
(【5月9日 日経】)
【イラン・サウジの関係正常化】
中東で、これまでのイラン・サウジアラビアの対立を主軸とする緊張関係が大きく転換し始めていることは、これまでも取り上げてきました。
最大の変化は、中国が仲介する形で3月に成立したイラン・サウジ両国の関係正常化でした。
イスラム教のシーア派が国教のイランと、スンニ派が主体のサウジは2016年、テヘランで起こったサウジ大使館への襲撃を機に断交、中東での影響力を競う両国は、その後もイエメンでの「代理戦争」を繰り広げてきました。
****中東における覇権交代 三菱総研 中川浩一・主席研究員****
(中略)
サウジとしてはイランとの緊張緩和を図ることで隣国イエメン内戦の鎮静化など地域情勢の安定化と自国の安保態勢強化につなげる思惑があった。サウジにとって今回の決定は域内に「敵」を作らないことを最優先した結果だ。
イランは、イラン核合意の再建と制裁解除の実現が遠のく中、米国との関係改善より中国との関係強化による自国経済の回復を選択した。ウクライナに侵略したロシアへの支援を巡って米欧の非難を受ける中、孤立を回避する狙いもある。(後略)【3月11日 産経】
*****************
また、この変化が中国の仲介で実現したことは、中東におけるアメリカの存在感低下を示すことにもなりました。
****米、中東でかすむ存在感 サウジ・イラン外交正常化 多極化顕著に****
サウジアラビアとイランが(3月)10日、中国の仲介で外交関係の正常化に合意したことは、中東における米国の存在感低下を印象付けた。
中東では近年、域内の利害を調整する「ブローカー」としての米国がロシアから挑戦を受ける構図が続いたが、ウクライナ戦争などの影響で米露の役割が低下しているのが現状。そこに中国が割って入ったことで、域内の影響力争いは多極化が顕著となっている。
米国家安全保障会議(NSC)のカービー戦略広報調整官は10日、今回の合意は、イエメンで、イランを後ろ盾とする武装勢力とサウジが支援する暫定政権との戦闘終結に寄与するものだとし、「歓迎する」と述べた。
一方、同盟国であるサウジから情報を共有されていたと明かしたが、協議に「(米国は)直接関与していない」と認めた。
バイデン政権は2021年1月の発足時から、「世界最悪の人道危機」と呼ばれるイエメン情勢の安定化を中東での優先目標に掲げてきた。背景には、イスラム教スンニ派の盟主を自任するサウジと、シーア派大国イランの対立激化が域内外を不安定化させるとの危機感がある。
バイデン政権が、トランプ前政権時に米国が一方的に離脱したイラン核合意の修復を目指してきたのは、同国の核保有阻止はもちろん、サウジなど周辺国での核武装論の高まりを抑えるためでもある。
しかし、昨年2月のロシアによるウクライナ侵略以降、核合意修復に向けたイランとの間接協議は頓挫。同国がロシアへの武器支援を開始したことで、対イラン外交の進展は当面、絶望的となった。
対サウジでもバイデン政権は、18年に起きたサウジ人記者殺害事件を巡って冷え込んだ関係を修復しきれていない。バイデン大統領は昨年7月、ウクライナ侵略を受けた原油高に対応するためサウジを訪問し、事件に関与したとされるムハンマド・ビン・サルマン皇太子と和解を演出。それでもサウジは自国の利益を優先し、石油の増産要請に応じなかった。
カービー氏は10日、米国が中東で退潮しているとの指摘に「断固として反論する」と述べたが、イランとサウジの外交正常化が〝米国抜き〟で進んだのは、米国の外交的レバレッジ(てこ)が弱まっているからに他ならない。
他方、主要な兵器体系を米国に依存するサウジにとり、米国が最重要同盟国であることは変わらない。バイデン政権は今後、サウジの手綱を握りつつ、中国の伸長にも目を光らせる必要に迫られる。
中東では冷戦後、米国が地域秩序ににらみを利かせる時期が続いた。だが、03年のイラク侵攻とその後の混乱や、11年から各地で政権崩壊で相次いだ「アラブの春」を経て域内情勢が流動化し、疲弊した米国が関与を後退させる中、ロシアがシリア内戦介入などを通じて影響力を伸ばした。ロシアも、ウクライナ侵略で甚大な損害を受けていることで威信が低下。中国はこうした状況に乗じ、中東への浸透を図っている。(ワシントン 大内清)
*****************
【シリアのアラブ連盟復帰】
こうしたイラン・サウジ関係正常化、およびシリア内戦が事実上アサド政権勝利に終わったことを背景として、これまでイランの支援を受けてきたシリア・アサド政権と反体制派を支援したアラブ諸国との関係改善も進展しました。
****アサド政権がアラブ諸国と急速に関係改善へ サウジアラビアのファイサル外相がシリアのアサド大統領と会談****
中東シリアの内戦をめぐって反体制派を支援していたサウジアラビアの外相がシリアを訪問し、アサド大統領と会談しました。内戦により冷え込んでいたアラブ諸国とアサド政権との関係が改善に向かう動きが急速に広がっています。
サウジアラビアのファイサル外相は18日、断交状態にあるシリアの首都ダマスカスを訪問し、シリアのアサド大統領と会談しました。
これに先立ち、シリアのメクダド外相もサウジアラビアを訪問し、ファイサル外相と会談。ロイター通信によりますと、二国間を結ぶ航空便や大使館業務の再開に向けた調整を始めるとみられるということです。
サウジアラビアとシリアの関係をめぐっては、シリア内戦でアサド政権をロシアやイランが支援し、イランと敵対するサウジアラビアやUAEなどのアラブ諸国が当初、反体制派を支援。
アサド政権は外交面でアラブ諸国との関係が断絶し、孤立していましたが、ことし2月に発生した地震以降、被災地支援などを通じて関係改善を探る動きが活発化していました。
一方、アメリカは、シリア反体制派への厳しい弾圧で国際的な非難を受けているアサド政権に対し強硬な態度を崩しておらず、ブリンケン国務長官はシリアについて、地震の被災地への支援は行うものの、その資金はアサド政権に向かうものではないと明確に表明しています。
中東諸国をめぐっては、サウジアラビアが先月、中国の仲介でイランと国交正常化で合意して以降、地域で対立していた国同士の関係が改善する兆しが出てきています。【4月19日 TBS NEWS DIG】
*****************
そして、シリアの12年ぶりのアラブ連盟復帰も決定し、今月19日に開催された首脳会議にはアサド大統領が出席しました。
****シリア アラブ連盟復帰の背景****
Q1: アラブ連盟がシリアの復帰を認めた背景は何でしょうか。
A1: アラブの21か国とパレスチナ解放機構でつくるアラブ連盟は、シリアの内戦が始まった2011年、その参加資格を停止しました。アサド政権の弾圧で、大勢の市民が犠牲になったという理由です。
今なお、反政府勢力への攻撃が続く中、復帰が認められた背景には、アサド政権の軍事的優位がもはや動かなくなったこと。および、アラブの大国であるサウジアラビアなどの意向が働いています。(中略)
サウジアラビアは、脱石油の経済改革を進めていますが、外国からの投資や技術を呼び込むためには、この地域を安定させることが不可欠です。
そこで、国交を断絶してきたイランとの関係正常化に踏み切り、続いて、イランやロシアの支援を受けるアサド政権との関係も正常化したのです。
同盟国のアメリカが中東への関与を減らす中、近隣の国と敵対するのは得策ではないとの判断でしょう。ただし、アラブ連盟は、決して一枚岩ではありません。
Q3: と言いますと、シリアの復帰に反対する国もあるのですか。
A3: 正面からの反対ではありませんが、カタールは、シリアの復帰を決めた外相会議を欠席し、アサド政権との二国間関係の正常化には否定的です。さらに、欧米各国は、いぜんとして、アサド政権の正当性を認めず、退陣を求めて、制裁を続けています。
Q4: シリア情勢、今後、どこに注目しますか。
A4: (中略)シリアと国境を接し、反政府勢力側を支援してきたトルコも、関係改善に向けて動き始めています。しかしながら、内戦は終結する見通しが立たないうえ、アラブ諸国やトルコに逃れた700万人近くのシリア難民が祖国に戻れる日は、むしろ遠のくのではないかという指摘も出ています。人道危機の解決が何よりも優先されるべきだと思います。【5月17日 NHK】
********************
【今後も続くイランとサウジの確執 まずは舞台はシリア復興か】
こうして大きく変容する中東情勢ではありますが、イランとサウジアラビアの関係正常化は当面のお互いの利益を考えた結果であり、両国が相手を受け入れた・・・というものではなく、依然としてその確執は続くことが予想されます。
その舞台はシリア復興支援になりそうです。
****復興控えるシリアを巡るイランとサウジの確執****
5月3日、イランのライシ大統領は、イランの大統領として13年ぶりにシリアを訪問した。英フィナンシャル・タイムズ紙の5月3日付の解説記事‘Iran’s president visits Syria as he seeks to bolster Tehran’s sway over ally’は、イランの戦略的意図と経済的期待について分析している。要旨は次の通り。
5月3日、ライシ・イラン大統領が、シリアの復興に対してイランの影響力を及ぼすために、2011年にシリア内戦が始まって以来イラン大統領として初めてシリアを訪問した。
同様に、シリアとの関係を絶って反政府勢力を支援してきた一部のアラブ諸国もアサド政権との関係を暫定的に回復している。
イランのアサド政権に対する軍事的、財政的支援は、同政権にとって反政府勢力との戦闘に必要不可欠であり、シリアとイランの絆をさらに強めたが、ロシアとイランの支援のお陰でアサド政権は、国内の大部分の支配を回復し、反政府勢力の残党はシリアの北西部に押し込められている。
イランの国営通信社によれば、ライシ大統領はアサド大統領に対して、イランは、シリアの復興を支援する用意があると伝えた由である。
内戦中、イランの大統領はシリアを訪問していないが、アサド大統領は、イランを2回訪問して、最高指導者のハメネイ師に会っている。ハメネイ師は、シリアとレバノンのヒズボラに対する断固とした支持を示したが、これはイランの主な敵であるイスラエルをイランから離れた場所で封じ込める同師の戦略の一環である。
専門家によれば、イランとシリアの二国間貿易の総額は、イラン側の計算では年間2億5千万ドルであり、シリアの高い関税が低減されるなどすれば10億ドルまで増えるだろう。しかし、海路、陸路で運ばれるイランからの貨物がイスラエルに攻撃されるリスクが、貿易を妨げる可能性がある。
イラン指導部は、域内貿易の振興によりイランの西側からの(経済的)自立を加速させることを期待している。トランプ前米大統領が2018年にイラン核合意から一方的に脱退して以来、同合意は瀕死の状態となり、イランに対して数々の経済制裁が科せられている。
* * *
上記の記事の内容から、これから復興フェーズに入るだろうシリアの復興需要の特需が米国の経済制裁で困難なイラン経済の救いの神になることをイラン側が期待していることがうかがわれる。
同時に、記事も指摘する通り、イランとシリアの物流はイスラエルの空爆により阻害されており、イランが復興特需にあずかるのは容易ではないことが示唆される。
ちなみにロシアがアサド政権を支援したのは、地中海にある唯一のロシア海軍の拠点であるラタキア港の確保が大きいと思われる。
2011年に始まったシリア内戦は、少数宗派であるアラウィ派のアサド政権と人口の大多数を占めるスンニ派の反政府勢力との間で激しい戦闘が続いたが、イランとロシアが支援するアサド政権の勝利が見えて来ている。
内戦の勃発後、サウジアラビア他のスンニ派アラブ諸国は、スンニ派の反政府勢力を支援して来たが、5月1日にシリアとサウジの外相が会談を行うなど、サウジを筆頭にアサド政権勝利の現実を認識した動きが見られる。
内戦中、物的、人的な支援を行ってきたイランとしては、これまでの苦労がやっと報われると思いきや、サウジなどに果実を横取りされる訳にはいかないと、ライシ大統領の訪問となったのであろう。
増加するイスラエルの介入
イランにとってシリアは、世界で唯一イラン型イスラム革命を支持するレバノンのヒズボラへの重要な補給ルートである。
そして、イランには、イスラエルの隣国シリアにイラン系民兵を展開させる事により、イスラエルを牽制するという思惑があり、シリアへの影響力維持は死活的に重要である。
当然、イスラエルはこれを容認出来ず、妨害することになる。
米国の経済制裁再開後、イラン側も資金不足に陥り、ヒズボラに対する財政支援も原油や油製品になったようであり、それゆえ、イスラエルによる燃料トラックやタンカーへの攻撃が増加している模様だ。
中国の仲介によるサウジとイランの関係回復が大きく取り上げられているが、実はシリアを巡ってサウジとイランの勢力争いが起きつつある。中東は一筋縄ではいかない。【5月25日 WEDGE】
*******************
もちろん、これまでアサド政権はイラン支援で持ちこたえてきたという経緯がありますので、復興にあたってイランを軽視するというのは難しいでしょうが、支援競争となれば、制裁で苦しみ、ヒズボラ支援もままならないイランに対し、石油大国サウジアラビアは優位な立場にたつこともあるのかも。
【取り残された感のあるイスラエル】
一方、サウジアラビア以上に核開発を続けるイランを警戒するイスラエルは、イランとの「影の戦争」を続けていますが、昨今の急速な中東情勢の変化から取り残されたような立場にもなっています。 ネタニヤフ首相と反ネタニヤフ勢力の対立が激化する国内事情も外交戦略立ち遅れに影響していると思われます。
サウジアラビアなどとの関係改善といった巻き返しが今後あるのか・・・といったところ。