若者の村離れと農家の嫁不足解消に役立てようと、数十年ぶりに、村をあげての暗闇祭りが行われることになった。
孫娘が出かけ、息子夫婦が出かけると、トメは落ち着かなくなった。
『年甲斐もなく』何度も呟いてみたが、どうにも騒ぐ気持ちを抑え切れない。
タンスに眠る娘時代の着物を取り出すと、胸高に帯を締めた。嫁の化粧品をちょっと借り、後ろに束ねた白髪を解き垂らした。
五大堂は数本の灯明だけで浮かび、詣でる人々の顔は、闇に慣れた目にもはっきりとは見えない。せかされるように山門に立ったが、気恥ずかしさが後を追ってきた。
『やっぱり帰っぺ』引き返そうとしたトメの腕が、逞しい手に掴まれた。
「今夜、オラと過ごすっぺよ」
若い声はトメの耳元で囁いた。
後ずさりするトメを若者が笑った。
「可愛いね。何も怖い事は無がっぺよ」
じいさんが逝って二十年。ましてや、若者の側にいると思うだけで口が利けない。
「あれれ、随分手が荒れているようだけど、きっと働き者なんだっぺね」
トメの手を撫でながら若者は言った。その手は背に回り、指はトメの髪を梳いた。
「長い髪だね。美しい髪なんだっぺね。明るい所で見たいな。お堂の方へ行くっぺよ」
トメは、闇の中で頭を振った。しどろもどろの言い訳をすると、一目散に家に逃げ帰った。
「じいさん、ほんの出来心だっぺよ。許しておくれ。あの頃の祭りを思い出してよ。それにしても、若いということは良いものだなぁ」
仏壇の前にペタリと座ったトメの、鳴らす鐘の音は高かった。
★著書「風に乗って」から、シリーズ「風に乗って」17作をお送りしています。楽しんで頂けたら幸いです。
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