(5月21日 シカゴで開催されたNATO首脳会議に招待されたザルダリ大統領(右から二人目) 補給路問題が進展しないことで、オバマ大統領はザルダリ大統領との会談をセットせず“冷遇”したとも報じられています。 “flickr”より By DTN News http://www.flickr.com/photos/dtnnews/7248930698/ )
【米:「堪忍袋の緒が切れそうだ」】
アメリカはアルカイダを率いたウサマ・ビンラディン容疑者殺害後も、パキスタンに潜むテロリストへの無人機攻撃を続けています。こうしたアメリカの対応に、パキスタン国内には強い反米感情があり、「国際法違反でパキスタンの主権の侵害にあたる」とアメリカを批判しています。
パキスタン議会は4月には、無人機攻撃の即時停止などを求める決議を採択しています。
****アルカイダ「ナンバー2」を殺害 米、無人機攻撃で****
カーニー米大統領報道官は5日の記者会見で、国際テロ組織アルカイダのアブヤヒヤ・リビ幹部が死亡したことを明らかにした。AP通信などによると、米中央情報局(CIA)が4日、パキスタン北西部の部族地域で、無人機攻撃によって殺害したという。(中略)
米政府は、アルカイダ掃討の重要な手段として、部族地域での無人機攻撃を極秘に続けている。しかし、パキスタン政府は反発し、攻撃の停止を要求している。AP通信によると、パキスタン外務省は5日、今回の攻撃についても「国際法違反でパキスタンの主権の侵害にあたる」と米側に抗議した。(ワシントン=望月洋嗣) 【6月7日 朝日】
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アメリカにとっては、アフガニスタン戦略を遂行するうえでイスラム武装勢力の潜伏地となっているパキスタンの協力は不可欠ですが、昨年11月の米軍の検問所誤爆でパキスタン兵24人が死亡した事件にパキスタン側が強く反発し、アフガニスタンへの補給路を閉鎖しており、両国関係は悪化しています。
パキスタン側は補給路再開と引き換えに、トラックなど1台につき、1千ドル(約8万円)の通行料の支払いを、ISAFを主導する北大西洋条約機構(NATO)に要求しています。
この通行料は新たな“経済支援”になるとしてパキスタン側はしていますが、アメリカなどNATO側は通行料収入の使途の透明化などを求めており、決着していません。
先月、アメリカ・シカゴで開催されたNATO首脳会議にパキスタンのザルダリ大統領が招待され、両国関係の改善の動きと注目されましたが、具体的成果は出ていません。
なお、オバマ大統領はザルダリ大統領との会談を行わず、クリントン米国務長官との会談となりました。大統領選挙を控えてアメリカ側にはパキスタンに譲歩する意思はあまりないようです。
****無人機攻撃の「解決」要求=米長官と会談―パキスタン大統領****
クリントン米国務長官は20日、北大西洋条約機構(NATO)首脳会議が開かれているシカゴ市内で、パキスタンのザルダリ大統領と会談した。ロイター通信によると、ザルダリ大統領はパキスタンでの米軍による無人機攻撃問題の「恒久的解決」を要求した。
米政府は、昨年11月のNATO軍による検問所誤爆事件で悪化した両国関係の修復を目指している。パキスタンが同事件以来、遮断しているNATO軍のアフガニスタン向け補給路再開に向けた交渉も続けているが、難航しているもようだ。【5月21日 時事】
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5月末には、アメリカ側が、検問所誤爆事件を受けて国外退去させていた連絡官2人をパキスタンに戻すことが発表されました。「関係修復に向けた新たな一歩だ」(米国防総省のカービー広報官)とのことでしたが、前出の無人機攻撃によるアブヤヒヤ・リビ幹部殺害で、関係改善は停滞しそうです。
ザルダリ政権としては、アメリカとの関係を維持したい考えはあるものの、NATOへの補給路を再開すれば国内世論を敵に回すのは避けられず、再開に踏み切れないのが実情・・・と、アメリカからの圧力と反米国内世論の板挟み状態にあります。
進展しないパキスタン・ザルダリ政権の対応に、アメリカ側は苛立ちを募らせており、パネッタ米国防長官は「我慢の限界にきている」と怒りを見せています。
****米国防長官「我慢の限界」=パキスタンは武装勢力掃討を****
パネッタ米国防長官は7日、アフガニスタンの首都カブールを予告なしに訪問し、ワルダク国防相と会談した。長官は会談後の記者会見で、アフガンへの越境攻撃を続ける武装勢力の取り締まりに本腰を入れないパキスタンに対し「堪忍袋の緒が切れそうだ」と怒りをあらわにし、国内のテロリスト撲滅へ行動を起こすよう要求した。
米国はパキスタンが武装勢力を保護しているとみて圧力をかけているが、ここまで強い調子で非難するのは異例。ワルダク国防相もテロ問題でパキスタンの協力は不可欠とした上で、「彼らもいずれ協力姿勢を見せ、(武装勢力の)指揮系統を破壊して武器調達を阻止できると期待する」と述べ、対米強硬姿勢の軟化を求めた。【6月7日 時事】
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なお、パネッタ米国防長官によると、補給路をパキスタンが遮断していることにより、毎月1億ドル(約79億円)の費用が余計にかかっているとのことです。
もっとも、“堪忍袋の緒”が切れたらアメリカは何をするつもりなのでしょうか?
【司法・軍部の揺さぶり】
パキスタン・ザルダリ政権はアメリカの圧力と反米国内世論だけでなく、司法・軍部からの圧力にも直面しています。
パキスタン最高裁は09年12月、ムシャラフ前政権下の07年に出されていた国民和解令を違憲、無効とする判決を下しました。この国民和解令は、07年当時汚職容疑などに問われていた現大統領ザルダリ氏らを免責としていました。
09年の判決後、最高裁は政府に対し、ザルダリ大統領への捜査再開を一貫して求めてきたましたが、パキスタン政府は大統領には免責特権があるとして拒んできました。このため最高裁は今年2月、ギラニ首相が判決の履行を怠っているとして法廷侮辱罪で起訴し、4月26日には、ギラニ首相に対し有罪判決を言い渡しています。
この判決では首相の議員資格喪失などについては明示されていませんでしたが、最高裁は6月19日、ギラニ首相は判決の確定を受けて議員資格を失い、首相としても失職したとの決定を下しました。
****パキスタン:ギラニ首相失格 最高裁が初の司法判断****
パキスタン最高裁は19日、ギラニ首相が首相の資格を失ったとの初めての司法判断を示した。首相は4月に「法廷侮辱罪」で有罪判決を受け、5月に有罪が確定。その後も「判決は首相不適格を意味しない」として、首相職にとどまっていたが、辞任が避けられない情勢となった。野党指導者らが首相資格無効を最高裁に訴えていた。
チョードリー最高裁長官は19日の司法判断の中で「現在パキスタン首相は空席だ」と述べ、選挙管理委員会にギラニ氏の議員資格失効を言い渡すよう命じた。与党・人民党は、次期首相の議会選出を目指すとみられるが、難航が予想される。(後略)【6月19日 毎日】
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政権・与党側には最高裁決定に異議を申し立てる選択肢もありますが、「最高裁との対立激化を避けるため次の首相を選ぶべきだ」(与党・人民党幹部)と、来春までに行われる総選挙を視野に、政権へのダメージを最小限に抑えるため最高裁決定を受け入れる方向で、次期首相の選定が進んでいます。
与党・人民党は21日、ギラニ首相の後任候補としてマクドゥーム・シャハブディーン繊維相(65)を擁立することを決めています。
しかし、この次期首相候補にも違法薬物取引に関わった疑いがあるとして逮捕状が出されています。
****パキスタン新首相候補に逮捕状 軍傘下機関の独自裁判所*****
首相が司法手続きにより失職に追い込まれたパキスタンで21日、ザルダリ大統領が後任首相候補に選んだ下院議員に逮捕状が出た。逮捕状を出したのは、麻薬取り締まりを行う軍傘下の機関(ANF)が独自に持つ裁判所。軍部がザルダリ政権に対して揺さぶりをかけている可能性がある。
ザルダリ氏が首相候補に選んだのは、最大与党・人民党の繊維相マクドゥーム・シャハブディーン氏。保健相時代の2011年に国内の医薬品会社が覚醒剤の原料となるエフェドリンを不正に取り扱っていたとされる事件に関係した疑いで先月、ANFの取り調べを受けていた。
下院での首相指名選挙は22日に開かれる予定だが、同氏が実際に逮捕される事態に備え、人民党は第2、第3の候補も立てている。【6月21日 朝日】
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こうした事態を受けて、与党・人民党は、第2候補だったペルベズ・アシュラフ元水利・電力相を次期首候補に選定したようです。
首相選定の投票は現地22日午後5時30分(日本時間22日午後9時30分)に予定されているとのことですので、今頃は確定しているのではないでしょうか。
ただ、“ペルベズ・アシュラフ元水利・電力相も疑惑の人物だ。レンタル発電機をめぐってリベートを受け取ったとされるほか、不正な資金でロンドンの土地を購入した疑いが持たれている。首相就任後に最高裁からザルダリ大統領の汚職疑惑再調査命令を受ける公算は大きいが、ギラニ前首相同様に従わない場合には司法の攻撃を受ける材料となる可能性が高い”【6月22日 モーニングスター】とのことです。
次期首相の第1候補、第2候補ともに汚職疑惑があるだけでなく、ザルダリ大統領自身がかつては“ミスター10%”と揶揄されていたように、大統領自身を含めた政界の腐敗体質は根深いものがあるようです。
野党党首のシャリフ元首相らは議会解散と前倒し選挙を要求しています。
ムシャラフ前政権当時から政権批判を続けるチョードリー最高裁長官などの司法勢力、アメリカの“主権侵害”で面子を潰されている軍部の揺さぶりで、ザルダリ政権の今後も混乱は必至の情勢です。
ただ、これまでも何度も書いたように、四面楚歌のような状況にありながらも政権が続くところがザルダリ政権の不思議です。
妻の故ブット前首相の死亡で転がり込んだ大統領の地位で、就任当初は「3か月ももたない」とも言われたザルダリ政権ですが、4年に及ぶ“長期政権”となっています。政権運営にはそれなりの才覚があるようです。
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