も含まれています。
****大統領への侮辱も禁止対象に****
刑法改正案が通過可決する前日の12月5日には改正案に反対する数千人のデモが国会議事堂前などで行われた。
人権団体などは刑法改正が多くの個人の人権や自由、尊厳を侵害しているとの立場から反対しており、反対運動は全国で展開されているという。
それというのも、今回の刑法改正では大統領や副大統領、地方政府機関などへの侮辱も禁止されており、「侮辱」という極めて抽象的な事案をどう解釈するかは恣意的な判断も可能で、権力者への自由な批判、ひいては言論の自由への制限につながる危険性も指摘されている。
これは近年SNSなどでジョコ・ウィドド大統領に批判的なコメントを書き込んだ若者が逮捕されるなどの事案の頻発をも受けた条項で、治安当局による恣意的運用への危機感も高まっている。
このように今回の刑法改正は、国会ではなく国民の間での十分な議論が尽くされた結果とは到底言えず、改正法の施行は3年後とされているが、今後各地で反対運動が活発化する可能性もある。【同上】
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