孤帆の遠影碧空に尽き

年に3回ほどアジアの国を中心に旅行、それが時間の流れに刻む印となっています。そんな私の思うこといろいろ。

トルコ・シリア  被災者の苦難とは別次元の“政治的”対応、更には震災を機とした国際情勢変化も

2023-02-20 22:58:16 | 中東情勢

(被災地を訪問するシリアのアサド大統領(左から2番目)【2月20日 WEDGE】)

【トルコ国内被災者には多くのシリア難民も】
トルコ・シリアで4万6000人を越える死者(おそらく数字は今後さらに増加することが予想されます)を出した2月6日の大地震については、トルコでは一部地域をのぞき捜索活動を終えた・・・というか、時間的に終了を余儀なくされた状況です。

****トルコ地震2週間、死者4万6000人超…南部2県を除き捜索活動は終了****
トルコ南部で6日に起きた地震は、20日で発生から2週間となった。トルコ政府は被害が甚大な南部カフラマンマラシュ、ハタイ両県を除き、被災地で続けていた捜索活動を19日で終えたと発表した。トルコと隣国シリアを合わせた死者は4万6000人を超えた。

トルコのアナトリア通信やシリア保健省などによると、トルコでの死者は4万1156人、シリアでの死者は5800人以上となっている。

トルコでは、ハタイ県で18日に40歳代の夫婦が296時間ぶりに救助されて以降、新たな生存者の救出は伝えられていない。倒壊した約40棟では19日現在でも捜索が続いているという。

トルコ政府の調査では、倒壊したか修復不能の建物は11万棟以上で、46万900人以上が被災地から他県に避難した。避難者は220万人以上との推計もある。

一方、内戦下のシリアでは被害の調査が進んでいない地域もあるとみられる。反体制派が支配する北西部では、政権側の妨害で支援も滞っているという。【2月20日 読売】
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被災者の支援が十分でないこと、被災者が緊急の支援を必要とする状況にあることはすべての災害にも共通することですが、特に内戦下のシリアで、政府の支配が及ばない地域(より正確には、政府と敵対する地域)が大きな被害を受けたことで、その支援活動が非常に困難なものになっていることが多く報じられています。

一方、トルコには400万人とも言われる多くのシリアからの難民が暮らしていますが、被災者にはそうしたシリア難民も多く含まれています。

故郷のシリアで住む家を失い、避難先のトルコで再び悲劇に・・・という惨状です。

【震災で悪化するシリア難民へのトルコ国内の感情 顕在化する差別】
生活が苦しいときに「この困難はあいつらのせいだ!」という差別意識が台頭するのはありがちなことですが、経済が悪化するトルコでもかねてよりシリア難民に対する非好意的な感情も存在していました。今回の大惨事によってそうしたシリア難民に対する感情が噴出している状況も報じられています。

****トルコでシリア難民差別が悪化、地震が影響 「略奪していた」との非難も****
トルコ南部のシリア国境近くを震源とする大地震が2月6日に発生して以来、トルコでは400万人のシリア難民に対する差別が悪化している。被害後の混乱の中、シリア難民が略奪行為に及んでいたと非難する向きもいるという。

現地では避難所で、トルコ人とシリア難民の居住スペースを分ける措置も取られようとしている。 

トルコでは、シリアとの国境付近を震源とする地震の影響が、トルコに住むシリア難民400万人への差別を助長している。 地震被害を受けた街で、シリア難民が略奪をしていたと非難する声もある。

ツイッターでは「シリア人はいらない」「移民は国外退去させるべき」など反シリア的なスローガンがトレンドになった。 地震ですみかを失ったシリア難民には、避難所から追い出されたという人も。 

シリア難民のビラル・エルシェイクさん 「皆を受け入れる避難所だったのに、深夜2時に突然、追い出された。 誰か分からない人に連れ出された。午前2時に人が来てドアをノックし、バスに乗せられ、どこか別の場所に連れて行かれ、そこに泊まった。 私たちは1週間もこの状況で苦しんでいる」

シリア難民への反感は今に始まったことではない。トルコには、シリアの内戦から逃れた400万人の難民が住んでおり、安価な労働力としてトルコの雇用を圧迫しているとみなされていたが、地震が反感をさらに悪化させた。

シリア野党の元政治家、ムスタファ・アリ氏はトルコ南部のメルシンで約250人のシリア難民向け仮設シェルターを運営。彼らは人種差別的な中傷を受けており、居住者の半数は子どもだ。 

アリ氏は、トルコ人避難民とシリア難民の住居を別にすることを地元当局と合意したと言う。 

シリア野党の元政治家、ムスタファ・アリ氏 「私は、住む場所を分けることは良いことだと思う。文化や生活様式、言葉の違いもある。別にすることで、細かい問題を解決できるかもしれない」【2月15日 ロイター】
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避難生活だけでなく、救助活動においても「トルコ人優先」という差別があるとの報道も。捜索はトルコ人が優先で、埋もれているのがシリア人だとわかると後回しされたといったシリア人被災者の言葉も。

入院もトルコ人だけで、シリア人は門前払いにされたとも。

自国民優先という感情はわからないでもないですが、やはり“人間”としてどうか・・・・という感があります。

【大統領選挙に向けて“政治的対応”を迫られるエルドアン大統領】
政治的な話で言えば、5月にも大統領選挙を控えたトルコ・エルドアン大統領としては、こうしたトルコ国民の“感情”に配慮する必要もあります。

ただでさえ、今回の甚大な被害は“人災”ではないかとの批判も出ている状況です。

****10階建てビルのがれきの山、主婦「違法建築か」「人命軽視だ」…トルコ地震に人災の声****
トルコ南部で6日に起きた地震は、今も被害の全容が見えない。ここまで深刻化した被害に、何度も大規模地震に見舞われながら対策を軽んじてきた結果の「人災」との見方が強まる。

震源に近い南部ヌルダウ。古い建物に加え、新しい建物も多数崩れた。近くの村の主婦アシエ・アスラムさん(36)は、兄が倒壊に巻き込まれた10階建てビルのがれきの山を見つめ、「違法建築だったのでは。人命軽視だ」と憤った。アンタキヤでも800人超が住む築約10年の12階建て建物が倒壊するなど、多くの住人が今も行方不明だ。

トルコでは1999年に1万7000人超が犠牲となった地震以降、耐震基準が強化され、現在では日本と同水準とされる。だが、違法建築や手抜き工事が今でも横行し、基準は空文化しているのが実情だ。

国内約2100万棟の建物の半数以上は無許可建築ともいわれる。トルコの建築事情に詳しい安藤ハザマトルコの森脇義則代表(67)は「もうけを優先する業者が費用を抑えるため、貧弱な鉄筋やコンクリートを使い、地盤調査もまともにしない例が多くある」と指摘する。

完成時に建物を検査する仕組みも機能せず、行政の腐敗体質が対策の徹底を長年、放置してきた。

違法建築が、時限法による「恩赦」で合法化されてきたことも深刻な被害を招いた一因とされる。業者が一定金額を払えば、基準を満たさない建物にも許可を与える制度で、最近では2018年の大統領選前にタイップ・エルドアン政権が主導した。

経済発展を重視し、大衆迎合的な政策で約20年の長期政権を築くエルドアン大統領が支持基盤の建設業界におもねったとも指摘される。トルコ土木協会のタネル・ユズゲチュ元会長は「命よりも業界票の獲得を優先した結果がこれだ。まさに『人災』だ」と訴える。

司法当局は各地で倒壊した建物の建設責任者130人以上の捜査を始めたが、「政府の責任逃れ」との声も上がる。エルドアン氏は14日のテレビ演説で「人類史上類を見ない自然災害だ」と述べ、「天災」被害を強調した。

被災地の被害調査にあたるトルコのクルッカレ大学のオルハン・ドアン教授(構造設計)は「本当にこの地震を教訓にできるのか」と危惧する。【2月16日 読売】
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違法建築に関してカネで「恩赦」を与える・・・政権批判が出るのも当然でしょう。

エルドアン大統領としては、こうした批判をかわし、更に前述のような悪化している対シリア難民感情にも対応することを再選に向けて求められています。

【シリア・アサド大統領にとっては、国際的孤立からの脱却の“好機”にも 中東情勢に変化も】
一方、国際的に孤立するシリアのアサド大統領にとっては、今回の震災への対応は事態改善の糸口となる可能性があります。

こうした震災に対する両者の思惑、さらには周辺国のシリア接近は、今後の中東情勢に変化をもたらす可能性があります。

****大地震を孤立脱却に利用 アサド・シリア政権の深謀遠慮****
内戦での化学兵器使用などで世界から締め出されてきたシリアのアサド政権はトルコ・シリア大地震を国際的な孤立脱却の機会に利用している。

地震対策の無策ぶりを批判されているトルコのエルドアン大統領も難民の送還やクルド人問題でシリアの協力が必要なことから急接近。

資格停止されたシリアの「アラブ連盟」復帰も現実味を帯びてきた。アサド大統領の深謀遠慮を探った。

反政府勢力の被災はアサド政権に好都合
2月18日の時点で大地震の死者は約4万6000人を超えたが、行方不明者が膨大な数に上ることから犠牲者は最終的に10万人に達するとの見方もある。特に懸念されているのは支援が届かないシリアの被害だ。被災地の中心は内戦での反政府勢力の「最後の牙城」である北西部イドリブ県だ。

トルコ国境に近い同県には450万人ほどが居住していたが、今のところ死者は約6000人と伝えられている。政府軍やロシア軍による度重なる砲撃で多くの建物が弱体化していたところに地震が追い打ちを掛けた。国連などの援助は地震発生から4日目になってやっと国境から搬入され始めたが、被災地の1割にも届いていない状況という。

反政府勢力はスンニ派イスラム教徒が中心で、その中核組織は「シリア解放委員会」(旧ヌスラ戦線)。かつては国際テロ組織アルカイダのシリア分派だった。エルドアン政権はこれら反政府勢力に支援を与えて取り込み、トルコ国境の安全保障を支える〝駒〟としている。

今回の地震は反政府勢力にも大きな損害をもたらしたのは確実だ。反政府勢力が地震で打撃を受けたのはアサド政権にとっては好都合だ。アサド政権は2011年に内戦がぼっ発した後、反政府勢力に押し込まれて政権崩壊の瀬戸際までいった。

そこを救ったのがロシアとイランだった。イランは革命防衛隊を、ロシアは空軍を送って反政府勢力を撃退、イドリブ県に追い詰めた。

敗北を重ねていたアサド政権は化学兵器や焼夷弾を使用、捕虜や住民に激しい拷問を加えた。こうした残虐行為に「アラブ連盟」はシリアの加盟資格をはく奪、米欧はアサド政権に厳しい制裁を科した。内戦で国民の半数は難民となって離散、シリア経済はどん底に陥った。

一時は内戦に加え、過激派組織「イスラム国」(IS)が国土の一部を占領した。現在でも反政府勢力が北西部を、北東部をクルド人勢力が支配しており、国土統一にはほど遠い状態だ。

アラブ世界復帰目論む
だが、内戦発生から10年が経過した頃からシリアを取り巻く状況に変化が生まれ始めた。和解の流れを作ったのはアラブ首長国連邦(UAE)のムハンマド大統領だ。

ムハンマド大統領(当時皇太子)がアサド大統領と電話会談、それにヨルダンのアブドラ国王らも続いた。背景には同じイスラム教徒という同胞意識やシリアの混乱が中東全体を不安定にさせる、との危機感があったようだ。

ムハンマド大統領は地震後の支援でも、シリアに1億ドルの供与を早々と決めた。エジプトのシシ大統領も内戦以降初めてアサド氏と電話会談、他のアラブ諸国も次々と支援を送った。だが、何と言っても注目されたのはサウジアラビアが被災地のアレッポに支援物資を空輸したことだろう。 

というのも、サウジはアサド政権がイランとの連携を強めていることもあり、シリアの「アラブ連盟資格停止」の旗振り役を演じるなど、アサド政権を敵視してきたからだ。被災支援とはいえ、大国サウジの行動はシリアに対する姿勢を軟化させたものと受け取られてる。

米紙によると、シリアに対して最も大規模かつ厳しい制裁を科している米国のバイデン政権も人道的な理由からとして「半年間、シリアの国際的な取引を容認する」と異例の制裁緩和に踏み切った。

アサド大統領がこうした状況を好機ととらえたのは間違いない。地震直後には、トルコ国境の援助物資搬入地点は1カ所しかなかったが、国連高官との会談で、搬入地点を2カ所増やすことに同意した。

アサド氏にしてみれば、〝敵(反政府勢力)に塩を送る〟ことになるが、善意を示すことで結果的に得をする道を選んだのではないか。ターゲットはアラブ世界への復帰、つまりは「アラブ連盟」の資格停止解除だろう。

急接近するエルドアンの狙い
こうしたアサド氏に急接近を図っていたのがエルドアン大統領だ。大統領は1月初め、アサド氏との首脳会談に言及し、関係改善に意欲を見せた。両国はロシアの仲介で昨年末、モスクワで国防相会談を行っていたが、エルドアン大統領は近く外相会談を開き、その後に首脳会談を開催すると具体的な見通しまで示していた。

トルコとシリアは内戦以来、断交状態にあるが、エルドアン大統領はなぜ今、関係改善に舵を切ろうとしているのだろうか。

エルドアン氏の戦略的な狙いは2つ指摘できるだろう。第1に、トルコが抱える約400万人のシリア難民を早急に送還する必要に迫られているからだ。

その理由はトルコの経済低迷が背景にある。トルコはインフレ、通貨暴落など経済が悪化し、難民を国内に収容し続ける余裕がなくなっている上、愛国主義の高まりで反難民感情が増大しているという事情がある。

エルドアン大統領はすでに、「難民送還計画」に基づいてシリア領内に数万戸の難民住宅を建設しており、最終的にはここに100万人を収容したい考えだ。

第2に、トルコ国境沿いのシリア北東部を支配するクルド人の掃討問題がある。エルドアン氏はトルコ国内の反体制クルド人組織と敵対してきたが、シリアのクルド人も一体と見なしており、シリアに侵攻して一掃する構想を描いてきた。これにはアサド政権の協力が不可欠になる。

この2つがエルドアン大統領のシリア接近の理由だ。だが、米国は現在もシリアのクルド人勢力と連携してIS壊滅作戦を続行しており、トルコ軍のシリア侵攻には反対だ。エルドアン大統領の思惑通りに運ぶかは予断を許さない。

地震の被害拡大はエルドアン政権が建物の建築審査に手心を加えてきた結果の「人災」という批判が強まっており、このままでは5月に迫る大統領選挙での当選は危うい。このため大統領が国民の怒りを解消するべく大胆な決断や行動に打って出るとの憶測も根強い。トルコ情勢からますます目が離せなくなった。【2月20日 佐々木伸氏 WEDGE】
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震災の被害に苦しむ被災者の思いとは別次元で、“震災を好機とする”ような国家間の駆け引きが進んでいます。

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