【世界で唯一、原爆を落とされた国が、なぜ原発大国になったのだろう? ヒロシマ・ナガサキとフクシマは、見えない糸でつながっている。そのつながりを、歴史を振り返り、圧倒的な想像力で描き出していく。これからの「核」の話をはじめるための、最初の一冊。】
原爆と原発は利用の仕方が違うだけで、原理は同じ。
原子力の恐ろしさを身をもって知っているはずの日本はなぜ、原発を受け入れたのか。
何度も被爆し今もなお苦しみ続けている日本。5度目はフクシマの事故。
なぜ懲りないのか。学ばないのか。
・・・といって、自分もフクシマまではあまり考えず、目の前のことだけに流されてた。
でももう、アメリカや権力者の言うなりにならないように、誰も二度と悲惨な目に合わないように、
自分の頭で冷静に考えたい。
第1章 核をめぐる時代のムード
第2章 新しい太陽は、どうやって生まれたのか?
第3章 核兵器に苦しんだ日本は、なぜ原子力を受け入れたのか?
第4章 福島第一原発事故後をどう生きるか?
第5章 黙示録の解放
ナチスが核兵器を手に入れ戦争に使うのを防ぐため、アメリカに先に原爆をもたせ抑止力としたい、ということで原爆は作られたそうだ。(・・・結果は、アメリカが戦争に使ってしまった。「抑止力」というものについて、よくよく考える必要がある!)
アメリカは、すでに壊滅状態の日本に2度も、無警告で!原爆を落とした。
無警告であったために、何も関係のない何万という民間人が逃げる間もなく犠牲になった。
(何と非人道的! しかし、そもそも戦争自体が非人道的な殺人である・・)
原爆投下は、日本をソ連ではなく、何としてでもアメリカが占領したい、日本がソ連の手に渡るのを防ぐため、ソ連に見せつけるためだったのではないか。(いまだにアメリカの属国のようなもの・・?)
アメリカの権力者が自分たちの力を維持するため、アメリカの発展(国益)のために、何十万という命が犠牲になった・・。
アメリカは自らが手に入れた力が恐ろしくなった。核を最も恐れていたのはアメリカだったのでは。
そして、核兵器による最大の被害者である日本のこともとても恐れていたのではないか。
アメリカは原爆とアメリカのイメージを切り離したかった。だから、日本に原発を押しつけてきた。
未来のエネルギーという夢で洗脳しようした。そして日本人は洗脳された。
自分の所属する国家を正当化するために、より強い愛国心を持つ。そして、正義、正義、正義で固める・・・。(どの国も権力者は同じような手を使う。みんな自分が一番だから・・)
戦後に軍国主義から解放された多くの日本人は、自由な経済活動を行い、アメリカのようにもっと豊かになりたいと望んでいた。
当時の経済人たちは「産業を発達させるには新しいエネルギーが必要だし、アメリカとの良好な関係を保たなければいけない」と考えた。国家の利益が、ほんとうに国民の利益に通じるのかどうか。
でも、戦後はなにより国益というものを優先して政治が行われてきた。敗戦によって衰えた国土を復興し、経済を発展させ、皆が豊かになるためには、どうしても超大国アメリカの力が必要だった・・・。
核に関することはいつも、正義のため、平和のためという名目で行われてきたことを考えれば、どれほど「正義」や「平和」が相対的で内実のともなわない言葉であるかがわかる。核競争が核による抑止という「安全」のために進められてきたことを考えれば「安全」という言葉の危うさも理解できる。
(絶対的な正義も、絶対的な安全もない。平和はひとりひとりの心の中にしかない。いかなる場合も殺人に正義などない。)
核に関する倫理を作ることが、人類史上最初に原爆を落とされた日本という国の義務ではないか。
イデオロギーを超えて「核の国際倫理」の構築を目指すべきときではないか。
日本が責任をもって核廃棄物を見守り続けるために必要なことは、脱原発後の長く不毛と思える仕事への社会的理解と共感。
原子力はすでに存在する。発見された以上は消すことはできない。原子力への理解と、世界に通用する倫理の確立が必要。
核の問題を根本から問い直し、よじれた糸をていねいにほどいていくことが、これからの日本の役割。
とても理性的な考えだと思う。参考になる。(ちくまプリマー新書)
星4つ
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