関内で二郎を食した私は、これから闘牌をすべくよね先生宅へと向かう・・・
その流れで日記は始まるはずでしたが、時は流れて令和4年の夏。
GWには大会は開催されませんでしたが、お盆休み前の大会はオンラインながら開催されました。
お盆休みの大会、すなわち第82回大会の模様はのちほど記すこととして・・・
令和3年の年末大会の模様を記すのに、なぜ令和4年の夏まで待たなければならなかったのか。
それは、かつ会長とよね先生の、いわば名誉に関わると考えたからです。
令和3年年末大会の後、かつ会長はご自分のブログにて事の次第を明らかにされました。
そして令和4年夏の大会にて、よね先生よりお許しをいただきました。
そのため、この日記を公にすることができるとの考えに至り、第81回大会の様子をここに明らかにしていこうと思います。
・・・・・・・・・それでは、時計の針を令和3年12月28日、午後11時に戻していきましょう・・・・・・・・・
ねんがんの関内二郎を食し、闘いの準備は調いました。
今回も大会会場となるよね先生宅へと赴きます。
到着すると、かつ会長が先着していました。
赤き国からの災厄がはびこって以来、2年ぶりにご対面。
私とたか副会長も来場して、今大会は久しぶりにじゃんたまではない麻雀ができます。
だからといってすぐさま闘牌をするのではなく、まったりとサブコンテンツに興じます。
今回は、よね先生が取り寄せた北海道全市町村のパズル。
しかもこれは、平成の大合併以前の市町村のもので、全212市町村あります。
212で思い出すのは・・・「カントリーサインの旅」。
そして「十勝二十番勝負」も212市町村時代の企画でしたね。
麻雀が始まる前のまったりタイムで、このパズルに着手。
今回も地酒と肴を引っ提げて、たか先生登場。
本日の肴は、さばのへしこというもの。
「へしこ」ってなんだろう? なんとなく美味そうな響きのある言葉だなぁ。
その前に、兎にも角にも麻雀です。
日付が変わって午前0時半ごろ、闘いが始まりました。
北海道パズルも一時中断です。
そういえば、麻雀牌をさわるのは久しぶりです。
対面で麻雀するのも同様。
あまりにも麻雀から離れていたのか、麻雀の画を撮るのも忘れてしまったのです。
この日の対戦結果~。
なんだか和了れなかったなぁ。
それでも大負けというわけでもない。
まぁよい、最終日に一気に逆転しよう。
私は捲土重来を誓いつつ、
たか先生が持ってきた地酒を飲んでいましたが、午前4時ごろには眠りにつきました。
鬼ヅモ同好会が発足して以来、最大の危機が起きていました。
よね先生、救急搬送!!
私とたか先生が眠りについた後も、会長とよね先生は引き続き飲み明かしていたようです。
二人は小学校以来の盟友、それが2年ぶりの再会とあっては、深酒になるのも無理もありません。
私が一時目を覚ますと、二人は数学の「公理」について激論を闘わせているもよう。
うんうん、これもわが同好会の定番ともいえる光景。
コロナ禍によって失われていたものが、徐々に戻りつつある・・・そう思いながら私は再び眠りについたのでした。
そして再び私が目を覚ますと、会長が電話をしています。
どうやら会場の住所を伝えている・・・なんらかの宅急便でも依頼しているのだろうか?
しかしその電話にて・・・
「トイレでうずくまったまま、動いていません」
「意識はあります」
これはおかしい・・・そういえばよね先生の姿が見えない・・・!!
会長の電話から約15分後くらいだったでしょうか。
3名の救急隊が会場にやってきたのでした。
よね先生はなおもうずくまっていましたが、救急隊の方と会長の助力と本人の気力でなんとかトイレを脱出。
会長は自責の念もあってか、病院まで付き添う旨申し出ておられましたが、コロナ禍のご時世がそれを許しませんでした。
救急隊の方の強い説得もあり、我々は救急車をお見送りすることしかできませんでした。
午後2時ごろ、よね先生ご帰宅。
みなとみらいの病院にて治療を受けられたようです。
よね先生はタクシーをもって自力で戻られましたが、体調は万全といえるものではありませんでした。
この日の麻雀は中止。
会長はこの日をもって帰宅され、このまま大会は終了となったのでした。
そういえば途中でやめてしまったこのパズル。
リセットして最初から挑戦していきます。
外枠から埋めていくのが、パズルのセオリー。
この場合だと、沿岸部の市町村をはめていくのが常道なのですが・・・内陸の十勝地方がやたらと埋まっていきます。
上ノ国町、猿払村、興部町も一発でビシッと埋められちゃいます。
鹿部町・・・「鹿部はこっちだ」とばかりにピースを置いていく・・・。
初挑戦の私は、完成までに1時間ほどかかってしまいました。
そのあとでよね先生もトライしてみると、約20分ほどで完成。
さすがは持ち主・・・よね先生が快方に向かっていることが確認できて、まずはひと安心といったところでした。
今回の騒動があって、
「さばのへしこ」はその存在をすっかり忘れられてしまい、我々の口に入ることはなかったのでした。
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