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私の漫画遺産 10 「黒い秘密兵器」  by 福本和也&一峰大二

2020年11月01日 | 漫画・アニメ、そして特撮

 

昔、野球漫画には魔球というものがつきものだった。

それは主人公の投手が投げるウイニングショットで、現実では不可能な荒唐無稽な変化をする球だった。

ボールの軌道も、またその「見え方」も、そしてその原理もまた荒唐無稽であった。

でも、読んでて楽しかった。こんな魔球が本当にあったら楽しいだろうなと思い、読者少年たちはその野球漫画に熱中した。

 

魔球が出てくる野球漫画で一番有名なのは「巨人の星」であったろう。

「巨人の星」は絵柄などかなりリアルな劇画だったの思うのだが、その中に魔球という荒唐無稽な要素が物語上重要な存在感で出てきていた。

魔球という荒唐無稽な要素と、緻密な絵柄、そして深い人間ドラマがあった作品だった。

そんないくつもの要素があったから、あの作品を名作にしたのかもしれない。

 

魔球が出てくる野球漫画というのは、「巨人の星」以前にも多数あった。そういう作品では、魔球はその野球漫画の「売り」でもあった。

どんな魔球が出てくるかが、他の魔球漫画との違いだったりもした。魔球は「華」でもあった。

 

中でも、今回取りあげる「黒い秘密兵器」は、魔球の楽しさをとことん追求した作品だった印象があった。次々に魔球が出てきて、ともかく華やかだった。

また、魔球だけではなく、魔球を打ち崩す特殊打法もあれこれ出てきたし、主人公以外にも魔球を投げる投手も出てきた。その場合、魔球投手同士の対決もあった。

ともかく、魔球、特殊打法などが百花繚乱というか、てんこ盛りで、エンタテインメントに徹した野球漫画だった。読んでて楽しかったし、次々に出てくる魔球や打法にワクワクさせられた。

 

この作品は1963年から1965年にかけて少年マガジンに連載された作品で、原作は福本和也さん、作画は一峰大二さん。

私はこの作品を連載時にリアルタイムで読めた世代ではない。後年この作品が単行本になって出ていたのを揃えて読んだ。

秋田書店発行のサンデーコミックスでは、長らくこの作品は単行本として書店に並んでいたから。

 

主人公は椿林太郎。ある日突然巨人軍に現れた投手で、その能力は当初からずば抜けていた。それもそのはず、実はこの椿は、忍者の家系の子孫だった・・という設定。

林太郎自身は忍者ではないが、忍者の血を引いていたため、身体能力がずば抜けていた。まずはその剛速球自体が半端なかった。

当時の巨人軍のエース投手をはるかに凌駕する・・・倍以上の威力のある豪速球を投げた。はじめて椿と対戦した打者の中には、椿の投げた球が早すぎて、球が見えなかったほど。

もしも今のようなスピードガンがあったら、何キロぐらいの設定だったのだろう・・。

 

まずはその豪速球で周りの人を唖然とさせたが、椿の本当の凄さはここから。

次から次へと常人離れした魔球をあみ出していった。

時には唐突に投げてみせるかと思えば、時にはどうみても無茶な特訓をして。

 

私が持っていた単行本は全8巻だったが、主人公の投げた魔球は6種類もあった。

全8巻の中に6種類も魔球が出てくるわけだから、まさに魔球漫画!

魔球パラダイス(?)。

 

彼の投げた魔球は、以下の通り。名前を聞いただけでもワクワクした。

 

 

1、黒い秘球  

投げた球が途中から黒くなって沈んでいく。言わば、今の感覚では「超高速フォークボール」。あまりの超高速のため、沈む前の球の影が、沈んだ後の球に映って、沈んだ後の球が黒く・・・というか、影色になる。扇風機の羽が回っている時、回っている羽の影が他の羽に映ったりするが、それと似たような原理か。沈んでいく途中の球は残像でいくつにも見える。

で、これを打ち崩したのが、山城選手の回転打法。

 

2、まぼろしの秘球 

地面すれずれに投げた球が、グランドの土を巻き上げ、球は土煙につつまれて幻のような存在になり、大きく膨らんで見える。

蟻川が、心理戦を椿にしかけて、この球を打ち崩した。

ちなみに今の人工芝の球場では無理か。

 

3、ゼロの秘球  

投げた球が上下ふたつに別れ、打者には椿が上下2つの球を投げたように見える。

速度がまったく同じ球が、同時に上と下とでシンクロして向かってくる感じ。しかも、上の球は普通の白色、下の球は黒い。

実は球は「0(ゼロ)」の軌道で絶えず大きく回転しながら打者に向かっていくため、一番上に来た瞬間の球の影が、一番下の軌道にきた瞬間の球に映り黒くなる。

伊賀の手裏剣の秘術を活かした魔球という設定だったが、その軌道のために「かまいたち」を発生させてしまうことになり、打者にとって危険・・・と判断され、危険球として使用禁止にされてしまう。結局この魔球を打ち崩した打者はいなかった。というか、研究される前に使用禁止になったわけだ。

 

4、光る秘球  

投げた球が、地面の水分を巻き上げ、それが球場の照明に照らされまぶしく光る。そのまぶしさに打者は目がくらみ打てない。

山城が回転打法でこの魔球を打ち崩した。

ちなみに、この魔球は球場の照明が関わってくるため、デーゲームでは使えない。ナイターのみ。

 

5、魔の秘球  

投げた球が超巨大化して、打者の頭めがけて向かってくると見せかけ、実はちゃんとキャッチャーのミットにおさまっている。打者にとっては、恐怖感を与える魔球。

那智が太いバットを投げつけて打つことでホームランするが、太いバットはルール違反ということにされ、無効とされた。

ちなみにこの魔球をあみ出すために、椿は自身を縄で縛ったうえで、切り立った崖から谷底の川めがけて飛び降り、崖の途中に設置したクイをつかむ・・・という命がけの特訓をした。漫画じゃなかったら、完全に自殺行為(汗)。

 

6、かすみの秘球  

投手の投球モーションが終わらないうちに、いつしか球が打者の手元にすでに来ており、しかもそれを打とうとすると、ボールはバットをよけてしまう。ある意味、究極の魔球??

実は椿は、投球モーションの途中で、手首だけで球をいちはやく投げていたのだ。

ただ、その球がなぜバットをよけて通ってしまうのか・・の原理については謎のままだった。誰にも打たれなかったが、椿自身がこの魔球で肩を壊し、忽然とマウンドから姿を消し、この魔球漫画は幕を閉じた。

このかすみの秘球は、後の「巨人の星」の大リーグボール3号に似ている。球がバットをよけて通る点や、投げた人がこの球で肩を壊す・・・という点で。

ある意味、投球モーションの途中で大リーグボール3号を投げてるようなものだったかもしれない。

ただ、「巨人の星」よりも「黒い秘密兵器」の方が先の作品なので、「黒い秘密兵器」のエッセンスが「巨人の星」に受け継がれたとも捉えられる。

もっとも、「巨人の星」は、「ちかいの魔球」という魔球漫画のエッセンスを受け継いだ部分も多いみたいだが。

「ちかいの魔球」や「黒い秘密兵器」には、「巨人の星」の原型やヒントになった部分を感じる。

 

 

「黒い秘密兵器」に出てくる魔球は、どの魔球の原理も荒唐無稽だった。現実には不可能な球ばかり。

打者の目の錯覚を利用した効果が多かった。

でも、このやりたい放題(?)的な楽しさは格別。理屈抜きで楽しめばいい。

だいいち、魔球を秘球と呼ぶセンスもいいし、魔球のネーミングもカッコイイものばかり。

「黒い秘球」「まぼろしの秘球」「ゼロの秘球」「光る秘球」「魔の秘球」「かすみの秘球」・・・どれも響きが良い。これだけでも、楽しい。

魔球、大進撃!という感じだ。

 

椿と対決するキャラたちの打法も「回転打法」「V打法」「ブーメラン打法」「カメラの目打法」「さざなみ打法」など多彩。

ほか、「妖球バタフライボール」なるインチキ魔球も出てきたりする(ただし、それは椿の投げた球ではない)。

 

それぞれの魔球に原理はあるが、どれもこじつけっぽいし、どう考えてもその原理でそういう魔球を投げられるとも思えないし、第一、現実の人間技では無理であろう。

ストーリーの流れには、唐突な部分も目立つ。

ツッコミ所満載ではある。

 

でも、当時の読者であった子供たちは、妙に理屈っぽくならず、あっさり受け入れて、その作品を楽しんでいた。

おおらかな時代に人気を博した、おおらかな作品だったのだろう。

物語の進行も、割とのどかだった。たとえ厳しい局面でも、あまり暗くならず、ライトな感覚で物語を追っていけた。そう、決して重たい作品ではなかった。

 

とはいえ、この作品のエッセンスは、後の「巨人の星」に受け継がれた部分があり、「巨人の星」が野球漫画の金字塔だとしたら、そのルート上において先駆者であり、ひとつの道を切り開いた作品だったと言えるのではないか。

 

 

昨今、野球漫画には昔のような魔球はあまり出てこない。

より現実的な作風になっていっている感はある。

一時は、魔球が出てくると苦笑がおきるムードの時期もあったから。

魔球が存在するとしたらパロディの中だけ・・・そんな風潮もあった。

荒唐無稽な魔球が消えたのは、球の軌道を分析する映像があったり、スピードガンという具体的な科学機器で人間の出せる限界などもわかってくるようになったことも影響してるのではないか。

そうなると、もうあまり荒唐無稽ではいられなくなってきたのだろう。

 

そんな流れの中で、この魔球パラダイスのような作品を思い出すと、クスッとはしながらも、なにやら理屈抜きの楽しさは感じてしまう。

そして、こういう作品が受け入れられてた時代のおおらかさをも感じてしまう。と同時に、今は窮屈な方向に行ってないか?という気になることもある。

 

この「黒い秘密兵器」には、のちのスポ根ものにありがちだった「悲壮感」はなかった。

一応魔球の原理はあるものもあったが、あまり理屈っぽくはなかった。

なので、おおらかに読んで、シンプルに魔球を楽しむことができた。

漫画が世相を反映するものであるのなら、この作品にも世相が反映されていたということなのだろう。

 

 

「黒い秘密兵器」連載時期の前後には、いくつもの魔球漫画があった。

「ちかいの魔球」「ミラクルA」「どろんこエース」。

「巨人の星」以後も「侍ジャイアンツ」「アストロ球団」などなど。

もちろん他にもあるし、魔球の種類もバラエティに富んでいるし、特殊な打法もあった。

例えば「ドカベン」の秘打など。

個人的には読んだ作品もあるし、読んでない作品もある。

どこかに、魔球辞典みたいな本でもあれば、読んでみたい気がする。

もちろん、絵と原理つきで。

どこかの雑誌社さん、いかがですか?

「魔球大全」みたいな本。

 

それとも・・すでにあるのかな??


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4 コメント

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Unknown (だんぞう)
2020-11-02 12:10:54
今では埋もれている野球漫画だと思われるので、なんとか私のブログで取り上げて、私のブログにきて下さる人にだけでも、この作品を伝えておきたいと思って書きました。

魔球の楽しさを理屈抜きに楽しめる作品でした。


今でも面白い漫画はたくさんありますし、画力などは、むしろ今の作品の方が勝っていると思える場合は多々あります。
その一方で、埋もれさせておくにはもったいない古作品も多数あります。
中には今の作品が失ったエンターテイメントがある作品もあり、黒い秘密兵器もそういう作品のひとつだと思えます。


主人公の名前は、つばきりんたろうで良いのだと思います。
返信する
Unknown (中森勇斗(なかもり・ゆうと))
2020-11-02 11:03:52
その野球漫画は
はじめてお聞きしました。

本当に、昔は、豊穣な少年小説・漫画の世界が有ったんですね。

年配のかたにお聞きしましても、
昭和30年代から40年代のころは、おびただしい少年漫画があり、郷愁を感じるとおっしゃってました。

「椿林太郎」は、
『ツバキバヤシたろう』、じゃなくて
『ツバキりんたろう』、と、読むのですか?

興味は尽きません。
返信する
Unknown (だんぞう)
2020-11-01 21:49:39
私は、この作品は連載時にリアルタイムでは読んだことがありません。
連載終了後に、年数がたってから、単行本を全館揃えて読みました。
その単行本は、今でも我が家にあります。
楽しかったので、何回も読み返しました。

野球にスピードガンなとが出てきたり、軌道を分析する機械が出てきてから、荒唐無稽な魔球は出てこなくなった気がします。より、リアルになっていったのです。

一時は漫画に魔球が出てくるとしらけるようなムードもありましたし…。


魔球が姿を消した野球漫画ですが、魔球はやはり楽しかったことは確か。
いっそ、投手をサイボーグなどの設定にして、一般人ではありえない能力をもたせて、また魔球が見てみたい気もします。

魔球復活の日は、ないのでしょうか。


返信する
Unknown (キャプテンゼロ)
2020-11-01 21:21:34
一峰先生の「黒い秘密兵器」は、ボクは微かに憶えているって感じです。
この頃は、まだ少年マガジンは、近所の理髪店や病院の待合室に
置いてあるのを読んでいたので、記憶はトビトビです。

ずいぶん色んな魔球があったんですね。
魔球が荒唐無稽なのは、当時の忍者モノの忍術みたいなモノで
いわば、少年マンガのお約束みたいな感じだったと思います。
当時のマンガ雑誌に、魔球や忍術の解説の特集があって
ボクはワクワクしながら、読んだものです。
魔球を通して、投手対打者の一騎討ちという図式が
子供に、わかりやすかったのも人気の一因でしょう。

「黒い秘密兵器」が、OVAでアニメ化されたら
魔球のシーンが楽しみです。是非、見てみたいものです。
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